橘守のおやつどころ

葉野亜依

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第六話 花開く(二)

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 井伊くんの肩に乗った加瑞が指差した。

「ここです」

 加瑞に案内されてやって来たのは、とある一軒家だった。
 井伊くんのお願いは、加瑞のその友人に会わせてもらうことだった。やはりあやかしが視える人に興味があるようだ。わたしも気になったため、一緒に着いて来させてもらった。
 門のところにある呼び鈴を井伊くんが躊躇いもなく押す。
 家中に響き渡る音がして、暫くすると家の中から一人のおばあさんが出て来た。

「あら、加瑞何処に行っていたの。……そちらはどちら様?」

 背筋は真っ直ぐに伸びていて、綺麗な白髪を後ろで一つに纏めている。上品な言葉遣いのおばあさんが首を傾げる。

「キツカ殿!力を戻せる方法を探して来ました!これで植物を治せますよ!」

 井伊くんの肩からぴょんと飛び跳ねた加瑞を、おばあさんが手で受け止める。

「どういうこと?」
「それはぼくから説明をさせてください。あ、ぼくの名前は井伊路久と言います」
「は、はじめまして。小寺理穂と言います」

 井伊くんに続いて挨拶をする。
 ちょっと戸惑っていたおばあさんだが、優しくその顔を綻ばせた。

「はじめまして、米倉です。立ち話を何だし、こちらへどうぞ」

 客間に案内されてソファーに座る。米倉さんが紅茶を持って来てくれた。
 席に着いた米倉さんに井伊くんが説明をする。カバンの中から出したのは、橘のマーマレードで作ったケーキだ。

「つまり、橘を使ったこのケーキを食べたら、加瑞の力が戻るってことなの?」
「そういうことです。あ、よければ食べてみてください」
「あら、それじゃあ、いただこうかしら」

 井伊くんが紙皿とフォークを取り出した。用意がいい。最初からみんなでケーキを食べようと思っていたのかもしれない。
 みんなで手を合わせて、ケーキを口に含む。

「あら、美味しいわぁ。しっとりとしていて、ほんのりと苦味があって紅茶によく合うわね」
「ありがとうございます」

 井伊くんがお礼を言った。
 紅茶を飲んだ米倉さんがわたしたちを見つめて来た。

「路久くんも理穂ちゃんもあやかしが視えるのよね。今の若い子たちにもあやかしが視える子はいたのね」
「米倉さんも昔から視えていたんですか?」

 わたしが訊ねると、米倉さんは頷いた。

「ええ。年を取ったからそれなりにあやかしとの付き合い方には慣れて来たけど、若い頃は大変だったわ」

 そうだ、と米倉さんが手を叩く。

「もしよければ、私と友人になってくれないかしら?」
「友人に、ですか?」

 ケーキを食べ終えた井伊くんに、米倉さんが首肯する。

「あやかしが視える人はなかなかいないから……こんなおばあちゃんだけど、やっぱり同じモノが視えている友人がいたら嬉しいのよ」
「わたしもその気持ちはわかります」
「正直に言ってぼくもあやかしが視える人が気になったから、加瑞にこの家を案内してもらったので……」
「そう?それじゃあ、今度は私が美味しい物を用意しておくわね」

 米倉さんが嬉しそうに微笑んだ。とても柔らかい笑みだ。

「話は終わりました?早速、植物を元気にしたいんですけど!」

 うずうずした様子で加瑞が叫んだ。自分の力を試したくて仕方がないようだ。
 庭に通されて、例の植物の前に立つ。

「これって……橘ですよね?」

 井伊くんが問う。
 確かに、幹は井伊くんの家にある橘と似ている。けれど、花や実どころか葉もついていない。幹にも張りがなかった。

「そう、橘よ。これも巡り合わせかしらね。私の名前、橘の花と書いて橘花と言うの。結婚した時に、夫が私の名前の植物だからってこの橘を植えてくれたのだけど、ご覧の通り枯れてしまってね……」

 米倉さんが目を細めた。

「大事にしていたはずなのに、枯らしちゃって……夫に怒られてしまうわね」

 その悲しげな声を振り払うかのように、加瑞が叫ぶ。
「わたくしに任せてください!ちゃんと治しますので!」
 米倉さんの肩から飛び降りて加瑞が地面に着地する。そして、橘の前に立った。
 ぱんっと加瑞が手を叩く。顔を俯かせる姿は何かを願っているようだ。
 加瑞の体が淡く光出す。加瑞はその小さな手を橘の幹に触れさせた。
 すると、加瑞の光が橘に移った。その光が橘全体に行き渡ったかと思えば、一枚、緑色の艶々の葉が枝についた。
 次から次へと葉が茂っていく。五つの花びらが開き、白い花が咲き誇った。
 見る間に橘は蘇った。まるで枯れていたのが嘘だったかのようだ。
 力を使い果たしたからか、ぺたんと加瑞が尻餅をつく。

「や、やりましたよキツカ殿……」

 お面の奥からか弱い声が聞こえてきた。
 米倉さんは目に涙をためながら、そっと加瑞を手で拾い上げた。

「ありがとう、加瑞」
「どうってことありませんよ。わたくしは、キツカ殿の友人ですからね」

 米倉さんが頬擦りをする。加瑞は照れたようにお面をかいた。二人はとても嬉しそうで、見ているこちらも幸せな気持ちになった。

「二人とも素敵な関係だね」
「そうだね」

 井伊くんと顔を見合わせて、わたしたちは小さく笑った。
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