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第一章
第2話 魔王になるなんてお断りだが
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それは、俺ではない誰かの記憶だ。
「がぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!! 熱い熱い熱い……熱ィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」
男は蒼い炎に包まれて、まるで断末魔のような叫び声をあげていた。
熱い苦しい助けて……
熱い苦しい助けて……
熱い苦しい助けて……熱い苦しい助けて……あついくるしいたすけて……あついくるしいたすけてあついくるしいたすけてあついくるしいたすけてあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあつい
青年の思念が流れ込んでくる。
あぁ……何故だ……何故、俺がこんな目に遭わなくてはならないんだ……
父上の良き息子となるために俺は努力してきた。
高度な魔術理論を学び、心身も鍛えた。
なのに、加護がない。ただそれだけの理由で……
誰か……誰か助けて……俺をこの苦しみが救ってくれ……!!
その姿を見て、俺は酷く胸が締め付けられる。
まるで青年の嘆きが、我が事のように感じられたのだ。
*
「っ……夢か……」
夢の中で絶叫を聞いた。
間違いない。ジークがオーガスタスに焼かれた時の光景だ。
「本来ならあのタイミングで覚醒してたんだよな」
原作においてジークは、己に加護が備わっていることを知らなかった。
そして、父の炎に包まれ、魂魄まで焼き尽くされるかのような激痛の中、ある声を聞いた。
――お前はここで死ぬべきではない。
神の声か、悪魔の声か、はたまた魔王の声か。
誰とも知れぬ声の主によって、ジークは初めて己が《魔神喰い(ディアボロスイーター)》という名の、未知の加護を持っていることを知った。
そして、加護を覚醒させたことで、ジークはオーガスタスの蒼炎から脱することが出来たのだ。
「炎を喰らう前に覚醒できて本当に良かった……」
加護のことを知っていた俺は、声を聞く前にそれを覚醒させ、父の炎で焼かれたように見せかけながら、それらを吸収して見せた。
おかげで業火に焼かれる苦痛を避けることが出来た。原作のジークはあの一撃で顔の大半が焼けただれて、完全に治癒するまではずっと仮面を付けていたほどだ。
『なぜ、お前がその加護の存在を知っている……?』
その時、ジークの頭に響いた物と同じ声がした。
声の主は困惑している様子だ。
どうやら、転生した先でもこいつは俺の頭の中に存在しているようだ。
「あーやっぱり、こいついるんだなあ……」
ぼそりと呟く。
この声の正体については作中でも明かにされていない。
時折ジークに囁きかけては力や知恵を授けていたのだが、ジークが完全に闇堕ちするのと同時に聞こえなくなり、それ以降作中で言及されることはなかった。
考察では、女神に反抗し世界を滅ぼさんとする意思だとかなんとか言われていたが、開発者も詳しく明かしていないので、実の所は分からない。信用すべき相手かどうかは微妙なところだ。
「あー、そのだな。適当に呟いたら上手くいったんだ」
とりあえず誤魔化してみる。
転生者だって明かしたらそれはそれでややこしそうだし。
情報が揃わない内は、この声を信用するべきではないだろう。
『戯言はよせ。お前は明確に己に宿る加護の存在を知っていた。一体どこでそれを知った?』
「企業秘密だ」
『……まあいい。私としてはお前が無事に生き延びてくれればそれでいい』
意外なことに、声はそれ以上詮索しては来なかった。
「一体何を企んでいるんだ?」
無駄だとは思いながらも、俺は声の主に尋ねてみる。
原作では知ることができなかった声の正体が分かるかもしれない。
『その言葉は私ではなく、まずお前を取り囲む者達に投げかけてみてはどうだ?』
「え?」
声に促されるように周囲を見渡すと、黒装束の怪しい集団が俺を見下ろしていた。
よくよく意識を身体に向けると、俺は黒い革ベルトのようなものでキツく縛られていた。
「もしかして俺、今の今まで気絶していたのか?」
『そうだ。お前は初めての力の解放で気を失っていた。そしてまんまと、この者たちに攫われたというわけだ』
「一体どれぐらいだ?」
『ざっと一ヶ月ほどだろうな』
「嘘だろ……」
父に殺されかけるという悲劇を回避したばかりだというのに、もう次なる闇堕ちイベントが始まっていた。
そう。ジークの身に振り掛かる不幸は一つだけではない。黒幕を務めるだけあって、ジークの人生は不幸まみれなのだ。
