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第十五話 夏の終わり(二)
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「また来いよ!」
「ああ!」
翌朝。ばあちゃんの家の前にて、ぼくたちは別れの挨拶をしていた、のだが……。
「……何これ」
ぼくたちの目の前で、父さんとつゆりさんのお父さんが男同士の固い固い握手を交わしていた。
「……何これ」
目の前で繰り広げられる光景についていけず、思わず同じ言葉が口をついた。
昨日は二人とも酒を飲んでいたからあんなにもテンションが上がっていたのだと思っていたが……あれか、その場の雰囲気に当てられてってやつか。
わっはっはと笑いながら、車の方へと向かっていくおっさん二人を眺めつつ、ははは、と渇いた声を漏らす。
そんなぼくの隣で、ばあちゃんが「おやまあ、昨日散々話しとったのに。二人とも飽きないねぇ」と呆れたように言い、つゆりさんは苦笑いしていた。
「若……本当に行っちゃうんっすね……」
「いやいや、今生の別れじゃないんだからそんな泣かなくても……」
河童も場の雰囲気に当てられたのか無茶苦茶泣いていた。そんなに泣いたら身体の水分なくなっちゃうんじゃないかって程にぼろぼろと涙を零していた。
その隣の管狐はというと――
「ちぇー、にきがいないとからかう相手がいなくてつまんないなぁ」
「だから、お前はもっと包み隠せよ管狐」
「つまんないものはつまんないー。という訳で、にきとつゆりの手紙の伝達係はボクがするから」
ふさふさの尻尾を振って、任せろと言わんばかりに管狐が胸を張る。
「いやいやどうしてそうなる」
「郵便屋よりも速いよー」
「それはありがたいけど……」
「まあ、中身は確認させてもらうかもしれないけどね!」
「うっわ、無茶苦茶不安!」
冗談だよ冗談、と管狐は言ったがどう考えても不安しかない。
……全く、ほんとこいつにはからかわれてばかりだったな。
多分、いや、絶対にそれはこれからも続くんだろうけど。
「にきー!行っちゃやだー!」
「行っちゃやだー!」
「うおっ!?」
背中にタックルして来た小鬼たちがぐりぐりと頭を押し付けてくる。角が当たっていて地味に痛い。それだけ懐かれているのだと思うと嬉しいけど、やっぱり地味に痛い。あと、服に穴が開きそうだからそろそろやめていただきたいのだが……。
「これこれあんたたち、にきちゃんが困っているでしょ」
「ばあー」
「ばあー」
そんな小鬼たちを引き離したのはばあちゃんだった。
「にきちゃん。また来なさいな」
「ばあちゃん……。お世話になりました。また来ます」
ゆっくりと丁寧にお辞儀をすれば、ばあちゃんは顔に皺を寄せてにっと笑った。
「それじゃあ、後は若いもんに任せるとするかね」
そう言って、ばあちゃんは父さんたちの方へ行った。河童や管狐、小鬼たちも後をついて行く。
……うん、何で皆して意味深げに笑って去って行ったんだ?
そそくさと去って行った皆に対して思わず顔が引きつった。
そして、この場に残されたのはぼくとつゆりさんだけとなった。
昨日と同じく沈黙が訪れる。けれど、それは決して居心地の悪いものではなくて。
昨日と違って先に声を掛けたのはぼくの方だった。
「また来るから。手紙も、書くから」
「はい、待ってますね」
ぼくたちは笑い合って約束を交わす。そして、お互いに握手を交わした。つゆりさんの手はぼくよりも小さくて、少し冷たくて。
ああ、これが女の子の手か、と場違いにも思ってしまった。
目の前の彼女は輝かんばかりの笑顔を浮かべていて。
ここにやって来た時よりも幾分か暑さは和らいできたはずなのに、ぼくの顔は熱くて仕方がなかった。
理由は言わずもがな。
「おい、お前の倅が俺の娘に手を出してるぞ!」
「まあまあ」
「おー、やったっすね、若!」
「やったねにきー」
「やったねにきー」
「やっとかよー。でも手を握りあっただけかー。うーん、これはまだまだ先が思いやられるねー」
「はっはっはっ」
……何やら外野が五月蠅いが気にしない。気にしたら負けだ。
結局最後の最後までからかわれることになったぼくは、お世話になった家を眺めながら現実逃避に徹した。
車に乗り込んで窓を開ける。皆が各々手を振っている。ぼくも少し窓から身を乗り出して手を振った。
「また来るから!」
ゆっくりと車が走り始める。さっきまで近くにいた皆が段々遠くなっていく。
夏の終わりを告げる風を感じながら、皆が見えなくなるまで、ぼくはずっとずっと手を振り続けた。
そっと視線を外して前を向く。徐に父さんが話しかけてきた。
「ばあちゃんの家はどうだった?」
「楽しかったよ、とても」
流れ行く景色を見つめながらぼくは答えた。
目を閉じれば、先程まで一緒にいた皆の姿が瞼に浮かんだ。
*
夏休みに訪れた祖母の家には、奇怪なモノ――所謂あやかしがいた。
彼らの存在を受け入れつつ、彼らの言動に突っ込みつつ、振り回されてばかりの毎日。
それはぼくにとって大変な日々で。でも、それと同時にとても楽しい日々でもあった。
今度あの家を訪れた時、ぼくはまた彼らが視えなくなっているかもしれない。声を聞くこともできなくなっているかもしれない。
でも、たとえそうなってしまったとしても、ぼくはまた訪れたい。
