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第四章

第十二話 ライル

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 半年ほど前のこと。

 大陸の空に、突如として竜の大陸が現れた。
 見上げる人々に落とす影はとても大きく、それは日に日に大きさを増していった。
 まるで毎日のように成長しているかのようだった。

 人々の中には、突然現れた巨大な存在を恐れる者もいた。
 しかし、竜の大陸が大陸中央の戦争を食い止めたことや、その背に現代とは比にならない技術を持った街があり、様々な国の品が集まる大きな市場や観光地があると知られていくと、竜の背を訪れようと希望する者が増えていき、徐々にその異様な存在も受け入れられていった。

「ライル司教! 聞きましたよ。例の神竜大陸に招待されたとか。噂ではその背に、壮麗な都が築かれているとか」

 大聖堂の裏手に築かれた庭園にて、ライルは司祭たちに囲まれていた。

「私も、休暇が取れればぜひ訪れたいところです。そういえば、ご存じですか? あの背には各国から珍品が集う市場があるとか」
「それにしても。司教ほどの方を呼ばれるとは、一体どのような要件なのでしょうね」

 失われたはずの神竜が蘇ったと聞いて、聖職者たちもその存在に、大きな興味を抱いている。
 みなリントヴルムについて伝え聞いた話を次々と口にする。

「なにやら医術の専門家の知恵を借りたいということでして。私よりも適任がいらっしゃると思うのですが」
「いえいえ、私などまだまだ若輩者ですから」

 司祭たちは一様にこう考えていた。
 女神に遣わされた聖獣。その中でも特別な存在である神竜の招きを受けるなど、やはりライルは素晴らしい人物なのだと。
 しかし、当のライルはこれからのことに頭を悩ませていた。

「大陸竜……神竜族の中でも特異な存在であり、この大陸も天寿を全うした大陸竜の肉体から生み出されたと言われていますが……」

 まさかこんなことになるなんてと、ライルは頭の中でそっとため息をつく。
 エルディア聖教国は大陸の南部にあるが、その庭園からでも大陸中央に浮かぶリントヴルムの姿ははっきりと見える。
 ライルはその圧倒的な大きさを前に頭を抱える。
 彼に課せられた任務は、大陸竜を捕らえ、聖教会の傘下に収めることである。だが、あの巨大さを目にすれば、その任務がいかに困難であるかは子どもでも分かる。

(最近の聖教会は、魔族の動きに対して後手に回りつつある。彼らが本格的に動き出す前に、神竜を味方にしておきたいというのは理解できますが……)

 魔族は様々な国の影で暗躍し、ついにはセキレイに残った【覇王】の残滓すらも奪取した。
 しかし、その事実は明るみになっていない。かつて【覇王】の眷属として、人類を滅ぼそうとした彼らの存在が知られれば、民たちが恐怖し、混乱するとの判断からだ。
 だが、そこには魔族の暗躍に対して、有効な手を打てていない聖教会の失態を隠すという意味もあるのではないか。
 ライルの頭にはそんな考えがよぎってしまう。

(いや、違う。僕たちの頑張りが足りていないからだ。あの忌々しい魔族たちを殲滅するためにも、今回の任務、確実に成功させなくては)

 教会は古来より、いずれ復活するであろう魔族に対して、対抗策を練ってきた。
 ライルの所属する祓魔騎士団もその一つである。

 それは秘密裏に組織されたもので、聖教会のものですら、その存在を知るものは一部だ。
 彼らは魔族の監視と討伐を目的とし、時に彼らと対峙してきた。
 そして、その活動には、魔族に対抗するための古代遺物の発掘・解析も含まれている。

(でも、流石にあれは無理がある……一体、どうしろと……)

 空に浮かぶ巨大な神竜。その背に、どれほどの戦力が集っているのかは未知数だ。
 それにも関わらず、枢機卿らで構成される聖教議会は、ライルに対して、その戦力の全てが聖教会の指揮下に収めるよう要求した。

「やはり、ここは神竜の主に交渉すべきですね」

 幸いにして、リントヴルムから聖教会に対して、巡回癒者の派遣を要請されている。
 既に根回しは済ませ、その任に自らが就くこととなった。
 彼らを従えることは流石に難しい。当面は神竜たちの信頼を勝ち得ながら、聖教会との協力体制を築く方針を採るしかない。
 ライルは己に課せられた任務の厳しさを痛感しながら、大陸中央への旅を始める。
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