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4巻
4-3
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二回目の鍋を準備し、みんなで食卓を囲む。
「レヴィン殿は料理上手なんだね……実家が酒場だから、僕もそれなりに料理をする機会があったけど、あまりうまくなくて。凄いよ」
仮面を外したレグルスの言葉に、みんなが静まり返った。
「ど、どうしたんだい、みんな。もしかして僕、変なこと言っちゃったかな?」
仮面の有無でこうも性格が切り替わるとは。何度見ても驚くな。
「お前はギャップがありすぎるのだ。いっそ常に仮面をつけていたらどうだ?」
「え。でもユーリ、ご飯を食べる時まで被るのはマナーが悪いよ……レヴィン殿が折角ごちそうしてくれてるのに」
持ち込んだ酒を呑みながら、レグルスが反論した。
以前、彼の実家の酒場で見かけた時は、食事中も仮面をつけていたはずだが……あれはクローニアの民たちの前で自分の気弱な姿を晒さないようにするため、あえてそうしていたらしい。
今は気負う必要がないからか、遠慮なく仮面を外している。
「というか、ギャップがあるといえば……お二人の格好はどうしたんですか?」
突っ込むタイミングがなくてスルーしていたが、俺は二人の服装がどうしても気になってしまう。
彼らが着ている山羊と羊の着ぐるみ。クローニアを代表する騎士、かつ成人男性が着るにしては、いささか可愛らしすぎるデザインだ。
「む? これか? なかなかナイスな寝間着だろう。市場で売っているのを見て購入したのだ」
「僕はいらないって言ったんだけど……『暖かいぞ』って、ユーリが無理矢理……」
ユーリ殿が堂々と着ぐるみを見せびらかす一方で、レグルスは恥ずかしそうだ。
しかし、堅物なユーリ殿が寝間着に着ぐるみを選ぶとは。正直、意外である。
「兄はいつもは真面目なのですが、たまに突拍子のない行動に出るんです。自室で逆立ちしながらジュースを飲んでみたり、独特なセンスのお土産を送りつけてきたり……」
エリスがこっそり教えてくれた。
うーん、とても想像できな……いや、できる。この前の覇王の残滓との戦いも、「アロハシャツを着てセキレイを観光中」という体で救援に来てくれたし。
あの時は助けられたけど、やっぱり珍妙な格好ではあった。
ユーリ殿はかつて、最愛の妹であるエリスとアイシャさん、スピカたちの命を人質に、魔族……クローニアの元宰相、ゼノンに無理矢理従わされていた。自らも呪いに侵され、きっと相当のストレスがあったことだろう。
俺は寡黙で張り詰めた雰囲気があるユーリ殿を見かける機会が多かったが、こうして気を抜けるようになったのであればいいことだ。
「えっと……それにしても、まだ慣れないね。レグルスさんは戦場で見た時と、かなりその……雰囲気が違うから」
アリアは素のレグルスにまだ馴染めずにいるらしい。
《剣皇》レグルスはクローニアで一番の騎士だ。戦場では勇猛果敢に戦う彼だが、本来の性格はとても穏やか……というか、臆病だ。
前に稽古を付けてもらった時、アリアは仮面を外したレグルスを目にしたはずだが……それでも違和感が拭えないようだ。
「アリア殿とは戦場で会うことが多かったですしね。《神聖騎士》だけあって、あなたの戦いぶりは見事でした。クローニア軍の最新兵器を、たった一人で防ぎきるとは。『耐えてくれ』とは言ったものの、正直驚きましたよ」
ゼノンに扇動されたクローニアがエルウィンに攻めてきた際、アリアは一人で侵攻を食い止めた。
レグルス殿が褒めているのは、その時のことだろう。
「その節はありがとう。多分、レグルスさんの助言がなかったら、防ぎきれていなかったと思う」
「いやいや、気にしないでください。ほら、あの時は我が国もいろいろとおかしかったから」
アリアがお礼を言うと、レグルスは謙遜した。
当時、和平がまとまりかけていたエルウィンとクローニアだが、ゼノンのせいで戦争が再開してしまっていた。アリアから聞いた話によると、クローニア軍を率いて戦場に現れたレグルスはうまく立ち回り、双方の被害が最小限になるように腐心してくれたらしい。
他愛ないおしゃべりをしていると、話題が雪かきの話に移った。
「一つ思ったのだが、我らの道を阻むこの鬱陶しい雪、我々の力を結集してまるっと吹き飛ばしてはどうだろうか?」
「ユーリ殿? 何を言ってるんですか?」
なんだか突拍子もない提案だぞ。
「何、この場にはS級天職、あるいはそれに匹敵する力の持ち主が集まっている。全魔力を集中させて、圧倒的な破壊力がある攻撃を放とう。そうしてしまえば、いちいち雪をかく必要もなくなるぞ」
「いやいやいや、そんなことをしたら竜大陸にどんな影響が出るか……それに多分、レグルスさんが探してる薬草も消し炭になりますよ!?」
「かまわん‼ 全て薙ぎ払うのだー‼ ふははははは‼」
ユーリ殿は両手をあげて振り回し、豪快に笑う。
「ちょっ、兄様!? 急に何を……!」
エリスをはじめ、みんなが困惑する。もちろん、俺もだ。
いくらなんでもユーリ殿らしからぬ言動である。
「待って……兄様、もしかしてお酒を呑みました?」
「ふははははは! そんなわけなかろう。俺は水しか飲んでないぞ。きれいですきとおったみずなのだ~~」
