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1巻

1-2

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「本当に豪華な車両だな……」

 俺が乗り込んだのは一等車両である。
 一車両の半分を一つの客室に利用した豪奢ごうしゃな車両で、往復で乗れば俺の給料の数ヶ月分が吹き飛ぶほどだ。
 貴族や大商人御用達ごようたしの車両のため、本来なら俺のような者には無縁な空間である。

口利くちききをしてくれたアリシアさんに感謝だな」

 そんな俺でも一等車両に乗れたのはアリシアさんのお陰である。
 彼女は俺のことを相当心配してくれているようで、今回の旅行についてもなにかと手を貸してくれたのだ。

「お土産みやげ、しっかり買っていかないと」

 セラにはあのような振られ方をしただけに、今はアリシアさんの優しさが身に沁みる。
 必ずこの恩にむくいねば、と俺は心の中で誓う。

「さてと、ここからノーザンライト駅までは丸一日か」

 グリューネ大陸鉄道、北の終着駅が、先ほど遠くに見えた温泉街ノーザンライトである。
 といっても、温泉街というのは古い呼び名である。
 年中、吹雪で荒れる極寒の地で、元々は温泉資源と観光事業によって発展してきた街である。
 しかし、数十年前にマナタイトと呼ばれる、魔力を持つ鉱石が発掘されるようになったお陰で、街の様子は徐々に変化していった。
 今ではマナタイトの研究が盛んに行われ、吹雪をさえぎる結界が街の一部を覆い、最新の魔導具があちらこちらで稼働かどうする夢のような街である。

「帰りがけには街の観光ってのも良いかもしれないな」

 実は、今回の目的地は、都市の方ではない。
 そこからまたかなりの距離を移動して到達する、大陸の端だ。
 昨日俺の元に届けられたのは、北の端を示す地図と、そこの土地の権利証であった。
 送り主は記載されておらず、怪しいことこの上ない贈り物だ。
 しかし、手紙には俺とアリシアさんしか知り得ない、【ログインボーナス】というスキル名が記されていた。
 おまけにアリシアさんの術でも追跡出来ないほどに、送り主の痕跡こんせきは厳重に抹消まっしょうされていたのだ。
 これらのことが決め手となり、俺はこの地図の場所へと向かい、直接真意を確かめることにしたのだ。アリシアさんから旅行を勧められたのもあって、良いタイミングだったとも言える。

「とはいえ、どうやって向かったものか……」

 北国には、通常の馬よりも一回り大きく屈強な馬が生息している。
 軍馬としても輸出されているそれらを借りられれば、道中もなんとかなるのだろうが……

「まあ良いか。とりあえず向こうに着いてから考えよう」

 そうして俺は眠りに就いた。
 久々にゆっくりとした時間が送れる。
 そう思うと、気が抜けて一気に眠気が押し寄せてきた。


         *


 いつの間にかぐっすり寝入ってしまっていた。
 気付けば昼過ぎとなり、列車は目的のノーザンライト駅に着いていた。

「素晴らしい寝心地だったな……」

 庶民の俺にはもったいないぐらいの贅沢ぜいたくさだ。到着まで完全に意識が飛んでしまっていた。

「魔導研究の盛んな街とは聞いてたが、こうして駅の周りを見てみると、街並みは伝統的だな」

 この都市は三層に分かれていて、ここは最下層にあたる。
 かつての温泉街としての姿がほとんどそのまま残っているようだ。

「ああ、あなたが最後の乗客ですね。確かブライさんですね?」
「え、ええ」

 ノーザンライトの街並みをホームから堪能していると、駅員に呼びかけられた。
 駅員なのだから利用客の名前を知っていて当然だろうが、一体何の用なのだろうか。

「いやあ、良かった。実はブライさん宛に贈り物が届いていて……」
「贈り物?」

 不思議に思いながら、駅員の案内に従って駅を出る。
 すると、俺が通されたのは駅の近くにある厩舎きゅうしゃであった。

「これは……?」

 そこには雄々おおしく美しい肉体を誇る、漆黒の馬がたたずんでいた。

「良い馬ですよ。ここでは馬車の管理もしてますから、それなりに馬を見る機会は多いのですが、その中でも彼はとびきりの肉体の持ち主ですよ」
「確かに良い馬ですね」

 こんな上等な馬がいれば、厳しい北の雪原の旅も楽になるだろう。
 とはいえ、まさかこの名馬が贈り物というわけではないだろう。

「それで、贈り物というのは?」
「ええ、この名馬ですよ。誰からの贈り物かは分かりませんが、ブライさん宛に届いていましたので」
「いやいや、待ってくれ。本当にこんな立派な馬が、俺宛に?」
「はい。『スノウウィングから来たブライ』と書き記されていましたからね。乗客の中で該当するのはブライさんだけですよ」

