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第一章:光と影
8:日溜まりに差す影
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上機嫌なバーバラさんが夕飯の準備をしていた。それもそのはず、いままで店を困らせていた要因を私が排除したのだから。異世界で初めての――というか“私”にとって初めての食事は、ちょっとだけ豪華な家庭料理になりそうだ。
でも、ちょっとでも恩返しができたならよかった。まさか営業の経験がこんなところで活かせるとは思っていなかった。それよりたった数分の商談で、かつ成立すらさせなかったのにこの待遇は怖い。
――でも、いまはこっちの方が気になるなぁ。
ちらりと放った視線の先には、浮かない顔のアレンくん。やっぱりアーサーとはなにかあったのだろう。過去に出会っていたという旨の発言をしていたが、いったいどうしてこんなことになっていたのか。それはきっと、ご両親よりもアレンくんが一番納得していないのだと思う。なにか力になってあげたい。というか、放っておけない。
私に出来ることはないだろうか? そう考えたとき、ぴったりな口実を見つけた。
「アレンくん、お願いがあるのですが……」
「ん……? お願い? いいよ、どんなの?」
どこか上の空だ。物思いに耽るアレンくん、その横顔はちょっと前に見た快活な姿からは想像できないほど影が差している。こういうギャップに私たちはハートを撃ち抜かれるんですよ。可愛いね。いや口が裂けても言えないけど。ひとまず、お願いをしなければ。
「良かったら、この街を案内してくれませんか?」
「案内?」
「しばらく滞在することになるでしょうし、一人で歩いても迷子にならないためと言いますか……」
「ああ、そういうことなら喜んで! 母さん、いいよね?」
バーバラさんは快く頷く。アレンくんの声は弾んでこそいるが、表情は少し固い。やっぱりアーサーとのことが気がかりなのだろう。“いつもの自分”を演じているようにも見えた。
わかる、わかるよ。私も入社して間もなくの頃は凹んだり泣いたりもしたけど、職場だと気丈に振舞わなきゃいけなかったから。落ち込んでるのを見られたらお局様に追い打ちかけられるし……弱音が吐けないってつらいよね。だからこそ、なんとかしてあげたい。
アレンくんは立ち上がり、私に手を差し出す。え、また握っていいんですか……青春を取り戻すチャンスを貰ってるみたい、美少女の肉体でよかった。
「さ、行こう! リオ、どんなのが見たい?」
「アレンくんにエスコートしてもらえるならどこでもいいですよ」
「エ、エスコートって……オレに務まるかなぁ……?」
ちょっとした冗談のつもりだったのだが、真に受けて照れ臭そうに頬を掻くアレンくん。えー、めっちゃ可愛い。ちょっとどうしよう、すごい。すごい可愛い。ボキャブラリーが大貧民だ。
昨今の男子高校生なんて中途半端にませてて、生意気だし可愛げなんて感じたことないから余計にそう感じる。私からしてみれば、こういうところも含めてファンタジーさを感じる。
居た堪れなくなったのか、アレンくんはそそくさと階段を降り始めた。
「行ってきまーす! リオ、行くよー!」
「可愛いな……」
「可愛いかい? 元気有り余ったただの子供だよ。っていうか、随分低い声も出るんだねぇ」
「失礼しました、口が滑りました……」
ハッとして口を覆い隠す。しまった、うっかり漏れていた。そんなに低い声が出てたのだろうか。いけない、素が出ていたようだ。魅力的な青少年を前にすると名状しがたい感情が全身を駆け巡り、結果的に端的な言葉しか出せなくなる。アレンくんの前では絶対に出さないよう、油断せずに行かなければ。
「そ、それじゃあ……行ってきま、す?」
「はいよ、夕飯までには帰ってきなさいね。あの子、おっちょこちょいだから。リオちゃんがリード引いてあげて」