そうは言っているが呂律が回っていない。ユーリ殿がグラスを握り、一気に呷ろうとする。
隣にいたレグルスはそれを取り上げ、匂いを嗅いだ。
「まずいよ。これ、お酒だ……僕が持ち込んだセキレイの米酒を、水と勘違いして注いじゃったみたいだ」
「ええ……」
そういえば、レグルスは酒瓶を持ち込んでいたな。
セキレイ土産だというその米酒は、魚介たっぷりで繊細な味わいの鍋にとてもよく合うらしく、それはそれは美味しそうに呑んでいた。
グラスの中の米酒は確かにとても透き通っていて、水にしか見えない。
「エリス。ユーリ殿ってもしかして……」
「はい、ご覧の通りです。兄様はお酒に弱く、ほんの一口呑んだだけで、ポンコツになってしまうのです……」
「なんてこった……」
思わず頭を抱えてしまう。
いつの間にか、ユーリ殿は顔を真っ赤にしていた。目の焦点もどこか合わず、要領を得ない言葉を繰り返している。
「ご、ごめん、レヴィン殿。とりあえず、彼は僕が寝かしておくよ……ほら、ユーリ。もう寝る時間だよっ‼」
「ごふっ‼」
レグルスはユーリ殿をぶん殴り、気絶させた。
なんて荒っぽい寝かしつけだ……
「じゃ、じゃあ、お先に失礼するね。鍋、とても美味しかったよ。できればレヴィン殿を酒場の厨房にスカウトしたいくらいだ。それじゃあ」
嬉しい言葉を残して、レグルスはユーリ殿を引きずり去っていった。
なんとも意外な一面を見た。
「え、えっと……後片付けをして、私たちも寝ましょうか」
「あ、ああ、そうだな……」
兄の醜態に、エリスは恥ずかしそうにしている。
微妙な気まずさを感じながら、俺たちは後片付けを始めた。
「じー……お酒とお鍋ってやっぱり合うのかな?」
エルフィが興味を示している。神竜は丈夫な身体を持つので問題なく酒が呑めるそうだが、彼女はまだ呑んだことがないと聞いていた。
肉体的には問題ないとはいえ、保護者としては止めておきたい。
「エルフィにはまだ早いよ。あんな風にはなりたくないだろう?」
「うん。たしかに……」
飲酒の危険性を伝えるのに、ユーリ殿は最適な見本になったようだ。
さて、エリスとエルフィが食器を片付けている間に、テーブルを拭いておこう。
食卓に目を向けた俺は、アリアがなぜかぐったりとしていることに気が付いた。
「アリア? 具合でも悪いのか?」
「あ~? レヴィンだ~。へへ、どーしたのー?」
アリアがぼんやりとこちらを見上げる。
「いや、『どーしたのー』って……アリアこそ、どうしたんだ?」
「どーもしてないのれす。それよりもー、も~ねるじかん?」
「あ、ああ、そうだけど」
「じゃ~、レヴィンがはこんで。それから、きがえもてつだって~」
「はい?」
アリアが両手を差し出して、抱き上げるよう要求してくる。何それ、恥ずかしい。
よく見てみれば、彼女の顔がうっすらと赤くなっているようだ。そのうえ、呂律も回っていない。
まさか……ユーリ殿のように、間違えて酒を呑んだのか!?
俺が固まっている間も、アリアは何やらムニャムニャと言い募る。
「だって~、レヴィンはぎしきのあと、ずっと私をほうってたので、私にかまい、やしなうぎむがあるのれす‼」
儀式って……もしかして、天職を授かった【神授の儀】のことだろうか?
儀式の後、一緒に故郷を出て王都に向かった俺たちだが、宮仕えをすると決めてからは、それぞれの天職を活かすための訓練を受けるべく離れ離れになっていた。
S級天職持ち同士、公の場で顔を合わせることこそあったが、今のように気軽に話せる状態じゃなかった。こうして一緒に行動するようになったのは、ここ数ヶ月のことだ。
あの時のことを、アリアはそんなふうに思ってたのか?
「あれ~? レヴィンがふたりいる~? おとくだね~」
アリアはもう一人の俺(?)を捕まえようしているのか、空中に向かって抱きつこうとする。
「ああ、もうどうすれば……」
困っていると、キッチンからエリスがやってきた。
俺が今の状況を伝えると、彼女はテーブルの上にあったグラスを取り、じっと見つめる。
やがて、エリスは深刻な表情で口を開く。
「レ、レヴィンさん。アリアが使っていた、このグラスを見てください……」
グラスの中には透明な液体がたっぷりと入っていた。
やっぱり、アリアは米酒を呑んで――
「これ、ただのお水みたいです」
「なんでだよ!」
どうやらアリアは場の雰囲気で酔ったらしい。
もうめちゃくちゃだよ。
◆ ◆ ◆
「うわ~、折角作った道が雪で埋もれてるなあ……」
探索二日目。
寒冷地エリアは相変わらずの天候で、昨日の雪かきの成果が水の泡だ。
「このペースで探索すると、埒が明かないなあ……なんとかしないと」
「ママ、火を使うのはどう? ルーイに手伝ってもらおう」
「そうか。こういう時こそ、力を借りるのもいいかもしれないな」
試しに、都市で待機してもらっている仲間――【契約】した魔獣を喚んでみよう。
俺は【魔獣召喚】を唱え、赤獅子を召喚した。クリムゾンレオのルーイだ。
「ご主人様‼ お喚びですか‼ お役に立ちますよ‼」
目を輝かせたルーイは、その巨体に似合わない人懐っこさで尻尾を振る。
俺たちがセキレイを訪ねた時は留守番だったので、今回はかなり張り切ってるみたいだ。
「実はこのあたりの雪が邪魔でな。これをどうにかしたいんだ」
「そういうことならお安い御用です! お任せを‼」