 そうして、俺は駅員に手紙を渡される。
 確かに、宛名には俺の名前が記されている。

「外に馬車も保管してあるので、確実に取りに来てくださいね」
「え、あ、ちょっと……」

 困惑する俺を置いて、駅員は去って行く。

「贈り物って一体誰から?」

 俺は手渡された手紙に目を通す。

『二日目の特典をお送りします。今後の旅路たびじが良きものとなりますように』

 昨日届いた手紙と同じ封筒が使われていた。
 どうやら同じ送り主のようだ。

「一体どういうことなんだ」

 突然目覚めた【ログインボーナス】というスキル、その効果なのか俺には「特典」とやらが届くようになっていた。
 これはいたずらなのか、それとも本当に女神の恩寵なのか。
 俺の行動を読み、先回りして送っているのか……なんだか不気味だ。

「一体、俺はなにに巻き込まれているんだ?」

 突然解放された謎のスキル、俺に届くようになった謎の品、理由も経緯もなにもかも分からない。

「とはいえ、貰えるというのならありがたく貰っておくか」

 得体が知れなくても、目の前の馬が良い馬だというのはよく分かる。
 正直、疑問は尽きないが、今は深く考えずに、馬と馬車を貰い受けることにしよう。


         *


 温泉宿で一泊した翌日、俺はくだんの手紙に記された土地へと向かうことにした。
 さて、いくら良質な馬と馬車とはいえ、この先はろくに整備もされていない雪原だ。
 飢えを満たすすべは十分すぎるほど用意すべきだろうし、御者ぎょしゃを俺が務める以上は寒風への対策は必須だ。
 俺は街の雑貨屋で防寒具や食料をありったけ購入して、万全の準備を整えるのであった。
 しかし、ほとんどの備えは杞憂きゆうに終わることとなった。
 この漆黒の名馬は大変かしこく、なんと地図を見せるだけで瞬時に目的地と道順を理解したのだ。北の地方の馬は上質なことで有名ではあるが、頭がいいにも程があるだろう。
 降り積もる雪を物ともせずに蹴散けちらしながら、馬は目的地に向かって雪原を突き進んでいく。
 そのお陰で俺は、馬車の中で楽にくつろぐことが出来ている。

「それにしてもこれだけ吹雪いてるのに、中はかなり暖かいな」

 馬車の方も上等な代物であった。かなりの広さと豪華さで、仮眠が取れるようなスペースまでしつらえられている。
 しかしなにより特徴的なのは、複数の魔導具が設置され、風よけと温熱の効果が施されていることだ。なんとも居心地の好い馬車だ。

「この中で暮らしてもいいぐらいだな」

 金に困って家を追い出されたらこれに住もう。
 そんなことを考えながら俺は馬を走らせる。
 今俺が通っているのはノーザンライトの遥か北にある、エイレーン村への道のりである。
 先ほども言ったが、ここには街道らしい街道が整備されておらず、ただ雪原が広がるばかりである。
 しかし、厳しい環境にありながら、馬はほとんど休みなく走り続けている。
 並の馬なら、地面に積もった雪に足を取られてうまく進めないだろうし、体力の消耗しょうもうも激しかっただろうが、この馬からはわずかな疲れも見て取れない。

「このペースなら、明日の昼には着くかもしれないな」

 簡易テントにカイロ、食料品と万全の備えこそしたが、この馬の体力ならばそれほど気を揉む必要はなかっただろう。
 俺は馬に感謝しながら馬車の中で横になる。

「本当に至れり尽くせりだな」

 随分と酷い目に遭ったものだが、突然権利証とやらを貰って、昨日は道を進むための足まで貰った。
 こんなにうまい話があるものだろうか。それだけに警戒もしてしまう。
 何の代価もなくこんな良い思いをするなど、なにか裏があるのではないだろうか、と。

「ま、それは村に着いてからだな」

 依然として気になることはあるが、答えが出ないのならあれこれ悩んでも仕方がない。
 俺は持ち前の楽天主義を少しずつ取り戻し始めていた。

「さて、そろそろ馬を止めて夜を明かすか」

 いつの間にか日が暮れ始めていた。
 屈強な名馬ではあるが、随分と長いこと走らせ続けていたのだ。休息は必要だろう。
 俺は風の避けられそうな洞窟どうくつを探し当てると、そこに馬車をとめて夜を明かすことにした。