寂しい思い出や悲しい思い出だけではなく、楽しい思い出もたくさん詰まったあの場所へ――。
「ああ!」
翌朝。ばあちゃんの家の前にて、ぼくたちは別れの挨拶をしていた、のだが……。
「……何これ」
ぼくたちの目の前で、父さんとつゆりさんのお父さんが男同士の固い固い握手を交わしていた。
「……何これ」
目の前で繰り広げられる光景についていけず、思わず同じ言葉が口をついた。
昨日は二人とも酒を飲んでいたからあんなにもテンションが上がっていたのだと思っていたが……あれか、その場の雰囲気に当てられてってやつか。
わっはっはと笑いながら、車の方へと向かっていくおっさん二人を眺めつつ、ははは、と渇いた声を漏らす。
そんなぼくの隣で、ばあちゃんが「おやまあ、昨日散々話しとったのに。二人とも飽きないねぇ」と呆れたように言い、つゆりさんは苦笑いしていた。
「若……本当に行っちゃうんっすね……」
「いやいや、今生の別れじゃないんだからそんな泣かなくても……」
河童も場の雰囲気に当てられたのか無茶苦茶泣いていた。そんなに泣いたら身体の水分なくなっちゃうんじゃないかって程にぼろぼろと涙を零していた。
その隣の管狐はというと――
「ちぇー、にきがいないとからかう相手がいなくてつまんないなぁ」
「だから、お前はもっと包み隠せよ管狐」
「つまんないものはつまんないー。という訳で、にきとつゆりの手紙の伝達係はボクがするから」
ふさふさの尻尾を振って、任せろと言わんばかりに管狐が胸を張る。
「いやいやどうしてそうなる」
「郵便屋よりも速いよー」
「それはありがたいけど……」
「まあ、中身は確認させてもらうかもしれないけどね!」
「うっわ、無茶苦茶不安!」
冗談だよ冗談、と管狐は言ったがどう考えても不安しかない。
……全く、ほんとこいつにはからかわれてばかりだったな。
多分、いや、絶対にそれはこれからも続くんだろうけど。
「にきー!行っちゃやだー!」
「行っちゃやだー!」
「うおっ!?」
背中にタックルして来た小鬼たちがぐりぐりと頭を押し付けてくる。角が当たっていて地味に痛い。それだけ懐かれているのだと思うと嬉しいけど、やっぱり地味に痛い。あと、服に穴が開きそうだからそろそろやめていただきたいのだが……。
「これこれあんたたち、にきちゃんが困っているでしょ」
「ばあー」
「ばあー」
そんな小鬼たちを引き離したのはばあちゃんだった。
「にきちゃん。また来なさいな」
「ばあちゃん……。お世話になりました。また来ます」
ゆっくりと丁寧にお辞儀をすれば、ばあちゃんは顔に皺を寄せてにっと笑った。
「それじゃあ、後は若いもんに任せるとするかね」
そう言って、ばあちゃんは父さんたちの方へ行った。河童や管狐、小鬼たちも後をついて行く。
……うん、何で皆して意味深げに笑って去って行ったんだ?
そそくさと去って行った皆に対して思わず顔が引きつった。
そして、この場に残されたのはぼくとつゆりさんだけとなった。
昨日と同じく沈黙が訪れる。けれど、それは決して居心地の悪いものではなくて。
昨日と違って先に声を掛けたのはぼくの方だった。
「また来るから。手紙も、書くから」
「はい、待ってますね」
ぼくたちは笑い合って約束を交わす。そして、お互いに握手を交わした。つゆりさんの手はぼくよりも小さくて、少し冷たくて。
ああ、これが女の子の手か、と場違いにも思ってしまった。
目の前の彼女は輝かんばかりの笑顔を浮かべていて。
ここにやって来た時よりも幾分か暑さは和らいできたはずなのに、ぼくの顔は熱くて仕方がなかった。
理由は言わずもがな。
「おい、お前の倅が俺の娘に手を出してるぞ!」
「まあまあ」
「おー、やったっすね、若!」
「やったねにきー」
「やったねにきー」
「やっとかよー。でも手を握りあっただけかー。うーん、これはまだまだ先が思いやられるねー」
「はっはっはっ」
……何やら外野が五月蠅いが気にしない。気にしたら負けだ。
結局最後の最後までからかわれることになったぼくは、お世話になった家を眺めながら現実逃避に徹した。
車に乗り込んで窓を開ける。皆が各々手を振っている。ぼくも少し窓から身を乗り出して手を振った。
「また来るから!」
ゆっくりと車が走り始める。さっきまで近くにいた皆が段々遠くなっていく。
夏の終わりを告げる風を感じながら、皆が見えなくなるまで、ぼくはずっとずっと手を振り続けた。
そっと視線を外して前を向く。徐に父さんが話しかけてきた。
「ばあちゃんの家はどうだった?」
「楽しかったよ、とても」
流れ行く景色を見つめながらぼくは答えた。
目を閉じれば、先程まで一緒にいた皆の姿が瞼に浮かんだ。
*
夏休みに訪れた祖母の家には、奇怪なモノ――所謂あやかしがいた。
彼らの存在を受け入れつつ、彼らの言動に突っ込みつつ、振り回されてばかりの毎日。
それはぼくにとって大変な日々で。でも、それと同時にとても楽しい日々でもあった。
今度あの家を訪れた時、ぼくはまた彼らが視えなくなっているかもしれない。声を聞くこともできなくなっているかもしれない。
でも、たとえそうなってしまったとしても、ぼくはまた訪れたい。
寂しい思い出や悲しい思い出だけではなく、楽しい思い出もたくさん詰まったあの場所へ――。
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