よろずやさんの雑綺帳

葉野亜依

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第五話 河童に瓢箪(三)

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 ぽりぽりぽり。
 小気味良い音がする。それは河童さんによる咀嚼音だ。
 椅子に座って――よろずや店内の片隅にある休憩スペースはイートインスペースも兼ねている――河童さんがきゅうりをつまみにラムネを飲んでいる。
 きゅうりとラムネの組み合わせなんて美味しいのかしら……?
 その組み合わせはいかがなものかとわたしは思ったが、テレビで冷やしきゅうりという屋台グルメが紹介されていたのを思い出した。ラムネも屋台で売られているイメージがあるので、屋台繋がりとして案外イケるのかもしれない。
 尤も、河童が食べているのは漬け物ではなく何の味付けもされていない生のきゅうりであるが。
 どちらにせよ、わたしはその組み合わせを試したいとはこれっぽっちも思わなかった。
 因みに、どちらも店の商品で、ちゃんと河童さんが購入したものである。
 生野菜が売られているのは、普通の雑貨店では見られない光景だろう。そういう点において、『よろずやはコンビニみたいなもの』と言った司樹さんの言葉が当てはまるなと思った。

「ぷはーっ!生き返ったっす!」
「それは良かったです」

 本当に良かったとわたしはほっとした。もしもあのまま行き倒れを放置していたら、寝覚めが悪過ぎる。いくら相手があやかしだとしても、だ。
 わたしは想像しかけた『もしも』を頭を振ることで打ち消した。

「いやー、びっくりさせてしまってすまなかったっす。お嬢さんに気づいてもらえなかったら、今頃オイラどうなっていたことやら」
「いえいえ」
「店の前で倒れられていたらそりゃあ嫌でも気づくって。全く、何で毎回毎回他人に見つけられやすい場所に倒れているんだか」

 司樹さん曰く、「河童はよろずやの店前だけでなく、誰かの目につく至る所で干からびかけて行き倒れ寸前の状態になっているのを度々見かける」とのこと。
 嫌味を含んだ言葉に、河童さんはしみじみと言う。

「やっぱり誰かに気づいてもらわないとヤバいっていう生存本能が働くんすかねぇ」
「ヤバいと思うなら水分補給して倒れないようにしなよ」
「ごもっともっすね。次からは気をつけるっす」
「……って、河童は言うんだけどさ。この遣り取りもう何年もしているんだよね。全然改善される気配がないんだけど、どう思う留花さん?」
「ええっと……そんなに繰り返しているんですか?」
「かっはっはー、お恥ずかしい限りっす」

 照れ臭そうに笑う河童さんに、「笑い事じゃないだろ」と司樹さんが呆れたように突っ込んだ。
 確かに、水分不足で行き倒れを何回も繰り返すなんて笑い事じゃないなとわたしも同意した。

「どうして何回もそんなことに?」
「オイラ、さすらいの旅人なんで」

 キリッと言い放った河童さんに、わたしは「……ええっと?」と困ったように首を傾げることしかできなくて。

「オイラ、いろんなところを旅していましてね。元々は棲んでいた川が埋め立てられてしまいまして、何処か棲める場所がないか彷徨っていたんすけど」
「……えっと、その……すみません」

 辛いことを思い出させてしまったのではないかと思い、気まずくなって謝った。
 それに対して、河童さんが苦笑いを零す。

「お嬢さんが謝ることなんて何もないっすよ。確かに最初は辛かったっすけど……今でも故郷を思い出したら辛くなることもあるっす。でも、あの『流れ』には誰も逆らえなかった。あやかしも、人間でさえも……」

 河童さんの眼差しは何処か遠くを見つめているかのようだった。
 見つめているそれは、今はもうない河童さんの故郷の景色なのだろう。
 河童さん自身、元から外の世界に興味はあったそうだ。小さな川でのんびりと過ごすのも悪くはないとは思っていたけれど、旅人からの話や他の場所から来た河童たちの話を聞いて、「オイラもいつかは……!」と思っていたらしい。
 けれど、一歩外の世界に踏み出す勇気がなかった。

「だから、こう言っちゃ棲家をなくしたモノたちや朽ち果てていったモノたちには申し訳ないとは思うんすけど、オイラにとってあの『流れ』は良いきっかけになったと思っているんすよ。『えいやっ!』って外の世界に飛び込んでしまえば、あとは気の向くまま、流されるままっす」

 各地を渡り、数日で去る場合もあれば、気づけば何年も留まっている場合もある。
 けれど、「この場所に一生棲み続けたい」という気持ちにはなれなくて、河童さんは旅を続けているらしい。何年も、何十年も――。

「旅は楽しいっすよ。いろんな場所に行って、いろんなヒトに出会って、助けたり、助けられたり……。知らない土地で知らないモノに出会って知らないことを知れて……」

 しんみりとしていた河童さんだったが、次の瞬間にぱっと笑った。

「最近では木曽川を流れていたりしたんすけどね、水中も地上も泳いだり流されたり歩き回ったりしていると、自分でも気づかないうちに頭の皿の水がなくなっていて、気づいたらあんな状態にって訳っす」
「ほんと、勘弁してほしいよ」
「またやらかしたらその時はよろしくっす」
「だから、そうならないように水分補給をしろって」

 最早水掛論になってしまっていることに気づきながらも、司樹さんと河童さんは繰り返す。何度でも、何度でも。
 不意に、ずっと話を聞いていたわたしはぽつりと呟いた。

「……河童さんは凄いですね。わたしなんて、全く知らない土地に行くなんて怖くてできませんでしたよ」

 わたしは昔に思いを馳せる。
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