「人や魔獣がいる気配はなし、と。普通なら火をおこして暖をとるところだが、この馬車の中で過ごすならそれも不要だろう」

 俺は馬に外套がいとうをかけてやると、携行していた干し肉を取り出し、腹を満たすことにした。

「しかし、広い洞窟だな」

 偶然見付けた場所だが、奥は思ったよりも広々としているようであった。
 腐っても冒険者、俺は好奇心に駆られて、洞窟の奥を探索することにしてみた。

「これは……先史文明せんしぶんめい時代の遺跡だろうか」

 さて、奥へ奥へ進むと、そこには高さ10メートルはあろうかという立派な扉が、洞窟に埋め込まれたように鎮座ちんざしていた。
 未知の石材で構築された白亜はくあの扉、それはずいぶんと古い時代のものだった。

「仕事柄よく見かけたけど、この時代の遺跡は誰も扉を開けたことがないんだよな」

 先史文明時代の遺跡には物理的な施錠せじょうがされておらず、魔導機構によってロックが施されている。
 しかし、未だそれが解析されたことはなく、この扉の向こうに存在するものを知る者は、誰一人としていない。ここも、仮に周囲の岩盤を破壊出来たとしても、奥にある遺跡の壁までは破ることが出来ないだろう。

「遺跡はあったが、探索はここまでか」

 解錠方法が分からない以上は探索のしようがない。俺は馬車に戻ろうと引き返す。すると……
 ――エイレーンの加護かごを確認しました。資格者と認め、封印錠を解錠します。
 無機質な音声と共に、巨大な扉が開かれていった。

「嘘だろ……」

 人類の長い歴史の中で一度も開かれたことのない遺跡が姿をあらわにする。
 俺は歴史的な瞬間に立ち会っていた。
 扉の向こうに広がっていたのは、現代とはまるで趣の異なる、紺碧こんぺきの空間であった。
 壁や床はつるつるとしていて、それでいて俺の知るどの材質よりも硬い。それだけでも、とても興味深い。しかし、それ以上に気になるのは……

「……これは氷か?」

 扉の向こうにあったのは、凄まじい冷気を放つ巨大な物体であった。
 不純物の欠片かけらもない美しく透き通った氷、それが扉の向こうで鎮座していたのだ。

「なんて綺麗きれいなんだ……」

 しかし、俺がなによりも目を奪われたのは、氷の中で眠る少女であった。
 透き通るような美しい銀の髪、まるできぬのようににごりのない白い肌、人間離れした美貌の持ち主がそこにいた。

「いや、待て……人⁉ なんでこんなところに……」

 ふと我に返る。
 その美しさに思わず見とれてしまったが、氷の中に少女が閉じ込められているなど、只事ではない。俺は少女を助けようと、慌てて氷をくだきに掛かる。
 ところが――

「はぁ……はぁ……ダメだ、びくともしない」

 近くの石を手にして何度も叩き付ける、それが駄目ならと腰の剣で、魔法で――俺はありとあらゆる方法で、氷の中から少女を助けようとした。
 しかし、石は砕け、剣は折れ、魔力が尽きるほどに攻撃を加えたにもかかわらず、氷は傷一つつかなかった。

「一体どうすれば……」

 恐らくただの氷ではない。
 高度な魔法の技術で生成されており、しかるべき方法で解呪しなければならないのだろう。
 しかし、そうなると、俺の貧弱ひんじゃくな魔力ではどうしようもない。
 俺は解呪の方法を必死に思案する。

「力もない、魔力もない、そんな俺だがなにか出来るはずだ……」

 国を頼るか?
 幸い、近くには魔導研究で栄えたノーザンライトがある。
 だが、果たして今の技術でこの氷を溶かせるのだろうか。
 教会?
 彼らの中には解呪にけた者も多い。教会に蓄積された知見ちけんが役に立つかもしれない。

「だめだ、時間が掛かりすぎる……」

 この少女は一体いつからこんな目に遭っているのか。
 昨日今日の出来事なのか、数ヶ月か、数年か、それとも……
 呪いにうとい俺にはなにも分からない。
 だが、彼女をこのままにしておくわけにはいかない。一刻も早く、助けてやらねば。

「とはいえ、俺になにが……」

 俺にはなにもない。
 力も魔力もスキルも……

「スキル……?」

 いや、もしかしたらこの状況を打破出来るかもしれない。
 わらにもすがる思いで俺はスキルを発動させた。
【ログインボーナス】――得体えたいの知れないこのスキルのことを、俺はまだ理解していなかった。
 なぜ俺にだけ使えるのか、どんなものが貰えるのか、どんな経緯で貰えるのか。ただ確かなことは、このスキルによって俺は便利なものを得られるということだ。
 それなら、今彼女を救えるなにかを出してくれ、俺はそう願うのであった。
 ――エイレーンの地への到着を確認しました。【ログインボーナス】の機能を解放し、本日の特典300マナを抽出ちゅうしゅつします。
 すると、無機質な音声と共に、突然周囲がぼうっと蒼白く光ったかと思うと、淡い光が俺の中へと吸い寄せられていった。

