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第六話 お使い犬(三)
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「さっきの犬は『お使い犬』と言われていてだな、その名の通り主人の代わりに買い物をする犬のことなんだ。因みに、主人の代わりに参拝する犬のことは『代参犬』と呼ばれていて、『こんぴら狗』とか『おかげ犬』という言葉もあってだな。犬が伊勢参りをしていたんだ。昔はよく見たが今じゃ全然見られなくなったな」
「そうなんですね。わたしも初めて見ました」
盲導犬なら見たことあるけれど。お使いをする犬なんて見たことがない。盲導犬や聴導犬、介助犬など人を助ける仕事をする犬を総じて補助犬というらしいが、お使い犬なんて初めて聞いた。
「ふーむ、時代だなぁ」
なんて、しみじみと言う白宇くんはまるで老人のようだ。でも、不思議とそれは様になっていて。
やはり白宇くんの発言と見た目にはギャップがあって、わたしはちょっとだけ不思議な感覚がした。
モップを手に取って掃除に戻ったわたしに、不意に質問が投げ掛けられる。
「因みに、留花ちゃんは犬派か?猫派か?」
「え?えーっと、犬派、ですかね?」
首を傾げつつも答えたわたしに対して、更に白宇くんが質問を続ける。
「それじゃあ、狐派か?狸派か?」
「うーん、狐派ですかね……って、何ですかこの質問?」
「よし」
ガッツポーズをとる白宇くんに対して、突然の謎の質問にわたしは疑問符を浮かべることしかできなくて。
訳がわからなくて戸惑っていると、
「なーにが『よし』だよ」
突如扉が開いたかと思えば奥から司樹さんが現れた。呆れた表情を浮かべつつも何処かまだ眠たげである。足もともいつもよりも覚束ない気がする……まだ酒が残っているのかな?
ふわぁ、と欠伸を噛み殺し、司樹さんがこちらへと近づいてきた。
「おう、目が覚めたか司樹よ」
「流石に夕方まで寝させてもらえたからな……」
「おはようございます司樹さん」
「おはよう留花さん」
挨拶をすれば返ってくる。当たり前のことにわたしの心はあたたかくなった。家で一人でいたら絶対にありえないことだから。
「この場合、『おはよう』じゃなくて『おそよう』だがな」
「五月蠅いぞ白宇」
けたけたと笑っていた白宇くんが「ああ、そうだ」と思い出したかのように声に出す。
わたしの方を見てにやりと笑う白宇くんに、何だか嫌な予感しかしなくて。
わたしは咄嗟に言った。
「し、白宇くん?」
「ん?どうしたんだ留花ちゃん?」
「言わないでくださいね?」
「さあ、何のことやら」
惚けているが先程のことを言う気満々だと態度を見ていればわかる。
やっぱり言うつもりだこの人!
慌てて白宇くんの口を塞ごうとしたが、華麗にわたしをかわして白宇くんが口を開いた。
「司樹がいなくて、留花ちゃんが寂しがっていたぞ」
「え?」
「し、白宇くん!」
さっき『善処はする』って言っていたのに!いやまあ、たぶん言われるかなぁとは思っていたけども!
咎めるように名を呼んでも、白宇くんはあっけからんとしているだけで。飄々とした態度が何とも憎らしい。
まじまじとこちらを見てくる司樹さんの視線を感じて、顔が熱くて仕方がない。非常にいたたまれなくなったわたしは自然と顔を俯かせた。
「僕がいなくて寂しいって思ってくれていたの?」
恐る恐るといった様子で掛けられた言葉に顔を上げられないまま、けれども素直に小さく頷く。
何とも言えない空気がわたしたちの間を漂っている。
うう、恥ずかしい……。いなくて寂しいだなんて、やっぱり子どもっぽいよなぁ……。呆れられた、かな?うう……揶揄われそう……。
わたしはそう思って身構えていたが、わたしの予想に反して、司樹さんは「……そっか」と呟いただけだった。
……え、それだけ?
