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第四章

第二十二話 【契約】

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「しかし、申し訳ない。まさか、このようなことになろうとは……やはり【覇王】の残滓とは、我々の手に余るものなのかもしれない」

 ユキウサギを抱きかかえてその頭を撫でると、シロクマは複雑そうな表情を浮かべた。
 彼女はウサギを我が子のように愛しているが、その身には危険な力が収まっている。
 エルフィさんによれば、俺達ならその力を制御できるらしいが。

「きゅ……きゅう……」

 突然、ユキウサギが苦しみ始めた。

「まずい。早く食べ物を探さなくては。あのフロストモナークに怯えて氷漬けにして以来、何も口にしていないのだ」
「なんだって?」

 氷漬けになったみんなも心配だけど、ライルさんは力を果たしてしまって解呪も難しい。
 まずは、ウサギの餌を確保しよう。

「待っててくれ。ウサギにぴったりのフードがあるから、それを持ってくる」

 魔獣にはそれぞれの嗜好と体質に合った特別なフードの製法があったりする。
 【覇王】の残滓も同じように食べるかはわからないが、試してみるのも手だろう。
 家にある食料庫にはそういったフードがたくさんストックされている。俺は転移門で家に戻ると、ペレットと呼ばれる粒上のカリカリのフードを持ってくる。

「さあ、これを」
「これは食べさせても大丈夫なのか?」

 焦げ茶色のフードを見て、シロクマが訝しむ。

「ウサギの体に配慮して配合されたフードだから身体にはいいはずだ。食感もいいから、きっと気にいるはずだ」
「分かった。お前を信じよう」

 シロクマがペレットを差し出す。

「きゅ?」

 ウサギはペレットをじっくりと観察し、匂いを嗅いだりして、安全なものか確かめる。
 そしてしばらくすると、そっと何粒かを口に頬張り咀嚼する。

「きゅう!」

 最初は恐る恐るだったが、食感が気に入ったのか、やがてペレットを貪るように口にするようになった。

「はむはむ……きゅぷ!」

 そして、用意したペレットを完食すると、可愛らしくげっぷをした。

「ふむ。どうやらかなり気に入ってくれたようだ。この辺りだと、食べ物もほとんど見つからないので、こんなに満足したのは久しぶりだろうな」
「それはよかった」

 ひとまず、食料はなんとかなった。あとは、みんなの呪いとこの吹雪をどうにかしないとだが……

「きゅう……」

 ウサギの方を見ると、氷漬けになったエルフィの方へと向かう。
 すると、その氷をひっかき始めた。

「きゅう! きゅう!」

 俺達が敵でないことを理解して、先程凍らせてしまったみんなをどうにかしようとしているのだろうか。

「改めて申し訳ない。主の仲間をあんな目に遭わせてしまって」
「いえ、それよりも今は呪いを解除しないと」

 エルフィさんは【覇王】の力を制御すればと言っていた。
 この呪いはウサギが発したものだし、あの子が力を制御できるようになれば、あの呪いも解けるかもしれないが。

「きゅう! きゅう!! きゅきゅうきゅうきゅう!!!!」

 ウサギは凄まじい気合で爪をひっかき続ける。
 しかし、やはり氷をどうにかするまでには至らない。

「レヴィン、見て。ウサギの身体が」

 しばらくして、ウサギが青白い光を発した。
 これはもしかして……

「どうやら、あの子が主を認めたようだ。だが、あれは【覇王】の残滓、契約を結ぶのは」
「いや、やってみるよ」
「なんだと? いくら《竜の呼び手》とはいえ、それは……」

 これは俺自身と【覇王】の力とを結びつける行動にほかならない。
 シロクマが心配するように、これは危険なことかもしれない。
 だけど、うまくいけば、あのウサギが力を制御するのを助けられるかもしれない。

「【契約】……」

 いつものように契約を結ぼうとする。すると、俺の全身から白い光が放たれた。
 これはエルフィさんの力?

「もしや、神竜王の力を? それならばあるいは」
「なら、私も」

 アリアが《神聖騎士》の加護を発動する。
 彼女の身体に眠るエルフィさんの力が流れ込んでくる。

「よし、これなら!!」

 ユキウサギに眠る【覇王】の力をなだめながら、俺は【契約】を進める。
 すると……

「きゅう……きゅううううう!!!!!!!!」

 ユキウサギが力いっぱいに鳴くと、暖かい光が洞窟中に広がった。

「凄い……レヴィンさんとユキウサギから凄まじい魔力が溢れています」

 ライルさんの感心する声が聞こえると、やがて光がエルフィたちを包んで、その氷を溶かしていく。
 それから程なくして、氷漬けにされた仲間たちが解放されるのであった。

「くしゅん……!! うぅ……とてもさむかったです」
「エリスにおなじく……」

 エリスとエルフィが揃って、震える身体を抱きかかえるようにして、なんとか温めようとしている。
 ふたりともかなり身体が冷えたようだが、ひとまず無事のようで良かった。

「まさか、【覇王】の残滓とすら契約してみせるとは……」
「俺もうまくいくとは思わなかったよ。でも、これでこの辺りの吹雪は解決かな」

 ひとまず、洞窟を出てみる。
 すると、あたりを覆っていた吹雪は止み、陽の光が降り注いでいた。
 北の地らしく寒さは相変わらずだが、【神樹】の管理を超えた異常な吹雪はもう起こらないだろう。

「《竜の呼び手》レヴィンよ。この度は、本当に助かった。この子が力を制御できたのも、主のおかげだ」
「君はこれからどうするつもりなの? 街に来る?」
「いや、力を抑えられるようになったとはいえ、この子は【覇王】の残滓だ。万が一にも周りに影響が出ないように、ここで暮らそうと思う」
「うぅ……こんなにかわいいのに……さびしい」

 いつの間にかエルフィがユキウサギを抱きかかえていた。

「そうですよね、エルフィちゃん。せっかく、うちで飼えると思ったんですが。でも、街に被害が出るのはダメですもんね」

 名残惜しそうにエリスがウサギの頭を撫でる。

「エリスよ。仮にも【覇王】の残滓だぞ。また凍らされたらどうするつもりだ?」
「その時は、レヴィンさんたちがどうにかしてくれますから。それよりも、見てください。このきれいな毛並み、あどけない顔、短い足。どれもとっても可愛らしいです。こんな可愛いこと離れ離れになるなんて悲しすぎます」
「確かにそうだな。解呪はレヴィン殿に任せて飼うのも選択肢か?」

 なんとも呑気なことを言う兄妹だ。呪いで凍らされてでも、ウサギを愛でたいらしい。
 だが、やはりシロクマの言うことはもっともだ。
 ふとした拍子にユキウサギが暴走する可能性も無くはないのだから。

「そうだ。それなら、あの洞窟に住心地のいい家を建てよう。それと転移門もつなげれば、いつでもここに遊びに来られるし」
「ママ、ナイスアイデイア」
「いいのか?」
「【神樹】の力があればなんてことないからね。アントニオに頼んで、専用の家を作ろう。餌もあのフードがあるといいだろうし」
「そうだな。いずれにせよ、主には助けられた」

 シロクマが手を差し出すと青白い光が放たれた。

「私の名はオルガ。アークベアーのオルガだ。そしてこの子はハク。これから主が困っているときは、必ず力になると誓おう」

 俺はオルガの手を取ると【契約】を実行する。
 こうして、俺はアークベアーのオルガと、【覇王】の残滓であるユキウサギのハクを仲間にするのであった。
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