にきの奇怪な間話

葉野亜依

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第八話 河童(三)

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 結論から言えば、隣町の池のあやかしたちは快く河童を受け入れてくれた。
 河童の元来の気質からか、河童と彼らは直ぐに打ち解けていた。
 そのコミュ力をぼくにも分けてくれ、と心の中で思ったのは内緒である。
 よかったよかったとぼくたちはほっとしながら帰り道を歩いていた。

「それにしても、道端に河童さんが倒れていて、水を調達しに行って戻って来たら、にきくんも地面に倒れていたのでびっくりしました」
「……あはは、ぼくもつゆりさんが来て驚いたよ」

 話を聞いたところ、ぼくが河童を見つける前につゆりさんと管狐が河童を発見していたらしい。
 つゆりさんが近くの自動販売機で水を調達している最中に、ぼくが河童を見つけ、ぶっ倒れていたところを管狐が発見し、そしてそこに彼女が現れたという流れだ。

「にきくんに怪我がなくて本当によかったです」

 安堵した様子でつゆりさんに言われて、ぼくは不謹慎にも嬉しいと感じた。
 心配されて嬉しいだなんて幼稚かもしれないけど、心がほっこりと温かくなった気がする。
 和らいだこの場の空気をぶち壊すかのように、今まで黙っていた管狐が大きな声を発した。

「あーあ、それにしても面白かったなぁ!」
「何がですか?」

 つゆりさんが訊けば、管狐は何故かぼくの方を見た。
 ニヤリと口元を歪ませたその姿に、またしても嫌な予感しかしない。

「何って、にきのこけっぷりだけど?」
「え、見てたの?」
「うん、最初から最後まで見てたよ。つゆりに河童のことを見ててあげてって言われていたからね、ボクはずうっとあの場にいたのさ。そしたら、にきがやってきたもんだから、咄嗟に物陰に隠れたんだ。それで様子を見ていたら……うん、あのこけっぷり、実に見事だった!」

 瞠目するぼくに対し、管狐は満面の笑みを浮かべた。……うっわ、腹立たしいことこの上ない。
 思い返してみれば、管狐は「さっきの河童の台詞から考えて」とあの時はっきりと言っていた。見ていなければそんなことは言わないだろう。
 ここでぼくはふと気がついた。
 ……つまり、あれか。思い切り転んでしまったぼくを、管狐は心配することなく、寧ろ隠すこともなく鼻で笑って思い切り馬鹿にしたということか。

「酷い。酷過ぎる」
「失礼だなぁ。事の成り行きを見守っていただけだよ。あ、報酬の果物のこと忘れないでね」
「お前が助けてくれた訳じゃないだろ。約束は無効だ」
「えー、酷い!酷すぎるよこの人でなし!」
「あやかし相手に言われたくはない」

 管狐とくだらない口喧嘩をしていると、ふふふと笑い声が聞こえてきた。ぼくと管狐以外でこの場にいるのは、勿論つゆりさんしかいない。

「何?どうかした?」
「いえ、河童さんの言うとおり、仲がいいなぁと思いまして。あと、ごめんなさい。実は私もあの時ちょっとだけ笑っちゃったんです」
「……はい?」
「だって、急いで戻って来てみれば、にきくんが河童さんに足掴まれて地面に突っ伏していたので……その光景が面白くて、つい」

 ごめんなさい、と謝罪の言葉を述べてはいるがその口元は緩んでいた。
 未だに小さく笑い続けるつゆりさんに「笑わないで」と言いたかったが、まるで幼い子どものように無邪気に笑う彼女に毒気を抜かれてしまって、ぼくは言うに言えなかった。
 自分でも自覚はしているのだけれど、つゆりさんの笑顔にぼくは滅法弱い。どんな経緯であれ、彼女が笑っている姿を見られるのは嬉しい。……まあ、あの姿を見られたのは情けないことこの上ないが。
 そんなぼくの様子を見て、管狐が言う。

「ほんと、にきはつゆりに甘過ぎるねー」
「……仕方ないだろ。こればっかりはどうしようもないし」

 ――なんたって、惚れた弱みという奴なのだから。
 ぼくの考えを読み取ったのだろう。ぼくの肩にひらりと飛び乗って、「それもそうだねぇ」と管狐は意味ありげに頷いた。

「でもまあ、にきのその気持ちはつゆりには全然伝わってないけどね。ほら、あの子鈍いし。ととは怖いし」
「……『とと』?」
「つゆりのお父さんのことだよ。凄く過保護なんだよねー。にき、いろいろと前途多難だけど大丈夫?」
「……わからない」

 つゆりさんのお父さんに会ったことはないのでどんな人なのかわからないし、つゆりさんがぼくのことをどう思っているのかもわからない。
 でも、ずっとつゆりさんたちと一緒にいる管狐が言うのだから、そうなんだろう。
 いつもは管狐にからかわれてばかりいるが、今だけは管狐の言っていることは本当なんだとぼくは確信した。
 尤も、つゆりさんにぼくの気持ちが伝わっていたら、それはそれでどう接すればいいのかわからなくて逆に困るんだけど、さ。
 管狐の言うとおり、いろいろと前途多難かもしれない……。
 脱力するぼくの肩をぽんぽんと管狐が尻尾で叩いた。
 ……余計不安になるから、そんな哀れみの目でこちらを見るのはやめてもらいたいのだが。

「二人とも、どうかしたんですか?」

 先を歩いていたつゆりさんが振り返って不思議そうに訊いてきた。

「何でもないよ」
「そうそう。何でもないから帰ろう帰ろう」
「……はい」

 腑に落ちないという顔をしつつも、促されるままつゆりさんは再び歩き出す。
 そんな彼女の見えないところで、ぼくと管狐は小さく小さく溜息をついた。
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