よろずやさんのあわい雑綺帳

葉野亜依

文字の大きさ
上 下
5 / 42

第二話 よろずや(二)

しおりを挟む
 案内されたのは、とある一室だった。
 机や椅子だけではなく、テレビや電子レンジ、冷蔵庫なども置かれており、更には簡易的なキッチンも備え付けられている。
 久閑さんに促されるまま、わたしも椅子に座る。緊張していますと言わんばかりに、自分の背筋は真っ直ぐに伸びていて。

「疲れるから楽に座って」

 と、久閑さんにも苦笑されてしまった。
 何となく気恥ずかしくなったわたしは視線を下に向ける。そして、促されるままゆっくりと椅子の背もたれに背中を預けた。

「それじゃあ、お話しようか。先に僕から質問させてもらうね。あやかしが視えるようになったのっていつから?」
「……一ヶ月ぐらい前からですかね。気づいた時には視えるようになっていました」
「きっかけに心当たりは?」
「特にありません。……あの、わたしも質問しても良いですか?」
「どうぞどうぞ」
「久閑さんはいつから視えているんですか?」
「昔からだよ」
「……えっと、きっかけに心当たりは?」
「ないね。多分生まれつきだから」

 久閑さんはあっさりと答えた。あやかしが視えることが当たり前のように言うなぁ……彼にとってそれが日常なのかもしれない。
 けれどもわたしは違う。あやかしが視えるようになって約一ヶ月。まだまだ慣れてなどいない。わたしにとってあやかしが視えることは当たり前のことではなく、それは非日常的なことだ。
 思わず顔を曇らせてしまったのが自分でもわかった。

「あの……わたしの場合、一過性のものなのでしょうか?」
「……さあ、どうだろう。それは僕にはわからないな」
「そう、ですか……」

 久閑さんに首を振られて、がっくりと肩を落とす。
 何故こうなってしまったのか原因もわからない。今後元に戻るかどうかもわからない。
 不安に駆られてぎゅっと両手を握りしめる。口を結び、震えそうになる手を何とか押さえ込んだ。
 静まり返った部屋の中で、ゆっくりと久閑さんが口を開いた。

「あのさ、もし良ければここで働かない?」
「……はい?」

 突如告げられた提案に、思わずわたしは間の抜けた声を発してしまった。

「仕事探しているんでしょ?」
「何故それを……」

 だって求人情報誌を持っていたから」
 確かにそれだけでもわたしが仕事を探していたと推測するのは容易いだろう。
 見透かされたことに多少恥ずかしくなりながらも、「その通りです……」と小さく首肯した。

「あの……無知で申し訳ないんですけど、そもそもこの店って一体どんなお店なんですか?」
「よろずやは日用雑貨とか食べ物とか、いろんな商品を取り扱っているんだ。今でいうコンビニみたいなものかな。何でも屋とも言われるんだけど、そのせいか便利屋と間違えられることも時々あるんだよね」

 困ったものだよ、と久閑さんが溜息をつく。

「業務内容はレジと接客、品出し、商品整理に掃除……まあ、細かいことは働き始めてから教えるよ。営業時間は日によって変わるんだけど……古澄さんの労働時間は一応十時から二十時までってことにしておこうか。その間なら何時からでも都合の良い時間に働いて良いよ。週休二日は約束するし、勿論都合が悪い時は休んでもらっても構わないから。ああ、そうそう大事な大事な給料の金額は――」

 提示された数字はこの辺りの相場としては高い金額。しかも、シフトも自由に組んでも良いときた。かなりの好条件だ。

「もしここで働いてくれるなら、あやかしについて色々と教えてあげることもできるし」

 他の店では絶対に見つけられそうもない好条件が更に追加されてしまった。
 こちらとしては願ったり叶ったりな好条件……でも、いくら何でも好条件過ぎでは?
 すぐさま頷きたくなったが、いや待てそんな美味い話があるかと思いとどまる。
 難色を示していると、久閑さんが苦笑した。

「ま、怪しむのは当然か。すぐバレると思うから先に言っておくと、うちってあやかしのお客さんもよく来るんだよね」
「……つまり?」
「古澄さんみたいにあやかしが視える人が働いてくれるとすっごく助かる。因みに、扱っている商品は普通の物ばかりだから、そこは心配しなくても大丈夫だよ」
「……なるほど」

 働く大前提が『あやかしが視える人』ならば、好条件も納得できる。この世の中、あやかしが視える人がどれだけいるのかわからないが、どう考えても視えない人の方が多いだろう。この間まで自分もその中の一人であった訳だし。
 答えは出ているけれど、どうしようかなぁと悩むわたしに、あともう一押しだなと言わんばかりに久閑さんが畳みかけてくる。

