にきの奇怪な間話

葉野亜依

文字の大きさ
上 下
25 / 37

第十一話 夏祭り(一)

しおりを挟む
 夕刻。何処からかどんどんと太鼓の音が聞こえてきた。微かな音に耳を澄ましてみれば太鼓だけでなく音楽も流れているようだ。

「ばあちゃん、この音何?」
「ああ、今日は祭りの日やからね」

 訊けば近くの神社で夏祭りがあるのだという。
 小さな神社での小さな小さなお祭り。それでも、絶えることなく続いているお祭りだ。

「折角だし、つゆりちゃんを誘って行ってみたらどうだい?」
「そうだなぁ……って、え?」

 ばあちゃんの提案に頷きかけたがちょっと待て。

「つゆりさんを?」
「つゆりちゃんを」
「誘えって?」
「そうよ」
「……いやいやいや!」

 そんなハードルの高いことぼくにできるはずがない!あまり女の子と話したこともないのに、女の子を誘うだなんて……しかも、好意を寄せている相手を誘うだなんてそんなこと――

「無理。絶対に無理」
「男なら当たって砕けることも大事よ」
「何で砕けること前提?あと、砕けたら立ち直れない自信はある……」
「そんな自信など捨てておしまい。男は度胸よ」
「度胸だー」
「度胸だー」

 ばあちゃんの言葉の後に、ひょっこりと現れた小鬼たちが復唱する。
 男は度胸。それはわかるんだけど……でも、あまり女の子と話したこともないのに、女の子を誘うだなんて以下省略。
 勿論出掛けたくないという訳ではない。寧ろ出掛けたい。もっとつゆりさんと親睦を深めたいとは思う。別に変な意味じゃなくて……そう、仲良くなりたいだけだ。そうだやましいことなんてないんだようんうんって誰に弁解してるんだぼくは!
 ぼくの思考なんて露知らず、小鬼たちはぼくの周りを楽しそうに駆け回っているし、ばあちゃんは微笑ましそうに……いや、生暖かい目でぼくを見守っている。
 是非とも、どちらもやめてもらいたいのだが。
 なんて、腕を組んで困っていると何処からともなく「成る程成る程」と声が響いてきた。
 ……こ、この声は、まさか!

「話は聞かせてもらった!」

 どろん、とぼくの目の前に現れたのは管狐だった。もふもふの尻尾をぱたぱたと振ってにやりと奴は不敵な笑みを浮かべる。
 ……うわぁ、面倒くさいのが増えた。

「女の子一人誘うこともできないなんて、にきはほんと情けないなぁ」
「こっちにはこっちの事情ってもんがあるんだよ」
「嘘だー。にきがヘタレなだけでしょ?」
「へたれー」
「へたれー」
「五月蝿いよ!」

 思わず大きな声で叫んでしまう。図星をつかれたからではない。そう、断じて違う。

「本当ににきは駄目な奴だなー」
「駄目な奴って言うな」
「そんなにきに朗報だよ」
「朗報?」

 管狐がほい、と何かを手渡してきた。それは、一通の便箋だった。

「何これ?」
「いいから読んでみなよ」

 言われて、封を切る。折り畳まれた手紙を開けて見れば、そこには綺麗な字でこう書かれていた。
 ――『急で申し訳ないのですが、今日の夏祭り一緒に行きませんか?』
 こ、これは……!
 生憎肝心の差し出し人の名前が記されていなくて一瞬管狐の悪戯だと思ったが、この筆跡には見覚えがあった。それは、つゆりさんと二人で夏休みの課題をやっていた時のことで――。
 ばっと管狐を見遣れば、奴は「勿論断る理由なんてないよねー」と目を細めて面白そうににやついていた。いつもなら腹立たしいことこの上ない顔だが、今回ばかりは両手をついて管狐を拝みたい気分だ。……いや、しないけど。

「何が書いてあったのー?」
「書いてあったのー?」
「あ、おいこらお前たち!」

 気を抜いていたせいで小鬼たちに手紙を取られてしまった。
 慌てて手を伸ばすが、すばしっこい上に二体もいるもんだからなかなか捕まえられない。
 いとも簡単に軽々とぼくをかわして、小鬼たちは手紙をばあちゃんの元に持って行った。
 どれどれ、とばあちゃんが手紙を受け取って遠慮なく見る。

「まあまあまあ。よかったじゃない」

 ばあちゃんは手紙をぼくの元に戻しながら、「若いっていいわねぇ」なんて言ってくる始末で。管狐ほどではないがその顔はにやついている。
 幾つもの生暖かい視線に晒され、じわじわと顔に熱が集まっていくのが自分でもわかる。今ぼくの顔は真っ赤に染まっているに違いない。

「それじゃあ、ボクはつゆりに伝えてくるからねー」

 言うが早いか管狐はどろんと消えた。
 まだ返事をしていないんだけどなぁ……。
 そう思いつつも、断る気など勿論なくて。
 まあ、管狐のおかげでつゆりさんと夏祭りに行けることになった訳だし、お礼に今度果物でも買ってやるかな……。
 思考に耽っているとぽんと肩を叩かれた。
 振り返れば、いつの間にかばあちゃんが手に何かを持っていた。

「こんなこともあろうかと用意しておいたんよ」

 差し出されたのは紺色の浴衣だった。
 ……流石に用意周到過ぎやしないか?もしかして、つゆりさんがぼくを夏祭りに誘おうとしていたことをばあちゃんは知っていたんじゃ……いや、深く考えるのはよそう。
 兎にも角にも、かくしてぼくはつゆりさんと夏祭りに行くことになったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...