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現在編7

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6歳のイワンという名の男の子に懐かれた。

アンリはいい匂いがすると言って、よく胸に顔を埋めてきた。

僕はそんなイワンのことを可愛いと思った。

でも、僕の気分次第でイワンのことを傷つけてしまうのではないかという不安があって、触れるのも、触れられるのも怖かった。

ジェイによると、イワンは母親から虐待されていたらしい。

イワンはその時のことを覚えていないみたいで平気そうな顔をしていたけれど、腕にはタバコの火を押し付けられたような痕があり、何もなかったことにできるわけがなかった。

イワンは成長する過程で、大人に対してどんな感情を抱くのだろう。

このまま施設でジェイのような人たちに愛されて育てばいいのにと思い、養子として可愛がってくれる人が現れてくれればとも願う。

どうなるにしろイワンを幸せにできるのは母親以外の大人だと思っていたところで、イワンはママに会いたいと呟いた。

どんなに酷いことをされても、イワンの1番はママなのだ。

僕にはイワンの気持ちがよくわかった。

そしてイワンの願いを叶えることが難しいのもわかってしまい、僕はもう大人なんだなと自覚した。





「響や蓮はどうしてるの?」


「響は私のことを疑い執拗に調べていますよ。しかし国外にいる人間を徹底的に洗い流すのは難しいようですね。ただでさえここは菫のテリトリーで、下手に触れたらどんな怒りを買うかわかりませんから。蓮のほうはずっと引きこもっているようです」


「菫さんは響に優しかったはずだ。子どもに対する愛情というよりも、高宮家の血の繋がりという仲間意識を持っていた。だから響が何をしてもそんなに怒らないと思う」


「どうでしょう。今の高宮家はいくつかの派閥に分かれてしまっている。響は父親の霞派で、霞は奏についていた。血の繋がりのある仲間同士で争っている状況でそうヌルい対応はしないと思います」


週に1回、僕はジェイと2人だけでお茶をする。

僕の気持ちが安定してきて、改めて高宮家のことに興味を持ち始めたことをジェイはいい傾向だと思っているらしい。

だから大抵の質問にちゃんと答えてくれる。それでいて一気に情報を与えることもしない。

僕の顔色を見つつ話すジェイの顔が、僕は好きだった。


「ジェイは菫さん派?」


「そうなりますね。アンリは?」


「これまでの感じからしたら、菫さんを応援せざるを得ないな」


「では菫をいつかここに招待しましょう」


「素直にお礼を言える気がしないけど」


「菫は感謝されたがっているわけではないですよ。ただアンリが元気そうにしているのがわかれば満足なはずです」


「うーん。そんなもんなのかな。でも、人って変わるもんなんだね。ジェイが嘘をついてると思わないけど、やっぱりどこか信じられないなぁ」



今では高宮家の当主候補に挙がるくらいの活躍をしている菫さん。

古い体質の高宮家は長男が継ぐものとされ、次男、三男はオマケに過ぎなかった。

それでも高宮家の子どもだからと他の関係のない大人に大事にされ、それなりに権利を持ってしまったからこそ傍若無人な人間になった霞さん。

一方、菫さんは繊細で、高宮家の権力目当てで媚を売る大人に失望していた。その失望は、両親や、兄の奏にも及び、本当は能力があるのに何もしないことを選んで無駄に時間を費やしていた。

高宮家の人たちは、そんな菫さんを恥だと思っていた。ボクほどじゃなくても、あの時の菫さんは疎まれていた。


小さい頃、菫さんのことが大好きだったボクは、大きくなったら弱い菫さんのことを守ってあげたいと思っていた。


菫さんにそれを言うと、嬉しそうな顔をして、ボクにキスをした。

思えばあれが僕のファーストキスだったのかもしれない。





遠い記憶に、心が揺れる。



独りだったら揺れたまま戻って来られなそうな心の軸を掴んでくれているのは、目の前のジェイだった。







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