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第四話
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図書館に通うのはこれで何回目だろう。勿論、図書館に来ているのはレポートで使う本を借りに来ているからだ。決して比嘉さんと晴多に会いたいからではなく……嘘です、会いたいのもある。
僕が図書館を訪れると、比嘉さんか晴多が必ずと言っていい程気づいてくれた。
今日はどちらと会えるかなと楽しんでいると、見慣れた尻尾が本棚から見えた。
「隠れきれてないよ晴多」
こそっと近づいて覗いてやるとそこにいたのはやはり晴多で。青い瞳を見開いている姿は「見つかっちゃった」と言っているようだ。くぅーんと落ち込む声が聞こえて来て、ちょっと笑ってしまった。
晴多は素直に出迎えてくれる日もあれば、こうして僕に見つからないようにかくれんぼをしている日もある。棚の上から顔を覗かせていた時はそれはもうびっくりしたものだ。まあ、僕が隠れる訳にはいかないので一方的なものなのだが、こうして楽しんでもらえているのなら何よりだ。
尻尾を振って撫でてくれと言わんばかりに手に顔を近づけて来る晴多の喉元をよしよしと撫でてやる。
――ちょうど探している資料があるし、比嘉さんに訊きたいな。
そう思っていると、僕の考えを読んだように晴多が先導してくれた。晴多は比嘉さんが何処で本を戻しているのか、カウンターで対応しているのか、本を探しているのかちゃんと把握しているのだ。
晴多の後をついていくと、その先に比嘉さんがいた。どうやら、他の利用者さんと話しているようだ。
また後で訊こうかなと思って踵を返そうとしたが、比嘉さんたちの話し声が聞こえて来た。
「ねえ、今日は何時上がりなの?」
「ええーと……」
何やら様子がおかしい。
耳を傾けていると、どうやら男が比嘉さんのシフトについてしつこく訊いているようだ。
比嘉さんも利用者相手に強くは言えないみたいで、でもとても困っているように見えた。周りにいる人は、話の内容が聞こえているはずなのに誰も助けようとしない。
僕は一歩前へ踏み出した。
「すみません」
男と比嘉さんの間を割って入るように話を切り出す。
「ちょっと良いですか?探している資料があるんですけど」
男の方は見ず、比嘉さんの方を見遣る。検索機で検索した紙を見せると、彼女は僕をその目に映した。
「ご案内しますね。……すみません、失礼します」
一礼した後、比嘉さんは男に背を向けた。男も接客を邪魔することは躊躇ったようだ。
その場から離れて資料がある棚へと移動する。ほっとしたように比嘉さんが息をついた。
「大丈夫ですか?」
「助かりました。ありがとうございます」
「ああいうの、よくあるんですか?」
「偶に……」
申し訳なさそうにしながら、比嘉さんの小さな手が本をなぞっていく。その手首は細い。
「あ、あった。これですね」
本を渡されて受け取る。「ありがとうございます」と言えば「いえいえ」と笑って返された。
「あの、もし良ければこの後時間ありますか?もうすぐ上がりなんです。助けてもらったお礼に何か奢りますよ」
「え、そんな大したことしてないからいいですよ」
そう言ったものの、正直なところ誘われて嬉しい。暫し悩む素振りを見せたが、比嘉さんの気が変わらないうちに「わかりました」と了承した。
「それじゃあ、もう少し待っていてくださいね」
比嘉さんと別れて、僕は時間を潰そうと図書館内を散策する。暇なのか、晴多も僕の周りをうろうろとしていた。
すると、先程の男が比嘉さんの後をつけていることに気がついた。
――あいつ、また!
男が比嘉さんに声を掛けようとした。僕は急いで二人に近づこうとした時、僕の横をさっと駆ける影があった。
「うがっ!?」
晴多が男へと突進した。突然の衝撃に男は思い切り顔を床にぶつけた。
振り返った比嘉さんが目を丸くさせている。
「誰だ!今俺を押したのは!?」
そう言って男が怒鳴り声を上げた。しかし、男の周りには誰もいなくて。
そう、みんなには視えていない。
晴多が「やってやったぞ!」と言わんばかりに雄叫びを上げる。
僕と比嘉さんにしかその姿は視えていない。
周りから見たら、男が自分で転んだようにしか見えていないことだろう。
きょろきょろと辺りを見回す男はそれはもう浮いていた。
「あのおじさん、ひとりでさわいでいるね。としょかんではしずかにしないといけないのにね」
一人の子どもがそう言った。
その言葉にか周囲の視線にか耐えきれなくなった男はそそくさと館内から出て行った。
晴多がふんっと鼻を鳴らした。何処か誇らしげである。
僕は晴多にぐっと親指を立てる。何が起こったかよくわかっていない比嘉さんはぽかんとしていた。
褒めて褒めてと言うように、晴多が比嘉さんへとすり寄る。
――比嘉さんが気づかない間にも、晴多はああして霊からも悪い人間からも比嘉さんを守っているのだろうな……。
晴多はとても立派なボディガードだった。
――今度晴多にご褒美の豆乳をあげよう。
僕は人知れずそう決めた。
僕が図書館を訪れると、比嘉さんか晴多が必ずと言っていい程気づいてくれた。
今日はどちらと会えるかなと楽しんでいると、見慣れた尻尾が本棚から見えた。
「隠れきれてないよ晴多」
こそっと近づいて覗いてやるとそこにいたのはやはり晴多で。青い瞳を見開いている姿は「見つかっちゃった」と言っているようだ。くぅーんと落ち込む声が聞こえて来て、ちょっと笑ってしまった。
晴多は素直に出迎えてくれる日もあれば、こうして僕に見つからないようにかくれんぼをしている日もある。棚の上から顔を覗かせていた時はそれはもうびっくりしたものだ。まあ、僕が隠れる訳にはいかないので一方的なものなのだが、こうして楽しんでもらえているのなら何よりだ。
尻尾を振って撫でてくれと言わんばかりに手に顔を近づけて来る晴多の喉元をよしよしと撫でてやる。
――ちょうど探している資料があるし、比嘉さんに訊きたいな。
そう思っていると、僕の考えを読んだように晴多が先導してくれた。晴多は比嘉さんが何処で本を戻しているのか、カウンターで対応しているのか、本を探しているのかちゃんと把握しているのだ。
晴多の後をついていくと、その先に比嘉さんがいた。どうやら、他の利用者さんと話しているようだ。
また後で訊こうかなと思って踵を返そうとしたが、比嘉さんたちの話し声が聞こえて来た。
「ねえ、今日は何時上がりなの?」
「ええーと……」
何やら様子がおかしい。
耳を傾けていると、どうやら男が比嘉さんのシフトについてしつこく訊いているようだ。
比嘉さんも利用者相手に強くは言えないみたいで、でもとても困っているように見えた。周りにいる人は、話の内容が聞こえているはずなのに誰も助けようとしない。
僕は一歩前へ踏み出した。
「すみません」
男と比嘉さんの間を割って入るように話を切り出す。
「ちょっと良いですか?探している資料があるんですけど」
男の方は見ず、比嘉さんの方を見遣る。検索機で検索した紙を見せると、彼女は僕をその目に映した。
「ご案内しますね。……すみません、失礼します」
一礼した後、比嘉さんは男に背を向けた。男も接客を邪魔することは躊躇ったようだ。
その場から離れて資料がある棚へと移動する。ほっとしたように比嘉さんが息をついた。
「大丈夫ですか?」
「助かりました。ありがとうございます」
「ああいうの、よくあるんですか?」
「偶に……」
申し訳なさそうにしながら、比嘉さんの小さな手が本をなぞっていく。その手首は細い。
「あ、あった。これですね」
本を渡されて受け取る。「ありがとうございます」と言えば「いえいえ」と笑って返された。
「あの、もし良ければこの後時間ありますか?もうすぐ上がりなんです。助けてもらったお礼に何か奢りますよ」
「え、そんな大したことしてないからいいですよ」
そう言ったものの、正直なところ誘われて嬉しい。暫し悩む素振りを見せたが、比嘉さんの気が変わらないうちに「わかりました」と了承した。
「それじゃあ、もう少し待っていてくださいね」
比嘉さんと別れて、僕は時間を潰そうと図書館内を散策する。暇なのか、晴多も僕の周りをうろうろとしていた。
すると、先程の男が比嘉さんの後をつけていることに気がついた。
――あいつ、また!
男が比嘉さんに声を掛けようとした。僕は急いで二人に近づこうとした時、僕の横をさっと駆ける影があった。
「うがっ!?」
晴多が男へと突進した。突然の衝撃に男は思い切り顔を床にぶつけた。
振り返った比嘉さんが目を丸くさせている。
「誰だ!今俺を押したのは!?」
そう言って男が怒鳴り声を上げた。しかし、男の周りには誰もいなくて。
そう、みんなには視えていない。
晴多が「やってやったぞ!」と言わんばかりに雄叫びを上げる。
僕と比嘉さんにしかその姿は視えていない。
周りから見たら、男が自分で転んだようにしか見えていないことだろう。
きょろきょろと辺りを見回す男はそれはもう浮いていた。
「あのおじさん、ひとりでさわいでいるね。としょかんではしずかにしないといけないのにね」
一人の子どもがそう言った。
その言葉にか周囲の視線にか耐えきれなくなった男はそそくさと館内から出て行った。
晴多がふんっと鼻を鳴らした。何処か誇らしげである。
僕は晴多にぐっと親指を立てる。何が起こったかよくわかっていない比嘉さんはぽかんとしていた。
褒めて褒めてと言うように、晴多が比嘉さんへとすり寄る。
――比嘉さんが気づかない間にも、晴多はああして霊からも悪い人間からも比嘉さんを守っているのだろうな……。
晴多はとても立派なボディガードだった。
――今度晴多にご褒美の豆乳をあげよう。
僕は人知れずそう決めた。
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