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第十一話 夏祭り(五)
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あれ、と思った時にはぼくは落ちていた。
何処までも果てしなく続く暗い闇の中、落ちて落ちて落ち続ける。
長いような短いような時間を経て、ぼくは思い切り地面へとダイブした。
「痛っ!?」
その衝撃に思わず叫び声を上げる。身体のあちこちが痛い。特に右足がかなり痛かった。
いたた、と呻きながら身体を起こす。すると、周囲からばたくさんの視線を感じた。
辺りを見渡せば、そこには不思議な恰好をした人たちが大勢いた。その身に纏っているものはさっきまで見ていた浴衣でもなければ、ぼくの知っているような普通の着物でもない。
女の人は頭の上で髪を一纏めにしており、紐や櫛をつけていた。
一方、男の人の髪型はより印象的で、耳の横で髪を結んでいるという独特なものだった。
それはまるで歴史の教科書で見たことがある、古代の人々の出で立ちであった。
人々を囲むように幾つもの松明が燃えていて、真っ暗闇の中でこの場所だけが異様に明るかった。
……ここは何処だ?それに、この人たちは一体……。
座ったままきょろきょろと辺りを見回していると、口元に無精髭を蓄えた一人の男がこちらに近づいてきた。
腕を組みジロジロと不躾に見てくるものだから、ぼくは咄嗟に身構えた。
男はそんなぼくの態度を気にすることなく、ニヤリと相好を崩した。
「おーおー、客人とは珍しいなぁ。おい、坊主。腹は減ってないか?ほら、これでも食えよ」
無精髭を撫でながら男がぐいと差し出してきたのは高杯だった。
その上には山盛りの米が乗っていて、いつも食べているものよりも生成りがかっているようにみえる。
「ほらこっちもお食べ」
今度は大きな耳飾りをした女の人が魚を差し出して来た。
次は豆。その次は胡桃や葡萄などといった木の実。たくさんの食べ物が、次から次へとぼくの元へ集まってくる。
え、何これ一体どういう状況なんだ!?
訳がわからずうろたえていると、がしりと肩を組まれた。
「うわっ!?」
「酒もあるぞー、お前もほら飲め飲めー」
「いえ、ぼく未成年なんで……というか酒臭っ!」
「つれねぇなぁー、ほらほら飲めよー」
「だから、いりませんってば!」
未成年に酒を勧めるなよ!
きっぱりと断れば、チッと舌打ちをしてつまらなさそうに男は去っていた。
……面倒くさっ!やっぱり酔っ払いって面倒くさっ!
内心毒付いていると、今度は何処からともなく楽器の音色が聞こえてきた。いつの間にか笛を吹く人や琴を奏でる人がいて、皆その周りに集まっていく。
その音楽に合わせて陽気に踊り、歌っている。さっきの酔っ払いの男もその中にいた。
皆楽しそうにしていてとても幸せそうだった。そう思うのに、ぼくの心は何故だか靄がかかっていた。
「これも美味いぞ。遠慮せずに食いな」
男が声を掛け、食事を勧めてくる。
でも、ぼくはそれに手をつけなかった。さっき祭りでたくさん食べてお腹が膨れていたからだけではない。それもあるが、どうしてだかそれを食べたいと思わなかった。
「さあさ、貴方も踊りましょう」
女の人がこの宴を一緒に楽しもうと誘ってくる。けれど、ぼくはそれに応えることができなかった。足が痛いのもあるけど、その輪の中に入っていかなかった。
周りの人たちは皆ぼくを気に掛けて親切にしてくれた。
けれども、ぼくは軽く受け答えをするだけで、その人たちの様子をただただぼうっと眺めているだけだった。
聞こえてくる音楽は酷くぼんやりとしていて、まるで水の中から聞いているようだった。
目の前の光景は確かに存在しているはずなのに、まるで夢の中の世界の出来事のように意識がぼんやりとしている。
ぽとり、と何かが零れ落ちた。
え、と思って目元に手を持っていく。
手についた雫を見て驚いた。何故だかわからないが、ぼくは泣いていたのだ。
「おい、どうした坊主?」
「どうかしたの?」
周りの人たちが心配してくれる。「何でもないです」と返したが、その声は震えていて全然何でもなくはなかった。
ここの人たちは、皆親切で優しい人だ。でも――。
寂しくて、悲しい。ぼくは、孤独を感じていた。
ここには、ぼくの知っている人もあやかしも誰もいなかった。親切にしてくれる人たちには申し訳ないが、ただただ帰りたくて仕方がなかった。
涙を拭ってすっくと立ち上がる。その拍子に右足が痛んだが気にしない。
「親切にしていただいてありがとうございます。すみませんが、ぼくは帰ります」
はっきりと告げ、できるだけ丁寧にお辞儀をした。
辺りがしんと静まり帰った。食事をしていた人も楽器を奏でていた人も踊っていた人も皆が皆ぼくを見ていた。
「そうか、帰るのか」
最初に食べ物を勧めてきた男が眉尻を下げて残念そうに言う。
「久しぶりの客人だったんで楽しんでもらいたかったんだけどなぁ。帰りたいなら仕方がねぇ」
男が豪快に笑う。組んでいた腕を解いて、真っ暗闇を指差して高らかに言い放つ。
「お前の心が赴く方へ行け。そうすれば、自ずと帰れる」
「わかりました。皆さん、ありがとうございました」
さようなら、と彼らに別れを告げる。口々にさようならと返されたが、ぼくが歩き出せば皆直ぐにその賑わいを取り戻した。
ぼくが後ろを振り返ることはなかった。
何処までも果てしなく続く暗い闇の中、落ちて落ちて落ち続ける。
長いような短いような時間を経て、ぼくは思い切り地面へとダイブした。
「痛っ!?」
その衝撃に思わず叫び声を上げる。身体のあちこちが痛い。特に右足がかなり痛かった。
いたた、と呻きながら身体を起こす。すると、周囲からばたくさんの視線を感じた。
辺りを見渡せば、そこには不思議な恰好をした人たちが大勢いた。その身に纏っているものはさっきまで見ていた浴衣でもなければ、ぼくの知っているような普通の着物でもない。
女の人は頭の上で髪を一纏めにしており、紐や櫛をつけていた。
一方、男の人の髪型はより印象的で、耳の横で髪を結んでいるという独特なものだった。
それはまるで歴史の教科書で見たことがある、古代の人々の出で立ちであった。
人々を囲むように幾つもの松明が燃えていて、真っ暗闇の中でこの場所だけが異様に明るかった。
……ここは何処だ?それに、この人たちは一体……。
座ったままきょろきょろと辺りを見回していると、口元に無精髭を蓄えた一人の男がこちらに近づいてきた。
腕を組みジロジロと不躾に見てくるものだから、ぼくは咄嗟に身構えた。
男はそんなぼくの態度を気にすることなく、ニヤリと相好を崩した。
「おーおー、客人とは珍しいなぁ。おい、坊主。腹は減ってないか?ほら、これでも食えよ」
無精髭を撫でながら男がぐいと差し出してきたのは高杯だった。
その上には山盛りの米が乗っていて、いつも食べているものよりも生成りがかっているようにみえる。
「ほらこっちもお食べ」
今度は大きな耳飾りをした女の人が魚を差し出して来た。
次は豆。その次は胡桃や葡萄などといった木の実。たくさんの食べ物が、次から次へとぼくの元へ集まってくる。
え、何これ一体どういう状況なんだ!?
訳がわからずうろたえていると、がしりと肩を組まれた。
「うわっ!?」
「酒もあるぞー、お前もほら飲め飲めー」
「いえ、ぼく未成年なんで……というか酒臭っ!」
「つれねぇなぁー、ほらほら飲めよー」
「だから、いりませんってば!」
未成年に酒を勧めるなよ!
きっぱりと断れば、チッと舌打ちをしてつまらなさそうに男は去っていた。
……面倒くさっ!やっぱり酔っ払いって面倒くさっ!
内心毒付いていると、今度は何処からともなく楽器の音色が聞こえてきた。いつの間にか笛を吹く人や琴を奏でる人がいて、皆その周りに集まっていく。
その音楽に合わせて陽気に踊り、歌っている。さっきの酔っ払いの男もその中にいた。
皆楽しそうにしていてとても幸せそうだった。そう思うのに、ぼくの心は何故だか靄がかかっていた。
「これも美味いぞ。遠慮せずに食いな」
男が声を掛け、食事を勧めてくる。
でも、ぼくはそれに手をつけなかった。さっき祭りでたくさん食べてお腹が膨れていたからだけではない。それもあるが、どうしてだかそれを食べたいと思わなかった。
「さあさ、貴方も踊りましょう」
女の人がこの宴を一緒に楽しもうと誘ってくる。けれど、ぼくはそれに応えることができなかった。足が痛いのもあるけど、その輪の中に入っていかなかった。
周りの人たちは皆ぼくを気に掛けて親切にしてくれた。
けれども、ぼくは軽く受け答えをするだけで、その人たちの様子をただただぼうっと眺めているだけだった。
聞こえてくる音楽は酷くぼんやりとしていて、まるで水の中から聞いているようだった。
目の前の光景は確かに存在しているはずなのに、まるで夢の中の世界の出来事のように意識がぼんやりとしている。
ぽとり、と何かが零れ落ちた。
え、と思って目元に手を持っていく。
手についた雫を見て驚いた。何故だかわからないが、ぼくは泣いていたのだ。
「おい、どうした坊主?」
「どうかしたの?」
周りの人たちが心配してくれる。「何でもないです」と返したが、その声は震えていて全然何でもなくはなかった。
ここの人たちは、皆親切で優しい人だ。でも――。
寂しくて、悲しい。ぼくは、孤独を感じていた。
ここには、ぼくの知っている人もあやかしも誰もいなかった。親切にしてくれる人たちには申し訳ないが、ただただ帰りたくて仕方がなかった。
涙を拭ってすっくと立ち上がる。その拍子に右足が痛んだが気にしない。
「親切にしていただいてありがとうございます。すみませんが、ぼくは帰ります」
はっきりと告げ、できるだけ丁寧にお辞儀をした。
辺りがしんと静まり帰った。食事をしていた人も楽器を奏でていた人も踊っていた人も皆が皆ぼくを見ていた。
「そうか、帰るのか」
最初に食べ物を勧めてきた男が眉尻を下げて残念そうに言う。
「久しぶりの客人だったんで楽しんでもらいたかったんだけどなぁ。帰りたいなら仕方がねぇ」
男が豪快に笑う。組んでいた腕を解いて、真っ暗闇を指差して高らかに言い放つ。
「お前の心が赴く方へ行け。そうすれば、自ずと帰れる」
「わかりました。皆さん、ありがとうございました」
さようなら、と彼らに別れを告げる。口々にさようならと返されたが、ぼくが歩き出せば皆直ぐにその賑わいを取り戻した。
ぼくが後ろを振り返ることはなかった。
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