クリムゾンレオのルーイは火の力を持つ魔獣だ。この程度の雪なら一瞬で溶かせるだろう。
「むむむむむむ」
ルーイが力むように声を絞ると、彼の全身が炎に包まれる。
そして、みるみるうちに周囲の雪が溶け出した。
どうやら俺たちが熱くならないように力を制御しているみたいで、炎の側に立っていても熱は感じない。
あっという間に雪が溶けていく。そのペースは俺たちが想定していた以上だ。
しかし、一つだけ問題があった。
「エルフィ、知ってるか? 雪は溶けると水になるんだ」
「さすがに知ってるよ、ママ」
このあたりに積もった雪は相当な量だ。それが全て水になれば当然……洪水が起こる。
「み、みんな、逃げろおおおおお‼」
「ど、どこに~~~~~~!?」
アリアが叫んだ。
今や小屋の周りの雪は完全に溶け、行き場を求めて一斉に流れ出している。
このままでは二日目の探索がびしょ濡れで始まることになる。
「レヴィン様、皆さん、下がって~」
頭を抱えた瞬間、目の前に青い髪の女性――ヴァルキリー三姉妹の一人、サフィールが現れた。
彼女は魔力を練り上げて周囲の水を操り、ひとまとめの水の球に変化させる。
そして、それを遠くへ放り捨てたのであった。
「無事かしら、皆さん?」
「ああ……ありがとう、サフィール。それにしても、自力で転移してくるなんてな」
「主の危機に駆けつけるのが、私たちの務めですから。何事もなくてよかったですわ」
通常、【契約】した魔獣は主人が喚ばない限り召喚されることはない。しかし今回、サフィールは独りでにやってきた。そのような事例は聞いたことがない。
彼女によると、セキレイでの戦いで俺が死にかけたことを教訓として、緊急時には魔獣側から転移して駆けつけられないかと試行錯誤していたという。
実際に試したのは今が初めてだそうだが、努力が実を結んだらしい。
しかし、従魔が自力で転移するなんて前代未聞だ。
「レヴィン様と私たち姉妹が、強い絆で結ばれている証拠です」とのことらしいけど、なんとも不思議だ。
「ちなみに、私とルビーも来たんだけど……」
そう言ったのは、ヴァルキリーのトパーズだ。隣にいるルビーと一緒に、駆けつけてくれたらしい。
「いやあ……主人想いの相棒たちで、テイマー冥利に尽きるよ」
「ちょ、ちょっと、わ、私は別に心配したわけじゃないし……ただ、おやつ作る人がいなくなるのが嫌なだけで……それだけで……」
素直に言葉にするのが苦手なトパーズは、もごもごと呟いた。
なんだか微笑ましく思っていると、ルビーが話しかけてきた。
「レヴィン様、寒冷地エリアの探索の件は承知しておりますが、さすがにこれは無茶です。降雪量もさることながら、この猛吹雪……寒さだって、人の身にはかなり応えるのでは?」
「うーん……そうなんだよなあ。でも、リントヴルムの背で異変が起きてるなら、早いとこ解決したいし……」
「そういうことなら、多少は力を貸してあげるわよ」
トパーズの言葉をきっかけに、周囲の吹雪がやんだ。
「雪を止めたのか?」
「そうよ。私は光属性の性質があるから。でも、これが限界みたい。本当は【陽光】の力を使って、あたり一帯を晴天にするつもりだったんだけど……何か強い力で邪魔されてるみたいね」
トパーズの能力でもどうにもできないということか。
やはり、異常気象を引き起こしている原因を見つけたいな。
「でも、助かるよ。この雪で、すぐに道が閉ざされるから」
「とはいえ、まだ少し寒いわね。ルーイちゃん、あなたならなんとかできるんじゃないかしら?」
サフィールがルーイに水を向ける。
「はい。みんなが凍えないように温めることはできます。ほら!」
ルーイの掛け声と同時に、寒さが和らぐ。
今度は雪を溶かすのではなく、俺たちの周囲の外気だけ暖かくしたらしい。
「はあ~、凄いね。これなら厚着しなくても大丈夫かも」
アリアの言う通り、この暖かさなら普段着で過ごせそうだ。
昨日は雪かきをするにも上着で動きづらかったが……今日の探索は捗りそうだ。
「さて、残された雪をどうにかしないといけませんね。溶かしてしまうと、先程のように大惨事を招きますから、ここは……」
ルビーがどこからともなく愛用する大剣を取り出し、口づける。すると、大剣がそれはそれは大きなスコップへ変化した。
ルーイと同じく火属性の力を持つルビーだが、こうして武器を鋳造する不思議な力も持っている。
「では、まとめて」
ルビーは大量の雪をスコップで掬い取り、遠くへ放り投げてしまう。
「体力には自信がありますゆえ、雪かきはお任せを。皆様は、どうぞゆっくりなさってください」
「いや、女性にだけ力仕事を任せては騎士の名折れだ。何より、貴殿は相当な強者とみた。雪かきという形ではあるが……ここは一つ手合わせを所望する」
仮面をつけたレグルスが張り切った様子で、ルビーの前に立つ。
「そういう貴殿の実力もかなりのもののようですね……承知いたしました。胸をお借りします」
ルビーは自分のものと同じ大きさのスコップを新たに生成すると、レグルスに差し出した。
武人同士、意外と気が合うようだ。
二人は破竹の勢いで周囲の雪を散らしていった。
「えっと、ママ。私たちはどうする?」
「そうだな。手伝った方がいい気もするけど、入り込む余地がなさそうだ」
