32 / 37
第十二話 目覚め(二)
しおりを挟む
食べて遊んでよく眠る。ぼくは何処にでもいる子どもだった。ただ一つ、他の子どもと違ったのは、その遊び相手があやかしだったということだ。
ぼくはあやかしたちと一緒になって悪戯したり、庭を駆け回ったり、あやかしたちの絵を描いたりしていたらしい。
けれど、ある日のこと。ぼくは突然あやかしが視えなくなってしまった。
理由はわからない。でも、ばあちゃん曰く、「視えなくなる人は視えなくなる」とのことで、幼い子どもは特にそういうことがあるのだという。
突然あやかしが視えなくなってしまったぼくは、酷く泣きじゃくったらしい。それはもう手に負えない程に。
そして、幼いぼくは言ったのだ。
もうここにはいたくない、と――。
「思い出したかい?」
「……うん、何となく」
頭にかかった靄が少しずつ晴れていく。全部ではないが昔のことを思い出して来た。
そうだ、確かにぼくはそう言った。
昨日までは視えていたのに。声も聞こえていたのに。
でも、その日は全然姿が視えなくて。声も聞こえなくて。
呼んでも探しても誰もいない。誰も誰もいなかった。
そのことがとても寂しくて、とても悲しくて――怖くて辛くて仕方がなかった。
その気持ちから逃げ出したくて、ぼくはこの家から離れたいと思った。もうここにはいたくないと泣き叫んだ。
あやかしたちと楽しく遊んだ記憶も、視えなくなった辛さも、全て心の奥底にしまったのだ。
思い出さないようにして、そして、忘れてしまった。祖母の家には行きたくない。ただその思いだけを残して。
それほどまでに、ぼくにとってはショックなことだったのだろう。
こうしてぼくは祖母の家に行かなくなった。当たり前にそこにいたモノが突然いなくなる。その悲しい気持ちを思い出したくなかったから――。
ぼくがここへ来てあやかしの存在を知った時、すんなりと受け入れることができたのはそういうことだったんだろう。
何故なら、ぼくは知っていたのだ。彼らの存在を。
「……そっか、ぼくは昔からあやかしが視えていたのか」
「まさかにきちゃんがまたあやかしが視えるようになるなんてねぇ。私も驚いたわ」
「それならそうと言ってくれればよかったのに」
「折角久しぶりに孫に会えたっていうのに、またここにはいたくないって言われたらと思うと、ねぇ……」
眉尻を下げて少し困ったようにばあちゃんが言った。
……まあ、そういうことなら仕方がないか。
ああ、そう言えば、ばあちゃんの問いかけに答えていなかったな。
「ねぇ、ばあちゃん」
「なんだい?」
「ぼくはこの家が嫌になんてなってないよ。だから、夏休みが終わった後も……またここに来てもいいかな?」
ぼくが訊けば、ばあちゃんは泣きそうな顔をした。でも、それもぼくが見間違えたんじゃないかと思うぐらい一瞬のことで。
「勿論。誰も拒みはしないよ。にきちゃんが来たいと思うならいつでも来ていいんよ」
皆、待っているからね。
そう告げたばあちゃんの笑顔はいつも通りだった。
*
話が落ち着いた頃。
ぐううううとぼくの腹が盛大に鳴った。うわー、恥ずかしい……。
お腹をおさえてぼくは呻いた。
「あー、お腹空いた……」
「まあ、二日も寝ていたらそりゃお腹も空くだろうねぇ」
「ふ、二日?」
「そう二日。その間つゆりちゃんたちがお見舞いに来てくれたんよ」
「そっか……今すぐつゆりさんに連絡してもいいかな?」
「そうやね。目が覚めたこと伝えてあげた方がいいわ。まあ、今の時間帯だと、つゆりちゃんのお父さんが出るかもしれないけど」
「うわぁ……」
あのお父さんかぁ……。代わってもらう前に切られそうだな……。
でも、ここは少しでも早く連絡してつゆりさんに安心してもらいたい。けどなぁ……。
ぼくが葛藤していると、部屋の入り口からひょっこりと父さんが顔を出した。「もういいか?もういいか?」とこちらの様子をそわそわと窺っていた。
「あー、どうしよう……」
「にきー、父さんとも話をしよう」
「後にして」
「……はい」
何やら父さんがしょぼんと落ち込んだが気にしない。今はそんなことよりもつゆりさんだ。あー、ほんとどうしよう……。
携帯端末を片手に悩む息子と、息子にかまってもらえずに肩を落とす父。そんな親子の様子を見て笑う祖母。久方ぶりに揃った家族の姿がそこにはあった。
ぼくはあやかしたちと一緒になって悪戯したり、庭を駆け回ったり、あやかしたちの絵を描いたりしていたらしい。
けれど、ある日のこと。ぼくは突然あやかしが視えなくなってしまった。
