「あなたって最低のクズね」と罵倒された最低ラスボスに転生してしまったので原作にない救済ルートを探してみる

水都 蓮(みなとれん)

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第一章

第1話 最低のクズに転生してしまった

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「女神からの加護が与えられなかっただと……? この無能め……」

 心底、失望したといった表情を浮かべて、父がそう吐き捨てた時、俺は前世の記憶を取り戻した。

「何が……ささやかな幸せだよ……」

 絶望した。

 俺はいつの間にか、前世でプレイしていた【アルトシア・ファンタジア】の世界のラスボス【ジークハルト・レイノール】に転生してしまっていた。
 確かにジークハルト――ジークは名門貴族【レイノール公爵家】の生まれで、作中最強のステータスを持ち、顔も良い。スペック的には何の問題もない転生先だ。

 だがそれは、あくまでもスペックだけを見ればだ。

「なんでよりによって、ジークなんだよ!!!!」

 ジークは、最終ルートでヒロインのミレイユを無理矢理孕ませ、世界を滅ぼしたラスボスだ。どうして、わざわざそんなキャラに転生してしまったんだ。

「おまけに記憶を取り戻すのがこのタイミングかよ……」

 そんなジークも生まれた時から邪悪であったわけではない。
 この日、ジークは女神より加護を授かる《神授の儀》というものに臨んでいた。

 この大陸の中央には、世界中どこからでも見渡せるほどに巨大な《世界樹》がそびえている。
 俺が今いるのはその根が築いた《聖樹の揺籃》と呼ばれる儀式場の一つだ。

 ここで女神から加護を得ることによって、この世界の人間は、どの属性の魔法が極められるのか、魔力の大きさはどれくらいか、剣術などの才能はどの程度与えられるのかを知る。しかし、俺は……

「〝加護なし〟だ!! 女神に見放された異端者だ!!」
「《炎帝》の血を引いた子が魔王の落とし子だなんて……」
「なんとおぞましい……」

 儀式場にいた聖職者達が次々と俺を罵った。

 俺に加護は与えられなかったのだ。

 ジークはこの世界では極めて希少な、魔力を持たない人間であった。
 そのため、女神に忌み嫌われた人物として、様々な迫害を受け、最終的にこの世界と主人公を破滅させる道を選ぶ。

「せめてもっと早く記憶を取り戻していれば……」

 前世でプレイした時と状況が変わっていなければ、俺はこれから悲惨な目に遭う。
 ふと、視線を父の方にやった。その視線には、明らかな殺気が籠められていた。

 当然だ。

 父オーガスタスは、《炎帝》の加護を持つ大魔術師だ。その息子である俺も、恵まれた魔法の才能を引き継ぐと誰もが思っていた。
 しかし、俺はその期待に答えることは出来なかったのだ。

「このクズがッ……!! 恥を知れ!!」

 とうとう抑えきれなくなったのか、怒りを露わにした父が炎を纏わせた拳で思い切り俺を殴り飛ばした。

「かはっ……」

 腹部をえぐるように放たれた一撃にたまらず吐血する。

「っ……はぁっ……がはごほ……」

 過呼吸になりながら地面にうずくまる。
 折檻で放つ威力ではない。本気の殺意が籠もった一撃だった。

「う、動きがまったく……見えなかった……」

 ジークの回想で、このタイミングで殴られるのは分かっていた。だが、分かっていたからといって避けられるものではなかった。

「我がレイノール家にクズは不要だ!! この私に恥をかかせおって……」

 父が俺の首を掴み上げる。
 苦しい。まともに息が出来ず、じたばたともがく。
 すると、しばらくして父が俺をゴミでも放るように地面に投げ捨てた。

「オルト、今日からお前がジークハルトを名乗れ」
「はい、お父様」

 父に呼ばれてやってきたのは、俺と瓜二つの少年だ。髪色を除いて、全てが似通っている。
 彼は異母弟のオルト。父が、どこかから拉致してきた貴族の娘に無理矢理産ませた隠し子だ。

「兄様、いいザマだね。ずっとこの日を待ち望んでいたよ。代替品《オルト》が本物《ジークハルト》に成り代わるこの瞬間をね」

 オルトはうずくまる俺の髪の毛を掴み上げると、口元を歪ませて笑った。
 加護は女神から授けられるものだが、どういう訳か授かる加護は親から遺伝することもあるらしい。
 オルトは見事父の才能を受け継いで炎の魔法に目覚めてみせたのだ。

 それはレイノール家の跡を継ぐ資格を得たことを意味している。

「惨めだねぇ。どんな気分だい? 腹違いの弟に全てを奪われるのは?」

 嗜虐的な笑みを浮かべながら、オルトが倒れ込んだ俺の髪の毛を掴み上げると、手のひらに火炎弾を生成した。
 まるで、お前には出来ないことが俺には出来るのだと言わんばかりに。

「でも、安心してよ。アイリスと言ったかな? あの子は僕が大切に可愛がってやるからさ。だって、婚約者なんだから。僕が何したって構わないよね?」

 オルトが下卑た笑顔を浮かべた。

「ふ、ふざ……けるな……」

 アイリスは俺の婚約者だ。
 前世の記憶を取り戻してもなお、彼女への想いが無くなるわけではない。

「お前なんかの……好きに……させるか」

 ジークが闇堕ちする切っ掛けの一つがオルトだ。ジークに成り代わったオルトは、婚約者であるアイリスも奪い去り、徹底的に弄ぶ。
 そして、アイリスの元にジークが戻ったことで、自分が誰に身体を捧げたのかを知ったアイリスは自害してしまうのだ。

