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第二話 よろずや(二)
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案内されたのは、とある一室だった。
机や椅子だけではなく、テレビや電子レンジ、冷蔵庫なども置かれており、更には簡易的なキッチンも備え付けられている。
久閑さんに促されるまま、わたしも椅子に座る。緊張していますと言わんばかりに、自分の背筋は真っ直ぐに伸びていて。
「疲れるから楽に座って」
と、久閑さんにも苦笑されてしまった。
何となく気恥ずかしくなったわたしは視線を下に向ける。そして、促されるままゆっくりと椅子の背もたれに背中を預けた。
「それじゃあ、お話しようか。先に僕から質問させてもらうね。あやかしが視えるようになったのっていつから?」
「……一ヶ月ぐらい前からですかね。気づいた時には視えるようになっていました」
「きっかけに心当たりは?」
「特にありません。……あの、わたしも質問しても良いですか?」
「どうぞどうぞ」
「久閑さんはいつから視えているんですか?」
「昔からだよ」
「……えっと、きっかけに心当たりは?」
「ないね。多分生まれつきだから」
久閑さんはあっさりと答えた。あやかしが視えることが当たり前のように言うなぁ……彼にとってそれが日常なのかもしれない。
けれどもわたしは違う。あやかしが視えるようになって約一ヶ月。まだまだ慣れてなどいない。わたしにとってあやかしが視えることは当たり前のことではなく、それは非日常的なことだ。
思わず顔を曇らせてしまったのが自分でもわかった。
「あの……わたしの場合、一過性のものなのでしょうか?」
「……さあ、どうだろう。それは僕にはわからないな」
「そう、ですか……」
久閑さんに首を振られて、がっくりと肩を落とす。
何故こうなってしまったのか原因もわからない。今後元に戻るかどうかもわからない。
不安に駆られてぎゅっと両手を握りしめる。口を結び、震えそうになる手を何とか押さえ込んだ。
静まり返った部屋の中で、ゆっくりと久閑さんが口を開いた。
「あのさ、もし良ければここで働かない?」
「……はい?」
突如告げられた提案に、思わずわたしは間の抜けた声を発してしまった。
「仕事探しているんでしょ?」
「何故それを……」
だって求人情報誌を持っていたから」
確かにそれだけでもわたしが仕事を探していたと推測するのは容易いだろう。
見透かされたことに多少恥ずかしくなりながらも、「その通りです……」と小さく首肯した。
「あの……無知で申し訳ないんですけど、そもそもこの店って一体どんなお店なんですか?」
「よろずやは日用雑貨とか食べ物とか、いろんな商品を取り扱っているんだ。今でいうコンビニみたいなものかな。何でも屋とも言われるんだけど、そのせいか便利屋と間違えられることも時々あるんだよね」
困ったものだよ、と久閑さんが溜息をつく。
「業務内容はレジと接客、品出し、商品整理に掃除……まあ、細かいことは働き始めてから教えるよ。営業時間は日によって変わるんだけど……古澄さんの労働時間は一応十時から二十時までってことにしておこうか。その間なら何時からでも都合の良い時間に働いて良いよ。週休二日は約束するし、勿論都合が悪い時は休んでもらっても構わないから。ああ、そうそう大事な大事な給料の金額は――」
提示された数字はこの辺りの相場としては高い金額。しかも、シフトも自由に組んでも良いときた。かなりの好条件だ。
「もしここで働いてくれるなら、あやかしについて色々と教えてあげることもできるし」
他の店では絶対に見つけられそうもない好条件が更に追加されてしまった。
こちらとしては願ったり叶ったりな好条件……でも、いくら何でも好条件過ぎでは?
すぐさま頷きたくなったが、いや待てそんな美味い話があるかと思いとどまる。
難色を示していると、久閑さんが苦笑した。
「ま、怪しむのは当然か。すぐバレると思うから先に言っておくと、うちってあやかしのお客さんもよく来るんだよね」
「……つまり?」
「古澄さんみたいにあやかしが視える人が働いてくれるとすっごく助かる。因みに、扱っている商品は普通の物ばかりだから、そこは心配しなくても大丈夫だよ」
「……なるほど」
働く大前提が『あやかしが視える人』ならば、好条件も納得できる。この世の中、あやかしが視える人がどれだけいるのかわからないが、どう考えても視えない人の方が多いだろう。この間まで自分もその中の一人であった訳だし。
答えは出ているけれど、どうしようかなぁと悩むわたしに、あともう一押しだなと言わんばかりに久閑さんが畳みかけてくる。
「古澄さんが今まで視てきたあやかしはそこまで危険な奴はいなかったかもしれないけど、中には人間嫌いなあやかしもいるからなぁ」
「人間嫌い……?」
「この御時世、視える人間は貴重だからね。目を付けられたらどうなることやら……正直、よく今まで無事でいられたなとすら思うよ」
しみじみと何やら不吉なことを呟かれて、わたしは身震いした。
視えるようになってからは何とかあやかしを無視し続けてきたけれど、それにも限界があるというのはわかっていた。
今日みたいに直接的に関わったことなどなかったが、見た目がグロいあやかしを視て、「ひぃっ!?」と思わず叫んでしまったこともあるから。……やっぱり女子力がない叫び方なのはこの際置いておくとして。
今まで視てきたあやかしたちは奇々怪々ではあったが、襲ってくるモノはいなかった。
でも、それはただ単に運が良かっただけで、これからもそうだとは限らない。
あやかしとの関わり方が全くわからない自分は、人間嫌いのあやかしたちにとっていたぶるには都合の良い相手だろう。
そもそも、あやかしに関して話せる相手は久閑さんしかいないのだ。