そろそろと顔を上げてみると、そこには少し顔を赤く染めて片手を口元にあてている司樹さんの姿があった。
「なーに、ニヤついているんだよ司樹」
「……別にニヤついてなんかいないし」
そう言った司樹さんの耳は赤い。
それに気づいたわたしは何だが余計に自分の体の熱が上がった気がして。言いようのない感情が湧いて来て、耐えきれなくなって再び俯いた。
「ふむ、二人とも若いな」
わたしたちの様子を見た白宇くんが揶揄いを含めた言葉を発した。
この中で一番見た目が幼くても、一番年上なのは白宇くんだと改めて知らしめられた気がした。
「そうなんですね。わたしも初めて見ました」
盲導犬なら見たことあるけれど。お使いをする犬なんて見たことがない。盲導犬や聴導犬、介助犬など人を助ける仕事をする犬を総じて補助犬というらしいが、お使い犬なんて初めて聞いた。
「ふーむ、時代だなぁ」
なんて、しみじみと言う白宇くんはまるで老人のようだ。でも、不思議とそれは様になっていて。
やはり白宇くんの発言と見た目にはギャップがあって、わたしはちょっとだけ不思議な感覚がした。
モップを手に取って掃除に戻ったわたしに、不意に質問が投げ掛けられる。
「因みに、留花ちゃんは犬派か?猫派か?」
「え?えーっと、犬派、ですかね?」
首を傾げつつも答えたわたしに対して、更に白宇くんが質問を続ける。
「それじゃあ、狐派か?狸派か?」
「うーん、狐派ですかね……って、何ですかこの質問?」
「よし」
ガッツポーズをとる白宇くんに対して、突然の謎の質問にわたしは疑問符を浮かべることしかできなくて。
訳がわからなくて戸惑っていると、
「なーにが『よし』だよ」
突如扉が開いたかと思えば奥から司樹さんが現れた。呆れた表情を浮かべつつも何処かまだ眠たげである。足もともいつもよりも覚束ない気がする……まだ酒が残っているのかな?
ふわぁ、と欠伸を噛み殺し、司樹さんがこちらへと近づいてきた。
「おう、目が覚めたか司樹よ」
「流石に夕方まで寝させてもらえたからな……」
「おはようございます司樹さん」
「おはよう留花さん」
挨拶をすれば返ってくる。当たり前のことにわたしの心はあたたかくなった。家で一人でいたら絶対にありえないことだから。
「この場合、『おはよう』じゃなくて『おそよう』だがな」
「五月蠅いぞ白宇」
けたけたと笑っていた白宇くんが「ああ、そうだ」と思い出したかのように声に出す。
わたしの方を見てにやりと笑う白宇くんに、何だか嫌な予感しかしなくて。
わたしは咄嗟に言った。
「し、白宇くん?」
「ん?どうしたんだ留花ちゃん?」
「言わないでくださいね?」
「さあ、何のことやら」
惚けているが先程のことを言う気満々だと態度を見ていればわかる。
やっぱり言うつもりだこの人!
慌てて白宇くんの口を塞ごうとしたが、華麗にわたしをかわして白宇くんが口を開いた。
「司樹がいなくて、留花ちゃんが寂しがっていたぞ」
「え?」
「し、白宇くん!」
さっき『善処はする』って言っていたのに!いやまあ、たぶん言われるかなぁとは思っていたけども!
咎めるように名を呼んでも、白宇くんはあっけからんとしているだけで。飄々とした態度が何とも憎らしい。
まじまじとこちらを見てくる司樹さんの視線を感じて、顔が熱くて仕方がない。非常にいたたまれなくなったわたしは自然と顔を俯かせた。
「僕がいなくて寂しいって思ってくれていたの?」
恐る恐るといった様子で掛けられた言葉に顔を上げられないまま、けれども素直に小さく頷く。
何とも言えない空気がわたしたちの間を漂っている。
うう、恥ずかしい……。いなくて寂しいだなんて、やっぱり子どもっぽいよなぁ……。呆れられた、かな?うう……揶揄われそう……。
わたしはそう思って身構えていたが、わたしの予想に反して、司樹さんは「……そっか」と呟いただけだった。
……え、それだけ?
そろそろと顔を上げてみると、そこには少し顔を赤く染めて片手を口元にあてている司樹さんの姿があった。
「なーに、ニヤついているんだよ司樹」
「……別にニヤついてなんかいないし」
そう言った司樹さんの耳は赤い。
それに気づいたわたしは何だが余計に自分の体の熱が上がった気がして。言いようのない感情が湧いて来て、耐えきれなくなって再び俯いた。
「ふむ、二人とも若いな」
わたしたちの様子を見た白宇くんが揶揄いを含めた言葉を発した。
この中で一番見た目が幼くても、一番年上なのは白宇くんだと改めて知らしめられた気がした。
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