彼は犬か。わかりみが深い。確かにわんこ系男子と言われれば何度も頷いてしまう。許されるのならば愛でたい。絶対許してくれなさそうだけど。
ひとまず、アレンくんの後を追わなければ。売り場では旦那様が棚卸の続きをしていた。私の姿を見るなり、穏やかな笑みを見せてくれる。
「お出掛けかい? 気を付けて行ってくるんだよ」
「はい、ありがとうございます。行ってき、ま、す」
ぎこちなく頭を下げて店を出る。アレンくんは店先のベンチで腰かけていた。ぼんやりと空を眺めていて、釣られて私も見上げる。街の至る所に煙突がある辺り、やっぱり科学――というより、蒸気機関が発達しているのだろう。空には分厚い雲がかかっていて、その色を忘れてしまいそうになる。
私に気付いたか、アレンくんが笑顔を見せる。どうにも、出会ったときのような純粋さは見受けられなかった。彼の中で相当気がかりなことなのだろう。アレンくんは優しい子だ。かつてアーサーと親交を深めたのなら、どうしてあれほど横暴になってしまったのかが不可解に違いない。それを悟られないように頑張っているのだ、気づかぬ振りをしてあげるのが大人の務めだろう。
「それじゃあ行こっか。まずは商店街がいいかな、賑やかだし」
「はぐれないように気を付けます」
「オレも置いていかないように気を付ける。あと、敬語要らないよ。家族みたいに思っていいから」
やはり親子か。バーバラさんと同じことを言っている。つい、笑みを誘われた。なにかおかしいことを言っただろうか? と不思議そうなアレンくん。きみのそういうところ、本当に罪深いと思う。
「わかった。今日はよろしくね、アレンくん」
「うん。じゃあついてきて。お喋りしながらならすぐだから」
お喋り。これはまずいかもしれない。私が提供できる話題なんて、この世界においては何一つない。というか忘れた。仕事の話だって楽しいものではなかったし、旅人と名乗ってはいるがその場凌ぎの嘘っぱちだ。ぼろが出ないように気を引き締めなければ。それに、この流れでアーサーの話題は出せなさそうだ。
――そうだ、この世界で一番の疑問を解消しておかなければ。
「ねえアレンくん、この街に芸能プロダクションってある?」
「なにそれ? お店の名前?」
おっと、この言い方だと通じないか。だとしたら、上手く言い換えなければならない。
「えーっと、芸事で生計を立てる人を管理する組織みたいな……」
「聞いたことないなぁ。この街を拠点にする旅芸人一座はあるけど、それくらい」
旅芸人一座。芸能活動自体は存在しているようだ。旅芸人であれば、曲芸の他にダンスなんかも演目にあるだろう。ボーカルのレッスンはともかく、ダンスに関しては教科書はありそうだ。どうにかしてコネクションを作りたい。
今後の目途を立てていると、不意にアレンくんが問いかけてきた。
「リオはそういうのに興味あるの?」
「えっ? あ……うん。でも、私は出演する側じゃなくて、演出の方に興味があるの」
上手い言葉が見つからず、ぼんやりとしか伝えられない。プロデュースとかマネジメントとか、伝わるとは思えない。アレンくんは「ふーん」と気のない返事をする。聞いてみただけだろうか。これ以上話を膨らませる必要もなさそうだし、私としても詮索されては不都合がある。このまま上手く話題をすり替えて――
「いいなぁ」
驚いて、アレンくんを見る。彼は立ち止まり、俯いていた。横顔しか見えないが、感情を読み解けない表情をしている。憧れと、夢と、諦めと、現実。そんなものが入り混じった、とてもティーンエイジャーとは思えない複雑な顔をしていた。
この子はなにかを隠している? 抑え込んでいる? まるで想像していなかったその顔に面食らってしまう。
「いいなぁ、って……?」
「……ううん、なんでもない。やりたいこと、できるといいね! リオ、ちょっと走ろう! 帰ったらお腹空くくらいにさ!」
「うわっ! ちょ、ちょっと待って!」