そんな彼がこうして提案してくれている。わたしにとってそれはとてもありがたいことだった。
机や椅子だけではなく、テレビや電子レンジ、冷蔵庫なども置かれており、更には簡易的なキッチンも備え付けられている。
久閑さんに促されるまま、わたしも椅子に座る。緊張していますと言わんばかりに、自分の背筋は真っ直ぐに伸びていて。
「疲れるから楽に座って」
と、久閑さんにも苦笑されてしまった。
何となく気恥ずかしくなったわたしは視線を下に向ける。そして、促されるままゆっくりと椅子の背もたれに背中を預けた。
「それじゃあ、お話しようか。先に僕から質問させてもらうね。あやかしが視えるようになったのっていつから?」
「……一ヶ月ぐらい前からですかね。気づいた時には視えるようになっていました」
「きっかけに心当たりは?」
「特にありません。……あの、わたしも質問しても良いですか?」
「どうぞどうぞ」
「久閑さんはいつから視えているんですか?」
「昔からだよ」
「……えっと、きっかけに心当たりは?」
「ないね。多分生まれつきだから」
久閑さんはあっさりと答えた。あやかしが視えることが当たり前のように言うなぁ……彼にとってそれが日常なのかもしれない。
けれどもわたしは違う。あやかしが視えるようになって約一ヶ月。まだまだ慣れてなどいない。わたしにとってあやかしが視えることは当たり前のことではなく、それは非日常的なことだ。
思わず顔を曇らせてしまったのが自分でもわかった。
「あの……わたしの場合、一過性のものなのでしょうか?」
「……さあ、どうだろう。それは僕にはわからないな」
「そう、ですか……」
久閑さんに首を振られて、がっくりと肩を落とす。
何故こうなってしまったのか原因もわからない。今後元に戻るかどうかもわからない。
不安に駆られてぎゅっと両手を握りしめる。口を結び、震えそうになる手を何とか押さえ込んだ。
静まり返った部屋の中で、ゆっくりと久閑さんが口を開いた。
「あのさ、もし良ければここで働かない?」
「……はい?」
突如告げられた提案に、思わずわたしは間の抜けた声を発してしまった。
「仕事探しているんでしょ?」
「何故それを……」
だって求人情報誌を持っていたから」
確かにそれだけでもわたしが仕事を探していたと推測するのは容易いだろう。
見透かされたことに多少恥ずかしくなりながらも、「その通りです……」と小さく首肯した。
「あの……無知で申し訳ないんですけど、そもそもこの店って一体どんなお店なんですか?」
「よろずやは日用雑貨とか食べ物とか、いろんな商品を取り扱っているんだ。今でいうコンビニみたいなものかな。何でも屋とも言われるんだけど、そのせいか便利屋と間違えられることも時々あるんだよね」
困ったものだよ、と久閑さんが溜息をつく。
「業務内容はレジと接客、品出し、商品整理に掃除……まあ、細かいことは働き始めてから教えるよ。営業時間は日によって変わるんだけど……古澄さんの労働時間は一応十時から二十時までってことにしておこうか。その間なら何時からでも都合の良い時間に働いて良いよ。週休二日は約束するし、勿論都合が悪い時は休んでもらっても構わないから。ああ、そうそう大事な大事な給料の金額は――」
提示された数字はこの辺りの相場としては高い金額。しかも、シフトも自由に組んでも良いときた。かなりの好条件だ。
「もしここで働いてくれるなら、あやかしについて色々と教えてあげることもできるし」
他の店では絶対に見つけられそうもない好条件が更に追加されてしまった。
こちらとしては願ったり叶ったりな好条件……でも、いくら何でも好条件過ぎでは?
すぐさま頷きたくなったが、いや待てそんな美味い話があるかと思いとどまる。
難色を示していると、久閑さんが苦笑した。
「ま、怪しむのは当然か。すぐバレると思うから先に言っておくと、うちってあやかしのお客さんもよく来るんだよね」
「……つまり?」
「古澄さんみたいにあやかしが視える人が働いてくれるとすっごく助かる。因みに、扱っている商品は普通の物ばかりだから、そこは心配しなくても大丈夫だよ」
「……なるほど」
働く大前提が『あやかしが視える人』ならば、好条件も納得できる。この世の中、あやかしが視える人がどれだけいるのかわからないが、どう考えても視えない人の方が多いだろう。この間まで自分もその中の一人であった訳だし。
答えは出ているけれど、どうしようかなぁと悩むわたしに、あともう一押しだなと言わんばかりに久閑さんが畳みかけてくる。
「古澄さんが今まで視てきたあやかしはそこまで危険な奴はいなかったかもしれないけど、中には人間嫌いなあやかしもいるからなぁ」
「人間嫌い……?」
「この御時世、視える人間は貴重だからね。目を付けられたらどうなることやら……正直、よく今まで無事でいられたなとすら思うよ」
しみじみと何やら不吉なことを呟かれて、わたしは身震いした。
視えるようになってからは何とかあやかしを無視し続けてきたけれど、それにも限界があるというのはわかっていた。
今日みたいに直接的に関わったことなどなかったが、見た目がグロいあやかしを視て、「ひぃっ!?」と思わず叫んでしまったこともあるから。……やっぱり女子力がない叫び方なのはこの際置いておくとして。
今まで視てきたあやかしたちは奇々怪々ではあったが、襲ってくるモノはいなかった。
でも、それはただ単に運が良かっただけで、これからもそうだとは限らない。
あやかしとの関わり方が全くわからない自分は、人間嫌いのあやかしたちにとっていたぶるには都合の良い相手だろう。
そもそも、あやかしに関して話せる相手は久閑さんしかいないのだ。
そんな彼がこうして提案してくれている。わたしにとってそれはとてもありがたいことだった。
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