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第十三話 ふらり火(一)
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夏祭りのあの日。ぼくは右足を怪我したため、それから暫くの間自由に動き回ることができなかった。
それでも、無理をしない範囲でお墓参りに行ったり、家から見える花火を皆で楽しんだりした。
――ああ、そうだ。あと、こんなこともあった。
ぼくは目覚めた後、悩みに悩みながらも、結局つゆりさんに目が覚めたことを電話で報告したのだが、その時はそれはもう大変だった。
つゆりさんはまたもや涙声になりながらも、ぼくが目覚めたことを喜んでくれた。
ぼくはそれが嬉しくてほっこりしていると、不意につゆりさんの戸惑った声が聞こえてきた。
「え?いやそうじゃなくて……ってちょっと!?」
どうかしたの、と訊ねようとしたら――
「娘を泣かせるんじゃねぇ!」
と、怒鳴り声が聞こえ、無情にも電話はブツリと切られてしまったのである。
どうやら、つゆりさんのお父さんが娘が泣いている姿をばっちりと目撃してしまったらしい。
ああ、思い出しただけでも耳痛が……。
それも大変だったのだが、次の日、お見舞いに来たはずのつゆりさんが「本当に、本当に父が無礼なことをしてごめんなさい……」と深々と頭を下げるのを止めるのもある意味大変だった。
最初に会った時もそうだったけども、どうやらつゆりさんは謝りだしたら止まらないようだ。
謝り続けるつゆりさんと何とかそれを止めようとするぼくを見て、白い塊は面白そうに笑っていた。その白い塊の正体は言わずもがな、である。
そんな日々を過ごしながら、足も治りかけてきたとある晩のことである。
ぼくは寝苦しさで目を覚ました。ゆっくりと体を起こすと、汗をびっしょりとかいていた。
「……暑い」
体に纏わりついていた掛け布団も蹴飛ばしたがその程度のことで夏の暑さをどうこうできるはずもなく。
扇風機のリモコンへと手を伸ばす。ピッという軽快な電子音と共に、人工的な風が吹き始めた。
「あー、涼しい……」
人工の風を肌で感じながら、ごろりと寝返りをうつ。そのままゆっくりと意識を手放そうとした。
が、その時。
カーテンの向こう側、庭の方がぼんやりと光ったのが見えた。
「……ん?」
道路を通った車のライトのせいかと思った。けど、どうもそうじゃなさそうだ。
ぱちり、ぱちり、と光が瞬いては消える。それが何度も何度も繰り返されていた。
その光の正体が何か気になって、立ち上がってカーテンを開ける。すると、庭にある石灯籠が輝きを放っていた。
「……何で光っているんだ?」
この家に来てからというもの、石灯籠が光っているところなんて見たことがない。
ぼくはつけたばかりの扇風機を消して、庭へと続くガラス戸を開けた。
庭先に置かれたサンダルを履いて、まだ少し痛む右足を引き摺りながら、蹴つまずかないようにゆっくりと小さな橋を渡る。
石灯籠の元に辿り着くと、辺りは一層明るかった。その前に飛んでいるのは、虫ではなく一羽の小さな鳥だった。
「主様のわからずやー!」
ばたばたばた。怒り爆発といった様子で鳥が羽ばたき、あまりの勢いに羽が飛び散る。
でも、ぼくは飛び散った羽よりもその鳥の顔の方が気になった。
遠目から見たらただの小さな雀サイズの鳥。だが、よく見るとその顔は明らかに普通の鳥ではなかった。
その小さな顔には普通の鳥にはあるはずの嘴がない。逆に普通の鳥にはあるはずのないものがある。
とまあ、色々言っていてもややこしいだけなので、一言で言い表すとその顔は犬だった。
垂れ耳の犬で、可愛いというよりはぶさいく面だ。ぶさかわなどではなく、本当にただのぶさいくである。
こいつが一体何者かはわからないが、あやかしであることには間違いないだろう。というか、こんな面をした鳥がいたら逆に驚きだ。
それに、普通の鳥がこんなにも話せる訳がない。……ああ、でも、インコは喋るんだっけ?でも、こんな流暢に喋れるインコなんていないだろ。
