よろずやさんのあわい雑綺帳

葉野亜依

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第十話 想起(五)

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 壱木宮市のシンボルであるタワーの広場。その日その場所ではマルシェが開催されていた。
 数多に並ぶ店の中に、僕が手伝っている店はあった。
 籠や文房具、手作り商品や色とりどりの豆皿といった食器類。それらだけでなく、駄菓子や冷やしラムネ、更には野菜までも売られている。
 掲げられている札――かまぼこの板で雑に作られている――には『よろずや』と記されていた。

「……遅い!」

 折りたたみ式の椅子に座っていた僕こと久閑司樹は苛立たしげに叫ぶ。

「全く、店主のくせに一体何処ほっつき歩いているんだか」

 怒りの矛先は数刻前にこの場を去った店主――白宇へと向けられていた。
 ――『ちょっと宣伝してくるから、店番よろしくな』
 そう言って、僕が何かを言う前に、白宇は何処かへ行ってしまったのだ。
 仕方なく僕は大人しく店番をすることにした。
 白宇がいないと何もできないと思われたくはなかったし、自分一人でもやれるのだと証明したかった。誰に、という訳ではない。己のプライドが頼まれて早々に店番を放棄することを許さなかったのだ。

「ありがとうございました」

 会計を済まし、客を見送った。
 こうして一人で接客や会計をして白宇が帰ってくるのを待っているのだが、悲しきかな、一向に帰ってくる気配がない。
 ――あいつ、『宣伝してくる』とか言いつつ、絶対に散策しているんだろうな……。
 一緒に過ごしてきた時間が長いからこそわかる。容易に想像がついてしまい、溜息を吐いた。
 ふと、自分にしか視えないモノ――あやかしが視界に映る。たとえ商品を買えなくとも、見ているだけで楽しいようだ。そこは人間もあやかしも一緒なのだなと思う。
 数ある店の中でも、人間だけではなくあやかしを相手に商売をしている店はここだけのようだ。
 今は自分一人でも何とかなっている。さっきはああ言ったが、もしも物々交換をしてくる客がいたらとか、こちらが子どもだからといって馬鹿にしてくるような厄介な客だとか、万引きする客が現れたらと思うと正直言って不安だ。
 相手が人間であろうとあやかしであろうと厄介な客はいるもので。
 まあ、そんな客が来ないってわかっているから、ぼくに店を任せたんだろうけど。
 何か危険があるようなら、白宇は僕を一人にさせるようなことはしないだろうし、何かあればすぐ駆けつけてくれることを僕はわかっていた。
 だから、こうして一人で頑張れているのだ。それに、何だかんだで信頼されているのだと思うと嬉しいのも事実で。

「……でも、流石にそろそろキレてもいいよな?」

 誰に確認する訳でもなく呟いた。
 物事には限度がある訳で。
 全く帰って来ない白宇に、僕はイラつき始めていた。
 白宇を探しに行って、『いつまで散歩しているんだ!』って文句を言ってやりたい!でも、店を無人にするのはなあ……。
 どうしようかと迷っていた僕の視線の先に見慣れた緑色が映った。
 ちょうどいいところに!
 広場の片隅に蹲っているそれに、僕はクーラーボックスからキンキンに冷えたラムネを持って近づいた。
 足音に気がついたのであろうそれがゆっくりと顔を上げる。

「……あ、坊」

 緑色のそれ――河童が虚ろな目で僕を認めた。
 頭上の皿の水は少なく、緑色の肌にはハリがない。
 ……よし、これならいけるな。
 内心でほくそ笑む。

「やあ、河童。今日は倒れていなくて偉いじゃないか」
「フッ……おいらもやる時はやるんすよ……」

 かっこつけているようだが、声に覇気はなかった。
 この河童は幾度となく干からびかけ、行き倒れ寸前のところを何度か発見したことがある。今回は辛うじて倒れていないだけで、全然威張ることではないのだ。
 気前は良いがある意味迷惑な客ではあるのだが、今回はそれが好都合だった。
 今にもぶっ倒れそうな河童に僕は提案する。

「河童、ラムネと引き換えにちょっと店番していてくれない?」
「いいっすよ!」

 冷えたラムネを見せつければ、二つ返事で了承を得られた。
 ごくごくとラムネを飲んで「ふっかーつ!」と声を上げた河童に、僕はチョロいなぁと思った。失礼だとはこれっぽちも思わない。

「あれ、店主はいないんすか?」
「今からその店主を探しに行くの」
「なるほど了解っす。あ、万引きとかがいたら遠慮なくはっ倒していいっすよね?」
「やり過ぎない程度になら」

 もし、何か問題を起こしたら、商品を買ってもらおう。……河童にも、客にも、ね。
 そんなことを考えつつ、「それじゃあ頼むよ」と言って、僕は駆け出した。
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