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第七話 二極(二)
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わたしたちがやって来たのは小さな神社だった。
お社の賽銭箱の近くに大きな影が蹲っている。獅子と似ているが耳が立っていて頭には角がある。獅子の立て髪は巻き毛だが、こちらは直毛だ。獅子の相方――狛犬はぐったりとした様子で足を投げ出している。
「おい、帰ったぞ」
獅子が声を掛ければ、ぴくりと狛犬の耳が動いた。
獅子の後ろにいるわたしたちを見つけた狛犬とぱちりと目が合った。
「そちらの方々は?」
「橘を取ろうとした獅子の被害者だ」
「ちょっと、草石!」
ずばっと言った草石の口を井伊くんが塞いだ。草石のこういう素直(?)なところが玉に瑕だと井伊くんが愚痴っていたのを思い出してわたしは苦笑してしまった。河童がまあまあとなだめている。
「それはそれは、相方がすみませんでした。もの凄い形相で出掛けて行ったので心配していたんですよ」
ゆっくりと体を起こして狛犬が謝った。獅子もその隣でばつが悪そうに「すまなかった」と頭を下げた。
「もういいよ。片割れが病気になったんだ。心配する気持ちはわかるよ」
井伊くんは責めなかった。そんなことよりも、と持っていた小さなクーラーボックスを開ける。
「ゼリーならクッキーとかよりは食べやすいでしょ?」
そう言って井伊くんが取り出したのは橘のゼリーだ。
「一口で食べられるかな?」
井伊くんが大きく口を開けた狛犬の口の中にスプーンを使ってゼリーを放り込んだ。
「河童と獅子の分もあるよ」
「やったっす」
「吾輩の分は?」
「草石はさっき食べただろ」
呆れる井伊くんに対して、草石がたしったしっと尻尾で地面を叩いだ。自分の分がなくて捻ているようだ。
折角だからと、獅子にゼリーをあげる役はわたしが担った。おっかなびっくりしながらも、井伊くんに倣って獅子の大きな口の中にゼリーを放り込む。
三体は口をもごもごとを動かしてゼリーを咀嚼した。
「病に侵されていたが、それが消えていくのを感じる……これが橘の力か……」
「立てるか?」
狛犬はゆっくりと己の脚で立った。ぶるぶると体を振るう。前脚を伸ばしてぐぐっと伸びた。
「ああ、力がみなぎってくるぞ!」
抑えきれないように狛犬が境内を駆け回る。その様子を見て、獅子はほっとしたようだ。
「本当に助かりました」
「ありがとう。それとすまなかった」
「もういいって」
獅子と狛犬が穴を掘って、そこにもう一度橘を植え直す。草石は獅子の頭の上に乗って二体に指示を出している。
河童がよいしょ、と庭石を元の位置に戻す。
わたしと井伊くんは橘の根が見えなくなるように土を掛けていた。
「橘、大丈夫かな……」
「きっと大丈夫。それに、これがあるし」
「それは……」
井伊くんは小さな珠を取り出した。それはいつだったか、加瑞から貰ったものだ。珠を橘の根元に植える。
「さてさて、この肥料の効力はどんなものな?」
二人でまじまじと珠を見つめる。すると、珠が仄かに光出した。輝きが橘へと移って行き、眩く橘が光った。
落ちた枝葉が次々と生えていく。何事もなかったかのように、ぴんっと艶のある葉がつき、風によって揺れた。丸々とした実がなっていく。
「効力凄いな……」
「だね……」
わたしたちは唖然とすることしかできなかった。
「おー、元通りっすね」
「元通りよりも更に元気になっていないか?」
拍手する河童に、草石が首を傾げる。
「何か、加瑞の力が凄いのか、この橘の生命力が強いのかわからないや」
苦笑いをしつつも、井伊くんは胸を撫でおろしていた。
――井伊くんが頑張って守っている橘が元気になって良かった。