「うむ。ここは力自慢に任せるのがいいだろう。あの男、体力だけはあるからな。であれば、私たちが交代するまでもない。レヴィン殿の相棒もかなり腕が立つようだ。我々が下手に手伝っては、勝負の邪魔になってしまう」
ユーリ殿の言うことも一理ある。
ルビーとレグルスに視線をやると、もうずっと遠くまで雪を掘り進めていた。
確かに、俺たちの出る幕はなさそうだ。
俺たちは二人の後をゆっくりとついていくことにした。
さて、それから数時間が経った。
もの凄い勢いで雪をかき分けるルビーとレグルス、そしてトパーズとルーイのサポートのおかげで、俺たちは快適に探索を続けていた。
しかし、今のところ見渡す限りの雪景色が広がるばかり。
これといった異変はない……そう思っていた時だった。
「山が凍っている……?」
寒冷地エリアを北上すると、周囲に険しい連峰が見えてくる。
連峰の中央にはひときわ大きな山がそびえ立っているのだが、そこだけ凍りついているのだ。
山肌は氷で覆われ、さかさまになったつららのような氷の突起が突き出している……なんとも物々しい雰囲気だ。
エリスが俺の肩を叩く。
「レヴィンさん、あそこに大きな洞窟があります」
少し離れたところに、半円筒状の氷でできた大洞窟があった。どうやら氷漬けになっている件の山に向かって延びているようだ。
「あの中を通れば、雪かきをしなくても済みそうだ。あそこを抜けてみようか」
「待ってください、ご主人様。ここを通るなら、防寒着はしっかりと着た方がよさそうです」
「ルーイの力があれば大丈夫じゃないか?」
「それが、あの洞窟から禍々しい魔力を感じて……うまく能力が使えそうにないのです」
「実は私もなの。じきに、雪を止めることができなくなる気がする。洞窟の中に入るなら、支障はないと思うけど……」
ルーイもトパーズも強力な魔獣だ。
その力を妨害するほどの何かが、洞窟の先にあるのかもしれない。
ここはルーイの助言に従おう。俺たちは防寒具をしっかり着込んだ。
魔力が濃いエリアなのか、洞窟内は魔力光によって明るく照らされていた。今はまだトパーズの力が働いていて、外の光が入り込んでいることも明るい原因の一つだろう。
雪が積もってないこともあり、ここまでほとんど見かけなかった様々な魔獣が散見される。
「見て見て、ママ! 羊さんだよ」
洞窟を少し進むと、エルフィが何かに気付いて駆け出した。
そちらを見れば、キラキラと光る毛皮を持ったとても愛らしい羊がとことこ歩いている。
「おお、あれはララメェ! ララメェじゃないか‼」
「知ってるの?」
「ああ。雪国に棲む珍しい羊で、雪を食べて生きてるんだ。だけど、絶滅の危機に瀕しているから、めったにその姿を見られないんだよな」
図鑑で読んだので知識だけはあったけれど、実際に目にするのは初めてだ。
群れからはぐれたのだろうか? ララメェは特に俺たちを気にするそぶりもなく、時折立ち止まってはのんびりと雪を食べていた。
雪をムシャムシャと頬張る姿は本当に可愛い。
どうにかしてうちに連れて帰れないだろうか。
「あっ! 羊さんが倒れちゃう……!」
「メ、メェ……メェ……」
エルフィの言う通り、雪を食べていたララメェが急に地面に横たわった。なんだか苦しそうな表情を浮かべている。
「ああ……雪を食べすぎたんだな。雪を主食にしているララメェだけど、ついつい食べすぎてお腹を壊すことがあるんだ。そうして動けないでいるところを天敵や密猟者に狙われて、数を減らしていったらしい」
厳しい自然界で生き延びるには、のんびりすぎる魔獣。
それがララメェだ。
「なんだか、可哀想。レヴィン、助けてあげられないの?」
「それなら簡単だ。ララメェはお腹を優しくさすってあげると、すぐに元気を取り戻す。本当なら群れの仲間がやってくれるはずなんだが……はぐれている個体みたいだし、アリアが助けてあげたらどうだ?」
「わ、分かった。できるかな」
アリアがそっとララメェに近づき、恐る恐る手を伸ばす。
ララメェは小さな瞳でアリアを見上げた。こちらに敵意がないことは悟っているようだ。
「メェ……メェ……」
ララメェが苦しげに鳴く。先ほどまで輝いていた毛皮は光を失っており、見るからに元気がない。
アリアはそんなララメェを労るように、愛情を込めて優しくお腹を撫でた。
「こうかな?」
「メェ~~~」
ララメェの鳴き声が、だんだんと心地よさそうなものへ変わっていく。
アリアの手から温もりが伝わったのだろう。毛皮がキラキラと光る。
「メェ~! メェ~‼」
やがてララメェは元気を取り戻すと、その場で飛び跳ねてみせた。
「メェメェ!」
お腹をさすってくれたことに感謝しているのか、ララメェはアリアの手に頭を擦り付け、弾んだ声で鳴く。
すると、ぼうっと青い光が発せられた。
「あれ? これは【契約】の……」
この青い光は、魔獣から信頼を得ると発生する【絆の光】である。
今回は俺ではなくアリアがララメェを助け、信頼を得たはずなのだが……不思議なことに絆の光は俺に向かって伸びていた。どうやら俺と契約したいらしい。
俺とアリアを仲間……群れとして認識しているのかもしれない。
ともかく、ララメェを【契約】してみよう。
「【契約】」
そう唱えると、あっさりと成功した。これでこのララメェは俺の仲間だ。
「メェメェ‼ 助けてくれてぇ~ありがとぉ~!」
人間の言葉を喋れるようになったララメェが、のんびりとした声音で感謝してくる。そして、俺に挨拶するように頭を擦り付けてきた。