そんな風にぼくが分析している間にも、鳥は石灯籠に向かって何かを訴えるように叫んでいる。正直言って五月蝿いことこの上ない。
「だから、何度言わせればわかるのですか!」
「ねえ、ちょっと」
「早くしないと夜が明けてしまいますぞ!」
「もしもーし?」
「第一、貴方様は……ん?何だお前?関係ないものは口を挟まないでもらいたい」
鳥の前で手を振ってみればやっと気付いてもらえた。
だが、がるると威嚇されてすぐに顔を逸らされてしまった。
鳥なのに獣っぽい威嚇かよという突っ込みはさて置き。
……うん、ちょっとイラッときた。
キョロキョロと辺りを見回す。すると、手頃な大きさの石を発見した。
……まあ、仕方ないよな。
心の中で自分を正当化して、その石を手に取る。野球なんて授業ぐらいでしかやったことはないが見様見真似で軽く振りかぶる。
「良い子は絶対に真似をしてはいけませんよっと」
誰に言うわけでもなく、そう呟きながらは石を鳥に向かって投げた。
「ぐがっ!?」
ビギナーズラック。どうやら見事当たったようだ。そのまま草むらへと落ちていった鳥の元へと再度向かう。
「もしもーし、生きてるかー?」
今までの経験上、あやかしは人間よりも丈夫だから大丈夫だとは思うが。
しゃがんで地面でのびている鳥に声を掛ける。すると、ぱちりと目を覚ました。
……よかった、これで打ち所が悪かったらどうしようかと思った。
内心で密かに安堵していると、むくりと鳥が起き上がった。
「いたたた……ん?お主は何者だ?」
「いや、それはの台詞なんだけどさ……。は、にき。この家主の孫だよ」
「ということは、まつな様のお孫様!?これはこれはとんだ御無礼を!」
鳥は羽を地面について頭を下げた。多分、土下座をしているのだろう。
さっきはイラッときてあんな行動を取ってしまったが、土下座をしてもらいたかったわけではない。ましてやそんな趣味もないため、慌てて頭を上げさせる。
「いや、そういうのはいいから。君がどういうあやかしなのかと、あと一体何で騒いでいたのかを教えてほしいんだけど」
ぼくの言葉に鳥がゆるゆると頭を上げた。
それでも、無理をしない範囲でお墓参りに行ったり、家から見える花火を皆で楽しんだりした。
――ああ、そうだ。あと、こんなこともあった。
ぼくは目覚めた後、悩みに悩みながらも、結局つゆりさんに目が覚めたことを電話で報告したのだが、その時はそれはもう大変だった。
つゆりさんはまたもや涙声になりながらも、ぼくが目覚めたことを喜んでくれた。
ぼくはそれが嬉しくてほっこりしていると、不意につゆりさんの戸惑った声が聞こえてきた。
「え?いやそうじゃなくて……ってちょっと!?」
どうかしたの、と訊ねようとしたら――
「娘を泣かせるんじゃねぇ!」
と、怒鳴り声が聞こえ、無情にも電話はブツリと切られてしまったのである。
どうやら、つゆりさんのお父さんが娘が泣いている姿をばっちりと目撃してしまったらしい。
ああ、思い出しただけでも耳痛が……。
それも大変だったのだが、次の日、お見舞いに来たはずのつゆりさんが「本当に、本当に父が無礼なことをしてごめんなさい……」と深々と頭を下げるのを止めるのもある意味大変だった。
最初に会った時もそうだったけども、どうやらつゆりさんは謝りだしたら止まらないようだ。
謝り続けるつゆりさんと何とかそれを止めようとするぼくを見て、白い塊は面白そうに笑っていた。その白い塊の正体は言わずもがな、である。
そんな日々を過ごしながら、足も治りかけてきたとある晩のことである。
ぼくは寝苦しさで目を覚ました。ゆっくりと体を起こすと、汗をびっしょりとかいていた。
「……暑い」
体に纏わりついていた掛け布団も蹴飛ばしたがその程度のことで夏の暑さをどうこうできるはずもなく。
扇風機のリモコンへと手を伸ばす。ピッという軽快な電子音と共に、人工的な風が吹き始めた。
「あー、涼しい……」
人工の風を肌で感じながら、ごろりと寝返りをうつ。そのままゆっくりと意識を手放そうとした。