ぐい、と私の手首を掴んで走り出すアレンくん。力は強い、微かに表情を歪めてしまうほどに。なにかを抑え堪えるような手も、迷いを振り払おうと急ぐ足も、大事なものを隠そうとする背中も、どこか痛ましく見えた。
お父さん、お母さん。異世界にドラマの予感がします。
でも、ちょっとでも恩返しができたならよかった。まさか営業の経験がこんなところで活かせるとは思っていなかった。それよりたった数分の商談で、かつ成立すらさせなかったのにこの待遇は怖い。
――でも、いまはこっちの方が気になるなぁ。
ちらりと放った視線の先には、浮かない顔のアレンくん。やっぱりアーサーとはなにかあったのだろう。過去に出会っていたという旨の発言をしていたが、いったいどうしてこんなことになっていたのか。それはきっと、ご両親よりもアレンくんが一番納得していないのだと思う。なにか力になってあげたい。というか、放っておけない。
私に出来ることはないだろうか? そう考えたとき、ぴったりな口実を見つけた。
「アレンくん、お願いがあるのですが……」
「ん……? お願い? いいよ、どんなの?」
どこか上の空だ。物思いに耽るアレンくん、その横顔はちょっと前に見た快活な姿からは想像できないほど影が差している。こういうギャップに私たちはハートを撃ち抜かれるんですよ。可愛いね。いや口が裂けても言えないけど。ひとまず、お願いをしなければ。
「良かったら、この街を案内してくれませんか?」
「案内?」
「しばらく滞在することになるでしょうし、一人で歩いても迷子にならないためと言いますか……」
「ああ、そういうことなら喜んで! 母さん、いいよね?」
バーバラさんは快く頷く。アレンくんの声は弾んでこそいるが、表情は少し固い。やっぱりアーサーとのことが気がかりなのだろう。“いつもの自分”を演じているようにも見えた。
わかる、わかるよ。私も入社して間もなくの頃は凹んだり泣いたりもしたけど、職場だと気丈に振舞わなきゃいけなかったから。落ち込んでるのを見られたらお局様に追い打ちかけられるし……弱音が吐けないってつらいよね。だからこそ、なんとかしてあげたい。
アレンくんは立ち上がり、私に手を差し出す。え、また握っていいんですか……青春を取り戻すチャンスを貰ってるみたい、美少女の肉体でよかった。
「さ、行こう! リオ、どんなのが見たい?」
「アレンくんにエスコートしてもらえるならどこでもいいですよ」
「エ、エスコートって……オレに務まるかなぁ……?」
ちょっとした冗談のつもりだったのだが、真に受けて照れ臭そうに頬を掻くアレンくん。えー、めっちゃ可愛い。ちょっとどうしよう、すごい。すごい可愛い。ボキャブラリーが大貧民だ。
昨今の男子高校生なんて中途半端にませてて、生意気だし可愛げなんて感じたことないから余計にそう感じる。私からしてみれば、こういうところも含めてファンタジーさを感じる。
居た堪れなくなったのか、アレンくんはそそくさと階段を降り始めた。
「行ってきまーす! リオ、行くよー!」
「可愛いな……」
「可愛いかい? 元気有り余ったただの子供だよ。っていうか、随分低い声も出るんだねぇ」
「失礼しました、口が滑りました……」
ハッとして口を覆い隠す。しまった、うっかり漏れていた。そんなに低い声が出てたのだろうか。いけない、素が出ていたようだ。魅力的な青少年を前にすると名状しがたい感情が全身を駆け巡り、結果的に端的な言葉しか出せなくなる。アレンくんの前では絶対に出さないよう、油断せずに行かなければ。
「そ、それじゃあ……行ってきま、す?」
「はいよ、夕飯までには帰ってきなさいね。あの子、おっちょこちょいだから。リオちゃんがリード引いてあげて」
彼は犬か。わかりみが深い。確かにわんこ系男子と言われれば何度も頷いてしまう。許されるのならば愛でたい。絶対許してくれなさそうだけど。
ひとまず、アレンくんの後を追わなければ。売り場では旦那様が棚卸の続きをしていた。私の姿を見るなり、穏やかな笑みを見せてくれる。
「お出掛けかい? 気を付けて行ってくるんだよ」
