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第三話 名を呼ぶ(四)
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何とも言えない感情を誤魔化すように、わたしは白宇くんに話を振った。
「あ、あの、白宇くんってどんなあやかしなんですか?」
些か話の方向転換が強引過ぎただろうかと思いつつ、それはさっきから気になっていたことの一つだったので訊いてみた。
「おれか?おれはだなー」
白宇くんは腕を組み、ちらりとこちらを窺った。「ふーむ……」と暫し逡巡した後、
「まだ内緒だ」
意地悪っぽい笑みを浮かべて、きっぱりとそう告げた。
「……『まだ』ってことは、いつかは教えてくれるってことですよね?」
「まあ、そういうことになるかな。因みに、こんなことができるぞ」
と言って、白宇くんは会計の練習に使っていた商品――お香を箱から取り出して、お香立てに乗せた。
白宇くんがパチンと指を鳴らせば、お香にポッと火がついた。
ゆらりと揺らめく煙が店内に良い匂いを漂わせていく。
「……白宇くんって魔法使いなんですか?それとも手品師?」
「残念。魔法使いでも手品師でもなくあやかしです。おれがどんなあやかしか知りたいのなら、もっと親密度を上げることだな」
「親密度、ですか……」
「そうだ。おれの場合だと食べ物――特に果物とかを貢いでくれると嬉し、いっ!?」
白宇くんの言葉の語尾が上擦った。「いててて……」と自身の頭を撫でつつ、手刀打ちをした人物こと司樹さんを睨んだ。
「何をするんだ司樹」
「それはこっちの台詞だ。古澄さ……留花さんにたかろうとするんじゃない」
「お、早速名前呼びしたな。偉いぞ司樹」
「黙れ」
またもや司樹さんと白宇くんが騒ぎ出してしまった。
二人を止めることなんてわたしにはできなくて。
きっと、これがこの二人のコミュニケーションなんだろうなぁ……。それにしても、あやかしである白宇くんに手刀打ちする司樹さんって凄いな。
感心していたその時、ある考えがわたしの頭の中を過ぎった。
……もしかして……いや、でも……うーん……。
わたしは考え込んでいて気がつかなかった。既に二人の遣り取りが終わっていることに。
「留花さん、どうかした?」
「え?」
「何やら難しい顔をしていたぞ?」
司樹さんと白宇くんに見つめられる中、一瞬躊躇ったものの、「ええい、訊いてしまえ!」と徐に訊ねる。
「あの、久閑さ……し、司樹さんは、人間、ですよね?」
あやかしが人間に化けている場合もあると知ったからこその問いだ。あやかしである白宇くんと対等に話ができていて、あやかしに関する知識もあって。もしかしたら、という思いがわたしの中に浮かんでいたのだ。
まだまだ慣れない名前呼びに若干噛みながらも恐る恐る訊ねたわたしに、訊ねられた司樹さんは小さく笑った。
「僕は人間だよ」
はっきりと告げた司樹さんだったがそれだけでは終わらなくて。
ぽつりと一言付け加えられた。
「一応ね」
「いち、おう……?」
……一応って何、一応って!?どういうこと!?
困惑したわたしに気づいているはずなのに、これ以上司樹さんは答える気はなさそうだ。
「相手を知りたいという気持ちは大事さ。僕だって留花さんのことを知りたいと思っているよ」
悪戯っぽく笑った先程までとは打って変わった司樹さんに真摯に見つめられ、わたしは目を逸らすなんてことはできなかった。
「だから、お互いに頑張って親密度を上げていこうね」
目の前でにっこりと楽しそうに微笑む男と、先程まで名前呼びで恥ずかしがっていた男が同一人物だとはどうしても思えなくて。
この人さっきまで恥ずかしがっていたよね!?それなのにこの余裕は何!?もう詐欺だよ詐欺!