とても人懐っこい性格だ。癒やされるなあ。
「レヴィン殿は料理上手なんだね……実家が酒場だから、僕もそれなりに料理をする機会があったけど、あまりうまくなくて。凄いよ」
仮面を外したレグルスの言葉に、みんなが静まり返った。
「ど、どうしたんだい、みんな。もしかして僕、変なこと言っちゃったかな?」
仮面の有無でこうも性格が切り替わるとは。何度見ても驚くな。
「お前はギャップがありすぎるのだ。いっそ常に仮面をつけていたらどうだ?」
「え。でもユーリ、ご飯を食べる時まで被るのはマナーが悪いよ……レヴィン殿が折角ごちそうしてくれてるのに」
持ち込んだ酒を呑みながら、レグルスが反論した。
以前、彼の実家の酒場で見かけた時は、食事中も仮面をつけていたはずだが……あれはクローニアの民たちの前で自分の気弱な姿を晒さないようにするため、あえてそうしていたらしい。
今は気負う必要がないからか、遠慮なく仮面を外している。
「というか、ギャップがあるといえば……お二人の格好はどうしたんですか?」
突っ込むタイミングがなくてスルーしていたが、俺は二人の服装がどうしても気になってしまう。
彼らが着ている山羊と羊の着ぐるみ。クローニアを代表する騎士、かつ成人男性が着るにしては、いささか可愛らしすぎるデザインだ。
「む? これか? なかなかナイスな寝間着だろう。市場で売っているのを見て購入したのだ」
「僕はいらないって言ったんだけど……『暖かいぞ』って、ユーリが無理矢理……」
ユーリ殿が堂々と着ぐるみを見せびらかす一方で、レグルスは恥ずかしそうだ。
しかし、堅物なユーリ殿が寝間着に着ぐるみを選ぶとは。正直、意外である。
「兄はいつもは真面目なのですが、たまに突拍子のない行動に出るんです。自室で逆立ちしながらジュースを飲んでみたり、独特なセンスのお土産を送りつけてきたり……」
エリスがこっそり教えてくれた。
うーん、とても想像できな……いや、できる。この前の覇王の残滓との戦いも、「アロハシャツを着てセキレイを観光中」という体で救援に来てくれたし。
あの時は助けられたけど、やっぱり珍妙な格好ではあった。
ユーリ殿はかつて、最愛の妹であるエリスとアイシャさん、スピカたちの命を人質に、魔族……クローニアの元宰相、ゼノンに無理矢理従わされていた。自らも呪いに侵され、きっと相当のストレスがあったことだろう。
俺は寡黙で張り詰めた雰囲気があるユーリ殿を見かける機会が多かったが、こうして気を抜けるようになったのであればいいことだ。
「えっと……それにしても、まだ慣れないね。レグルスさんは戦場で見た時と、かなりその……雰囲気が違うから」
アリアは素のレグルスにまだ馴染めずにいるらしい。
《剣皇》レグルスはクローニアで一番の騎士だ。戦場では勇猛果敢に戦う彼だが、本来の性格はとても穏やか……というか、臆病だ。
前に稽古を付けてもらった時、アリアは仮面を外したレグルスを目にしたはずだが……それでも違和感が拭えないようだ。
「アリア殿とは戦場で会うことが多かったですしね。《神聖騎士》だけあって、あなたの戦いぶりは見事でした。クローニア軍の最新兵器を、たった一人で防ぎきるとは。『耐えてくれ』とは言ったものの、正直驚きましたよ」
ゼノンに扇動されたクローニアがエルウィンに攻めてきた際、アリアは一人で侵攻を食い止めた。
レグルス殿が褒めているのは、その時のことだろう。
「その節はありがとう。多分、レグルスさんの助言がなかったら、防ぎきれていなかったと思う」
「いやいや、気にしないでください。ほら、あの時は我が国もいろいろとおかしかったから」
アリアがお礼を言うと、レグルスは謙遜した。
当時、和平がまとまりかけていたエルウィンとクローニアだが、ゼノンのせいで戦争が再開してしまっていた。アリアから聞いた話によると、クローニア軍を率いて戦場に現れたレグルスはうまく立ち回り、双方の被害が最小限になるように腐心してくれたらしい。
他愛ないおしゃべりをしていると、話題が雪かきの話に移った。
「一つ思ったのだが、我らの道を阻むこの鬱陶しい雪、我々の力を結集してまるっと吹き飛ばしてはどうだろうか?」
「ユーリ殿? 何を言ってるんですか?」
なんだか突拍子もない提案だぞ。
「何、この場にはS級天職、あるいはそれに匹敵する力の持ち主が集まっている。全魔力を集中させて、圧倒的な破壊力がある攻撃を放とう。そうしてしまえば、いちいち雪をかく必要もなくなるぞ」
「いやいやいや、そんなことをしたら竜大陸にどんな影響が出るか……それに多分、レグルスさんが探してる薬草も消し炭になりますよ!?」
「かまわん‼ 全て薙ぎ払うのだー‼ ふははははは‼」
ユーリ殿は両手をあげて振り回し、豪快に笑う。
「ちょっ、兄様!? 急に何を……!」
エリスをはじめ、みんなが困惑する。もちろん、俺もだ。
いくらなんでもユーリ殿らしからぬ言動である。
「待って……兄様、もしかしてお酒を呑みました?」
「ふははははは! そんなわけなかろう。俺は水しか飲んでないぞ。きれいですきとおったみずなのだ~~」
そうは言っているが呂律が回っていない。ユーリ殿がグラスを握り、一気に呷ろうとする。
隣にいたレグルスはそれを取り上げ、匂いを嗅いだ。