「はい、ありがとうございます。行ってき、ま、す」
ぎこちなく頭を下げて店を出る。アレンくんは店先のベンチで腰かけていた。ぼんやりと空を眺めていて、釣られて私も見上げる。街の至る所に煙突がある辺り、やっぱり科学――というより、蒸気機関が発達しているのだろう。空には分厚い雲がかかっていて、その色を忘れてしまいそうになる。
私に気付いたか、アレンくんが笑顔を見せる。どうにも、出会ったときのような純粋さは見受けられなかった。彼の中で相当気がかりなことなのだろう。アレンくんは優しい子だ。かつてアーサーと親交を深めたのなら、どうしてあれほど横暴になってしまったのかが不可解に違いない。それを悟られないように頑張っているのだ、気づかぬ振りをしてあげるのが大人の務めだろう。
「それじゃあ行こっか。まずは商店街がいいかな、賑やかだし」
「はぐれないように気を付けます」
「オレも置いていかないように気を付ける。あと、敬語要らないよ。家族みたいに思っていいから」
やはり親子か。バーバラさんと同じことを言っている。つい、笑みを誘われた。なにかおかしいことを言っただろうか? と不思議そうなアレンくん。きみのそういうところ、本当に罪深いと思う。
「わかった。今日はよろしくね、アレンくん」
「うん。じゃあついてきて。お喋りしながらならすぐだから」
お喋り。これはまずいかもしれない。私が提供できる話題なんて、この世界においては何一つない。というか忘れた。仕事の話だって楽しいものではなかったし、旅人と名乗ってはいるがその場凌ぎの嘘っぱちだ。ぼろが出ないように気を引き締めなければ。それに、この流れでアーサーの話題は出せなさそうだ。
――そうだ、この世界で一番の疑問を解消しておかなければ。
「ねえアレンくん、この街に芸能プロダクションってある?」
「なにそれ? お店の名前?」
おっと、この言い方だと通じないか。だとしたら、上手く言い換えなければならない。
「えーっと、芸事で生計を立てる人を管理する組織みたいな……」
「聞いたことないなぁ。この街を拠点にする旅芸人一座はあるけど、それくらい」
旅芸人一座。芸能活動自体は存在しているようだ。旅芸人であれば、曲芸の他にダンスなんかも演目にあるだろう。ボーカルのレッスンはともかく、ダンスに関しては教科書はありそうだ。どうにかしてコネクションを作りたい。
今後の目途を立てていると、不意にアレンくんが問いかけてきた。
「リオはそういうのに興味あるの?」
「えっ? あ……うん。でも、私は出演する側じゃなくて、演出の方に興味があるの」
上手い言葉が見つからず、ぼんやりとしか伝えられない。プロデュースとかマネジメントとか、伝わるとは思えない。アレンくんは「ふーん」と気のない返事をする。聞いてみただけだろうか。これ以上話を膨らませる必要もなさそうだし、私としても詮索されては不都合がある。このまま上手く話題をすり替えて――
「いいなぁ」
驚いて、アレンくんを見る。彼は立ち止まり、俯いていた。横顔しか見えないが、感情を読み解けない表情をしている。憧れと、夢と、諦めと、現実。そんなものが入り混じった、とてもティーンエイジャーとは思えない複雑な顔をしていた。
この子はなにかを隠している? 抑え込んでいる? まるで想像していなかったその顔に面食らってしまう。
「いいなぁ、って……?」
「……ううん、なんでもない。やりたいこと、できるといいね! リオ、ちょっと走ろう! 帰ったらお腹空くくらいにさ!」
「うわっ! ちょ、ちょっと待って!」
ぐい、と私の手首を掴んで走り出すアレンくん。力は強い、微かに表情を歪めてしまうほどに。なにかを抑え堪えるような手も、迷いを振り払おうと急ぐ足も、大事なものを隠そうとする背中も、どこか痛ましく見えた。
お父さん、お母さん。異世界にドラマの予感がします。
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