「あなたって最低のクズね」と罵倒された最低ラスボスに転生してしまったので原作にない救済ルートを探してみる

水都 蓮(みなとれん)

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第二章

第4話 覚醒

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「一体、どうしてこんなことに……」

 本当にまずいことになった。

 俺は今、背を向けて風呂場の椅子に座るリヴィエラの背後にいた。
 当然、彼女は一糸まとわぬ姿でそこにいる。

 こうなったのも、貴族社会の在り方と彼女の境遇に原因がある。

 貴族家に生まれた子の身の回りの世話は、基本的に従者に任される。
 リヴィエラの実家フローレンス家も、その例に漏れず侍女が彼女を世話していた。

 加えて、彼女は五歳の頃に教団に攫われた。
 そのせいで、自分で入浴するという経験を得ることがなかったのだ。

「これは仕方の無いこと……仕方の無いことなのだ……」

 ひたすらに自分に言い聞かせる。
 リヴィエラは本当に困っているのだ。ここで変に恥ずかしがるなんて失礼だ。

 しかし、知識と経験はあっても、心は身体の年齢に引きずられてしまっている。
 妹のように思っていても、相手は同年代の女子になるわけで、緊張しないはずがない。

「ま、まずはだな、このシャンプーボトルから適量手のひらにとるんだ」

 幸いにしてこの世界の入浴文化は進んでいる。
 既にシャンプーや石けんから、シャワーのような用具も開発されているため、指南するのは簡単だ。

 俺は彼女の身体を視界に入れないように気を付けながら、彼女の目の前で手のひらに液体を注いで泡立ててみせる。

「そして、泡立てたら頭皮をマッサージするように洗うんだ」

 そして、リヴィエラの綺麗な髪と頭皮を丁寧に洗っていく。
 すると、彼女の背中が露わになった。俺は慌てて目を逸らして、洗髪に集中する。

 その間、気まずい沈黙が流れる。

「あの……」

 しばらく彼女の髪を洗っていると、リヴィエラが口を開いた。

「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「な、なんですか!?」

 何故か敬語になってしまった。

「私が教団に捕らえられていた間に、ジーク様の身に何があったのですか? あのジーク様にそっくりな人は、一体……?」

 考えてみれば当然の疑問だ。

 彼女は実に七年のもの長い間、外界の情報を得ることなく教団で過ごしていた。
 俺はしばらく思案して頭の中を整理すると、前世のことは隠してこれまでの経緯をリヴィエラに話すことにした。

「そんな……あまりにも酷すぎます」
「そうだな。酷い話だ」

 《神授の儀》で起こった出来事を聞いて、リヴィエラが静かな怒りを露わにした。

 俺もまた同様だ。
 前世の記憶を取り戻した瞬間、俺は酷いショックを受けた。

 それまでの俺は父上を英雄と信じ込んでいた。
 厳しい面はあるが《炎帝》として様々な戦場で勝利を重ねてきた。

 しかし、父の本性と、自分がこれから陥る運命を知ってしまい、これまで俺の足下を支えていた世界が崩れ去ったような気分だった。
 あの日、全てが変わってしまったのだ。

「だけど、今はショックを受けてる暇はない。俺はいずれ父上とオルトとの決着を付けるつもりだ。アイリスもあいつに渡すつもりはない。そのためにもここで路銀を稼いで、十分な準備をして一刻も早く帝都に戻らないとな」

 そうして、なんとか俺はリヴィエラの髪を洗い終える。
 この世界に来て、一番神経をすり減らした瞬間だった。

「ありがとうございます、兄様」
「次からは自分でやるんだぞ」
「はい!! 次は身体をお願いします」
「…………………………………………勘弁してくれぇ」

 髪を洗って終わりにしようと思ったのだが、リヴィエラが許してくれなかった。

 しかし、それはダメだ。さすがに、ダメだ。通報案件、犯罪だ。
 いや、世間的には俺もまだ子どもだからセーフなのだろうけど、精神的にはやっぱりアウトなのだ。

「その……だな。リヴィエラ、年頃の女の子が気軽に男に肌を見せるもんじゃないんだ」
「ですが、兄様は遠慮無く甘えて良いって……」
「いや、そうなんですけど……」

 くっ、俺のバカヤロウ。
 どうして、そんな無責任なことを言ったんだ。

「それでも、やっぱり限界というものが……」
「ですが、兄様。好きな男性の前ではそうすることもあると、私聞きました」

 一体誰だ。そんな要らん知識、吹き込んだのは。

「私の見張りをしていたヨトゥン教徒は、女性は結婚したいと思う男性の前では全てをさらけ出すのだと、そう言っていました」

 ああ、教団のせいか。よし、滅ぼそう。あの狂信者共は徹底的に根絶やしにするべきだ。
 子ども達を苦しめるだけでなく、教育にも悪い。

 てか、リヴィエラ今なんて言った……?

「教団にいた頃の、私の心の支えは家族と……そして、ジーク様でした。ですから、どんな拷問にも耐えられました。きっといつか、ジーク様達が私を助けに来てくれると信じてたから」
「リヴィエラ……」

 その言葉はとても重いものだった。

 本来の歴史では、彼女はジークの助けを夢見ながら、ついぞそれは叶わず、あの醜悪な教徒に心と体を嬲られることになる。
 そのことを考えると、彼女のその言葉がずしりと胸にのしかかってくる。

「そして、ジーク様が私の目の前に現れ、私を救ってくれた時、胸がじわりと熱くなりました。そして気付きました。私は……ジーク様をずっとお慕いしていたのだと」
「リヴィエラ……」

 あれほどに残酷な仕打ちを受けてもなお、彼女はその心を保ち続けていた。
 並みの人間なら耐えられるはずもないその痛苦を、それでも家族や俺への想いを支えに耐え続けたのだ。

「ジーク様にはアイリス様がいらっしゃることは分かっています。ですが……」

 リヴィエラの声が震え始め、彼女の言葉がそこで途切れた。

 抑えきれない自分の想いと、婚約者のいる相手にその様な想いを抱いてしまったという事実に板挟みになっているのだろう。
 そんな彼女が胸に抱き続けてきた想いを、無碍にするのは気が引けた。

「リヴィエラ、ありがとう。君の想い、とても嬉しい。だけど……」

 俺にとっては大切な幼馴染で、ようやく救い出すことの出来た相手だ。
 そんな子がこうして、真摯な想いを向けてくれて嬉しくないはずがない。

 しかし……今の俺には、リヴィエラの想いに応えることは出来ない。

「俺にはやらなきゃいけないことがある。家を追われ、名前を奪われ、婚約者のアイリスがあのオルトの毒牙に掛かろうとしている。だから、それが解決するまでは……」
「なら……私にお手伝い出来ることはありませんか? 私、ジーク様の役に立ちたいです」

 リヴィエラはまっすぐと俺を見据える。
 その視線に、彼女の強い意志が感じられた。

「気持ちは嬉しいけど、帝都に戻ったら君は実家に帰るべきだ。」

 しかし、いくら気持ちが強かろうと、それを受け入れるのは難しい。

 なにせ俺が相手にするのはオルトだけではないのだ。
 この世界で真の幸せを掴むためには、オルトから名前を取り返すだけでなく、あの傲慢な父をもどうにかしなくてはならない。
 そんな危険な話に、彼女を巻き込むわけにはいかない。

「私が足手まといだからですか……? 私が〝加護なし〟だから……?」
「違う……ようやく生きて再会できたんだ。これ以上、君を苦しい目に遭わせたくないんだ」

 俺がこの世界であがく理由は、ただ幸せに暮らしたいというその想いだけだ。
 そのためには、俺に関わる大切な人を不幸から救う必要がある。
 そのせいで、リヴィエラがもう一度不幸になるようなことは絶対に避けなくてはならない。

