犬も歩けば雨晴るる

葉野亜依

文字の大きさ
上 下
2 / 7

第二話

しおりを挟む
 かぼちゃの種とわたをスプーンで取る。そのかぼちゃを耐熱容器に入れてふんわりとラップをかけ、電子レンジで温めていく。
 電子レンジから軽やかな音がした。布巾を両手に持って熱々の容器を取り出した。
 竹串でかぼちゃの固さを確認……うん、良い感じの柔らかさになっている。
 薄力粉とベーキングパウダーとオリーブオイル、粗熱の取れたかぼちゃ、それと晴多が大好きな豆乳を入れて混ぜ合わせる。乳製品は犬がお腹を壊す原因になるので、牛乳ではなく豆乳を使うのだ。犬だけど霊である晴多には関係のないことかもしれないけれど、牛乳より豆乳が好きだからわたしが作るスコーンは豆乳入りなのだ。
 ここでフードプロセッサーがあれば便利なのだが、そんなものはないため全部手作業で混ぜていく。
 まとまった生地を均等の厚さにする。型抜きもないため、ちょうど良い大きさのガラスのコップを使って型を抜いていく。
 アルミホイルを敷いた天板に生地をそっと置いて行き、予熱したオーブンの中に入れる。あとは焼き上がるのを待つだけだ。
 その間に使った道具を洗って片付ける。暫し晴多とボールで遊んでいると、焼き上がりを告げる音が聞こえた。
 天板を取り出せば、そこには綺麗に膨らんだスコーンが並んでいた。
 お気に入りの紅茶を淹れて、晴多用のボウルには今日貰った豆乳を注ぐ。
 スコーンと飲み物を運んでいると、晴多が定位置の場所に座って尻尾をぶんぶんと振っていた。 
 晴多の目の前に皿とボウルを置く。もう既に涎が垂れていて少し笑ってしまった。
 よし、と言えば晴多はスコーンを食べ始めた。

「わたしも食べよっと」

 席について、いただきますと手を合わせる。スコーンを口に含めば、表面はさくっとしていて中はしっとりと柔らかい。かぼちゃのほのかな甘味が口の中いっぱいに広がった。
「うん、我ながら上出来!晴多、美味しい?」
 晴多を見遣れば既にその皿の上には何もなかった。今はぺちゃぺちゃと豆乳を飲んでいる。
 一頻り飲んだ後こちらを見たかと思えば、皿を咥えてわたしの元へとやって来た。きらきらとした青い目でじーっと見て来る。

「もっと欲しいの?」

 訊けば、一声鳴いた。

「豆乳も?」

 訊けば、尻尾が大きく振られた。

「あ、こら。それはわたしの分」

 わたしの皿の上のスコーンに顔を近づけて来たので手でそれを制す。すると、不服そうな晴多に尻尾で体を叩かれた。
 晴多が早くちょうだいと吠えて主張してくる。

「わかったわかった。ちょっと待っていて」

 そのままあげても良かったが、贅沢にもスコーンにアイスを付けてしまったためあげることができなかった。
 立ち上がって何も付けていないスコーンと豆乳の紙パックを持ってくれば、尻尾の振りが大きくなった。

「ご褒美だからちょっと多めにあげるね」

 皿の上にスコーンを乗せてあげれば、待っていましたと言わんばかりにすぐに齧り付いた。
 豆乳をボウルに注ぎながら、わたしは豆乳が好きだと言った青年――宇津保くんを思い出した。

「今日はお手柄だったね、晴多」

 晴多がどのように宇津保くんから霊を祓ったのかは見ていない。けれど、わたしも霊に取り憑かれた時に体当たりを受けたのできっとそのようにしたのだろう。そう考えるとちょっと宇津保くんに申し訳ないなと思った。
 人でないモノが視える人は珍しい。わたしもあまり会ったことがない。
 いつだってわたしたちは孤独だ。人と違うモノが視えるというだけで異質だとみなされてしまう。

