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現在編5
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1人部屋で食事をとり、決められた時間に温泉へ行く。
高宮家はたぶん旅館を貸し切りにして、それっぽい客役をあちこちに放っていた。
10年前、高宮家にとって最も脅威だった組織を潰したものの、すべての脅威を退けられたわけではない。
ママを守るために万全を期すのは、高宮奏らしかった。
僕が無駄に大きいベッドの上で横になっていると、部屋に誰かが入ってきた。
どうせ弟だろうと思って、面倒だから寝た振りをすることにした。
ゆっくりと近づいてくる相手に、少し焦れる。
弟の部屋での弟の意味のわからない行動には何となく慣れたものの、いつもと違う空間では妙な緊張感があった。
相手はベッドの隣に立ったかと思ったら、いきなり髪を撫でてきた。
僕の顔を確かめるように、髪から眉、目、鼻、口と触れていく。
僕は初めてそこにいるのは弟ではない可能性を考え、身体を強張らせてしまった。
「寝た振りか」
僕の身体の強張りに気づいたのか、相手は言う。
そして僕の方もその声を聞いて気づいてしまった。
高宮奏が、そこにいる。
「ガキみたいなことを」
僕は絶対に目を開けてはいけないと自分自身に言い聞かせる。
「いや、実際ガキなのか。子どもっぽい振る舞いが消えないと、よく報告に上がっていた」
高宮奏は鼻で笑いながら、まだ僕の顔をべたべたと触っていた。
「お前は杏奈に存在を忘れられて、5年近く人間を辞めていたからな。意味のわからない言葉で泣き喚いて暴れては、付き人を困らせていた。正気を取り戻したのが5年前だとすれば、精神年齢はまだ15歳くらいってことになるだろ。いや、社会復帰するには更に時間がかかっていたから、もっと下か」
思いの外、優しい手つきで僕に触れている。
目を瞑ったままだと、殴られた時なんの抵抗もできない。
いきなり態度を豹変させるのを予測していたけれど、降ってくるのは僕を馬鹿にするような言葉ばかりだった。
「ガキには保護者が必要だよな」
僕は今年、20歳になる。
そもそもこれまでの10数年、僕に保護者なんて居ないようなものだったのに、こいつは何を言っているんだ。
「なぁ、あいつと本気で婚約するつもりか?」
しない。ママに会って決めて、お前に会って絶対辞めたほうがいいと確信した。
「あいつのことを好きなわけじゃないんだろ。だったら杏奈の前で上手く演じきれるわけがない。お前は俺たち親子への恨みを隠せない」
わかったように言われてムカつくけど、その通りだ。弟の前でならまだしも、お前の前では笑顔なんて作れそうにない。
話を聞きながら思う。
こいつはやっぱり、ママと僕を近づかせたくないのか。
「だから提案だ。俺の息子にならないか?俺の隠し子として、杏奈の息子になるんだよ。これまで日の当たらない場所で生きてきた息子が父親を恨んでいても何の不思議もない。杏奈は戸惑うだろうが、きっとお前を受け入れ、お前の傷を癒そうとしてくれるだろう」
予想外の展開に、僕は思わず目を開けた。
そして久しぶりに視界に入れた世界で一番嫌いな人間の姿に、それまでになく感情が揺さぶられる。
一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまうほどだった。
何もかもが苦しい。
触れられているのに耐えられなくて、手を乱暴に振り払った。
高宮奏は僕の行動を怒るどころか、僕がようやく反応を示したことを喜んでいるようだった。
「選択肢は3つだ。息子と婚約するか、俺の隠し子として出てくるか、俺に殺されるか。俺の手の届かないところで生きるのは、許さない」
高宮奏は薄い笑みを浮かべて、3つの選択肢を示してきた。
僕は弟やこの男に許されたくて生きていたわけじゃない。
それでも咄嗟に、頭の中で選択してしまった。
高宮家はたぶん旅館を貸し切りにして、それっぽい客役をあちこちに放っていた。
10年前、高宮家にとって最も脅威だった組織を潰したものの、すべての脅威を退けられたわけではない。
ママを守るために万全を期すのは、高宮奏らしかった。
僕が無駄に大きいベッドの上で横になっていると、部屋に誰かが入ってきた。
どうせ弟だろうと思って、面倒だから寝た振りをすることにした。
ゆっくりと近づいてくる相手に、少し焦れる。
弟の部屋での弟の意味のわからない行動には何となく慣れたものの、いつもと違う空間では妙な緊張感があった。
相手はベッドの隣に立ったかと思ったら、いきなり髪を撫でてきた。
僕の顔を確かめるように、髪から眉、目、鼻、口と触れていく。
僕は初めてそこにいるのは弟ではない可能性を考え、身体を強張らせてしまった。
「寝た振りか」
僕の身体の強張りに気づいたのか、相手は言う。
そして僕の方もその声を聞いて気づいてしまった。
高宮奏が、そこにいる。
「ガキみたいなことを」
僕は絶対に目を開けてはいけないと自分自身に言い聞かせる。
「いや、実際ガキなのか。子どもっぽい振る舞いが消えないと、よく報告に上がっていた」
高宮奏は鼻で笑いながら、まだ僕の顔をべたべたと触っていた。
「お前は杏奈に存在を忘れられて、5年近く人間を辞めていたからな。意味のわからない言葉で泣き喚いて暴れては、付き人を困らせていた。正気を取り戻したのが5年前だとすれば、精神年齢はまだ15歳くらいってことになるだろ。いや、社会復帰するには更に時間がかかっていたから、もっと下か」
思いの外、優しい手つきで僕に触れている。
目を瞑ったままだと、殴られた時なんの抵抗もできない。
いきなり態度を豹変させるのを予測していたけれど、降ってくるのは僕を馬鹿にするような言葉ばかりだった。
「ガキには保護者が必要だよな」
僕は今年、20歳になる。
そもそもこれまでの10数年、僕に保護者なんて居ないようなものだったのに、こいつは何を言っているんだ。
「なぁ、あいつと本気で婚約するつもりか?」
しない。ママに会って決めて、お前に会って絶対辞めたほうがいいと確信した。
「あいつのことを好きなわけじゃないんだろ。だったら杏奈の前で上手く演じきれるわけがない。お前は俺たち親子への恨みを隠せない」
わかったように言われてムカつくけど、その通りだ。弟の前でならまだしも、お前の前では笑顔なんて作れそうにない。
話を聞きながら思う。
こいつはやっぱり、ママと僕を近づかせたくないのか。
「だから提案だ。俺の息子にならないか?俺の隠し子として、杏奈の息子になるんだよ。これまで日の当たらない場所で生きてきた息子が父親を恨んでいても何の不思議もない。杏奈は戸惑うだろうが、きっとお前を受け入れ、お前の傷を癒そうとしてくれるだろう」
予想外の展開に、僕は思わず目を開けた。
そして久しぶりに視界に入れた世界で一番嫌いな人間の姿に、それまでになく感情が揺さぶられる。
一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまうほどだった。
何もかもが苦しい。
触れられているのに耐えられなくて、手を乱暴に振り払った。
高宮奏は僕の行動を怒るどころか、僕がようやく反応を示したことを喜んでいるようだった。
「選択肢は3つだ。息子と婚約するか、俺の隠し子として出てくるか、俺に殺されるか。俺の手の届かないところで生きるのは、許さない」
高宮奏は薄い笑みを浮かべて、3つの選択肢を示してきた。
僕は弟やこの男に許されたくて生きていたわけじゃない。
それでも咄嗟に、頭の中で選択してしまった。
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