 そんな出来事を経て、ジークは世界を滅ぼすことを決意する。

「《炎帝》殿、どうされますか? ご子息が〝加護なし〟というのは、さすがに……」

 司祭が渋い顔をして父に尋ねる。しかし、父は眉一つ動かさない。

「決まっている。始末だ」

 直後、儀式場に父の放った蒼い炎が奔った。

「ひぎゃぁあああああ!?!?!?!?」

 そして父の隣にいた司祭が焼死した。

「真実を知ったお前達には死んでもらう。当然だろう?」

 それから父は淡々と神官、シスター、その場にいた者達を丹念に灰にしていった。
 人の肉の焦げる音が気持ち悪い……このイベントは知っていたがやはり胸糞が悪い。

「ッ……何度見ても正気じゃない」

 貴族家の名誉を守るためとはいえ、やることが過激すぎる。
 だが今の俺にはその凶行を止めることは出来ない。
 もたもたしていたら、今度は俺が焼き殺される。一体どうすれば?

 先ほどの一撃で体はまともに動かせない。周囲は父の放った炎に覆われて、逃げ道すらない。

「いや、待てよ……? ゲームでは、ジークはしっかりと生き残った。確か……」

 俺は必死に記憶を遡る。

「そうだ、確かこの状況を打開する方法があった。まずは、今の状態を把握しよう」

 俺はステータス画面を開こうとする。

 ここがゲームの世界なら、それぐらい閲覧出来てもいいだろう。
 必死に念じていると、脳裏にとあるヴィジョンが浮かんだ。


――――――――――――――――――――

【基本情報】
名前:ジークハルト 種族:人間
性別:男 年齢:12

【ステータス】
レベル:10 職業:貴族
HP:2/4198 MP:0/0
力:454 守備:282
魔力:0 魔法耐性:0
敏捷性:567 幸運:2

【加護】
《????》

【スキル】
《????》

――――――――――――――――――――


 なんと悲惨な魔力と幸運の数値……

 なんとかステータス画面を開くことは出来たが、その数値に笑ってしまう。

 この世界の平均的な大人のステータスは300前後だ。そう考えると、ジークのステータスは大したものだ。
 なにせまだ12才で、レベルもわずか10しかない。それにもかかわらず、一端の戦士に匹敵するステータスを持っているのだから。

 しかし、魔力と幸運は最低だ。
 闇堕ちするだけあって、ジークの半生は悲惨なものだ。
 この幸運2という数値は、そのジークの人生を象徴している。

「だけど良かった……これなら希望がある」

 一方、俺は安堵していた。

 俺がステータス画面を確認したのは、加護の欄を見るためだ。
 そこには《????》という加護が表示されている。

 そう。ジークは加護を授けられなかったわけではない。生まれた時から既に、加護を持っていただけなのだ。
 この世界において極めて珍しい《祝福者(ギフテッド)》と呼ばれる存在だ。

 そして、俺にもしっかりとその加護は備わっていた。

 ジークの持つ加護は極めて特別なもので、聖職者の鑑定ですら見抜くことが出来ないという性質のものだ。
 そのせいでこんな目に遭った訳なのだが、ともかく希望が生まれた。

「希望などあるものか。お前はここで死ね。加護も持たないクズめ」

 父は両の手に蒼い炎を纏うと、心底見下したような視線をよこした。
 仮にも実の息子だというのに、よくもここまで憎めるものだ。

「いいえ。ここからが始まりですよ、父上」

 だが、俺は父の蒼炎を前にして不敵に笑ってみせる。
 俺にあって、元のジークにはなかったものがある。

 ――情報だ。

 生前やり込んだだけあって、このゲームの基本情報、隠し要素、世界観については誰よりも詳しい。
 朧気な記憶も徐々にはっきりとしてきた。

 だから、分かる。その気になれば、ジークはこの世界で幸せに死ぬことだって出来る。
 それだけじゃない。この世界でこれから起こる無数の悲劇だってどうにかできるはずだ。

 俺は決めた。
 待っても祈っても幸せって奴が掴めないのなら、俺がこの手でたぐり寄せてやる。

 このゲームでは本当に色んな人間が不幸になる。
 主人公やヒロインだけじゃない。俺の好きだったキャラ達も大勢、命を落としたり悲惨な目に遭う。

 だが、ジークが本気を出せば、そんな悲劇の未来は回避できるはずだ。

 ならこいつジークが望みながら、ついぞ掴めなかった幸せな人生って奴を、俺がこの手にしてやる。
 このゲームは俺のお気に入りだが、この世界で生きる以上、鬱要素なんて要らない。

 誰かに振り回され、搾取される人生なんてご免だ。地獄の底からでも這いずり出して逆転してやる。

「絶望のあまり、気が触れたか。死ね」

 哀れむような声と共に、灼熱の炎が放たれた。
 耐性の無い俺が喰らえば即死は免れないだろう。しかし……

「魔を喰らえ……《魔神喰いディアボロスイーター》」

 身を焦がし、骨をも焼く灼熱が迫る中、俺は悠然と〝忘れて〟いた加護の名を呟くのであった。
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