「あの人もそうなのかな……」

 きっと同じような景色が視えている人。
 少し話しただけだけど、優しい人だというのがわかった。元気に駆け回る晴多を見るその眼差しがとても柔らかかったから。

「豆乳が好きだなんて友だちからは年寄りくさいって言われがちなんです」

 そう照れくさそうに笑った姿が幼く見えた。
 話をしている限り年下かなと思ったのだけど、何歳なのかも何処に住んでいるかもわからない。
 宇津保くん。名前だけしか知らない人。

「また会えるといいな」

 晴多の背を撫でながら、無意識にそう呟いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スパイスカレー洋燈堂 ~裏路地と兎と錆びた階段~

桜あげは
ライト文芸
入社早々に躓く気弱な新入社員の楓は、偶然訪れた店でおいしいカレーに心を奪われる。 彼女のカレー好きに目をつけた店主のお兄さんに「ここで働かない?」と勧誘され、アルバイトとして働き始めることに。 新たな人との出会いや、新たなカレーとの出会い。 一度挫折した楓は再び立ち上がり、様々なことをゆっくり学んでいく。 錆びた階段の先にあるカレー店で、のんびりスパイスライフ。 第3回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

差し伸べられなかった手で空を覆った

楠富 つかさ
ライト文芸
 地方都市、空の宮市の公立高校で主人公・猪俣愛弥は、美人だが少々ナルシストで物言いが哲学的なクラスメイト・卯花彩瑛と出逢う。コミュ障で馴染めない愛弥と、周囲を寄せ付けない彩瑛は次第に惹かれていくが……。  生きることを見つめ直す少女たちが過ごす青春の十二ヵ月。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【受賞】約束のクローバー ~僕が自ら歩く理由~

朱村びすりん
ライト文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞】にて《涙じんわり賞》を受賞しました! 応援してくださった全ての方に心より御礼申し上げます。 ~あらすじ~  小学五年生のコウキは、軽度の脳性麻痺によって生まれつき身体の一部が不自由である。とくに右脚の麻痺が強く、筋肉が強張ってしまう。ロフストランド杖と装具がなければ、自力で歩くことさえ困難だった。  ほとんどの知人や友人はコウキの身体について理解してくれているが、中には意地悪くするクラスメイトもいた。  町を歩けば見ず知らずの人に不思議な目で見られることもある。  それでもコウキは、日々前向きに生きていた。 「手術を受けてみない?」  ある日、母の一言がきっかけでコウキは【選択的脊髄後根遮断術(SDR)】という手術の存在を知る。  病院で詳しい話を聞くと、その手術は想像以上に大がかりで、入院が二カ月以上も必要とのこと。   しかし術後のリハビリをこなしていけば、今よりも歩行が安定する可能性があるのだという。  十歳である今でも、大人の付き添いがなければ基本的に外を出歩けないコウキは、ひとつの希望として手術を受けることにした。  保育園の時から付き合いがある幼なじみのユナにその話をすると、彼女はあるものをコウキに手渡す。それは、ひとつ葉のクローバーを手に持ちながら、力強く二本脚で立つ猫のキーホルダーだった。  ひとつ葉のクローバーの花言葉は『困難に打ち勝つ』。  コウキの手術が成功するよう、願いが込められたお守りである。  コウキとユナは、いつか自由気ままに二人で町の中を散歩しようと約束を交わしたのだった。  果たしてコウキは、自らの脚で不自由なく歩くことができるのだろうか──  かけがえのない友との出会い、親子の絆、少年少女の成長を描いた、ヒューマンストーリー。 ※この物語は実話を基にしたフィクションです。  登場する一部の人物や施設は実在するものをモデルにしていますが、設定や名称等ストーリーの大部分を脚色しています。  また、物語上で行われる手術「選択的脊髄後根遮断術(SDR)」を受ける推奨年齢は平均五歳前後とされております。医師の意見や見解、該当者の年齢、障害の重さや特徴等によって、検査やリハビリ治療の内容に個人差があります。  物語に登場する主人公の私生活等は、全ての脳性麻痺の方に当てはまるわけではありませんのでご理解ください。 ◆2023年8月16日完結しました。 ・素敵な表紙絵をちゅるぎ様に描いていただきました!

処理中です...