よろずやさんのあわい雑綺帳

葉野亜依

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第九話 出張販売(一)

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 よろずやは出張販売もしている。そう説明は受けていた。
 今日はその出張販売の日だ。初めてのことにどきどきしながら、わたしは司樹さんの後ろをついて行く。
 辿り着いたのは、店の裏庭だった。
 そこにいたのは白宇くんだ。そして、彼の傍には普段はないあるモノがとまっていた。
 何と言っても目につくのは大きな箱と大きな車輪だ。雛人形で見たことはあるけどこうして実物で見るのはわたしにとって初めてのことである。
 店の裏に止まっているそれは牛車だった。
 だが、牛車と言っても、肝心の牛はいなくて。代わりと言ってはあれだが、普通の牛車にはないあるモノがあった。
 本来簾がかかっているはずの部分にあるのは大きな色白の顔だ。形相は恐ろしく、鬼のような角が頭についており、長く伸びた髪が地面につきそうである。
 司樹さんがくるりと振り返って何ともなしに言う。

「今日はこの朧車こと朧さんに乗って、山に行きます」
「どうも朧と申します。以後お見知りおきを」

 朧さんがぺこりと頭を下げればそれにあわせて車体も動いた。
 朧さんの顔は恐ろしいが振る舞いはとても丁寧で。

「古澄留花です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 わたしも丁寧に挨拶を返した。
 朧さんがぎょろりと目を動かして白宇に問う。

「白宇の旦那は今日はパスですか?」
「うむ。今回は若い二人に任せることにした。おれがいるとお邪魔だからな」
「なるほどなるほど」

 にやりと口角を上げた白宇くんに、朧さんが相槌を打った。
 司樹さんが目を眇めて悪態を吐く。

「……何かあやかしどもが言っているけど放っておこう」
「は、はい……」
「持っていく商品リストを作っておいたから、まずはこれを見て商品を朧さんに積んでいこうか」
「わかりました」

 幾つか商品を持って朧さんの後方へと向かえば、さっと簾が上がり、踏み台が出て来た。
 ……おお、自動で出て来るとは……いや、朧さんが出しているだけか。
 箱の中へと入ったわたしはたいそう驚いた。
 中はどう考えても外見よりも広い空間となっていて。
 大きな棚には沢山の商品を並べられそうだし、この広さならちょっとした家電製品を入れることもできるだろう。車内は空調も効いており、それだけではなく小さな冷蔵庫まで完備されている。
 奥には座席があって、ちゃんとシートベルトまでついている。
 外見と中身がちぐはぐ過ぎない!?
 牛車に乗ったことがないわたしでも、この牛車もとい朧車が普通ではないと察した。
 車内を一通り観察した後、わたしは司樹さんに訊いた。

「朧車の中って全部こんな感じになっている訳じゃないですよね?」
「うん、朧車によるかな。昔ながらの小さな座敷のようになっている奴とか、アウトドアに特化して車内でも星空が見えるように上部が開くようになっている奴とかもいるみたいだよ」
「世の中需要と供給が大事なんで」

 話が聞こえていたようで、朧さんの声が車内に響き渡った。

「因みに、後ろから箱に入って、降りる時は前からっていう決まりあるので気をつけてくださいね」
「それを守らなかったばかりに昔々の偉い人は笑いものになったらしいよ」
「そういう決まりがあるんですね……でも、それだと朧さんの顔にぶつかるんじゃ……」

 外から見た時、前面の簾が掛かっているはずの場所には巨大な顔があった。だが、車内から見ると普通に簾が掛かっているようにしか見えなくて。
 もしかして、出る時は朧さんの口から出される、とか……。
 朧の口から己らが出て来るイメージが頭の中に浮かんだ。少し……いや、できれば回避したい光景ではあるが、先程降りる時は前からと教えられたばかりだ。

「何も心配はいりません。お二人が降りる時は顔を引っ込めますので、普通に降りられますよ」

 そう言ったのは、朧さんだった。
 原理はわからないが、普通に降りられるなら無駄に心配しなくても良いかとわたしは思考を放棄した。深く考えたらダメだ。
 リストを確認しながら、朧さんに商品をどんどん積んでいく。重い商品は率先して司樹さんが運んでくれるので、わたしは比較的軽い商品を担当した。白宇くんも手伝ってくれて、滞りなく商品を積み終えた。

「よし。それじゃあ出発しようか」
「くれぐれも気をつけてな」
「はいはい、いってきます」
「いってきます」
「いってらっしゃい」

 白宇くんに挨拶してから、わたしと司樹さんは朧さんに乗り込み座席へと座る。
 シートベルトをすれば、ゆっくりと朧さんが動き出した。
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