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現在編5

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檻の中で、怯えていた子どもたち。

僕はあの子たちと一言も会話をすることはなかった。

あの時、あの部屋で、痛めつけられていたのは僕だけだった。

だけど、あの子たちも、僕と同じくらい怖かっただろうと思う。

もしかしたら、もっとかもしれない。

あの部屋で僕を痛めつけてきた男は、生きて帰れるのは僕だけだと言っていた。

ならば、あの子たちは、あの後……。





あの子たちのことは、いつも意識の底にあった。



世の中には、悲惨な現実がある。



僕は自分より不幸なあの子たちを知って、恵まれた自分の立場に罪悪感を抱いた。


あの日、僕の価値観は大きく変わった。


あの場でこそ自分のことしか考えてなかったけれど、保護されて、高宮家で軟禁されている時、僕はなんて幸せなんだろうと思った。





それまで自分のことを不幸と思っていたのが、恥ずかしくなった。



だから、ママに誰って言われた時、悲しかった一方で、安心した。



僕だけが助かってしまったから罰が当たったんだと、仕方ないことなんだと思った。


そして一時的に、許されたような気になった。


でも、安心は続かなかった。


僕にあって、彼らにない時間。


生きていると思う度に罪悪感は増し、僕を容赦なく襲った。


僕の心は壊れて、頭がおかしくなった。


数年幻覚や悪夢を見て、高宮家の人たちは、あの日のことを忘れさせようとしてくれた。

何人もの医者を連れてきて、心が安定する薬をいくつも用意してくれた。



思えば、あの時を境に高宮家の人間は優しくなった。


高宮奏はママに付きっ切りになったことで、僕への興味をなくしたのかほとんど姿を現さなくなった。

霞さんは僕を怒鳴りはするけれど、手を出すことはなくなった。

菫さんは、昔そうしてくれていたように、高宮家の中では僕の隣にずっと居てくれるようになった。

響や蓮も、ほとんど毎日部屋に様子を見に来た。高宮家を出て自由に生活できるようになっても、度々僕に構ってくれた。


だけど僕は、急に与えられた優しさが、怖かった。

酷くしてくれたほうが、僕の気持ちは楽だった。

だからわざと傷つける発言をして、怒らせるようなことをしたのに、どうしてみんな、僕を見捨てなかったんだろう。


愛してほしかった時には、愛してくれなかったのに。


僕を育てるためにかかったお金を払えば解放してくれるという約束は、何もない僕に生きる意味を与えるための約束だった。


そういう気遣いが、また僕を苦しめる。


あの日以来、僕が本当に怖いのは、高宮家じゃなかった。


僕は高宮家じゃなくて、あの日が怖くて、逃げていた。



あの部屋から救われて、ママにあなたは誰って言われた僕を、あの子たちは笑っていた。


高宮家の背後にはいつもあの子たちがいる。


あの子たちは、いつも僕を見ている。


お前が幸せになんてなれるわけがないと、言っている。


夢の中で、僕はあの子たちになって、毎晩身体を切り刻まれていて、あの日が永遠に終わらない。







頭が痛い。

楽に、死にたいと思う。

でも、楽に死ぬのは許されない。



あの子たちは、待っていた。



僕が、あの子たちと同じように、最も残酷なやり方で殺されるのを。


怖い。


きっとこれから、今までにないくらいに苦しむことになる。

だけど、これでようやく許されるのかもしれない。






もう全部お終いなんだと身体の力を抜いた瞬間、誰かが僕を、アンリと呼んだ。
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