「まずいよ。これ、お酒だ……僕が持ち込んだセキレイの米酒を、水と勘違いして注いじゃったみたいだ」
「ええ……」
そういえば、レグルスは酒瓶を持ち込んでいたな。
セキレイ土産だというその米酒は、魚介たっぷりで繊細な味わいの鍋にとてもよく合うらしく、それはそれは美味しそうに呑んでいた。
グラスの中の米酒は確かにとても透き通っていて、水にしか見えない。
「エリス。ユーリ殿ってもしかして……」
「はい、ご覧の通りです。兄様はお酒に弱く、ほんの一口呑んだだけで、ポンコツになってしまうのです……」
「なんてこった……」
思わず頭を抱えてしまう。
いつの間にか、ユーリ殿は顔を真っ赤にしていた。目の焦点もどこか合わず、要領を得ない言葉を繰り返している。
「ご、ごめん、レヴィン殿。とりあえず、彼は僕が寝かしておくよ……ほら、ユーリ。もう寝る時間だよっ‼」
「ごふっ‼」
レグルスはユーリ殿をぶん殴り、気絶させた。
なんて荒っぽい寝かしつけだ……
「じゃ、じゃあ、お先に失礼するね。鍋、とても美味しかったよ。できればレヴィン殿を酒場の厨房にスカウトしたいくらいだ。それじゃあ」
嬉しい言葉を残して、レグルスはユーリ殿を引きずり去っていった。
なんとも意外な一面を見た。
「え、えっと……後片付けをして、私たちも寝ましょうか」
「あ、ああ、そうだな……」
兄の醜態に、エリスは恥ずかしそうにしている。
微妙な気まずさを感じながら、俺たちは後片付けを始めた。
「じー……お酒とお鍋ってやっぱり合うのかな?」
エルフィが興味を示している。神竜は丈夫な身体を持つので問題なく酒が呑めるそうだが、彼女はまだ呑んだことがないと聞いていた。
肉体的には問題ないとはいえ、保護者としては止めておきたい。
「エルフィにはまだ早いよ。あんな風にはなりたくないだろう?」
「うん。たしかに……」
飲酒の危険性を伝えるのに、ユーリ殿は最適な見本になったようだ。
さて、エリスとエルフィが食器を片付けている間に、テーブルを拭いておこう。
食卓に目を向けた俺は、アリアがなぜかぐったりとしていることに気が付いた。
「アリア? 具合でも悪いのか?」
「あ~? レヴィンだ~。へへ、どーしたのー?」
アリアがぼんやりとこちらを見上げる。
「いや、『どーしたのー』って……アリアこそ、どうしたんだ?」
「どーもしてないのれす。それよりもー、も~ねるじかん?」
「あ、ああ、そうだけど」
「じゃ~、レヴィンがはこんで。それから、きがえもてつだって~」
「はい?」
アリアが両手を差し出して、抱き上げるよう要求してくる。何それ、恥ずかしい。
よく見てみれば、彼女の顔がうっすらと赤くなっているようだ。そのうえ、呂律も回っていない。
まさか……ユーリ殿のように、間違えて酒を呑んだのか!?
俺が固まっている間も、アリアは何やらムニャムニャと言い募る。
「だって~、レヴィンはぎしきのあと、ずっと私をほうってたので、私にかまい、やしなうぎむがあるのれす‼」
儀式って……もしかして、天職を授かった【神授の儀】のことだろうか?
儀式の後、一緒に故郷を出て王都に向かった俺たちだが、宮仕えをすると決めてからは、それぞれの天職を活かすための訓練を受けるべく離れ離れになっていた。
S級天職持ち同士、公の場で顔を合わせることこそあったが、今のように気軽に話せる状態じゃなかった。こうして一緒に行動するようになったのは、ここ数ヶ月のことだ。
あの時のことを、アリアはそんなふうに思ってたのか?
「あれ~? レヴィンがふたりいる~? おとくだね~」
アリアはもう一人の俺(?)を捕まえようしているのか、空中に向かって抱きつこうとする。
「ああ、もうどうすれば……」
困っていると、キッチンからエリスがやってきた。
俺が今の状況を伝えると、彼女はテーブルの上にあったグラスを取り、じっと見つめる。
やがて、エリスは深刻な表情で口を開く。
「レ、レヴィンさん。アリアが使っていた、このグラスを見てください……」
グラスの中には透明な液体がたっぷりと入っていた。
やっぱり、アリアは米酒を呑んで――
「これ、ただのお水みたいです」
「なんでだよ!」
どうやらアリアは場の雰囲気で酔ったらしい。
もうめちゃくちゃだよ。
◆ ◆ ◆
「うわ~、折角作った道が雪で埋もれてるなあ……」
探索二日目。
寒冷地エリアは相変わらずの天候で、昨日の雪かきの成果が水の泡だ。
「このペースで探索すると、埒が明かないなあ……なんとかしないと」
「ママ、火を使うのはどう? ルーイに手伝ってもらおう」
「そうか。こういう時こそ、力を借りるのもいいかもしれないな」
試しに、都市で待機してもらっている仲間――【契約】した魔獣を喚んでみよう。
俺は【魔獣召喚】を唱え、赤獅子を召喚した。クリムゾンレオのルーイだ。
「ご主人様‼ お喚びですか‼ お役に立ちますよ‼」
目を輝かせたルーイは、その巨体に似合わない人懐っこさで尻尾を振る。
俺たちがセキレイを訪ねた時は留守番だったので、今回はかなり張り切ってるみたいだ。
「実はこのあたりの雪が邪魔でな。これをどうにかしたいんだ」
「そういうことならお安い御用です! お任せを‼」
クリムゾンレオのルーイは火の力を持つ魔獣だ。この程度の雪なら一瞬で溶かせるだろう。
「むむむむむむ」
ルーイが力むように声を絞ると、彼の全身が炎に包まれる。
そして、みるみるうちに周囲の雪が溶け出した。