理由はわからない。でも、ばあちゃん曰く、「視えなくなる人は視えなくなる」とのことで、幼い子どもは特にそういうことがあるのだという。
突然あやかしが視えなくなってしまったぼくは、酷く泣きじゃくったらしい。それはもう手に負えない程に。
そして、幼いぼくは言ったのだ。
もうここにはいたくない、と――。
「思い出したかい?」
「……うん、何となく」
頭にかかった靄が少しずつ晴れていく。全部ではないが昔のことを思い出して来た。
そうだ、確かにぼくはそう言った。
昨日までは視えていたのに。声も聞こえていたのに。
でも、その日は全然姿が視えなくて。声も聞こえなくて。
呼んでも探しても誰もいない。誰も誰もいなかった。
そのことがとても寂しくて、とても悲しくて――怖くて辛くて仕方がなかった。
その気持ちから逃げ出したくて、ぼくはこの家から離れたいと思った。もうここにはいたくないと泣き叫んだ。
あやかしたちと楽しく遊んだ記憶も、視えなくなった辛さも、全て心の奥底にしまったのだ。
思い出さないようにして、そして、忘れてしまった。祖母の家には行きたくない。ただその思いだけを残して。
それほどまでに、ぼくにとってはショックなことだったのだろう。
こうしてぼくは祖母の家に行かなくなった。当たり前にそこにいたモノが突然いなくなる。その悲しい気持ちを思い出したくなかったから――。
ぼくがここへ来てあやかしの存在を知った時、すんなりと受け入れることができたのはそういうことだったんだろう。
何故なら、ぼくは知っていたのだ。彼らの存在を。
「……そっか、ぼくは昔からあやかしが視えていたのか」
「まさかにきちゃんがまたあやかしが視えるようになるなんてねぇ。私も驚いたわ」
「それならそうと言ってくれればよかったのに」
「折角久しぶりに孫に会えたっていうのに、またここにはいたくないって言われたらと思うと、ねぇ……」
眉尻を下げて少し困ったようにばあちゃんが言った。
……まあ、そういうことなら仕方がないか。
ああ、そう言えば、ばあちゃんの問いかけに答えていなかったな。
「ねぇ、ばあちゃん」
「なんだい?」
「ぼくはこの家が嫌になんてなってないよ。だから、夏休みが終わった後も……またここに来てもいいかな?」
ぼくが訊けば、ばあちゃんは泣きそうな顔をした。でも、それもぼくが見間違えたんじゃないかと思うぐらい一瞬のことで。
「勿論。誰も拒みはしないよ。にきちゃんが来たいと思うならいつでも来ていいんよ」
皆、待っているからね。
そう告げたばあちゃんの笑顔はいつも通りだった。
*
話が落ち着いた頃。
ぐううううとぼくの腹が盛大に鳴った。うわー、恥ずかしい……。
お腹をおさえてぼくは呻いた。
「あー、お腹空いた……」
「まあ、二日も寝ていたらそりゃお腹も空くだろうねぇ」
「ふ、二日?」
「そう二日。その間つゆりちゃんたちがお見舞いに来てくれたんよ」
「そっか……今すぐつゆりさんに連絡してもいいかな?」
「そうやね。目が覚めたこと伝えてあげた方がいいわ。まあ、今の時間帯だと、つゆりちゃんのお父さんが出るかもしれないけど」
「うわぁ……」
あのお父さんかぁ……。代わってもらう前に切られそうだな……。
でも、ここは少しでも早く連絡してつゆりさんに安心してもらいたい。けどなぁ……。
ぼくが葛藤していると、部屋の入り口からひょっこりと父さんが顔を出した。「もういいか?もういいか?」とこちらの様子をそわそわと窺っていた。
「あー、どうしよう……」
「にきー、父さんとも話をしよう」
「後にして」
「……はい」
何やら父さんがしょぼんと落ち込んだが気にしない。今はそんなことよりもつゆりさんだ。あー、ほんとどうしよう……。
携帯端末を片手に悩む息子と、息子にかまってもらえずに肩を落とす父。そんな親子の様子を見て笑う祖母。久方ぶりに揃った家族の姿がそこにはあった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

大門大介は番長である!
板倉恭司
キャラ文芸
この物語は、とある田舎町に蠢く妖怪たちに闘いを挑んだ、ひとりの熱血番長の記録である。妖怪たちから見れば無力であるはずの人間の少年が、僅かな期間で名だたる妖怪たちをシメてしまった奇跡を通じ、その原動力となった愛と勇気と友情とを、あます所なく小説化したものである──
※念のためですが、作品内に登場する人名や地名や組織は、全て架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる