28 / 42
第九話 出張販売(一)
しおりを挟む
よろずやは出張販売もしている。そう説明は受けていた。
今日はその出張販売の日だ。初めてのことにどきどきしながら、わたしは司樹さんの後ろをついて行く。
辿り着いたのは、店の裏庭だった。
そこにいたのは白宇くんだ。そして、彼の傍には普段はないあるモノがとまっていた。
何と言っても目につくのは大きな箱と大きな車輪だ。雛人形で見たことはあるけどこうして実物で見るのはわたしにとって初めてのことである。
店の裏に止まっているそれは牛車だった。
だが、牛車と言っても、肝心の牛はいなくて。代わりと言ってはあれだが、普通の牛車にはないあるモノがあった。
本来簾がかかっているはずの部分にあるのは大きな色白の顔だ。形相は恐ろしく、鬼のような角が頭についており、長く伸びた髪が地面につきそうである。
司樹さんがくるりと振り返って何ともなしに言う。
「今日はこの朧車こと朧さんに乗って、山に行きます」
「どうも朧と申します。以後お見知りおきを」
朧さんがぺこりと頭を下げればそれにあわせて車体も動いた。
朧さんの顔は恐ろしいが振る舞いはとても丁寧で。
「古澄留花です。こちらこそ、よろしくお願いします」
わたしも丁寧に挨拶を返した。
朧さんがぎょろりと目を動かして白宇に問う。
「白宇の旦那は今日はパスですか?」
「うむ。今回は若い二人に任せることにした。おれがいるとお邪魔だからな」
「なるほどなるほど」
にやりと口角を上げた白宇くんに、朧さんが相槌を打った。
司樹さんが目を眇めて悪態を吐く。
「……何かあやかしどもが言っているけど放っておこう」
「は、はい……」
「持っていく商品リストを作っておいたから、まずはこれを見て商品を朧さんに積んでいこうか」
「わかりました」
幾つか商品を持って朧さんの後方へと向かえば、さっと簾が上がり、踏み台が出て来た。
……おお、自動で出て来るとは……いや、朧さんが出しているだけか。
箱の中へと入ったわたしはたいそう驚いた。
中はどう考えても外見よりも広い空間となっていて。
大きな棚には沢山の商品を並べられそうだし、この広さならちょっとした家電製品を入れることもできるだろう。車内は空調も効いており、それだけではなく小さな冷蔵庫まで完備されている。
奥には座席があって、ちゃんとシートベルトまでついている。
外見と中身がちぐはぐ過ぎない!?
牛車に乗ったことがないわたしでも、この牛車もとい朧車が普通ではないと察した。
車内を一通り観察した後、わたしは司樹さんに訊いた。
「朧車の中って全部こんな感じになっている訳じゃないですよね?」
「うん、朧車によるかな。昔ながらの小さな座敷のようになっている奴とか、アウトドアに特化して車内でも星空が見えるように上部が開くようになっている奴とかもいるみたいだよ」
「世の中需要と供給が大事なんで」
話が聞こえていたようで、朧さんの声が車内に響き渡った。
「因みに、後ろから箱に入って、降りる時は前からっていう決まりあるので気をつけてくださいね」
「それを守らなかったばかりに昔々の偉い人は笑いものになったらしいよ」
「そういう決まりがあるんですね……でも、それだと朧さんの顔にぶつかるんじゃ……」
外から見た時、前面の簾が掛かっているはずの場所には巨大な顔があった。だが、車内から見ると普通に簾が掛かっているようにしか見えなくて。
もしかして、出る時は朧さんの口から出される、とか……。
朧の口から己らが出て来るイメージが頭の中に浮かんだ。少し……いや、できれば回避したい光景ではあるが、先程降りる時は前からと教えられたばかりだ。
「何も心配はいりません。お二人が降りる時は顔を引っ込めますので、普通に降りられますよ」
そう言ったのは、朧さんだった。
原理はわからないが、普通に降りられるなら無駄に心配しなくても良いかとわたしは思考を放棄した。深く考えたらダメだ。
リストを確認しながら、朧さんに商品をどんどん積んでいく。重い商品は率先して司樹さんが運んでくれるので、わたしは比較的軽い商品を担当した。白宇くんも手伝ってくれて、滞りなく商品を積み終えた。
「よし。それじゃあ出発しようか」
「くれぐれも気をつけてな」
「はいはい、いってきます」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
白宇くんに挨拶してから、わたしと司樹さんは朧さんに乗り込み座席へと座る。
シートベルトをすれば、ゆっくりと朧さんが動き出した。
今日はその出張販売の日だ。初めてのことにどきどきしながら、わたしは司樹さんの後ろをついて行く。
辿り着いたのは、店の裏庭だった。
そこにいたのは白宇くんだ。そして、彼の傍には普段はないあるモノがとまっていた。
何と言っても目につくのは大きな箱と大きな車輪だ。雛人形で見たことはあるけどこうして実物で見るのはわたしにとって初めてのことである。
店の裏に止まっているそれは牛車だった。
だが、牛車と言っても、肝心の牛はいなくて。代わりと言ってはあれだが、普通の牛車にはないあるモノがあった。
本来簾がかかっているはずの部分にあるのは大きな色白の顔だ。形相は恐ろしく、鬼のような角が頭についており、長く伸びた髪が地面につきそうである。
司樹さんがくるりと振り返って何ともなしに言う。
「今日はこの朧車こと朧さんに乗って、山に行きます」
「どうも朧と申します。以後お見知りおきを」
朧さんがぺこりと頭を下げればそれにあわせて車体も動いた。
朧さんの顔は恐ろしいが振る舞いはとても丁寧で。
「古澄留花です。こちらこそ、よろしくお願いします」
わたしも丁寧に挨拶を返した。
朧さんがぎょろりと目を動かして白宇に問う。
「白宇の旦那は今日はパスですか?」
「うむ。今回は若い二人に任せることにした。おれがいるとお邪魔だからな」
「なるほどなるほど」
にやりと口角を上げた白宇くんに、朧さんが相槌を打った。
司樹さんが目を眇めて悪態を吐く。
「……何かあやかしどもが言っているけど放っておこう」
「は、はい……」
「持っていく商品リストを作っておいたから、まずはこれを見て商品を朧さんに積んでいこうか」
「わかりました」
幾つか商品を持って朧さんの後方へと向かえば、さっと簾が上がり、踏み台が出て来た。
……おお、自動で出て来るとは……いや、朧さんが出しているだけか。
箱の中へと入ったわたしはたいそう驚いた。
中はどう考えても外見よりも広い空間となっていて。
大きな棚には沢山の商品を並べられそうだし、この広さならちょっとした家電製品を入れることもできるだろう。車内は空調も効いており、それだけではなく小さな冷蔵庫まで完備されている。
奥には座席があって、ちゃんとシートベルトまでついている。
外見と中身がちぐはぐ過ぎない!?
