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現在編3
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築四十年のアパートの一室は、ところどころ傷みが出てきている。
そんな部屋を、僕は結構気に入っている。
死ぬまでここに住みたいと思っている。
ここは、約二十年前、僕が生まれ育った部屋なのだ。
ママと一緒に過ごした楽しい思い出がいっぱい詰まっている。
大切な思い出を壊したくないから、この部屋にはママ活で出会ったママたちを入れたことはなかった。
一方で、本物のママがこの部屋に帰ってくることもなくて、部屋で過ごすことが寂しくもあった。
ベッドでスマホを片手にうたた寝していると、足音が聞こえてきた。
階段を誰かが上る音が聞こえる度に、僕はじっと耳を澄ませてしまう。
足音は、僕の部屋の前で止まったみたいだった。
ママのはずがない。他のママもこの家を知らない。
友達だってあんまり招いていないし、一度だけ来たことがある竹内とは色々気まずい状況だ。
じゃあ誰がと考えて、思い浮かぶのは数人の男の顔だった。
子どもの僕を、ギリギリまで追い詰めた、高宮家の、三兄弟。
あの人たちとはしばらく顔を合わせていないけど、僕のことをいつまでも放置してくれないだろう。
自由が終わる瞬間が近付いているのを、僕は薄々感じていた。
「蓮」
高宮三兄弟の誰かだったらどうしようと、恐る恐るドアスコープを覗いた結果視界に入ったのはボロボロな姿の蓮だった。
「どうしたんだよ。こんな遅くに」
僕は急いで扉を開けた。蓮はぼうっと突っ立っているだけで、なにも答えない。
蓮になにがあったのかなんてだいたい予想がついていた。
蓮に僕が呼び出されることはしょっちゅうだけど、蓮から僕の元を訊ねることはあまりない。
蓮はボロアパートなんて生理的に無理といつも馬鹿にしていた。
でも今は、そんなことを気にしてはいられないのだろう。
蓮は高宮三兄弟の三男、父親の霞さんに暴力を振るわれた時だけ、僕の家にやってきた。
僕は蓮の手を引いて部屋の中に誘導した。
蓮はなんの抵抗もしない。
蓮をソファーに座らせて手当の準備をしようとしたら、急に抱きしめられた。
「……蓮?」
蓮は震えている。そして、たぶん泣いている。
頭を胸に押し付けられているから顔は見えないけど、ポタポタと涙が落ちてくるのがわかった。
蓮は嫌いだ。
大嫌いな男の血を引いているから。
蓮だって結局高宮家の人間で、これまで僕に嫌なことをいっぱいしてきた。
だけど、今でも霞さんに暴力を振るわれているのを、ざまぁみろなんて思えない。
大人になって、力をつけても、霞さんに敵わない蓮。
蓮の兄の響でさえ未だに霞さんの影に怯えている。
霞さんに対する恐怖心は、二人の深い所に植えつけられてしまっているのだ。
嫌いなはずの二人を、僕はどうにかして助けてやりたいと思ってしまう。
響や蓮よりもずっと弱い僕にはなんの力もないのに。
実際、霞さんの前に立ったら、動けなくなって、ただのサンドバッグになってしまうってわかっているのに。
なんでこんな気持ちになるのだろうと、不思議だった。
「……アンリ、俺は、坊ちゃんが苦手だ」
「今、どうしてあの子の話になるの?」
「苦手だけど、アンリと坊ちゃんとを選べって言われたら、坊ちゃんのほうを選んでしまうかもしれない」
「……なんで?」
「坊ちゃんが、親父を止めてくれたからだ。坊ちゃんなら、俺を救えるかもしれないんだ」
救われたい。
僕も、蓮も、響も、ずっと、ずっと、救われたかった。
昔の蓮は、救われたいから、僕を囮にして身を守った。
今は僕を利用できなくなり、死にたくなるような苦しみと恐怖の中で、あの子が蓮の光となったのか。
あの子には、僕にはない力がある。
わかっていたけど、比べられると嫌になる。
蓮はそんなことをわざわざ僕に伝えにきたのか。
ならばさっさとあの子を選び、あの子の元に行ってしまえばいいのに。
