橘守のおやつどころ

葉野亜依

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第六話 花開く(三)

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「植物に元気がなかったらいつでも呼んでください!ああ、それと、もしよければこれも貰ってやってください」
「これは?」

 加瑞が井伊くんに渡したものは、ビー玉のようなものだった。井伊くんが透き通った玉を掲げると、それは夕焼け色に染まった。

「植物がすくすく育つ、肥料みたいなものです。力が戻ったので作れたんです」
「ありがとう。使わせてもらうよ」
「また来てちょうだいね」

 米倉さんと加瑞にお別れして帰路につく。

「あやかしとああいう風に関わっている人もいるんだね」
「うん。お互いに助けて助けられて……多分、ぼくのご先祖様も、あやかしとそういう関係を目指していたんだと思うよ」
「そっか。やっぱり素敵な関係だね」

 二人で話しながら歩いていた。その時、不意に後ろから声を掛けられた。

「井伊?」

 隣を歩いていた井伊くんが足を止める。わたしも止まって後ろを振り返る。視線のその先には、わたしたちと同年代ぐらいの男の子がいた。

「やっぱり井伊じゃん」


 男の子が気軽に話しかけてきた。

「井伊くん、知り合い?」
「ああうん、昔のクラスメイト……」

 井伊くんが視線を逸らす。その表情は固い。いつもの井伊くんとは違うような気がする。

「あんた井伊の彼女?」
「彼女、じゃないです……」
「へー、そうなんだ」

 まるでこちらを値踏みするようにじろじろ見られた。居心地が悪くて顔を俯けてしまいそうになる。
 男の子が井伊くんを見遣って言う。

「こいつさ、昔から虚言癖があるから気をつけな」
「虚言癖……?」
「あやかしが視えるだとか、くだらない嘘をよくついていたんだよ。なー、井伊?」

 男の子はにやにやと笑みを深くする。何だか嫌な感じだ。
 そのまま男の子は聞かれてもいないのにぺらぺらと話を続ける。
 視えないモノが視えると言っていた、何もないのにびくびくしていた、変な奴だったと。
 きっと、井伊くんがまだあやかしについて他の人にも信じてもらおうと思っていた時の話だ。

「井伊くんは嘘つきなんかじゃない!」

 気づいたらわたしは叫んでいた。
 こんなに大きな声を出すのはいつぶりだろうか。
 唖然とした様子の男の子がこちらを見ていた。びっくりしていたのは井伊くんも同じだった。

「行こう、井伊くん」
「え?あ、うん」

 井伊くんの手を握って引っ張る。ぐいぐいと歩くわたしの後を井伊くんがついてくる。
 井伊くんがあやかしに対して真摯に向き合う姿をわたしはこの目で見て来た。それを男の子にも説明してやりたいけど、でも、あやかしの存在を証明する手段などわたしにはなくて。人には視えないモノを信じてもらうのはやっぱり難しいことで。

「……小寺さん、泣いているの?」

 井伊くんの声によってわたしは自分が泣いていることに気がついた。
 怒りと悔しさと悲しさがぐちゃぐちゃに混ざっている。

「だって、井伊くんは嘘をついていないのに!」
「……うん」
「信じてもらおうとしただけなのに!」
「うん」
「それなのに……むかつくし悔しいし悲しい!」

 地団太を踏みそうになるのをぐっと堪えた。きっとわたしよりも井伊くんの方がもっと怒りたいだろう。悔しい気持ちも悲しい気持ちも感じているに違いない。

「……ぼくのために泣いてくれているの?」
「そう!」

 ごしごしと涙を拭く。すると、ぷっと井伊くんが吹き出した。くつくつと肩を震わせている。
 わたしは少しむっとした。

「……何で笑っているの?」
「いや……小寺さんがぼくのために泣いてくれて、何だか救われた気がしたんだ。ありがとう、小寺さん」

 そう言って、井伊くんは表情を和らげた。夕日の光を浴びたその顔は晴れやかだった。

「……友だちだから当然だよ」

 何だか気恥ずかしくなってぷいと顔を背けてしまった。井伊くんの笑みが深くなる。
 繋がれたままの手に漸く気がついて、もっと恥ずかしくなった。
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