にきの奇怪な間話

葉野亜依

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第一話 家鳴(三)

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 ぼくはその後すぐにばあちゃんからあやかし談義を受けた。
 あやかしが視える人は限られていて、生まれつき視える人もいれば、突然視えるようになる人もいるらしい。
 はっきりと存在を認知できる人もいれば、かすかにしか感じ取られない人もいる。人によってそれはまちまちとのこと。

「父さんは?」
「あの子は視えないねぇ」

 血筋は全く関係なくはないようだが、要はその人にあやかしが視える素質があるかないかが重要だそうだ。
 あやかしにはさっきの小鬼のように人の前に姿を現すモノもいれば、人と関わるのが嫌で人の前に姿を現さないモノもいる。
 ちょっとした悪戯をしてくるモノもいれば、もっと危険なモノもいて最悪命を狙われることもある……らしい。

「何それ無茶苦茶物騒!」
「十怪十色と言うしねぇ」
「いやいやそんな言葉ないし!」
「ふふふ。でもまあ、仕方がないと言えば仕方がないんよ。だって、孤独やから」
「え?」
「孤独なんよ。あやかしも、それが視える人間もね。まあ、生きているモノは皆、何処かで孤独を感じているものなんやけどね」

 目を閉じて静かに告げられた言葉。それは何処か寂しさを含んでいた。
 何も言えず、ぼくは黙ってしまった。
 カチカチと掛け時計の音だけが聞こえてくる。
 だがその沈黙も一瞬のことで。先程の言葉を払拭するようにばあちゃんが明るい声を発した。

「でもまあ、安心しなさい。この家にいる子たちはそんなに物騒なことなんてしないし、この辺りのあやかしたちもそこまでのことはしてこないから」
「……ほんと?」
「断言はできないけどねぇ」
「何それ無茶苦茶不安!」
「大丈夫大丈夫。慣れれば平気よ」

 慣れでどうにかなるものなのだろうか……。
 ぼくは不安で仕方がなかった。

「兎に角、もし何か困ったことがあったら遠慮せず気軽に相談するんよ。誰かに頼ることも大事やからね。あと、絶対にとは言わないけど、あやかしとは安易に関わらないように。まあ、絶対に関わらないなんてことは無理やろうけど」
「……無理なの?」
「無理やね」

 訊けば深く頷かれた。……マジかよ。

「取りあえず、まずは害を為すモノかどうか様子を見て、それから行動するように。時と場合によっては無視することも大事やからね。勿論、あやかしの以外のことでも気軽に相談するんよ」

 ぼくは素直に頷いた。
 ばあちゃんが満足そうに微笑む。

「さて、そろそろ夕飯の準備でもしようかね」

 壁に掛かっている時計を見ればもう夕刻を示していた。
 日が落ちるのが遅く辺りもまだそこまで暗くなっていないから、そんなに時間が経っているなんて気がつかなかった。

「あ、ぼくも手伝うよ」
「そうかい?でも、今日はええよ。疲れたでしょう」
「うん……」
「だろうねぇ……まあ、明日から手伝ってもらおうかね」

 ばあちゃんが「よいしょ」と立ち上がる。台所へと向かおうとした足を止めて、ぼくの方を振り返った。

「ご飯ができたら呼ぶから、荷物部屋に置いてきなさいな」


   *


 部屋を出て縁側を通り、渡り廊下を歩いた先にある離れ――ぼくにあてがわれた部屋へとたどり着いた。
 襖を開ければ、部屋の中央には折り畳み式の机があった。
 ぼくは片隅に荷物を置いて部屋を物色する。
 押し入れの中には布団が入っていた。ばあちゃんに寝る時はこれを使うようにと既に説明は受けている。
 部屋の右側にあるのは大きなガラス戸だ。そのカーテンを開け放つ。飛び込んできた光に一瞬目が眩んだ。
 手入れの行き届いた庭が目の前に広がっている。どうやら、ここから庭へと出ることができるみたいだ。
 ぼくは大きく息を吐いた。
 さっきはできなかったけど、今度は躊躇することなくごろりと畳の上に寝転がる。

「疲れた……」

 何が、と言えば全てが、だ。
 この家に来る道のりも。
 久しぶりにばあちゃんと会ったことも。
 何より、あやかしが視えるようになってしまったことも。
 正直言って不安だ。なんせ、今まで視えていなかったモノが突然視えるようになってしまったのだから。
 でも、それでも――。
 何故かほっと安心している自分がいた。
 どうしてこんな気持ちになっているのか自分でも不思議で。不安と安心がない交ぜになって、よくわからない感情に見舞われる。

「まあ、何とかなるさ……」

 何とかなる。何とかなる。
 自分に言い聞かせるように何度も何度も呟いた。
 そうしているうちに、段々と瞼が下がっていく。いろんなことがありすぎて思いの外疲れてしまっていたようだ。
 ばあちゃんが「ご飯よー」と呼びに来るまで、ぼくはそのまま眠りこけてしまったのだった。
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