「古澄さんが今まで視てきたあやかしはそこまで危険な奴はいなかったかもしれないけど、中には人間嫌いなあやかしもいるからなぁ」
「人間嫌い……?」
「この御時世、視える人間は貴重だからね。目を付けられたらどうなることやら……正直、よく今まで無事でいられたなとすら思うよ」

 しみじみと何やら不吉なことを呟かれて、わたしは身震いした。
 視えるようになってからは何とかあやかしを無視し続けてきたけれど、それにも限界があるというのはわかっていた。
 今日みたいに直接的に関わったことなどなかったが、見た目がグロいあやかしを視て、「ひぃっ!?」と思わず叫んでしまったこともあるから。……やっぱり女子力がない叫び方なのはこの際置いておくとして。
 今まで視てきたあやかしたちは奇々怪々ではあったが、襲ってくるモノはいなかった。
 でも、それはただ単に運が良かっただけで、これからもそうだとは限らない。
 あやかしとの関わり方が全くわからない自分は、人間嫌いのあやかしたちにとっていたぶるには都合の良い相手だろう。
 そもそも、あやかしに関して話せる相手は久閑さんしかいないのだ。
 そんな彼がこうして提案してくれている。わたしにとってそれはとてもありがたいことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1

七日町 糸
キャラ文芸
あの忌まわしい大戦争から遥かな時が過ぎ去ったころ・・・・・・・・・ 世界中では、かつての大戦に加わった軍艦たちを「歴史遺産」として動態復元、復元建造することが盛んになりつつあった。 そして、その艦を用いた海賊の活動も活発になっていくのである。 そんな中、「世界最強」との呼び声も高い提督がいた。 「アドミラル・トーゴーの生まれ変わり」とも言われたその女性提督の名は初霜実。 彼女はいつしか大きな敵に立ち向かうことになるのだった。 アルファポリスには初めて投降する作品です。 更新頻度は遅いですが、宜しくお願い致します。 Twitter等でつぶやく際の推奨ハッシュタグは「#初霜艦隊航海録」です。

【完結】生贄娘と呪われ神の契約婚

乙原ゆん
キャラ文芸
生け贄として崖に身を投じた少女は、呪われし神の伴侶となる――。 二年前から不作が続く村のため、自ら志願し生け贄となった香世。 しかし、守り神の姿は言い伝えられているものとは違い、黒い子犬の姿だった。 生け贄など不要という子犬――白麗は、香世に、残念ながら今の自分に村を救う力はないと告げる。 それでも諦められない香世に、白麗は契約結婚を提案するが――。 これは、契約で神の妻となった香世が、亡き父に教わった薬草茶で夫となった神を救い、本当の意味で夫婦となる物語。

MIDNIGHT

邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/外面のいい会社員×ツンデレ一見美少年/友人以上恋人未満】 「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」。 三月のある深夜、会社員・鬼頭和臣は、黒ずくめの美少年・霧河雅美にそう忠告される。 未成年に説教される筋合いはないと鬼頭は反発するが、その出会いが、その後の彼の人生を大きく変えてしまうのだった。 ◆「第6回キャラ文芸大賞」で奨励賞をいただきました。ありがとうございました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜

織部ソマリ
キャラ文芸
『美詞(みこと)、あんた失業中だから暇でしょう? しばらく田舎のおばあちゃん家に行ってくれない?』 ◆突然の母からの連絡は、亡き祖母のお願い事を果たす為だった。その願いとは『庭の祠のお狐様を、ひと月ご所望のごはんでもてなしてほしい』というもの。そして早速、山奥のお屋敷へ向かった美詞の前に現れたのは、真っ白い平安時代のような装束を着た――銀髪狐耳の男!? ◆彼の名は銀(しろがね)『家護りの妖狐』である彼は、十年に一度『世話人』から食事をいただき力を回復・補充させるのだという。今回の『世話人』は美詞。  しかし世話人は、百年に一度だけ『お狐様の嫁』となる習わしで、美詞はその百年目の世話人だった。嫁は望まないと言う銀だったが、どれだけ美味しい食事を作っても力が回復しない。逆に衰えるばかり。  そして美詞は決意する。ひと月の間だけの、期間限定の嫁入りを――。 ◆三百年生きたお狐様と、妖狐見習いの子狐たち。それに竈神や台所用品の付喪神たちと、美味しいごはんを作って過ごす、賑やかで優しいひと月のお話。 ◆『第3回キャラ文芸大賞』奨励賞をいただきました!ありがとうございました!

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...