よろずやさんの雑綺帳

葉野亜依

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第四話 八つ面(四)

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「はい、今日はここまで。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした……」

 パンッと手を鳴らして、司樹さんが終了を告げた。
 ふうっと脱力したわたしを見て、司樹さんが苦笑いを零した。

「最初のお客さんがあの八さんでいろんな意味で大変だったね。こう言うのもあれだけど怖くなかった?」
「……正直、怖かったです。見た目とか視線の圧が強過ぎて心の中で叫びまくっていました」
「だろうね」
「でも、八さん自身は気さくな方でした。人もそうですけど、あやかしも見た目で判断しちゃダメですね」

 優しそうに見えて、実は腹の中は真っ黒で他人を貶めようとする人もいる。笑顔で他人を傷つけて平気な人もいる。逆もまた然り。見た目が怖くても他人を気遣える人もいる。とっつきにくそうに見えて、実は優しい人もいる。
 八さんの場合は後者だ。
 八さんはレジを終えたわたしに、「お疲れさん」と労りの声を掛けてくれたのだ。失礼なことを言ったわたしを責めることもしなかった。
 見た目で判断してはならない。その点に関しては人もあやかしも同じなのだとわたしは学んだ。
 怖いモノは苦手だ。他者と接することも苦手だ。その相手は人間であろうとあやかしであろうとわたしの中では変わらないんだなぁ……。
 それに――。

「人であろうとあやかしであろうとお客様はお客様です。どんなお客様が来ようとも、丁寧に対応できるように頑張りたいとは思っています」

 はっきりと言い切る。口先だけの言葉にはしたくなくて、宣言するかのように司樹さんの顔をしっかりと見つめた。
 黙って話を聞いていた司樹さんが口を開く。

「留花さんは順応性が高いね」
「順応性が高いかどうかはわかりませんけど……視えてしまうモノはどうしようもないかなって。もう現実を受けいれるしかないかなって思いまして。何ていうか、そうですね……諦めに近い感じですね」

 最初は自分の空想だと思い込もうとしたけれどやはり違って。
 あやかしから目をそらすことはできても、結局はあやかしが視えるようになってしまった事実からは逃れることはできなくて。
「それなら、自分はあやかしが視えるんだって、諦めて、受けいれて、覚悟を決めるしかないかなぁ、と。ちょっと消極的な考え方かもしれないですけど。ほら、『人生諦めが肝心』とも言いますし」
 諦めて受けいれる。それはわたしの処世術だ。時には辛くて苦しい時もあったけれど、そうしてわたしは今まで生きてきたのだ。
 不意に隣から「ぷはっ」とふき出す声がした。
 そちらを見遣れば、司樹さんが肩を震わせていた。

「……何か笑える要素ありました?」
「ないない何もないよ。だから怒らないで」
「……別に、怒っていませんよ」
「じゃあ、ひねないで」
「ひねてもいません。ただ、真剣に喋っていたのに、それをぶち壊されて何だかなぁって思っているだけです」
「それはその、つい……ごめんなさい」

 素直に謝られると何だかこちらの方が居心地が悪くなった。「……別に気にしていませんよ」と小声で言えば、司樹さんはあからさまにほっとしたようだった。

「……えーっと、話を遮っちゃったけど、僕は『諦める』って考え方には賛成だよ」
「え?」

 司樹さんの言葉に、ぱちくりと目を瞬かせる。まさか肯定してもらえるとは思っていなかったのだ。

「人によっては『諦めたらそこで終わりだ』って言うかもしれない。でも僕は、諦めて少しでも楽になれるのなら、それで良いと思っている。そういう考え方で僕も楽になった経験があるから」

 司樹さんが浮かべた微笑みがあまりにも優しくて、やわらかくて、あたたかくて――わたしは目を奪われてしまった。
 だが、その笑みは一瞬のうちに変わった。
 にこにこと上機嫌そうな司樹さんを見て、嫌な予感に襲われる。

「留花さんはあやかしが視えることを自分で受けいれて偉いね。強面の八さんにも堂々と接客できていたし……うんうん、これなら骸骨とか片脚のあやかしとかどんな客が来ても大丈夫そうだ」
「……えっと、あの、決して怖いモノを克服した訳ではなくてですね?」
「留花さん、人もあやかしも見た目で判断しちゃダメだよ?」
「うっ……」

 さっきはっきりと自分で言ってしまった手前、「やっぱり無理です!」だなんて今更そんなこと言えなくて。
 わたしは頬を引き攣らせながら言う。

「……頑張って克服します」
「無理して克服する必要はないさ。誰にだって苦手なモノはあるもんだし。困った時はいつでも頼ってよ。ね、留花さん?」

 司樹さんが良い笑顔でわたしの顔を覗き込んできた。
 笑顔なのに圧が強過ぎる!
 ひえっと叫びそうになるのをわたしは何とか堪えた。
 いろんな意味でこれから大変そうだなぁ……。
 今後のことを考えると少しだけ心配になった。
 ……でも、きっと大丈夫。怖いのは苦手だけれど、こうして自分の考えを受けいれてくれる人が一緒にいるのだから。
 胸の内はほんのりとあたたかくて。だから、大丈夫だとわたしは小さく呟いた。
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