にきの奇怪な間話

葉野亜依

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第十三話 ふらり火(二)

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それがし、ふらり火と申すモノです」
「ふらり、び?え、火のあやかしなの?」
「はい、左様でございます」

 火のあやかし……とてもそうは見えない。見た目はただの犬面鳥だし……。うーん、火を吹くあやかしなのだろうか……。
 顎に手を当てて思案していると、ふらり火は元から情けなさそうな顔を更に情けなくした。

「まあ、こんな見てくれじゃあ信じ難いですよね。今は主様を身に纏っていないので……」
「主様?」
「はい。某の本体です。そちらにおられますでしょう?」

 ふらり火が翼で示した先はぼくの後ろだった。
 振り返って見遣れば、そこにあるのは明かりが灯った石灯籠で――

「え、この石灯籠が主様なの?」
「違います。この火が主様です」
「……え、こっち?」
「左様でございます」

 ふらり火の言葉に頷くようにゆらりと火が揺らめいた。
 ……マジか。まさか火が主だとは……いやこれ言われなきゃ絶対にわからないって!

「主さんが火なら、君のことはふらりって呼んだ方がいい?」
「いえ、ふらり火でいいですよ」

 ――え、いいの?火を纏ってないのに?
 そう思ったが口には出さなかった。
 今はふらり火の話を聞かなくては。

「某たちは様々な場所をふらりふらりと旅しているのです。この町に来た際は、度々この家の石灯籠の中で休ませてもらっておりまして。暫し休んだ故、夜が明ける前に飛び立とうと思ったのですが……主様が出て来てくださらなくなってしまって」
「主さんが出て来ない心当たりは?」
「それがさっぱり」

 主さんと普段一緒にいるはずの彼にふるふると首を振られてしまえば、こちらとてお手上げである。初対面で話もしたこともない、寧ろまともに会話ができるかもわからない相手のことなどわからなくて当然だ。
 けれど、乗りかかった船という言葉もあるし、このまま放置しておく訳にもいかない。何より、の安眠のためにも早急に問題解決をしたいものだ。
 うーん、と一人と一羽で首を捻る。
 ふと、ぼくはあることに気がついた。

「あのさ、その翼の怪我はどうしたの?」
「ん?ああ、これですか」

 ぼくに指摘されてふらり火が翼を広げる。その小さな翼には血がついていた。
 とある可能性を思いつき、ぼくはさっと血の気が引いた。

「……もしかして、がさっき石ぶつけちゃってできた怪我、とか?」
「いえいえ、違いますよ。これはここに来る途中、烏にやられてできたものです。主様は日中は某の体内で休んでおられるのです。夕方を過ぎ夜になると体外に現れるのですが、主様がいなければ某はただの小物あやかし。普通の鳥よりもちょっと丈夫なだけで、何の力もないのです。せめて主様の迷惑にならないようにしているつもりなのですが……。そんな自分が情けなくて情けなくて……」

 ふらり火の声はどんどん小さくなっていった。どうやら、自分の発言に自分で落ち込んでいるようだ。
 ふらり火の言葉はぼくの胸に響いた。
 だって、無力な自分が情けないと思うことがあるから。
 でも、それでも。自分がやれることをするしかないのだ。それは、ふらり火もわかっていると思う。
 何か言わなくては、とぼくが口を開こうとしたその時だった。
 石灯籠の中の火こと主さんが勢いよくボッと燃え出した。
 突然のことにとふらり火が「うわっ!?」と悲鳴を上げた。
 横に揺れたり縦に揺れたり。大きくなったり小さくなったり。何かを訴えるかのように、主さんは燃えている。風は吹いていないので、多分これは主さんの意思表示だろう。

「ぬ、主様?どうかされましたか?」

 ふらり火が慌てふためく。ばさばさと羽が飛び散る。
 すると、余計に主さんは轟々と燃えた。
 こんなに燃えているというのに、石灯籠が焦げることもなければ熱いということもない。
 不思議だなぁ……なんて暢気に思っている場合じゃなくて!

