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第二章:願う者
12:褪せた光
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あれからギルさんは店内の品物を逐一手に取り、真剣な眼差しで思案に耽っていた。まさかこんな日用品から手品のネタを考えているのだろうか。発想力が素人ではない。プロのそれだ。ふと売り場に設置された時計を見た彼は、ぎょっとした声を上げる。
「もうこんな時間か、そんじゃそろそろお暇するわ。じゃーな、アレン。また会おうな、リオちゃん」
挨拶もそこそこに慌ただしく走り去るギルさん。私とアレンくんはひらりと手を振って彼の背中を見送る。私も時計を見るが、まだ午後三時過ぎ。急いで帰るような時間でもないようだが、いったいどこに行くつもりだろう。
アレンくんに三枚目と言われていたが、彼は顔がいい。あの不思議な雰囲気もある。親密な女性の一人や二人はいそうだ。
「ねえ、アレンくん。ギルさんってモテる?」
「なにその質問? ギルのこと気になる?」
そう問い返したアレンくんの声は、ちょっとだけ不安そうだ。まさか妬いてる? はあ? なに? なにこの可愛い生命体。理性が飛んでたら抱き締めてたところだ。私が意地の悪い大人の女だったら絶対からかってるよ、不用意に可愛いとこ見せないで。
脳裏を絶えず往来する感情を叩き落とし、あえて苦笑する。これで安心してくれるだろう。
「そういうわけじゃないよ。急いでたように見えたから、女性でも待たせてるのかなって」
「あ、そういうことか……モテてるって言っていいのかなぁ、あれ」
安心してくれたかな。表情が緩んだように見えた。まったく、異世界は油断ならない。気を引き締めないとぼろが出そうだ。
しかし歯切れの悪い言い方だ。モテてる、というには少し違うということ? ギルさんはいなくなっても謎が残ったまま。なんなんだ彼は、人の心に入り込むのが上手だ。そう考えると、彼自身にその気がなかろうが好意を寄せる女性も少なくなさそう。そんな罪作りな三枚目がいてたまるか。
「まあ、人気者ではあるよ。なんなら後で確かめに行く?」
「え、それはどういう……」
まさか複数の女性を侍らせている姿を尾行しようとか言う気か、この子。いや待て、女性関係に限った話ではなさそうだったからそれはない。というか、確かめようと思って確かめられるものなのか、それ。
そのとき、ご両親が売り場に戻ってきた。休憩は終わったらしい。元気に伸びをするバーバラさんは私とアレンくんの肩を威勢よく叩いた。
「リオちゃん、初めてにしてはしっかりやってたねぇ! あたしは安心したよ、アレンが教えることなんてなんにもなかったんじゃないのかい?」
「そんなことなかったよ! ね、リオ!」
アレンくんは張り切って指導してくれていた。頑張ったのを認めてほしいのだろう。くそっ、私に金があればお礼の一つくらいしてあげられたのに……財布をちゃんと確認しなければ。この世界って銀行あるのかな? 幾ら振り込めばいいんだ。“私”がどれだけ貯蓄していたかはわからないけど。
いずれお給料が出たら、アレンくんに真っ先にお返しをしよう。素性の知れない私を助けてくれたのだから。ひとまずは彼の顔を立てることにする。
「はい。アレンくんが丁寧に教えてくださったので、すぐに飲み込めました。彼のおかげですよ」
「ほらー!」
得意げなアレンくんを見て、ご両親はやれやれといった様子だ。確かに言わされた感はあるけれど、彼の教え方は本当に親切で、不自由がなかった。ご年配のお客様を相手にしていたからだろうか、シンプルで分かりやすい伝え方を知ってるのがすぐにわかった。
「ま、そういうことにしといてやろうかね。あんたたちはもう上がりな」
「昼を凌げたら僕たちで大丈夫だから、ゆっくり休んで」
「はーい、お先に失礼します!」
「お、お先に失礼します」