そして二つ目の不幸こそが、気絶した隙を突かれて暗黒教団に拉致され、人体実験に曝されてしまうというイベントだ。
「おかしなヤツだ。一体誰と話しているんだ?」
「放っておけ。親に見捨てられたショックで、気でも触れたのだろう」
フードの男達が、何か可哀想なものでも見るような視線を寄越してくる。
こっちの気も知らないで、好き勝手言ってくれる。
「俺は至って正常だ。それよりも縛りを解いてくれないか」
「無理な相談だ。なぜなら……」
「俺に《魔王の核》を埋め込むから、だろ?」
俺の言葉に、黒装束の連中が動揺し始める。
「どうして貴様がそれを……」
「お前達の正体は分かっている。《ヨトゥン教団》だな」
加護が全ての世界で、〝加護なし〟と弱い加護しか持たない者に居場所はない。
迫害されるか、奴隷としてこき使われるか、あるいは欲望の捌け口にされるかだ。
当然、そんな社会に反発する者は現れる。《ヨトゥン教団》は加護が全てを決める世界に反抗する者達の集まりだ。
加護に縛られない世界を実現するとのたまうが、その実、彼らは加護を持つ者を拉致し、それを活かそうと様々な人体実験を行うなど、非道な集団だ。
「〝加護なし〟として迫害されてきたのには同情するが、だからってこんな風に利用されるつもりは無い」
本来ならジークはここで《ヨトゥン教団》に《魔王の核》なる得体の知れない物を移植される。
それによって負の感情を増大させ、いずれ世界を滅ぼす魔王へと覚醒する一因となるのだ。
「貴様が何故、我らのことを知っているかは知らんが、そのミノスデーモンの腸で作った戒めを解くことは出来まい。おとなしく魔王再臨の器となってもらうぞ」
「そんな気持ち悪い物で俺を縛ってたのかよ……」
自分への扱いに呆れていると、リーダー格と思しき男がどす黒い心臓のような物を俺に近付けてきた。
それこそが《魔王の核》だ。
かつて世界を滅ぼしかけた魔王とは縁もゆかりもない代物だが、その製法はとことん悪辣だ。
それは、悪魔(デーモン)種とよばれる特殊な魔獣の心臓を生のまま食わせた子ども達に、執拗な拷問を行いその絶望と憎しみを凝縮するというものだ。
その悪趣味さに見合う効果は備わっており、摂取した者の魔力を増大させるが、代わりに負の感情が増幅される。
ジークは強靱な精神力で、内から湧き上がる負の感情を抑え込もうとしたが、物語が進むにつれて感情の制御が効かなくなり、徐々にタガが外れて後戻りできなくなっていった。
「そんなものに耐えられる自信なんてない……みすみす埋め込まれてたまるものか」
俺は戒めを解こうと抵抗し始める。
俺はこの世界で幸せに死ぬつもりだ。魔王になって終わるつもりはない。
ドゴォオオオオオオオン!!
直後、激しい振動を伴いながら、教団のアジト一杯に轟音が響いた。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
この状況についてはよく知っている。俺は動揺する教徒達に、何が起こったのかを伝える。
「《炎帝》にこの場所がバレたんだよ」
声は俺が一ヶ月眠っていたと言っていた。
それはちょうど俺に心臓が移植される日であり、同時に父オーガスタスが教団のアジトを殲滅するために火を放つ日でもある。
「なんだと? ま、まさか、息子ごと焼くつもりなのか? 正気か?」
ヨトゥン教徒に言われたらおしまいというものだ。
まあ実際、あの男は俺がいることなど夢にも思っていないだろう。仮に知っていたとしてもその行動に変わりはないはずだが。
「さて、どうする? おとなしくここから逃げた方が――」
「ええい、こうなったら移植だけでもなんとしても終わらせる。まだ下準備は出来ていないが、もう後には引けない。仮にも英雄の血を引く身体だ。加護も無い分、よく馴染むだろう」
やはり、そういう結論になるか。
追い詰められた結果、彼らはなんとしても悲願を果たすつもりらしい。
ちなみに英雄というのは、かつてこの世界を滅ぼそうとした魔王に挑んだ十二人の戦士のことだ。
我がレイノール家もその内の一人を祖先に持っているという裏設定があったりする。
「だったら、こっちも抵抗させてもらう」
ジークはまんまと、彼らの施術を許してしまったが、俺は違う。
父を真似て、俺は爆発を引き起こす。すると、爆音と共に部屋を塞ぐ重厚な扉とヨトゥン教徒たちが弾き飛ばされた。
「かはっ……」
壁に叩きつけられた男が血を吐く。
「な、なぜ……魔法を……お前に加護は……」
「それは誤解だ。別に加護が無いわけじゃない」
俺の加護は《魔神喰い》と呼ばれるものだ。
魔力による攻撃の一切を無効化し、吸収して己のものにすることが出来るのだ。
――――――――――――――――――――
【ステータス上昇】
MP上限:0→730
魔力:0→315
魔法耐性:0→297
【加護解放】
《魔神喰い》New!!
