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第四話 少女(一)
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ばあちゃんの家にやって来て数日が経った。
それすなわち、あやかしが視えるようになって早数日経ったということで。
小鬼たちに弄られながらも、ここでの生活に少しずつ慣れてきた今日この頃。
だから、気が緩んでいたのだと思う。
目を覚まして今何時だろうと携帯端末で時間を確認したぼくは慌てて飛び起きた。何故なら、時刻はもう正午を回ろうとしていたからだ。
「ね、寝過ごした!」
布団を片付けて、急いで服を着替える。
特に何かやろうとは思っていたわけではないのだが、夏休みだからといってダラけた生活はしまいという己への戒めだ。
ばあちゃんも父さんと同じく基本放任主義らしい。ここに来てからというもの、あれをしろ、これをしろととやかく言われたことはなかった。……まあ、言外に言われたような気がしたこともあったけど、それは置いておくとして。
とやかく言われないからこそ、何となく試されているような気がしなくもないのだ。それこそ考え過ぎなのかもしれないけど。
今の時間だったら、恐らくばあちゃんは昼飯の準備をしているだろう。そう目星をつけて、あてがわれた部屋を出る。目指すはお勝手――台所だ。
「ん?」
渡り廊下を通った時、縁側に誰かがいるのが見えた。
遠目から見ても、明らかにばあちゃんでは、ない。
ゆっくりと物音を立てないように近付いていく。
「……この子、誰?」
ぼくの独り言に返答はない。
それもそのはず。その人物こと一人の少女は、気持ちよさそうにすやすやと眠っていたから。
ぼくと同い年くらいだろうか。長いまつ毛は、彼女の色白な肌に影を落としていた。背中まで伸びた長い黒髪は揺蕩うように飴色の床に散らばっている。
綺麗な子だなぁ……。
ぼくはまじまじとその子を見つめる。
惚けていたせいで意識が疎かになってしまったからだろう。一歩足を踏み出した時、ギシリ、と床が軋んだ。
……あ、しまった。
そう思ったが時既に遅し。
ぼくが立ててしまった音で、彼女がゆるゆると目を開けた。
ぼうっと何処か遠くの方を見つめてゆっくりと体を起こす。虚ろな瞳がこちらを向き、彼女は漸くその瞳にぼくを映した。
はた、と見つめ合うぼくと少女。方や驚いた面持ちで。此方寝惚けた面持ちで。
先に口を開いたのは少女の方だった。
「……どちら様ですか?」
「……いや、それはこっちの台詞なんだけど」
たっぷり間を開けて、小首を傾げて訊かれた言葉にぼくは返した。いやうん、ぼくは間違っていないと思う。
目をぱちぱちと瞬かせてゆっくりと少女は辺りを見回す。
次の瞬間、少女ははっとした表情をその顔に浮かべた。
見る間に顔が青ざめたかと思えば、今度は真っ赤に変わる。あうあうと何やら言葉になってない声を漏らし、視線を彷徨わせたかと思えば、顔を両手で覆ってしまった。
「あ、あの……大丈夫?」
「ごめんなさい自分の家だと思っちゃったんです本当にごめんなさい」
「あ、いや、謝らなくてもいいから……」
どうやら寝惚けていて自分の家で寝ていたと思っていたらしい。
消え入りそうな声で少女に矢継ぎ早に謝られ、それに感化されるようにぼくも慌てる。
そんなぼくたちの様子は、傍から見たらさぞかし滑稽だったことだろう。
「あら、あんたたち何しとるん?」
ばあちゃんがこの場を通りかかるまで、それは暫く続いたのだった。
それすなわち、あやかしが視えるようになって早数日経ったということで。
小鬼たちに弄られながらも、ここでの生活に少しずつ慣れてきた今日この頃。
だから、気が緩んでいたのだと思う。
目を覚まして今何時だろうと携帯端末で時間を確認したぼくは慌てて飛び起きた。何故なら、時刻はもう正午を回ろうとしていたからだ。
「ね、寝過ごした!」
布団を片付けて、急いで服を着替える。
特に何かやろうとは思っていたわけではないのだが、夏休みだからといってダラけた生活はしまいという己への戒めだ。
ばあちゃんも父さんと同じく基本放任主義らしい。ここに来てからというもの、あれをしろ、これをしろととやかく言われたことはなかった。……まあ、言外に言われたような気がしたこともあったけど、それは置いておくとして。
とやかく言われないからこそ、何となく試されているような気がしなくもないのだ。それこそ考え過ぎなのかもしれないけど。
今の時間だったら、恐らくばあちゃんは昼飯の準備をしているだろう。そう目星をつけて、あてがわれた部屋を出る。目指すはお勝手――台所だ。
「ん?」
渡り廊下を通った時、縁側に誰かがいるのが見えた。
遠目から見ても、明らかにばあちゃんでは、ない。
ゆっくりと物音を立てないように近付いていく。
「……この子、誰?」
ぼくの独り言に返答はない。
それもそのはず。その人物こと一人の少女は、気持ちよさそうにすやすやと眠っていたから。
ぼくと同い年くらいだろうか。長いまつ毛は、彼女の色白な肌に影を落としていた。背中まで伸びた長い黒髪は揺蕩うように飴色の床に散らばっている。
綺麗な子だなぁ……。
ぼくはまじまじとその子を見つめる。
惚けていたせいで意識が疎かになってしまったからだろう。一歩足を踏み出した時、ギシリ、と床が軋んだ。
……あ、しまった。
そう思ったが時既に遅し。
ぼくが立ててしまった音で、彼女がゆるゆると目を開けた。
ぼうっと何処か遠くの方を見つめてゆっくりと体を起こす。虚ろな瞳がこちらを向き、彼女は漸くその瞳にぼくを映した。
はた、と見つめ合うぼくと少女。方や驚いた面持ちで。此方寝惚けた面持ちで。
先に口を開いたのは少女の方だった。
「……どちら様ですか?」
「……いや、それはこっちの台詞なんだけど」
たっぷり間を開けて、小首を傾げて訊かれた言葉にぼくは返した。いやうん、ぼくは間違っていないと思う。
目をぱちぱちと瞬かせてゆっくりと少女は辺りを見回す。
次の瞬間、少女ははっとした表情をその顔に浮かべた。
見る間に顔が青ざめたかと思えば、今度は真っ赤に変わる。あうあうと何やら言葉になってない声を漏らし、視線を彷徨わせたかと思えば、顔を両手で覆ってしまった。
「あ、あの……大丈夫?」
「ごめんなさい自分の家だと思っちゃったんです本当にごめんなさい」
「あ、いや、謝らなくてもいいから……」
どうやら寝惚けていて自分の家で寝ていたと思っていたらしい。
消え入りそうな声で少女に矢継ぎ早に謝られ、それに感化されるようにぼくも慌てる。
そんなぼくたちの様子は、傍から見たらさぞかし滑稽だったことだろう。
「あら、あんたたち何しとるん?」
ばあちゃんがこの場を通りかかるまで、それは暫く続いたのだった。
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