ご両親に挨拶をして、二階に上がる。異世界でも仕事からは離れられなさそうだ。というか、仕事するために転生したのだから当然なのだが。少なくとももう少し人脈を広げて、才気溢れる人と出会わなければならない。
これからのことを考えていると、アレンくんが嬉しそうに声をかけてきた。
「リオ、今日はありがとう。お昼はいつも忙しかったから、手伝ってくれて助かったよ」
「ううん。私、お昼からの出勤になっちゃったし、むしろいろいろ教えてもらったから。丁寧に教えてくれてありがとう」
「いいって、お礼なんて! でも……へへ、なんかくすぐったいなぁ」
だからどうしてきみは死角から顎を殴ってくるの? そろそろノックアウトだよ。本当に気を付けて、私のために。
「そうだ、ちょうどいい時間だし、ギルのところ行こっか」
「あ、そっか……話の途中だったね。連れて行ってくれる?」
「勿論! 早く着替え済ませて行こう! もう始まっちゃうかもしれないし!」
「はじまる……?」
ギルさんはなにかの主催なんだろうか。いや、手品だとは思うのだが、だとしたらどこで? 路上パフォーマンスでもしてるのかな。日本だと許可取らなきゃいけないみたいだけど、ミカエリアはどうなんだろう? やっぱり必要だよね、街に変わりはないもんね。
ひとまずは着替えを済ませるために自室へ。支給されたケネット商店の制服を脱ぎ、バーバラさんが設えてくれたワンピースに袖を通す。姿見に映る私は、そりゃあもう瑞々しい肌だ。目もくりくりしてるし、ピンクの髪の毛も二つ結びで年頃の少女感が出ている。うーん、元社畜にしては愛嬌がありすぎる。慣れるのはしばらく先になりそうだなぁ。
着替えを済ませると、アレンくんが階段のところで待っていた。男の子は着替えが早いな。きみがアイドルになればその辺りは心配要らなさそうだね。彼は私に気付くと、にっこりと満面の笑みを湛えた。
「さ、行こう! 急がないと!」
「うん。私が追いつけるくらいの速さでお願いね」
意地悪な笑みを浮かべて店を出る。彼の背中を小走りで追いかける間、こっそり「スタートアップ」と唱える。ギルさんのこと、調べられればいいかなと思ってのことだ。現代日本だって名前で検索すればなにかしらのSNSがヒットする。この世界にそんなものがあるとは思えないが……。
アレンくんは時折こちらを気にかけて振り返るが、私は曖昧な笑みで返した。ついてきているかの確認だろうし、アレンくんもなにも言わずにまた前を向く。彼の背中を確認してから検索ワードを呟いた。
「『ギル・ミラー』」
光が輪を描き、消える。すると、彼の個人情報が見つかった。ミカエリアに提出した住民票のようだ。現在、十九歳。わあ、未成年なんだ。この世界の成人が何歳からかはわからないが、まだティーンエイジャーだったなんて。振る舞い方や喋り方が小慣れた雰囲気があったからもう少し上だと思ってた。
っていうか、ミカエリアの出身じゃないのかな? 画面……というか視界の端に日付が記されているが、今日は穹歴一七〇六年、春明の十日。春明ってなに? 独特な暦だ……。それで、ギルさんがミカエリアに移り住んだのは穹歴一七〇五年、冬暮の二十日だ。
まだ一年も経ってないのかな? カレンダーの見方も勉強しないと怪しまれるかもしれないなぁ。それまではどこでなにをしていたんだろう?
アレンくんの背中を追いかけて十分ほど経っただろうか、人の数がまばらになってきた。整備された道ではあるが、住宅の数がそもそも少ない。そばには穏やかに流れる川もある。街の中心から少し外れた区画のようだ。川沿いを変わらないペースで走り続けるアレンくん。こんなところに、ギルさんはなんの用があるんだろう。
じわじわと膨らんでいた疑問は、アレンくんが突き出した指が割ってくれた。
「見えてきたよ! あそこ!」
彼の指が示す先には、ツタが壁に絡んだ煉瓦造りの施設だった。二階建てのようで、そこそこ大きい。幼稚園くらいはあるのではないか?