【スキル習得】
《魔力吸収:S》New!!
《火炎魔法:S》New!!
――――――――――――――――――――
ステータスを確認すると、魔法系のステータスが一気に上昇していた。
一部とはいえ俺は《炎帝》の炎を喰らった。
なら人並外れた火炎魔法が、行使できるようになっていてもおかしくはない。
「さて、二つ目の闇堕ちフラグをへし折らせてもらおうか」
俺は蒼炎を鞭のようにしならせてみせた。
「いや、あの父親と同じ炎の色ってのは癪だな」
俺は魔力を操作して、炎の色を白へと変えてみる。
作中のジークはオーガスタスと同じ蒼炎を操っていたが、俺はそんなのお断りだ。
「これでよしと」
改めて、先程のヨトゥン教徒に向けて白炎を振り上げる。
「ひ、ひっ……やめてくれ……命だけは……」
「命乞いはお前達が犠牲にした子ども達に償ってからにしろ」
勝手な言い分を無視して、俺はヨトゥン教徒達に炎を振り下ろした。
「ぎゃぁああああああああああああああ!?!?!?!?」
炎に焼かれてうめき声をあげる男達を無視して、俺は部屋から抜け出す。まあ別に殺しはしてないのだが、いずれは父に始末されるだろうし大差ないだろう。
「って、あれ……? このアジトのリーダーはどこに行ったんだ?」
その時、リーダ格の男がその場から消えていることに気付いた。
「まあ、いずれ騎士団に捕まるだろ」
ジークが闇堕ちする最大の原因である《核》の移植は回避したのだから、問題は無いだろう。
さて、地上では父が暴れている。巻き込まれる前に抜け出さねば。
「とはいえ、このアジトの構造は全然知らないんだよな」
ここはイベントのワンシーンでしか見る機会がなく、内部を探索したわけではない、
まあ、知らないものは仕方がない。俺は手探りでアジトを歩き回り、脱出を図ることにした。
「がぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!! 熱い熱い熱い……熱ィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」
男は蒼い炎に包まれて、まるで断末魔のような叫び声をあげていた。
熱い苦しい助けて……
熱い苦しい助けて……
熱い苦しい助けて……熱い苦しい助けて……あついくるしいたすけて……あついくるしいたすけてあついくるしいたすけてあついくるしいたすけてあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあつい
青年の思念が流れ込んでくる。
あぁ……何故だ……何故、俺がこんな目に遭わなくてはならないんだ……
父上の良き息子となるために俺は努力してきた。
高度な魔術理論を学び、心身も鍛えた。
なのに、加護がない。ただそれだけの理由で……
誰か……誰か助けて……俺をこの苦しみが救ってくれ……!!
その姿を見て、俺は酷く胸が締め付けられる。
まるで青年の嘆きが、我が事のように感じられたのだ。
*
「っ……夢か……」
夢の中で絶叫を聞いた。
間違いない。ジークがオーガスタスに焼かれた時の光景だ。
「本来ならあのタイミングで覚醒してたんだよな」
原作においてジークは、己に加護が備わっていることを知らなかった。
そして、父の炎に包まれ、魂魄まで焼き尽くされるかのような激痛の中、ある声を聞いた。
――お前はここで死ぬべきではない。
神の声か、悪魔の声か、はたまた魔王の声か。
誰とも知れぬ声の主によって、ジークは初めて己が《魔神喰い(ディアボロスイーター)》という名の、未知の加護を持っていることを知った。
そして、加護を覚醒させたことで、ジークはオーガスタスの蒼炎から脱することが出来たのだ。
「炎を喰らう前に覚醒できて本当に良かった……」
加護のことを知っていた俺は、声を聞く前にそれを覚醒させ、父の炎で焼かれたように見せかけながら、それらを吸収して見せた。
おかげで業火に焼かれる苦痛を避けることが出来た。原作のジークはあの一撃で顔の大半が焼けただれて、完全に治癒するまではずっと仮面を付けていたほどだ。
『なぜ、お前がその加護の存在を知っている……?』
その時、ジークの頭に響いた物と同じ声がした。
声の主は困惑している様子だ。
どうやら、転生した先でもこいつは俺の頭の中に存在しているようだ。
「あーやっぱり、こいついるんだなあ……」
ぼそりと呟く。
この声の正体については作中でも明かにされていない。