牛車に乗ったことがないわたしでも、この牛車もとい朧車が普通ではないと察した。
車内を一通り観察した後、わたしは司樹さんに訊いた。
「朧車の中って全部こんな感じになっている訳じゃないですよね?」
「うん、朧車によるかな。昔ながらの小さな座敷のようになっている奴とか、アウトドアに特化して車内でも星空が見えるように上部が開くようになっている奴とかもいるみたいだよ」
「世の中需要と供給が大事なんで」
話が聞こえていたようで、朧さんの声が車内に響き渡った。
「因みに、後ろから箱に入って、降りる時は前からっていう決まりあるので気をつけてくださいね」
「それを守らなかったばかりに昔々の偉い人は笑いものになったらしいよ」
「そういう決まりがあるんですね……でも、それだと朧さんの顔にぶつかるんじゃ……」
外から見た時、前面の簾が掛かっているはずの場所には巨大な顔があった。だが、車内から見ると普通に簾が掛かっているようにしか見えなくて。
もしかして、出る時は朧さんの口から出される、とか……。
朧の口から己らが出て来るイメージが頭の中に浮かんだ。少し……いや、できれば回避したい光景ではあるが、先程降りる時は前からと教えられたばかりだ。
「何も心配はいりません。お二人が降りる時は顔を引っ込めますので、普通に降りられますよ」
そう言ったのは、朧さんだった。
原理はわからないが、普通に降りられるなら無駄に心配しなくても良いかとわたしは思考を放棄した。深く考えたらダメだ。
リストを確認しながら、朧さんに商品をどんどん積んでいく。重い商品は率先して司樹さんが運んでくれるので、わたしは比較的軽い商品を担当した。白宇くんも手伝ってくれて、滞りなく商品を積み終えた。
「よし。それじゃあ出発しようか」
「くれぐれも気をつけてな」
「はいはい、いってきます」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
白宇くんに挨拶してから、わたしと司樹さんは朧さんに乗り込み座席へと座る。
シートベルトをすれば、ゆっくりと朧さんが動き出した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1
七日町 糸
キャラ文芸
あの忌まわしい大戦争から遥かな時が過ぎ去ったころ・・・・・・・・・
世界中では、かつての大戦に加わった軍艦たちを「歴史遺産」として動態復元、復元建造することが盛んになりつつあった。
そして、その艦を用いた海賊の活動も活発になっていくのである。
そんな中、「世界最強」との呼び声も高い提督がいた。
「アドミラル・トーゴーの生まれ変わり」とも言われたその女性提督の名は初霜実。
彼女はいつしか大きな敵に立ち向かうことになるのだった。
アルファポリスには初めて投降する作品です。
更新頻度は遅いですが、宜しくお願い致します。
Twitter等でつぶやく際の推奨ハッシュタグは「#初霜艦隊航海録」です。
【完結】生贄娘と呪われ神の契約婚
乙原ゆん
キャラ文芸
生け贄として崖に身を投じた少女は、呪われし神の伴侶となる――。
二年前から不作が続く村のため、自ら志願し生け贄となった香世。
しかし、守り神の姿は言い伝えられているものとは違い、黒い子犬の姿だった。
生け贄など不要という子犬――白麗は、香世に、残念ながら今の自分に村を救う力はないと告げる。
それでも諦められない香世に、白麗は契約結婚を提案するが――。
これは、契約で神の妻となった香世が、亡き父に教わった薬草茶で夫となった神を救い、本当の意味で夫婦となる物語。
MIDNIGHT
邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/外面のいい会社員×ツンデレ一見美少年/友人以上恋人未満】
「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」。
三月のある深夜、会社員・鬼頭和臣は、黒ずくめの美少年・霧河雅美にそう忠告される。
未成年に説教される筋合いはないと鬼頭は反発するが、その出会いが、その後の彼の人生を大きく変えてしまうのだった。
◆「第6回キャラ文芸大賞」で奨励賞をいただきました。ありがとうございました。
お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜
織部ソマリ
キャラ文芸
『美詞(みこと)、あんた失業中だから暇でしょう? しばらく田舎のおばあちゃん家に行ってくれない?』
◆突然の母からの連絡は、亡き祖母のお願い事を果たす為だった。その願いとは『庭の祠のお狐様を、ひと月ご所望のごはんでもてなしてほしい』というもの。そして早速、山奥のお屋敷へ向かった美詞の前に現れたのは、真っ白い平安時代のような装束を着た――銀髪狐耳の男!?
◆彼の名は銀(しろがね)『家護りの妖狐』である彼は、十年に一度『世話人』から食事をいただき力を回復・補充させるのだという。今回の『世話人』は美詞。
しかし世話人は、百年に一度だけ『お狐様の嫁』となる習わしで、美詞はその百年目の世話人だった。嫁は望まないと言う銀だったが、どれだけ美味しい食事を作っても力が回復しない。逆に衰えるばかり。
そして美詞は決意する。ひと月の間だけの、期間限定の嫁入りを――。
◆三百年生きたお狐様と、妖狐見習いの子狐たち。それに竈神や台所用品の付喪神たちと、美味しいごはんを作って過ごす、賑やかで優しいひと月のお話。
◆『第3回キャラ文芸大賞』奨励賞をいただきました!ありがとうございました!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる