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第二話
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かぼちゃの種とわたをスプーンで取る。そのかぼちゃを耐熱容器に入れてふんわりとラップをかけ、電子レンジで温めていく。
電子レンジから軽やかな音がした。布巾を両手に持って熱々の容器を取り出した。
竹串でかぼちゃの固さを確認……うん、良い感じの柔らかさになっている。
薄力粉とベーキングパウダーとオリーブオイル、粗熱の取れたかぼちゃ、それと晴多が大好きな豆乳を入れて混ぜ合わせる。乳製品は犬がお腹を壊す原因になるので、牛乳ではなく豆乳を使うのだ。犬だけど霊である晴多には関係のないことかもしれないけれど、牛乳より豆乳が好きだからわたしが作るスコーンは豆乳入りなのだ。
ここでフードプロセッサーがあれば便利なのだが、そんなものはないため全部手作業で混ぜていく。
まとまった生地を均等の厚さにする。型抜きもないため、ちょうど良い大きさのガラスのコップを使って型を抜いていく。
アルミホイルを敷いた天板に生地をそっと置いて行き、予熱したオーブンの中に入れる。あとは焼き上がるのを待つだけだ。
その間に使った道具を洗って片付ける。暫し晴多とボールで遊んでいると、焼き上がりを告げる音が聞こえた。
天板を取り出せば、そこには綺麗に膨らんだスコーンが並んでいた。
お気に入りの紅茶を淹れて、晴多用のボウルには今日貰った豆乳を注ぐ。
スコーンと飲み物を運んでいると、晴多が定位置の場所に座って尻尾をぶんぶんと振っていた。
晴多の目の前に皿とボウルを置く。もう既に涎が垂れていて少し笑ってしまった。
よし、と言えば晴多はスコーンを食べ始めた。
「わたしも食べよっと」
席について、いただきますと手を合わせる。スコーンを口に含めば、表面はさくっとしていて中はしっとりと柔らかい。かぼちゃのほのかな甘味が口の中いっぱいに広がった。
「うん、我ながら上出来!晴多、美味しい?」
晴多を見遣れば既にその皿の上には何もなかった。今はぺちゃぺちゃと豆乳を飲んでいる。
一頻り飲んだ後こちらを見たかと思えば、皿を咥えてわたしの元へとやって来た。きらきらとした青い目でじーっと見て来る。
「もっと欲しいの?」
訊けば、一声鳴いた。
「豆乳も?」
訊けば、尻尾が大きく振られた。
「あ、こら。それはわたしの分」
わたしの皿の上のスコーンに顔を近づけて来たので手でそれを制す。すると、不服そうな晴多に尻尾で体を叩かれた。
晴多が早くちょうだいと吠えて主張してくる。
「わかったわかった。ちょっと待っていて」
そのままあげても良かったが、贅沢にもスコーンにアイスを付けてしまったためあげることができなかった。
立ち上がって何も付けていないスコーンと豆乳の紙パックを持ってくれば、尻尾の振りが大きくなった。
「ご褒美だからちょっと多めにあげるね」
皿の上にスコーンを乗せてあげれば、待っていましたと言わんばかりにすぐに齧り付いた。
豆乳をボウルに注ぎながら、わたしは豆乳が好きだと言った青年――宇津保くんを思い出した。
「今日はお手柄だったね、晴多」
晴多がどのように宇津保くんから霊を祓ったのかは見ていない。けれど、わたしも霊に取り憑かれた時に体当たりを受けたのできっとそのようにしたのだろう。そう考えるとちょっと宇津保くんに申し訳ないなと思った。
人でないモノが視える人は珍しい。わたしもあまり会ったことがない。
いつだってわたしたちは孤独だ。人と違うモノが視えるというだけで異質だとみなされてしまう。
「あの人もそうなのかな……」
きっと同じような景色が視えている人。
少し話しただけだけど、優しい人だというのがわかった。元気に駆け回る晴多を見るその眼差しがとても柔らかかったから。
「豆乳が好きだなんて友だちからは年寄りくさいって言われがちなんです」
そう照れくさそうに笑った姿が幼く見えた。
話をしている限り年下かなと思ったのだけど、何歳なのかも何処に住んでいるかもわからない。
宇津保くん。名前だけしか知らない人。
「また会えるといいな」
晴多の背を撫でながら、無意識にそう呟いていた。
電子レンジから軽やかな音がした。布巾を両手に持って熱々の容器を取り出した。
竹串でかぼちゃの固さを確認……うん、良い感じの柔らかさになっている。
薄力粉とベーキングパウダーとオリーブオイル、粗熱の取れたかぼちゃ、それと晴多が大好きな豆乳を入れて混ぜ合わせる。乳製品は犬がお腹を壊す原因になるので、牛乳ではなく豆乳を使うのだ。犬だけど霊である晴多には関係のないことかもしれないけれど、牛乳より豆乳が好きだからわたしが作るスコーンは豆乳入りなのだ。
ここでフードプロセッサーがあれば便利なのだが、そんなものはないため全部手作業で混ぜていく。
まとまった生地を均等の厚さにする。型抜きもないため、ちょうど良い大きさのガラスのコップを使って型を抜いていく。
アルミホイルを敷いた天板に生地をそっと置いて行き、予熱したオーブンの中に入れる。あとは焼き上がるのを待つだけだ。
その間に使った道具を洗って片付ける。暫し晴多とボールで遊んでいると、焼き上がりを告げる音が聞こえた。
天板を取り出せば、そこには綺麗に膨らんだスコーンが並んでいた。
お気に入りの紅茶を淹れて、晴多用のボウルには今日貰った豆乳を注ぐ。
スコーンと飲み物を運んでいると、晴多が定位置の場所に座って尻尾をぶんぶんと振っていた。
晴多の目の前に皿とボウルを置く。もう既に涎が垂れていて少し笑ってしまった。
よし、と言えば晴多はスコーンを食べ始めた。
「わたしも食べよっと」
席について、いただきますと手を合わせる。スコーンを口に含めば、表面はさくっとしていて中はしっとりと柔らかい。かぼちゃのほのかな甘味が口の中いっぱいに広がった。
「うん、我ながら上出来!晴多、美味しい?」
晴多を見遣れば既にその皿の上には何もなかった。今はぺちゃぺちゃと豆乳を飲んでいる。
一頻り飲んだ後こちらを見たかと思えば、皿を咥えてわたしの元へとやって来た。きらきらとした青い目でじーっと見て来る。
「もっと欲しいの?」
訊けば、一声鳴いた。
「豆乳も?」
訊けば、尻尾が大きく振られた。
「あ、こら。それはわたしの分」
わたしの皿の上のスコーンに顔を近づけて来たので手でそれを制す。すると、不服そうな晴多に尻尾で体を叩かれた。
晴多が早くちょうだいと吠えて主張してくる。
「わかったわかった。ちょっと待っていて」
そのままあげても良かったが、贅沢にもスコーンにアイスを付けてしまったためあげることができなかった。
立ち上がって何も付けていないスコーンと豆乳の紙パックを持ってくれば、尻尾の振りが大きくなった。
「ご褒美だからちょっと多めにあげるね」
皿の上にスコーンを乗せてあげれば、待っていましたと言わんばかりにすぐに齧り付いた。
豆乳をボウルに注ぎながら、わたしは豆乳が好きだと言った青年――宇津保くんを思い出した。
「今日はお手柄だったね、晴多」
晴多がどのように宇津保くんから霊を祓ったのかは見ていない。けれど、わたしも霊に取り憑かれた時に体当たりを受けたのできっとそのようにしたのだろう。そう考えるとちょっと宇津保くんに申し訳ないなと思った。
人でないモノが視える人は珍しい。わたしもあまり会ったことがない。
いつだってわたしたちは孤独だ。人と違うモノが視えるというだけで異質だとみなされてしまう。
「あの人もそうなのかな……」
きっと同じような景色が視えている人。
少し話しただけだけど、優しい人だというのがわかった。元気に駆け回る晴多を見るその眼差しがとても柔らかかったから。
「豆乳が好きだなんて友だちからは年寄りくさいって言われがちなんです」
そう照れくさそうに笑った姿が幼く見えた。
話をしている限り年下かなと思ったのだけど、何歳なのかも何処に住んでいるかもわからない。
宇津保くん。名前だけしか知らない人。
「また会えるといいな」
晴多の背を撫でながら、無意識にそう呟いていた。
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