「あれ、なにかの施設?」
「孤児院だよ、ギルはあそこで手品ショーをしてるんだ」
孤児院、現代日本で言うならば児童養護施設。なんらかの事情で庇護者をなくした子供たちの行き着く場所。異世界にもあるんだ。むしろ、異世界だから必要なのかもしれない。冒険者という職業の存在に、街の外には魔物がうろついている。東京ではありえない環境なのだ、この世界は。
必要不可欠な施設だとわかる。けれど、親元でぬくぬくと育ってきた私としては少し複雑だ。必要がない世界が理想。でも、なくてはならない現実もわかる。異世界も日本も、現実は残酷なものだと思う。
この気持ちを悟られないように、ギルさんに関心を向ける。子供たちの前で手品を披露しているのか、なんというか彼らしい。アレンくんは施設の敷地に入るなり、きょろきょろと中庭を見回した。
「あれ、子供たちいないなぁ……読み聞かせ中かな、ギルが来てないか聞きに行ってくる!」
「うん、私はここで待ってるね」
玄関に駆け出すアレンくんを見送り、ため息を一つ。孤児院という施設を目の当たりにしたことと、ここまで休まずに小走りしていたこともあって、少し疲れが出たようだ。社畜時代は疲れを感じる暇もなかったので、少し懐かしい気持ちだった。
中庭に小さな椅子が見えた。アレンくんが話しているだろう、腰を下ろさせてもらう。久々の運動はなかなか堪える……若い肉体に戻ったことだし、ちょっとずつ運動もしていなかければならない気がした。
「――姉さん?」
「ヒエッ!?」
唐突に背後から聞こえてきた声。アレンくんのものではないが、少年のものだった。慌てて振り返り、尻餅をついてしまう。驚いたのは事実。しかしそれは、声の主の容貌にだった。
浅黒い肌ではあるが、男らしさや快活さは感じない。それはきっと目元を隠すような白い髪のせいだ。隙間から覗く瞳はどこか虚ろで、その奥の瞳はアメシストのような紫色。けれど、少し色褪せているように見える。顔立ち自体は幼く、中性的ではある。比較的小柄な方で体の線は細く、アレンくんやアーサーと比較しても頼りなさが勝る。そのせいだろうか、やけに儚さが際立っていた。霞んで消えるような声も、少し俯きがちな視線もそれを強調している。暗い、と言えば簡単だが、陰気とも違う。夕日を浴びたときの影のように大きな傷跡を持っている。そんな印象を抱いた。
派手にすっ転んだ私をまじまじと見つめる少年。奇妙な沈黙が続き、やがて少年は肩を落とした。
「……間違えた、ごめんなさい」
素直に頭を下げる少年。ああ、なんだ。いい子だ。たどたどしい喋り方も愛おしく見えてきた。アレンくんとは違った弟属性って感じがする。アレンくんは放っておけないし可愛がってあげたい雰囲気がある。しかしこの子は放っておくと消えてしまいそうな、庇護欲を駆り立てる雰囲気が強い。
そこにやってくるは爛々とした足取りのアレンくん。
「リオー! オッケーだって! ……って、なにしてるの?」
困った顔のアレンくん、彼に驚いた様子の少年。私だって困っちゃうよ、どうしてきみたちはそんなに顔がいいんだ……。
お父さん、お母さん。異世界はいろんな意味で刺激的です。
「もうこんな時間か、そんじゃそろそろお暇するわ。じゃーな、アレン。また会おうな、リオちゃん」
挨拶もそこそこに慌ただしく走り去るギルさん。私とアレンくんはひらりと手を振って彼の背中を見送る。私も時計を見るが、まだ午後三時過ぎ。急いで帰るような時間でもないようだが、いったいどこに行くつもりだろう。
アレンくんに三枚目と言われていたが、彼は顔がいい。あの不思議な雰囲気もある。親密な女性の一人や二人はいそうだ。
「ねえ、アレンくん。ギルさんってモテる?」
「なにその質問? ギルのこと気になる?」
そう問い返したアレンくんの声は、ちょっとだけ不安そうだ。まさか妬いてる? はあ? なに? なにこの可愛い生命体。理性が飛んでたら抱き締めてたところだ。私が意地の悪い大人の女だったら絶対からかってるよ、不用意に可愛いとこ見せないで。
脳裏を絶えず往来する感情を叩き落とし、あえて苦笑する。これで安心してくれるだろう。
「そういうわけじゃないよ。急いでたように見えたから、女性でも待たせてるのかなって」
「あ、そういうことか……モテてるって言っていいのかなぁ、あれ」
安心してくれたかな。表情が緩んだように見えた。まったく、異世界は油断ならない。気を引き締めないとぼろが出そうだ。
しかし歯切れの悪い言い方だ。モテてる、というには少し違うということ? ギルさんはいなくなっても謎が残ったまま。なんなんだ彼は、人の心に入り込むのが上手だ。そう考えると、彼自身にその気がなかろうが好意を寄せる女性も少なくなさそう。そんな罪作りな三枚目がいてたまるか。
「まあ、人気者ではあるよ。なんなら後で確かめに行く?」
「え、それはどういう……」
