カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜

文字の大きさ
8 / 123
第一章:光と影

8:日溜まりに差す影

しおりを挟む
 上機嫌なバーバラさんが夕飯の準備をしていた。それもそのはず、いままで店を困らせていた要因を私が排除したのだから。異世界で初めての――というか“私”にとって初めての食事は、ちょっとだけ豪華な家庭料理になりそうだ。

 でも、ちょっとでも恩返しができたならよかった。まさか営業の経験がこんなところで活かせるとは思っていなかった。それよりたった数分の商談で、かつ成立すらさせなかったのにこの待遇は怖い。

 ――でも、いまはこっちの方が気になるなぁ。

 ちらりと放った視線の先には、浮かない顔のアレンくん。やっぱりアーサーとはなにかあったのだろう。過去に出会っていたという旨の発言をしていたが、いったいどうしてこんなことになっていたのか。それはきっと、ご両親よりもアレンくんが一番納得していないのだと思う。なにか力になってあげたい。というか、放っておけない。

 私に出来ることはないだろうか? そう考えたとき、ぴったりな口実を見つけた。

「アレンくん、お願いがあるのですが……」

「ん……? お願い? いいよ、どんなの?」

 どこか上の空だ。物思いに耽るアレンくん、その横顔はちょっと前に見た快活な姿からは想像できないほど影が差している。こういうギャップに私たちはハートを撃ち抜かれるんですよ。可愛いね。いや口が裂けても言えないけど。ひとまず、お願いをしなければ。

「良かったら、この街を案内してくれませんか?」

「案内?」

「しばらく滞在することになるでしょうし、一人で歩いても迷子にならないためと言いますか……」

「ああ、そういうことなら喜んで! 母さん、いいよね?」

 バーバラさんは快く頷く。アレンくんの声は弾んでこそいるが、表情は少し固い。やっぱりアーサーとのことが気がかりなのだろう。“いつもの自分”を演じているようにも見えた。

 わかる、わかるよ。私も入社して間もなくの頃は凹んだり泣いたりもしたけど、職場だと気丈に振舞わなきゃいけなかったから。落ち込んでるのを見られたらお局様に追い打ちかけられるし……弱音が吐けないってつらいよね。だからこそ、なんとかしてあげたい。

 アレンくんは立ち上がり、私に手を差し出す。え、また握っていいんですか……青春を取り戻すチャンスを貰ってるみたい、美少女の肉体でよかった。

「さ、行こう! リオ、どんなのが見たい?」

「アレンくんにエスコートしてもらえるならどこでもいいですよ」

「エ、エスコートって……オレに務まるかなぁ……?」

 ちょっとした冗談のつもりだったのだが、真に受けて照れ臭そうに頬を掻くアレンくん。えー、めっちゃ可愛い。ちょっとどうしよう、すごい。すごい可愛い。ボキャブラリーが大貧民だ。

 昨今の男子高校生なんて中途半端にませてて、生意気だし可愛げなんて感じたことないから余計にそう感じる。私からしてみれば、こういうところも含めてファンタジーさを感じる。

 居た堪れなくなったのか、アレンくんはそそくさと階段を降り始めた。

「行ってきまーす! リオ、行くよー!」

「可愛いな……」

「可愛いかい? 元気有り余ったただの子供だよ。っていうか、随分低い声も出るんだねぇ」

「失礼しました、口が滑りました……」

 ハッとして口を覆い隠す。しまった、うっかり漏れていた。そんなに低い声が出てたのだろうか。いけない、素が出ていたようだ。魅力的な青少年を前にすると名状しがたい感情が全身を駆け巡り、結果的に端的な言葉しか出せなくなる。アレンくんの前では絶対に出さないよう、油断せずに行かなければ。

「そ、それじゃあ……行ってきま、す?」

「はいよ、夕飯までには帰ってきなさいね。あの子、おっちょこちょいだから。リオちゃんがリード引いてあげて」

 彼は犬か。わかりみが深い。確かにわんこ系男子と言われれば何度も頷いてしまう。許されるのならば愛でたい。絶対許してくれなさそうだけど。

 ひとまず、アレンくんの後を追わなければ。売り場では旦那様が棚卸の続きをしていた。私の姿を見るなり、穏やかな笑みを見せてくれる。

「お出掛けかい? 気を付けて行ってくるんだよ」

「はい、ありがとうございます。行ってき、ま、す」

 ぎこちなく頭を下げて店を出る。アレンくんは店先のベンチで腰かけていた。ぼんやりと空を眺めていて、釣られて私も見上げる。街の至る所に煙突がある辺り、やっぱり科学――というより、蒸気機関が発達しているのだろう。空には分厚い雲がかかっていて、その色を忘れてしまいそうになる。