「なんだこれは……?」


【ログインボーナス】
 利用可能マナ:300
 ――任意の特典をお選びください。


 今までとは明らかに異なる表示だ。
 これまではスキルを発動させようとしてもなにかが起こることはなく、勝手になにかが贈られてくるのみであった。

「この特典ってのは自分で選べるのか?」

 ――新規アイテムの開発、既存のアイテムの複製、経験値の獲得、ステータスの上昇、装備への付与など、なんでもお選び頂けます。
「ログイン」というのがなにを指しているのかよく分からないが、ボーナスと言うだけあって、任意の特典が得られる仕組みのようだ。

「なら、この呪いを解くためのアイテムを貰うことは出来ないか?」

 ――既存のアイテムの複製なら可能です。解析のために、該当のアイテムを提示してください。
 無機質な音声と共に、目の前に淡い光がぼうっと浮かんだ。
 それはゆっくりと収束していくと、正八面体の不可思議な物体へと変化していった。

「いや、同じものが欲しいわけじゃなくて、新しいアイテムが欲しいんだ」

 ――申し訳ございません。新規アイテムを希望される場合、生成されるものはランダムとなっております。
 必ずしも、万能というわけではない……か。
 とはいえ、解呪のスキルを持ち合わせていない以上は、その【開発】とやらを選択するしかなさそうだ。

「いちかばちかだ。その新規アイテムの開発を頼む」

 ――消費マナに応じて、生成されるアイテムの質が変わりますがどうされますか?
 マナというのは、貨幣のようなものだろうか。先ほど300付与されたということは、恐らくその中でやりくりしてアイテムを貰えば良いのだろう。ならば、ここは出し惜しみなしだ。 

「全部だ」

 ――かしこまりました。300マナを消費して、新規アイテムを開発します。
 分の悪すぎる賭けだが、俺はこの状況を打破するために、自分に目覚めた新たな力に頼ることとした。
 ブォォンッと低く重い振動音が響き、目の前の八面体が淡い光を放つと、藍色あいいろの首飾りがその場に生み落とされた。
 俺は首飾りを拾い上げると、スキル【鑑定眼】を発動させ、じっくりと眺める。

「……駄目だ。俺のスキルレベルじゃ、どういう効果があるのか分からない」

 俺の【鑑定眼】のスキルレベルはDランクで、せいぜい毒のある木の実や植物、Dランク以下の装備品の材質や付与効果が見分けられる程度のものだ。

「俺が鑑定出来ないということは少なくともCランク以上、それなりの効果は持ってるのだろうが……」

 しかし、効果が分からない以上はどうしようもない。

「見たところ、普通の首飾りにしか見えないし、使い方も分からない……クソッ、俺にはどうしようもないのか?」

 苦肉くにくの策もあてが外れ、もはやす術もない。
 目の前に苦しんでいる者がいるのに、俺の実力ではなにもしてあげることが出来ない。そのことがどうしようもなく悔しかった。

「こうなれば明日、教会を頼ることも視野に入れるべきだな……」

 日が暮れ始めてからだいぶ経った。外も真っ暗になっている頃だろう。
 いくらあの馬が規格外だとしても、夜更けに吹雪の中を走らせるのは危険だ。

「大丈夫だ。俺がなんとか出す方法を探してやるからな」

 俺は氷の中の少女に語りかける。
 彼女を解放することが出来ず、もどかしい気持ちだが、今は手立てがない。
 俺は口惜しさを感じながらも、その場を後にするのであった。


         *


「起きてください、ご主人様」
「ん……?」

 まどろみのふちから、俺に呼びかけるような声が響いた。
 そうだ、結局昨日はあの少女を救う手立てが見つからず、一度馬車に戻っていたのだった。

「今日こそは、なんとか彼女を助け出さないとな」
「それって私のことですか?」
「ああ………………………………………………え?」

 突如響いた予想外の声に驚く。
 俺は寝ぼけまなこを慌ててこすると、まぶたをしっかりと開いて、周囲を見回してみる。

「おはようございます、ご主人様」

 すると、目の前にはスカートのすそをつまんで、ひらりとお辞儀じぎをする銀の髪の少女の姿があった。
 それは紛れもなく、氷の中で見た少女であった。

「昨日は助けて頂いてありがとうございます。これより誠心誠意せいしんせいい、務めさせて頂きますので、どうか末永くつかえさせてください」
「え……?」

 この日、俺に届けられたのは、メイドを自称する可憐かれんな少女であった。


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