まさか複数の女性を侍らせている姿を尾行しようとか言う気か、この子。いや待て、女性関係に限った話ではなさそうだったからそれはない。というか、確かめようと思って確かめられるものなのか、それ。
そのとき、ご両親が売り場に戻ってきた。休憩は終わったらしい。元気に伸びをするバーバラさんは私とアレンくんの肩を威勢よく叩いた。
「リオちゃん、初めてにしてはしっかりやってたねぇ! あたしは安心したよ、アレンが教えることなんてなんにもなかったんじゃないのかい?」
「そんなことなかったよ! ね、リオ!」
アレンくんは張り切って指導してくれていた。頑張ったのを認めてほしいのだろう。くそっ、私に金があればお礼の一つくらいしてあげられたのに……財布をちゃんと確認しなければ。この世界って銀行あるのかな? 幾ら振り込めばいいんだ。“私”がどれだけ貯蓄していたかはわからないけど。
いずれお給料が出たら、アレンくんに真っ先にお返しをしよう。素性の知れない私を助けてくれたのだから。ひとまずは彼の顔を立てることにする。
「はい。アレンくんが丁寧に教えてくださったので、すぐに飲み込めました。彼のおかげですよ」
「ほらー!」
得意げなアレンくんを見て、ご両親はやれやれといった様子だ。確かに言わされた感はあるけれど、彼の教え方は本当に親切で、不自由がなかった。ご年配のお客様を相手にしていたからだろうか、シンプルで分かりやすい伝え方を知ってるのがすぐにわかった。
「ま、そういうことにしといてやろうかね。あんたたちはもう上がりな」
「昼を凌げたら僕たちで大丈夫だから、ゆっくり休んで」
「はーい、お先に失礼します!」
「お、お先に失礼します」
ご両親に挨拶をして、二階に上がる。異世界でも仕事からは離れられなさそうだ。というか、仕事するために転生したのだから当然なのだが。少なくとももう少し人脈を広げて、才気溢れる人と出会わなければならない。
これからのことを考えていると、アレンくんが嬉しそうに声をかけてきた。
「リオ、今日はありがとう。お昼はいつも忙しかったから、手伝ってくれて助かったよ」
「ううん。私、お昼からの出勤になっちゃったし、むしろいろいろ教えてもらったから。丁寧に教えてくれてありがとう」
「いいって、お礼なんて! でも……へへ、なんかくすぐったいなぁ」
だからどうしてきみは死角から顎を殴ってくるの? そろそろノックアウトだよ。本当に気を付けて、私のために。
「そうだ、ちょうどいい時間だし、ギルのところ行こっか」
「あ、そっか……話の途中だったね。連れて行ってくれる?」
「勿論! 早く着替え済ませて行こう! もう始まっちゃうかもしれないし!」
「はじまる……?」
ギルさんはなにかの主催なんだろうか。いや、手品だとは思うのだが、だとしたらどこで? 路上パフォーマンスでもしてるのかな。日本だと許可取らなきゃいけないみたいだけど、ミカエリアはどうなんだろう? やっぱり必要だよね、街に変わりはないもんね。
ひとまずは着替えを済ませるために自室へ。支給されたケネット商店の制服を脱ぎ、バーバラさんが設えてくれたワンピースに袖を通す。姿見に映る私は、そりゃあもう瑞々しい肌だ。目もくりくりしてるし、ピンクの髪の毛も二つ結びで年頃の少女感が出ている。うーん、元社畜にしては愛嬌がありすぎる。慣れるのはしばらく先になりそうだなぁ。
着替えを済ませると、アレンくんが階段のところで待っていた。男の子は着替えが早いな。きみがアイドルになればその辺りは心配要らなさそうだね。彼は私に気付くと、にっこりと満面の笑みを湛えた。
「さ、行こう! 急がないと!」
「うん。私が追いつけるくらいの速さでお願いね」
意地悪な笑みを浮かべて店を出る。彼の背中を小走りで追いかける間、こっそり「スタートアップ」と唱える。ギルさんのこと、調べられればいいかなと思ってのことだ。現代日本だって名前で検索すればなにかしらのSNSがヒットする。この世界にそんなものがあるとは思えないが……。
アレンくんは時折こちらを気にかけて振り返るが、私は曖昧な笑みで返した。ついてきているかの確認だろうし、アレンくんもなにも言わずにまた前を向く。彼の背中を確認してから検索ワードを呟いた。
「『ギル・ミラー』」
光が輪を描き、消える。すると、彼の個人情報が見つかった。ミカエリアに提出した住民票のようだ。現在、十九歳。わあ、未成年なんだ。この世界の成人が何歳からかはわからないが、まだティーンエイジャーだったなんて。振る舞い方や喋り方が小慣れた雰囲気があったからもう少し上だと思ってた。
っていうか、ミカエリアの出身じゃないのかな? 画面……というか視界の端に日付が記されているが、今日は穹歴一七〇六年、春明の十日。春明ってなに? 独特な暦だ……。それで、ギルさんがミカエリアに移り住んだのは穹歴一七〇五年、冬暮の二十日だ。
まだ一年も経ってないのかな? カレンダーの見方も勉強しないと怪しまれるかもしれないなぁ。それまではどこでなにをしていたんだろう?
アレンくんの背中を追いかけて十分ほど経っただろうか、人の数がまばらになってきた。整備された道ではあるが、住宅の数がそもそも少ない。そばには穏やかに流れる川もある。街の中心から少し外れた区画のようだ。川沿いを変わらないペースで走り続けるアレンくん。こんなところに、ギルさんはなんの用があるんだろう。
じわじわと膨らんでいた疑問は、アレンくんが突き出した指が割ってくれた。
「見えてきたよ! あそこ!」
彼の指が示す先には、ツタが壁に絡んだ煉瓦造りの施設だった。二階建てのようで、そこそこ大きい。幼稚園くらいはあるのではないか?
「あれ、なにかの施設?」
「孤児院だよ、ギルはあそこで手品ショーをしてるんだ」
孤児院、現代日本で言うならば児童養護施設。なんらかの事情で庇護者をなくした子供たちの行き着く場所。異世界にもあるんだ。むしろ、異世界だから必要なのかもしれない。冒険者という職業の存在に、街の外には魔物がうろついている。東京ではありえない環境なのだ、この世界は。
必要不可欠な施設だとわかる。けれど、親元でぬくぬくと育ってきた私としては少し複雑だ。必要がない世界が理想。でも、なくてはならない現実もわかる。異世界も日本も、現実は残酷なものだと思う。
この気持ちを悟られないように、ギルさんに関心を向ける。子供たちの前で手品を披露しているのか、なんというか彼らしい。アレンくんは施設の敷地に入るなり、きょろきょろと中庭を見回した。
「あれ、子供たちいないなぁ……読み聞かせ中かな、ギルが来てないか聞きに行ってくる!」
「うん、私はここで待ってるね」
玄関に駆け出すアレンくんを見送り、ため息を一つ。孤児院という施設を目の当たりにしたことと、ここまで休まずに小走りしていたこともあって、少し疲れが出たようだ。社畜時代は疲れを感じる暇もなかったので、少し懐かしい気持ちだった。
中庭に小さな椅子が見えた。アレンくんが話しているだろう、腰を下ろさせてもらう。久々の運動はなかなか堪える……若い肉体に戻ったことだし、ちょっとずつ運動もしていなかければならない気がした。
「――姉さん?」
「ヒエッ!?」
唐突に背後から聞こえてきた声。アレンくんのものではないが、少年のものだった。慌てて振り返り、尻餅をついてしまう。驚いたのは事実。しかしそれは、声の主の容貌にだった。
浅黒い肌ではあるが、男らしさや快活さは感じない。それはきっと目元を隠すような白い髪のせいだ。隙間から覗く瞳はどこか虚ろで、その奥の瞳はアメシストのような紫色。けれど、少し色褪せているように見える。顔立ち自体は幼く、中性的ではある。比較的小柄な方で体の線は細く、アレンくんやアーサーと比較しても頼りなさが勝る。そのせいだろうか、やけに儚さが際立っていた。霞んで消えるような声も、少し俯きがちな視線もそれを強調している。暗い、と言えば簡単だが、陰気とも違う。夕日を浴びたときの影のように大きな傷跡を持っている。そんな印象を抱いた。
派手にすっ転んだ私をまじまじと見つめる少年。奇妙な沈黙が続き、やがて少年は肩を落とした。
「……間違えた、ごめんなさい」
素直に頭を下げる少年。ああ、なんだ。いい子だ。たどたどしい喋り方も愛おしく見えてきた。アレンくんとは違った弟属性って感じがする。アレンくんは放っておけないし可愛がってあげたい雰囲気がある。しかしこの子は放っておくと消えてしまいそうな、庇護欲を駆り立てる雰囲気が強い。
そこにやってくるは爛々とした足取りのアレンくん。
「リオー! オッケーだって! ……って、なにしてるの?」
困った顔のアレンくん、彼に驚いた様子の少年。私だって困っちゃうよ、どうしてきみたちはそんなに顔がいいんだ……。
お父さん、お母さん。異世界はいろんな意味で刺激的です。
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