「おいふらり火。そんなに騒いだら翼の怪我が悪化する、ぞ……」

 そこまで言って、はある考えに思い至った。
 ――そうか、そういうことだったのか。
 ぼくはくるりと踵を返した。

「ん?にき様もどうかされましたか?」
「ちょっとね」

 足を引き摺りながら部屋へと戻る。お目当てのものを手に持って、再度ふらり火たちの元へと戻ってきた。

「……それは?」
「河童に貰った薬だよ」
「か、河童の妙薬ですと!?何故そのようなものがここに?」

 ふらり火の様子から察するに、やはりこれはあやかしの世界において有名な代物のようだ。
 蛤の貝殻の中に収まっているそれ――河童の妙薬。
 以前、お礼として河童が置いていったものだ。「よく効きやすんで」と河童は言っていたが、どろどろしていて更には禍々しい色をしているそれを見ると、河童には悪いがどうしても使うことができなかった。
 でも、好意で貰ったものを捨てるに捨てきれず、取っておいたのである。
 自分が使いたくないものを他人に差し出すのはどうかと思ったが、あやかしのふらり火なら使うのに抵抗はないかもしれない。

「もしよかったらこれ使ってよ」
「し、しかし……」
「……やっぱり、使うのに抵抗がある?」
「いえ、それはないのですが……」
「それなら、使ってくれると助かる。河童から貰ったんだけど、ぼくにはハードルが高くて使えなくてさ。ぼくが持っていても宝の持ち腐れだったんだ」
「ですが……」
「怪我を治すためにゆっくりと休むことも大事だよ。まあ、石をぶつけたぼくが言えた義理じゃないんだけどさ……。主さんはふらり火にゆっくり休んでほしいから、ここから出ようとしないんじゃないかな?」

 ぼくの言葉に首肯するように、主さんがゆらりと大きく揺らめいた。
 ふらり火が涙ぐむ。しわくちゃの顔がさらにしわくちゃになって、もう顔面が酷いことになっている。

「主様……。にき様……。心配をおかけして申し訳ございません!」
「謝らなくてもいいんだよ。ふらり火だって主さんが石灯籠から出て来なくて心配していたんだろ?それと同じさ」

 大切な人を心配するのは当然のこと。
 そんな当たり前のことをぼくはここへ来て改めて知った。そして、そういう人たちがいてくれることはとても幸せなことなのだとは実感したのだ。

「……そうですね。この薬、ありがたく使わせてもらいます」

 お礼を言うふらり火の後ろで主さんが大きく大きく燃え上がる。
 多分お礼を言ってくれてるんだろうけど……できればの安眠のためにもその炎を小さくしてはくれないだろうか。
 そう心の中で思いつつ、ぼくは苦笑した。


   *


 翌朝、ふらり火が主さん共々お礼を言って去って行った。
 なんと翼の怪我はもう完治したらしい。あやかし故に治りが早かったのか……それとも河童の妙薬のおかげか……。いや、例えそうだとしてもやっぱり使う気にはなれないけど。
 そんなことを考えていたからだろうか。噂をすれば何とやら、である。
 河童が家にやって来た。

「若ー」
「あ、河童」
「足の様子はどうっすか?」

 未だ湿布がとれない右足を見ながら河童が訊いてきた。

「もうすぐ治るってさ」
「そりゃよかったっす。悪化させたらいけないっすよ。ゆっくりでもちゃんと治していくことが大事っす」
「そうだね。あのさ、河童から貰った薬なんだけど……」
「はい?」

 ぼくは事のあらましを話した。
 ほうほう、と河童が頷いて、その後ぽんと頭の皿を叩いた。

「そうっすか。あの薬が誰かの役に立てたならよかったっす。あ、もしよかったらまた持って来るっすよ?」
「遠慮しとくよ。ぼくには宝の持ち腐れになるだろうからさ」

 何より使うにはハードルが高すぎるし。
 即座に断れば、ぼくの心中を察したのだろう。「そうっすか」と河童はかっかっかっと快活に笑った。
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