心中でそう叫びながらも、わたしは「お、お手柔らかにお願いします……」と弱々しく返すことしかできなくて。
「ふむ、やればできるじゃないか司樹。この調子でぐいぐい押していくんだぞ」
「黙れ」
なんて遣り取りをしている男たちに、突っ込む気力などなかった。
「あ、あの、白宇くんってどんなあやかしなんですか?」
些か話の方向転換が強引過ぎただろうかと思いつつ、それはさっきから気になっていたことの一つだったので訊いてみた。
「おれか?おれはだなー」
白宇くんは腕を組み、ちらりとこちらを窺った。「ふーむ……」と暫し逡巡した後、
「まだ内緒だ」
意地悪っぽい笑みを浮かべて、きっぱりとそう告げた。
「……『まだ』ってことは、いつかは教えてくれるってことですよね?」
「まあ、そういうことになるかな。因みに、こんなことができるぞ」
と言って、白宇くんは会計の練習に使っていた商品――お香を箱から取り出して、お香立てに乗せた。
白宇くんがパチンと指を鳴らせば、お香にポッと火がついた。
ゆらりと揺らめく煙が店内に良い匂いを漂わせていく。
「……白宇くんって魔法使いなんですか?それとも手品師?」
「残念。魔法使いでも手品師でもなくあやかしです。おれがどんなあやかしか知りたいのなら、もっと親密度を上げることだな」
「親密度、ですか……」
「そうだ。おれの場合だと食べ物――特に果物とかを貢いでくれると嬉し、いっ!?」
白宇くんの言葉の語尾が上擦った。「いててて……」と自身の頭を撫でつつ、手刀打ちをした人物こと司樹さんを睨んだ。
「何をするんだ司樹」
「それはこっちの台詞だ。古澄さ……留花さんにたかろうとするんじゃない」
「お、早速名前呼びしたな。偉いぞ司樹」
「黙れ」
またもや司樹さんと白宇くんが騒ぎ出してしまった。
二人を止めることなんてわたしにはできなくて。
きっと、これがこの二人のコミュニケーションなんだろうなぁ……。それにしても、あやかしである白宇くんに手刀打ちする司樹さんって凄いな。
感心していたその時、ある考えがわたしの頭の中を過ぎった。
……もしかして……いや、でも……うーん……。
わたしは考え込んでいて気がつかなかった。既に二人の遣り取りが終わっていることに。
「留花さん、どうかした?」
「え?」
「何やら難しい顔をしていたぞ?」
司樹さんと白宇くんに見つめられる中、一瞬躊躇ったものの、「ええい、訊いてしまえ!」と徐に訊ねる。
「あの、久閑さ……し、司樹さんは、人間、ですよね?」
あやかしが人間に化けている場合もあると知ったからこその問いだ。あやかしである白宇くんと対等に話ができていて、あやかしに関する知識もあって。もしかしたら、という思いがわたしの中に浮かんでいたのだ。
まだまだ慣れない名前呼びに若干噛みながらも恐る恐る訊ねたわたしに、訊ねられた司樹さんは小さく笑った。
「僕は人間だよ」
はっきりと告げた司樹さんだったがそれだけでは終わらなくて。
ぽつりと一言付け加えられた。
「一応ね」
「いち、おう……?」
……一応って何、一応って!?どういうこと!?
困惑したわたしに気づいているはずなのに、これ以上司樹さんは答える気はなさそうだ。
「相手を知りたいという気持ちは大事さ。僕だって留花さんのことを知りたいと思っているよ」
悪戯っぽく笑った先程までとは打って変わった司樹さんに真摯に見つめられ、わたしは目を逸らすなんてことはできなかった。
「だから、お互いに頑張って親密度を上げていこうね」
目の前でにっこりと楽しそうに微笑む男と、先程まで名前呼びで恥ずかしがっていた男が同一人物だとはどうしても思えなくて。
この人さっきまで恥ずかしがっていたよね!?それなのにこの余裕は何!?もう詐欺だよ詐欺!
心中でそう叫びながらも、わたしは「お、お手柔らかにお願いします……」と弱々しく返すことしかできなくて。
「ふむ、やればできるじゃないか司樹。この調子でぐいぐい押していくんだぞ」
「黙れ」
なんて遣り取りをしている男たちに、突っ込む気力などなかった。
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