時折ジークに囁きかけては力や知恵を授けていたのだが、ジークが完全に闇堕ちするのと同時に聞こえなくなり、それ以降作中で言及されることはなかった。
考察では、女神に反抗し世界を滅ぼさんとする意思だとかなんとか言われていたが、開発者も詳しく明かしていないので、実の所は分からない。信用すべき相手かどうかは微妙なところだ。
「あー、そのだな。適当に呟いたら上手くいったんだ」
とりあえず誤魔化してみる。
転生者だって明かしたらそれはそれでややこしそうだし。
情報が揃わない内は、この声を信用するべきではないだろう。
『戯言はよせ。お前は明確に己に宿る加護の存在を知っていた。一体どこでそれを知った?』
「企業秘密だ」
『……まあいい。私としてはお前が無事に生き延びてくれればそれでいい』
意外なことに、声はそれ以上詮索しては来なかった。
「一体何を企んでいるんだ?」
無駄だとは思いながらも、俺は声の主に尋ねてみる。
原作では知ることができなかった声の正体が分かるかもしれない。
『その言葉は私ではなく、まずお前を取り囲む者達に投げかけてみてはどうだ?』
「え?」
声に促されるように周囲を見渡すと、黒装束の怪しい集団が俺を見下ろしていた。
よくよく意識を身体に向けると、俺は黒い革ベルトのようなものでキツく縛られていた。
「もしかして俺、今の今まで気絶していたのか?」
『そうだ。お前は初めての力の解放で気を失っていた。そしてまんまと、この者たちに攫われたというわけだ』
「一体どれぐらいだ?」
『ざっと一ヶ月ほどだろうな』
「嘘だろ……」
父に殺されかけるという悲劇を回避したばかりだというのに、もう次なる闇堕ちイベントが始まっていた。
そう。ジークの身に振り掛かる不幸は一つだけではない。黒幕を務めるだけあって、ジークの人生は不幸まみれなのだ。
そして二つ目の不幸こそが、気絶した隙を突かれて暗黒教団に拉致され、人体実験に曝されてしまうというイベントだ。
「おかしなヤツだ。一体誰と話しているんだ?」
「放っておけ。親に見捨てられたショックで、気でも触れたのだろう」
フードの男達が、何か可哀想なものでも見るような視線を寄越してくる。
こっちの気も知らないで、好き勝手言ってくれる。
「俺は至って正常だ。それよりも縛りを解いてくれないか」
「無理な相談だ。なぜなら……」
「俺に《魔王の核》を埋め込むから、だろ?」
俺の言葉に、黒装束の連中が動揺し始める。
「どうして貴様がそれを……」
「お前達の正体は分かっている。《ヨトゥン教団》だな」
加護が全ての世界で、〝加護なし〟と弱い加護しか持たない者に居場所はない。
迫害されるか、奴隷としてこき使われるか、あるいは欲望の捌け口にされるかだ。
当然、そんな社会に反発する者は現れる。《ヨトゥン教団》は加護が全てを決める世界に反抗する者達の集まりだ。
加護に縛られない世界を実現するとのたまうが、その実、彼らは加護を持つ者を拉致し、それを活かそうと様々な人体実験を行うなど、非道な集団だ。
「〝加護なし〟として迫害されてきたのには同情するが、だからってこんな風に利用されるつもりは無い」
本来ならジークはここで《ヨトゥン教団》に《魔王の核》なる得体の知れない物を移植される。
それによって負の感情を増大させ、いずれ世界を滅ぼす魔王へと覚醒する一因となるのだ。
「貴様が何故、我らのことを知っているかは知らんが、そのミノスデーモンの腸で作った戒めを解くことは出来まい。おとなしく魔王再臨の器となってもらうぞ」
「そんな気持ち悪い物で俺を縛ってたのかよ……」
自分への扱いに呆れていると、リーダー格と思しき男がどす黒い心臓のような物を俺に近付けてきた。
それこそが《魔王の核》だ。
かつて世界を滅ぼしかけた魔王とは縁もゆかりもない代物だが、その製法はとことん悪辣だ。
それは、悪魔(デーモン)種とよばれる特殊な魔獣の心臓を生のまま食わせた子ども達に、執拗な拷問を行いその絶望と憎しみを凝縮するというものだ。
その悪趣味さに見合う効果は備わっており、摂取した者の魔力を増大させるが、代わりに負の感情が増幅される。
ジークは強靱な精神力で、内から湧き上がる負の感情を抑え込もうとしたが、物語が進むにつれて感情の制御が効かなくなり、徐々にタガが外れて後戻りできなくなっていった。
「そんなものに耐えられる自信なんてない……みすみす埋め込まれてたまるものか」
俺は戒めを解こうと抵抗し始める。
俺はこの世界で幸せに死ぬつもりだ。魔王になって終わるつもりはない。
ドゴォオオオオオオオン!!