どうやら俺たちが熱くならないように力を制御しているみたいで、炎の側に立っていても熱は感じない。
あっという間に雪が溶けていく。そのペースは俺たちが想定していた以上だ。
しかし、一つだけ問題があった。
「エルフィ、知ってるか? 雪は溶けると水になるんだ」
「さすがに知ってるよ、ママ」
このあたりに積もった雪は相当な量だ。それが全て水になれば当然……洪水が起こる。
「み、みんな、逃げろおおおおお‼」
「ど、どこに~~~~~~!?」
アリアが叫んだ。
今や小屋の周りの雪は完全に溶け、行き場を求めて一斉に流れ出している。
このままでは二日目の探索がびしょ濡れで始まることになる。
「レヴィン様、皆さん、下がって~」
頭を抱えた瞬間、目の前に青い髪の女性――ヴァルキリー三姉妹の一人、サフィールが現れた。
彼女は魔力を練り上げて周囲の水を操り、ひとまとめの水の球に変化させる。
そして、それを遠くへ放り捨てたのであった。
「無事かしら、皆さん?」
「ああ……ありがとう、サフィール。それにしても、自力で転移してくるなんてな」
「主の危機に駆けつけるのが、私たちの務めですから。何事もなくてよかったですわ」
通常、【契約】した魔獣は主人が喚ばない限り召喚されることはない。しかし今回、サフィールは独りでにやってきた。そのような事例は聞いたことがない。
彼女によると、セキレイでの戦いで俺が死にかけたことを教訓として、緊急時には魔獣側から転移して駆けつけられないかと試行錯誤していたという。
実際に試したのは今が初めてだそうだが、努力が実を結んだらしい。
しかし、従魔が自力で転移するなんて前代未聞だ。
「レヴィン様と私たち姉妹が、強い絆で結ばれている証拠です」とのことらしいけど、なんとも不思議だ。
「ちなみに、私とルビーも来たんだけど……」
そう言ったのは、ヴァルキリーのトパーズだ。隣にいるルビーと一緒に、駆けつけてくれたらしい。
「いやあ……主人想いの相棒たちで、テイマー冥利に尽きるよ」
「ちょ、ちょっと、わ、私は別に心配したわけじゃないし……ただ、おやつ作る人がいなくなるのが嫌なだけで……それだけで……」
素直に言葉にするのが苦手なトパーズは、もごもごと呟いた。
なんだか微笑ましく思っていると、ルビーが話しかけてきた。
「レヴィン様、寒冷地エリアの探索の件は承知しておりますが、さすがにこれは無茶です。降雪量もさることながら、この猛吹雪……寒さだって、人の身にはかなり応えるのでは?」
「うーん……そうなんだよなあ。でも、リントヴルムの背で異変が起きてるなら、早いとこ解決したいし……」
「そういうことなら、多少は力を貸してあげるわよ」
トパーズの言葉をきっかけに、周囲の吹雪がやんだ。
「雪を止めたのか?」
「そうよ。私は光属性の性質があるから。でも、これが限界みたい。本当は【陽光】の力を使って、あたり一帯を晴天にするつもりだったんだけど……何か強い力で邪魔されてるみたいね」
トパーズの能力でもどうにもできないということか。
やはり、異常気象を引き起こしている原因を見つけたいな。
「でも、助かるよ。この雪で、すぐに道が閉ざされるから」
「とはいえ、まだ少し寒いわね。ルーイちゃん、あなたならなんとかできるんじゃないかしら?」
サフィールがルーイに水を向ける。
「はい。みんなが凍えないように温めることはできます。ほら!」
ルーイの掛け声と同時に、寒さが和らぐ。
今度は雪を溶かすのではなく、俺たちの周囲の外気だけ暖かくしたらしい。
「はあ~、凄いね。これなら厚着しなくても大丈夫かも」
アリアの言う通り、この暖かさなら普段着で過ごせそうだ。
昨日は雪かきをするにも上着で動きづらかったが……今日の探索は捗りそうだ。
「さて、残された雪をどうにかしないといけませんね。溶かしてしまうと、先程のように大惨事を招きますから、ここは……」
ルビーがどこからともなく愛用する大剣を取り出し、口づける。すると、大剣がそれはそれは大きなスコップへ変化した。
ルーイと同じく火属性の力を持つルビーだが、こうして武器を鋳造する不思議な力も持っている。
「では、まとめて」
ルビーは大量の雪をスコップで掬い取り、遠くへ放り投げてしまう。
「体力には自信がありますゆえ、雪かきはお任せを。皆様は、どうぞゆっくりなさってください」
「いや、女性にだけ力仕事を任せては騎士の名折れだ。何より、貴殿は相当な強者とみた。雪かきという形ではあるが……ここは一つ手合わせを所望する」
仮面をつけたレグルスが張り切った様子で、ルビーの前に立つ。
「そういう貴殿の実力もかなりのもののようですね……承知いたしました。胸をお借りします」
ルビーは自分のものと同じ大きさのスコップを新たに生成すると、レグルスに差し出した。
武人同士、意外と気が合うようだ。
二人は破竹の勢いで周囲の雪を散らしていった。
「えっと、ママ。私たちはどうする?」
「そうだな。手伝った方がいい気もするけど、入り込む余地がなさそうだ」
「うむ。ここは力自慢に任せるのがいいだろう。あの男、体力だけはあるからな。であれば、私たちが交代するまでもない。レヴィン殿の相棒もかなり腕が立つようだ。我々が下手に手伝っては、勝負の邪魔になってしまう」
ユーリ殿の言うことも一理ある。