だけど、僕に縋り付いて泣く蓮を、突き放せるわけがなかった。
そんな部屋を、僕は結構気に入っている。
死ぬまでここに住みたいと思っている。
ここは、約二十年前、僕が生まれ育った部屋なのだ。
ママと一緒に過ごした楽しい思い出がいっぱい詰まっている。
大切な思い出を壊したくないから、この部屋にはママ活で出会ったママたちを入れたことはなかった。
一方で、本物のママがこの部屋に帰ってくることもなくて、部屋で過ごすことが寂しくもあった。
ベッドでスマホを片手にうたた寝していると、足音が聞こえてきた。
階段を誰かが上る音が聞こえる度に、僕はじっと耳を澄ませてしまう。
足音は、僕の部屋の前で止まったみたいだった。
ママのはずがない。他のママもこの家を知らない。
友達だってあんまり招いていないし、一度だけ来たことがある竹内とは色々気まずい状況だ。
じゃあ誰がと考えて、思い浮かぶのは数人の男の顔だった。
子どもの僕を、ギリギリまで追い詰めた、高宮家の、三兄弟。
あの人たちとはしばらく顔を合わせていないけど、僕のことをいつまでも放置してくれないだろう。
自由が終わる瞬間が近付いているのを、僕は薄々感じていた。
「蓮」
高宮三兄弟の誰かだったらどうしようと、恐る恐るドアスコープを覗いた結果視界に入ったのはボロボロな姿の蓮だった。
「どうしたんだよ。こんな遅くに」
僕は急いで扉を開けた。蓮はぼうっと突っ立っているだけで、なにも答えない。
蓮になにがあったのかなんてだいたい予想がついていた。
蓮に僕が呼び出されることはしょっちゅうだけど、蓮から僕の元を訊ねることはあまりない。
蓮はボロアパートなんて生理的に無理といつも馬鹿にしていた。
でも今は、そんなことを気にしてはいられないのだろう。
蓮は高宮三兄弟の三男、父親の霞さんに暴力を振るわれた時だけ、僕の家にやってきた。
僕は蓮の手を引いて部屋の中に誘導した。
蓮はなんの抵抗もしない。
蓮をソファーに座らせて手当の準備をしようとしたら、急に抱きしめられた。
「……蓮?」
蓮は震えている。そして、たぶん泣いている。
頭を胸に押し付けられているから顔は見えないけど、ポタポタと涙が落ちてくるのがわかった。
蓮は嫌いだ。
大嫌いな男の血を引いているから。
蓮だって結局高宮家の人間で、これまで僕に嫌なことをいっぱいしてきた。
だけど、今でも霞さんに暴力を振るわれているのを、ざまぁみろなんて思えない。
大人になって、力をつけても、霞さんに敵わない蓮。
蓮の兄の響でさえ未だに霞さんの影に怯えている。
霞さんに対する恐怖心は、二人の深い所に植えつけられてしまっているのだ。
嫌いなはずの二人を、僕はどうにかして助けてやりたいと思ってしまう。
響や蓮よりもずっと弱い僕にはなんの力もないのに。
実際、霞さんの前に立ったら、動けなくなって、ただのサンドバッグになってしまうってわかっているのに。
なんでこんな気持ちになるのだろうと、不思議だった。
「……アンリ、俺は、坊ちゃんが苦手だ」
「今、どうしてあの子の話になるの?」
「苦手だけど、アンリと坊ちゃんとを選べって言われたら、坊ちゃんのほうを選んでしまうかもしれない」
「……なんで?」
「坊ちゃんが、親父を止めてくれたからだ。坊ちゃんなら、俺を救えるかもしれないんだ」
救われたい。
僕も、蓮も、響も、ずっと、ずっと、救われたかった。
昔の蓮は、救われたいから、僕を囮にして身を守った。
今は僕を利用できなくなり、死にたくなるような苦しみと恐怖の中で、あの子が蓮の光となったのか。
あの子には、僕にはない力がある。
わかっていたけど、比べられると嫌になる。
蓮はそんなことをわざわざ僕に伝えにきたのか。
ならばさっさとあの子を選び、あの子の元に行ってしまえばいいのに。
だけど、僕に縋り付いて泣く蓮を、突き放せるわけがなかった。
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