直後、激しい振動を伴いながら、教団のアジト一杯に轟音が響いた。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
この状況についてはよく知っている。俺は動揺する教徒達に、何が起こったのかを伝える。
「《炎帝》にこの場所がバレたんだよ」
声は俺が一ヶ月眠っていたと言っていた。
それはちょうど俺に心臓が移植される日であり、同時に父オーガスタスが教団のアジトを殲滅するために火を放つ日でもある。
「なんだと? ま、まさか、息子ごと焼くつもりなのか? 正気か?」
ヨトゥン教徒に言われたらおしまいというものだ。
まあ実際、あの男は俺がいることなど夢にも思っていないだろう。仮に知っていたとしてもその行動に変わりはないはずだが。
「さて、どうする? おとなしくここから逃げた方が――」
「ええい、こうなったら移植だけでもなんとしても終わらせる。まだ下準備は出来ていないが、もう後には引けない。仮にも英雄の血を引く身体だ。加護も無い分、よく馴染むだろう」
やはり、そういう結論になるか。
追い詰められた結果、彼らはなんとしても悲願を果たすつもりらしい。
ちなみに英雄というのは、かつてこの世界を滅ぼそうとした魔王に挑んだ十二人の戦士のことだ。
我がレイノール家もその内の一人を祖先に持っているという裏設定があったりする。
「だったら、こっちも抵抗させてもらう」
ジークはまんまと、彼らの施術を許してしまったが、俺は違う。
父を真似て、俺は爆発を引き起こす。すると、爆音と共に部屋を塞ぐ重厚な扉とヨトゥン教徒たちが弾き飛ばされた。
「かはっ……」
壁に叩きつけられた男が血を吐く。
「な、なぜ……魔法を……お前に加護は……」
「それは誤解だ。別に加護が無いわけじゃない」
俺の加護は《魔神喰い》と呼ばれるものだ。
魔力による攻撃の一切を無効化し、吸収して己のものにすることが出来るのだ。
――――――――――――――――――――
【ステータス上昇】
MP上限:0→730
魔力:0→315
魔法耐性:0→297
【加護解放】
《魔神喰い》New!!
【スキル習得】
《魔力吸収:S》New!!
《火炎魔法:S》New!!
――――――――――――――――――――
ステータスを確認すると、魔法系のステータスが一気に上昇していた。
一部とはいえ俺は《炎帝》の炎を喰らった。
なら人並外れた火炎魔法が、行使できるようになっていてもおかしくはない。
「さて、二つ目の闇堕ちフラグをへし折らせてもらおうか」
俺は蒼炎を鞭のようにしならせてみせた。
「いや、あの父親と同じ炎の色ってのは癪だな」
俺は魔力を操作して、炎の色を白へと変えてみる。
作中のジークはオーガスタスと同じ蒼炎を操っていたが、俺はそんなのお断りだ。
「これでよしと」
改めて、先程のヨトゥン教徒に向けて白炎を振り上げる。
「ひ、ひっ……やめてくれ……命だけは……」
「命乞いはお前達が犠牲にした子ども達に償ってからにしろ」
勝手な言い分を無視して、俺はヨトゥン教徒達に炎を振り下ろした。
「ぎゃぁああああああああああああああ!?!?!?!?」
炎に焼かれてうめき声をあげる男達を無視して、俺は部屋から抜け出す。まあ別に殺しはしてないのだが、いずれは父に始末されるだろうし大差ないだろう。
「って、あれ……? このアジトのリーダーはどこに行ったんだ?」
その時、リーダ格の男がその場から消えていることに気付いた。
「まあ、いずれ騎士団に捕まるだろ」
ジークが闇堕ちする最大の原因である《核》の移植は回避したのだから、問題は無いだろう。
さて、地上では父が暴れている。巻き込まれる前に抜け出さねば。
「とはいえ、このアジトの構造は全然知らないんだよな」
ここはイベントのワンシーンでしか見る機会がなく、内部を探索したわけではない、
まあ、知らないものは仕方がない。俺は手探りでアジトを歩き回り、脱出を図ることにした。
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