ルビーとレグルスに視線をやると、もうずっと遠くまで雪を掘り進めていた。
確かに、俺たちの出る幕はなさそうだ。
俺たちは二人の後をゆっくりとついていくことにした。
さて、それから数時間が経った。
もの凄い勢いで雪をかき分けるルビーとレグルス、そしてトパーズとルーイのサポートのおかげで、俺たちは快適に探索を続けていた。
しかし、今のところ見渡す限りの雪景色が広がるばかり。
これといった異変はない……そう思っていた時だった。
「山が凍っている……?」
寒冷地エリアを北上すると、周囲に険しい連峰が見えてくる。
連峰の中央にはひときわ大きな山がそびえ立っているのだが、そこだけ凍りついているのだ。
山肌は氷で覆われ、さかさまになったつららのような氷の突起が突き出している……なんとも物々しい雰囲気だ。
エリスが俺の肩を叩く。
「レヴィンさん、あそこに大きな洞窟があります」
少し離れたところに、半円筒状の氷でできた大洞窟があった。どうやら氷漬けになっている件の山に向かって延びているようだ。
「あの中を通れば、雪かきをしなくても済みそうだ。あそこを抜けてみようか」
「待ってください、ご主人様。ここを通るなら、防寒着はしっかりと着た方がよさそうです」
「ルーイの力があれば大丈夫じゃないか?」
「それが、あの洞窟から禍々しい魔力を感じて……うまく能力が使えそうにないのです」
「実は私もなの。じきに、雪を止めることができなくなる気がする。洞窟の中に入るなら、支障はないと思うけど……」
ルーイもトパーズも強力な魔獣だ。
その力を妨害するほどの何かが、洞窟の先にあるのかもしれない。
ここはルーイの助言に従おう。俺たちは防寒具をしっかり着込んだ。
魔力が濃いエリアなのか、洞窟内は魔力光によって明るく照らされていた。今はまだトパーズの力が働いていて、外の光が入り込んでいることも明るい原因の一つだろう。
雪が積もってないこともあり、ここまでほとんど見かけなかった様々な魔獣が散見される。
「見て見て、ママ! 羊さんだよ」
洞窟を少し進むと、エルフィが何かに気付いて駆け出した。
そちらを見れば、キラキラと光る毛皮を持ったとても愛らしい羊がとことこ歩いている。
「おお、あれはララメェ! ララメェじゃないか‼」
「知ってるの?」
「ああ。雪国に棲む珍しい羊で、雪を食べて生きてるんだ。だけど、絶滅の危機に瀕しているから、めったにその姿を見られないんだよな」
図鑑で読んだので知識だけはあったけれど、実際に目にするのは初めてだ。
群れからはぐれたのだろうか? ララメェは特に俺たちを気にするそぶりもなく、時折立ち止まってはのんびりと雪を食べていた。
雪をムシャムシャと頬張る姿は本当に可愛い。
どうにかしてうちに連れて帰れないだろうか。
「あっ! 羊さんが倒れちゃう……!」
「メ、メェ……メェ……」
エルフィの言う通り、雪を食べていたララメェが急に地面に横たわった。なんだか苦しそうな表情を浮かべている。
「ああ……雪を食べすぎたんだな。雪を主食にしているララメェだけど、ついつい食べすぎてお腹を壊すことがあるんだ。そうして動けないでいるところを天敵や密猟者に狙われて、数を減らしていったらしい」
厳しい自然界で生き延びるには、のんびりすぎる魔獣。
それがララメェだ。
「なんだか、可哀想。レヴィン、助けてあげられないの?」
「それなら簡単だ。ララメェはお腹を優しくさすってあげると、すぐに元気を取り戻す。本当なら群れの仲間がやってくれるはずなんだが……はぐれている個体みたいだし、アリアが助けてあげたらどうだ?」
「わ、分かった。できるかな」
アリアがそっとララメェに近づき、恐る恐る手を伸ばす。
ララメェは小さな瞳でアリアを見上げた。こちらに敵意がないことは悟っているようだ。
「メェ……メェ……」
ララメェが苦しげに鳴く。先ほどまで輝いていた毛皮は光を失っており、見るからに元気がない。
アリアはそんなララメェを労るように、愛情を込めて優しくお腹を撫でた。
「こうかな?」
「メェ~~~」
ララメェの鳴き声が、だんだんと心地よさそうなものへ変わっていく。
アリアの手から温もりが伝わったのだろう。毛皮がキラキラと光る。
「メェ~! メェ~‼」
やがてララメェは元気を取り戻すと、その場で飛び跳ねてみせた。
「メェメェ!」
お腹をさすってくれたことに感謝しているのか、ララメェはアリアの手に頭を擦り付け、弾んだ声で鳴く。
すると、ぼうっと青い光が発せられた。
「あれ? これは【契約】の……」
この青い光は、魔獣から信頼を得ると発生する【絆の光】である。
今回は俺ではなくアリアがララメェを助け、信頼を得たはずなのだが……不思議なことに絆の光は俺に向かって伸びていた。どうやら俺と契約したいらしい。
俺とアリアを仲間……群れとして認識しているのかもしれない。
ともかく、ララメェを【契約】してみよう。
「【契約】」
そう唱えると、あっさりと成功した。これでこのララメェは俺の仲間だ。
「メェメェ‼ 助けてくれてぇ~ありがとぉ~!」
人間の言葉を喋れるようになったララメェが、のんびりとした声音で感謝してくる。そして、俺に挨拶するように頭を擦り付けてきた。
とても人懐っこい性格だ。癒やされるなあ。
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