が、その時。
カーテンの向こう側、庭の方がぼんやりと光ったのが見えた。
「……ん?」
道路を通った車のライトのせいかと思った。けど、どうもそうじゃなさそうだ。
ぱちり、ぱちり、と光が瞬いては消える。それが何度も何度も繰り返されていた。
その光の正体が何か気になって、立ち上がってカーテンを開ける。すると、庭にある石灯籠が輝きを放っていた。
「……何で光っているんだ?」
この家に来てからというもの、石灯籠が光っているところなんて見たことがない。
ぼくはつけたばかりの扇風機を消して、庭へと続くガラス戸を開けた。
庭先に置かれたサンダルを履いて、まだ少し痛む右足を引き摺りながら、蹴つまずかないようにゆっくりと小さな橋を渡る。
石灯籠の元に辿り着くと、辺りは一層明るかった。その前に飛んでいるのは、虫ではなく一羽の小さな鳥だった。
「主様のわからずやー!」
ばたばたばた。怒り爆発といった様子で鳥が羽ばたき、あまりの勢いに羽が飛び散る。
でも、ぼくは飛び散った羽よりもその鳥の顔の方が気になった。
遠目から見たらただの小さな雀サイズの鳥。だが、よく見るとその顔は明らかに普通の鳥ではなかった。
その小さな顔には普通の鳥にはあるはずの嘴がない。逆に普通の鳥にはあるはずのないものがある。
とまあ、色々言っていてもややこしいだけなので、一言で言い表すとその顔は犬だった。
垂れ耳の犬で、可愛いというよりはぶさいく面だ。ぶさかわなどではなく、本当にただのぶさいくである。
こいつが一体何者かはわからないが、あやかしであることには間違いないだろう。というか、こんな面をした鳥がいたら逆に驚きだ。
それに、普通の鳥がこんなにも話せる訳がない。……ああ、でも、インコは喋るんだっけ?でも、こんな流暢に喋れるインコなんていないだろ。
そんな風にぼくが分析している間にも、鳥は石灯籠に向かって何かを訴えるように叫んでいる。正直言って五月蝿いことこの上ない。
「だから、何度言わせればわかるのですか!」
「ねえ、ちょっと」
「早くしないと夜が明けてしまいますぞ!」
「もしもーし?」
「第一、貴方様は……ん?何だお前?関係ないものは口を挟まないでもらいたい」
鳥の前で手を振ってみればやっと気付いてもらえた。
だが、がるると威嚇されてすぐに顔を逸らされてしまった。
鳥なのに獣っぽい威嚇かよという突っ込みはさて置き。
……うん、ちょっとイラッときた。
キョロキョロと辺りを見回す。すると、手頃な大きさの石を発見した。
……まあ、仕方ないよな。
心の中で自分を正当化して、その石を手に取る。野球なんて授業ぐらいでしかやったことはないが見様見真似で軽く振りかぶる。
「良い子は絶対に真似をしてはいけませんよっと」
誰に言うわけでもなく、そう呟きながらは石を鳥に向かって投げた。
「ぐがっ!?」
ビギナーズラック。どうやら見事当たったようだ。そのまま草むらへと落ちていった鳥の元へと再度向かう。
「もしもーし、生きてるかー?」
今までの経験上、あやかしは人間よりも丈夫だから大丈夫だとは思うが。
しゃがんで地面でのびている鳥に声を掛ける。すると、ぱちりと目を覚ました。
……よかった、これで打ち所が悪かったらどうしようかと思った。
内心で密かに安堵していると、むくりと鳥が起き上がった。
「いたたた……ん?お主は何者だ?」
「いや、それはの台詞なんだけどさ……。は、にき。この家主の孫だよ」
「ということは、まつな様のお孫様!?これはこれはとんだ御無礼を!」
鳥は羽を地面について頭を下げた。多分、土下座をしているのだろう。
さっきはイラッときてあんな行動を取ってしまったが、土下座をしてもらいたかったわけではない。ましてやそんな趣味もないため、慌てて頭を上げさせる。
「いや、そういうのはいいから。君がどういうあやかしなのかと、あと一体何で騒いでいたのかを教えてほしいんだけど」
ぼくの言葉に鳥がゆるゆると頭を上げた。
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