「……分かりました。ジーク様のお気持ちは理解できました」

 どうやら分かってくれたようだ。
 何も俺は彼女を疎んでこう言っているわけではない。ただ、リヴィエラを案じているだけだ。

「でしたら……」

 その時、リヴィエラが俺の手を、両手で包み込むように握った。

「リヴィエラ……?」
「ジーク様のように戦いは出来ません。加護もありません。ですがジーク様が、誰の前でも本当のお名前を名乗れるように全力で支えさせてください。身の回りの世話なら何でもやります。分からないことも一生懸命覚えます。足も引っ張りません」

 もはや加護も無いというのに、それでも彼女は俺の力になろうとしてくれる。
 そんなリヴィエラのひたむきさに胸が熱くなる。

「分かった。なら、俺は止めない。その代わり、ずっと側で君を守るよ。もう二度とあんな目には遭わせない」
「ジーク様……」

 彼女の想いにどう向き合えば良いのか、自分でもよく分かっていない。だが、せめてそれだけは全うしよう。
 俺は歴史を変えてまでリヴィエラの命を救った。ならば、最後まで彼女を守り通すのが俺の責任だ。

「でも……でも私、アイリス様に負けるつもりはありません」

 ふと、湯船からしぶきが上がると、俺の手がリヴィエラに引かれた。

「今、ジーク様のお側にいるのは私です。きっとジーク様を夢中にさせて見せます」

 頬に、彼女の温かい唇の感触が伝わった。

「これぐらい……許されますよね?」

 突然の行動に、胸が高鳴った。
 彼女は妹のような存在だが、それでもその大胆な行動に心がかき乱されてしまった。

「そ、その……あ、後は自分で洗いますから、もう良いですよ」

 直後、リヴィエラが照れたように背を向けた。
 先ほどまではなかなか強気だった彼女だが、急に恥ずかしさが勝ったのだろうか。

 でも、助かった。
 このままだと俺の頭もおかしくなる。

「そ、そうだな……じゃあ俺は――」

 その時、リヴィエラの周辺に淡い魔力の光が漂い始めた。

「え……?」

 俺はその光景を見て、驚きが隠せない。

「リ、リヴィエラ、それはまさか?」
「え……? え……?」

 困惑したリヴィエラは気付いていないようだが、間違いない。
 今彼女を包んでいるのは、人が加護に覚醒する時に現れる光だ。

「リヴィエラ、加護が……加護が戻ってるぞ!!」
「えっと……それはどういう……?」
「試しに治癒魔法を発動してみるんだ」
「は、はい」

 俺は手のひらに軽く傷を付けて、リヴィエラに差し出してみた。
 そして、リヴィエラが祈るような動作を見せる、みるみる内に傷口が塞がっていった。

「……俺の加護は誰かの加護を奪うだけでなく、分け与える事が出来るんだ」

 今までその条件が分からなかったのだが、どうやら俺は図らずもリヴィエラに加護を返すことが出来たようだ。
 まだ、俺の中には《聖女の癒やし》の加護が残っている。厳密には、加護を複製したのだろう。
 頬にキスをするのが条件?かはよく分からないが、間違いなくその行動がトリガーだったように見えた。

「私に加護が……」

 水滴でよく見えないが、リヴィエラの目端に涙が浮かんだように見えた。

 無理もないだろう。この世界では加護の有無は重大な意味を持つ。
 信仰心が強い人物であれば、なおのことだろう。

「これで……私ももっとジーク様のお役に立てます……」

 しかし、リヴィエラにとって重要なのはその一点だったようだ。
 彼女にとって力や才能の有無など二の次で、俺の力になれる事の方が大事らしい。

 そこまで俺のことを想ってくれるなど本当に俺は幸せ者だ。
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