 私に気付いたか、アレンくんが笑顔を見せる。どうにも、出会ったときのような純粋さは見受けられなかった。彼の中で相当気がかりなことなのだろう。アレンくんは優しい子だ。かつてアーサーと親交を深めたのなら、どうしてあれほど横暴になってしまったのかが不可解に違いない。それを悟られないように頑張っているのだ、気づかぬ振りをしてあげるのが大人の務めだろう。

「それじゃあ行こっか。まずは商店街がいいかな、賑やかだし」

「はぐれないように気を付けます」

「オレも置いていかないように気を付ける。あと、敬語要らないよ。家族みたいに思っていいから」

 やはり親子か。バーバラさんと同じことを言っている。つい、笑みを誘われた。なにかおかしいことを言っただろうか? と不思議そうなアレンくん。きみのそういうところ、本当に罪深いと思う。

「わかった。今日はよろしくね、アレンくん」

「うん。じゃあついてきて。お喋りしながらならすぐだから」

 お喋り。これはまずいかもしれない。私が提供できる話題なんて、この世界においては何一つない。というか忘れた。仕事の話だって楽しいものではなかったし、旅人と名乗ってはいるがその場凌ぎの嘘っぱちだ。ぼろが出ないように気を引き締めなければ。それに、この流れでアーサーの話題は出せなさそうだ。

 ――そうだ、この世界で一番の疑問を解消しておかなければ。

「ねえアレンくん、この街に芸能プロダクションってある?」

「なにそれ? お店の名前?」

 おっと、この言い方だと通じないか。だとしたら、上手く言い換えなければならない。

「えーっと、芸事で生計を立てる人を管理する組織みたいな……」

「聞いたことないなぁ。この街を拠点にする旅芸人一座はあるけど、それくらい」

 旅芸人一座。芸能活動自体は存在しているようだ。旅芸人であれば、曲芸の他にダンスなんかも演目にあるだろう。ボーカルのレッスンはともかく、ダンスに関しては教科書はありそうだ。どうにかしてコネクションを作りたい。

 今後の目途を立てていると、不意にアレンくんが問いかけてきた。

「リオはそういうのに興味あるの?」

「えっ? あ……うん。でも、私は出演する側じゃなくて、演出の方に興味があるの」

 上手い言葉が見つからず、ぼんやりとしか伝えられない。プロデュースとかマネジメントとか、伝わるとは思えない。アレンくんは「ふーん」と気のない返事をする。聞いてみただけだろうか。これ以上話を膨らませる必要もなさそうだし、私としても詮索されては不都合がある。このまま上手く話題をすり替えて――

「いいなぁ」

 驚いて、アレンくんを見る。彼は立ち止まり、俯いていた。横顔しか見えないが、感情を読み解けない表情をしている。憧れと、夢と、諦めと、現実。そんなものが入り混じった、とてもティーンエイジャーとは思えない複雑な顔をしていた。

 この子はなにかを隠している? 抑え込んでいる? まるで想像していなかったその顔に面食らってしまう。

「いいなぁ、って……?」

「……ううん、なんでもない。やりたいこと、できるといいね! リオ、ちょっと走ろう! 帰ったらお腹空くくらいにさ!」

「うわっ! ちょ、ちょっと待って!」

 ぐい、と私の手首を掴んで走り出すアレンくん。力は強い、微かに表情を歪めてしまうほどに。なにかを抑え堪えるような手も、迷いを振り払おうと急ぐ足も、大事なものを隠そうとする背中も、どこか痛ましく見えた。

 お父さん、お母さん。異世界にドラマの予感がします。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~

ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

最も嫌われている最凶の悪役に転生ー物語の主人公に殺されるエンドを回避するため善行を積みます!ー

灰色の鼠
ファンタジー
大人気ソシャゲの物語の主要人物に転生したフリーターの瀬戸有馬。しかし、転生した人物が冷酷非道の悪役”傲慢の魔術師ロベリア・クロウリー”だった。 全キャラの好感度が最低値の世界で、有馬はゲーム主人公であり勇者ラインハルに殺されるバッドエンドを回避するために奮闘する——— その軌跡が、大勢の人を幸せにするとは知らずに。

処理中です...