大事な人が大事にしている物が元に戻って、わたしもほっと息を吐き出したのだった。
夕日を浴びて橘の実が夕焼け色に染まっていた。
お社の賽銭箱の近くに大きな影が蹲っている。獅子と似ているが耳が立っていて頭には角がある。獅子の立て髪は巻き毛だが、こちらは直毛だ。獅子の相方――狛犬はぐったりとした様子で足を投げ出している。
「おい、帰ったぞ」
獅子が声を掛ければ、ぴくりと狛犬の耳が動いた。
獅子の後ろにいるわたしたちを見つけた狛犬とぱちりと目が合った。
「そちらの方々は?」
「橘を取ろうとした獅子の被害者だ」
「ちょっと、草石!」
ずばっと言った草石の口を井伊くんが塞いだ。草石のこういう素直(?)なところが玉に瑕だと井伊くんが愚痴っていたのを思い出してわたしは苦笑してしまった。河童がまあまあとなだめている。
「それはそれは、相方がすみませんでした。もの凄い形相で出掛けて行ったので心配していたんですよ」
ゆっくりと体を起こして狛犬が謝った。獅子もその隣でばつが悪そうに「すまなかった」と頭を下げた。
「もういいよ。片割れが病気になったんだ。心配する気持ちはわかるよ」
井伊くんは責めなかった。そんなことよりも、と持っていた小さなクーラーボックスを開ける。
「ゼリーならクッキーとかよりは食べやすいでしょ?」
そう言って井伊くんが取り出したのは橘のゼリーだ。
「一口で食べられるかな?」
井伊くんが大きく口を開けた狛犬の口の中にスプーンを使ってゼリーを放り込んだ。
「河童と獅子の分もあるよ」
「やったっす」
「吾輩の分は?」
「草石はさっき食べただろ」
呆れる井伊くんに対して、草石がたしったしっと尻尾で地面を叩いだ。自分の分がなくて捻ているようだ。
折角だからと、獅子にゼリーをあげる役はわたしが担った。おっかなびっくりしながらも、井伊くんに倣って獅子の大きな口の中にゼリーを放り込む。
三体は口をもごもごとを動かしてゼリーを咀嚼した。
「病に侵されていたが、それが消えていくのを感じる……これが橘の力か……」
「立てるか?」
狛犬はゆっくりと己の脚で立った。ぶるぶると体を振るう。前脚を伸ばしてぐぐっと伸びた。
「ああ、力がみなぎってくるぞ!」
抑えきれないように狛犬が境内を駆け回る。その様子を見て、獅子はほっとしたようだ。
「本当に助かりました」
「ありがとう。それとすまなかった」
「もういいって」
獅子と狛犬が穴を掘って、そこにもう一度橘を植え直す。草石は獅子の頭の上に乗って二体に指示を出している。
河童がよいしょ、と庭石を元の位置に戻す。
わたしと井伊くんは橘の根が見えなくなるように土を掛けていた。
「橘、大丈夫かな……」
「きっと大丈夫。それに、これがあるし」
「それは……」
井伊くんは小さな珠を取り出した。それはいつだったか、加瑞から貰ったものだ。珠を橘の根元に植える。
「さてさて、この肥料の効力はどんなものな?」
二人でまじまじと珠を見つめる。すると、珠が仄かに光出した。輝きが橘へと移って行き、眩く橘が光った。
落ちた枝葉が次々と生えていく。何事もなかったかのように、ぴんっと艶のある葉がつき、風によって揺れた。丸々とした実がなっていく。
「効力凄いな……」
「だね……」
わたしたちは唖然とすることしかできなかった。
「おー、元通りっすね」
「元通りよりも更に元気になっていないか?」
拍手する河童に、草石が首を傾げる。
「何か、加瑞の力が凄いのか、この橘の生命力が強いのかわからないや」
苦笑いをしつつも、井伊くんは胸を撫でおろしていた。
――井伊くんが頑張って守っている橘が元気になって良かった。
大事な人が大事にしている物が元に戻って、わたしもほっと息を吐き出したのだった。
夕日を浴びて橘の実が夕焼け色に染まっていた。
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