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第五話 流れ(一)
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いつも通りの学校からの帰り道、わたしはそれを発見した。
道端に緑色の何かが突っ伏している。頭の皿が特徴的で、水掻きのついた手が力なく伏せっていた。
まだまだあやかしについて知らないわたしにもわかる。
「か、河童だ……」
それはどう見ても河童だった。
わたしの声が聞こえたのか、河童の指先がぴくっと動いた。そして、よろよろと手を伸ばされる。
ぼそぼそと河童が何かを言ったが、声が掠れていて聞き取り辛い。
このままの状態の河童を放置するなんて、相手がいくらあやかしとはいえ寝覚めが悪過ぎる。
――それに、井伊くんならこんな時迷わず助けるんだろうな……。
頭の中で不意に過ったそんな考え。
「……よし」
――もっと近づけば何を言っているか聞き取れるはず!
気合いを入れて河童を見つめる。と、ここで考えた。もし襲われた時に何か反撃できるものを持っていた方が良いかもしれない。
――た、確か河童は金物が嫌いだったような……。
ぱっと思いついたのは包丁だ。勿論、そんなものは持ち歩いていない。カッターも持っていないし……。
「仕方がない。これで行こう」
ペンケースの中から鋏を取り出した。井伊くんの家で本を読んだ知識がここで活かされるとは……。
――ありがとう、井伊くん!
片手に鋏を構えて、そっと河童に近づく。じりじりと河童と対峙していると――河童は気絶しているが――、ふと名前を呼ばれた。
「小寺さん、こんなところで何しているの?」
驚いて振り返ると井伊くんがいた。
「どうしたの?鋏なんて構えて」
井伊くんがわたしの手元を見遣りながらちょっと引いている気がする。
「こ、これは、あの、その……」
しどろもどろでいると、井伊くんがわたしの後ろを見遣った。
「あ、河童だ。もしかして、小寺さんが鋏でやっつけたの?」
「ち、違う、誤解だよ!河童がここに倒れていて、何か言ったけど聞き取れなくて、近づこうとしたけど怖くて鋏を取り出しただけなの!」
「冗談冗談。そんなに焦らなくてもわかっているよ。河童は金物が苦手だもんね」
あははと井伊くんが笑った。もう、とわたしは不貞腐れる。
「ごめんね」
「……別にいいよ」
素直に謝られたらいつまでも怒っていられない。チョロいないと思いながらもわたしは許した。
「それで、何で河童はこんなところで倒れているの?」
「それがわたしにもわからなくて……」
とここで、河童がまた何かを喋った。けれどその声はやはり小さくて聞き取れなかった。
井伊くんが怖気付くことなく河童に近寄る。それだけでなく、河童の肩を掴んで起き上がらせた。
「井伊くん!?」
慌てるわたしに対し、井伊くんは冷静だ。
「これで聞き取りやすくなったはず。それで、何て言ったんだ?」
井伊くんが河童に耳を傾ける。
「み、ず……みず、を……」
河童は水を所望していたらしい。
――確か、皿に水がないと力が出ないんだっけ。
河童の頭の皿を見ればそこには水がなかった。体は水分が足りていないからか、しおしおしているようにも見える。
「水か……ぼく持っていないんだよね。小寺さんは?」
「わたしも持っていない」
どうしようかと二人で悩む。
「自販機かコンビニに行って買って来ようか?」
「……いや、それよりもぼくの家に連れて行った方が早いな」
そう言って、井伊くんは躊躇うことなく河童を背負った。まるでそうするのが当たり前だと言わんばかりの行動力だ。鋏を構えて河童と対峙した自分がわたしは恥ずかしくなった。
――やっぱり井伊くんの行動力は凄いな……。
鞄を持とうかと提案したものの断られた。教科書が入っていて重い鞄を持って河童を背負うその姿に、ああ、井伊くんは男の子なんだなぁと、そんな当たり前のことを思った。
「それじゃあ、ちょっと走るよ」
だけど、わたしよりも井伊くんの方が走るのが速くて息も切れていないのには、「何で!?」と思わず叫んでしまった。……もっと運動をしようと思った瞬間だった。
道端に緑色の何かが突っ伏している。頭の皿が特徴的で、水掻きのついた手が力なく伏せっていた。
まだまだあやかしについて知らないわたしにもわかる。
「か、河童だ……」
それはどう見ても河童だった。
わたしの声が聞こえたのか、河童の指先がぴくっと動いた。そして、よろよろと手を伸ばされる。
ぼそぼそと河童が何かを言ったが、声が掠れていて聞き取り辛い。
このままの状態の河童を放置するなんて、相手がいくらあやかしとはいえ寝覚めが悪過ぎる。
――それに、井伊くんならこんな時迷わず助けるんだろうな……。
頭の中で不意に過ったそんな考え。
「……よし」
――もっと近づけば何を言っているか聞き取れるはず!
気合いを入れて河童を見つめる。と、ここで考えた。もし襲われた時に何か反撃できるものを持っていた方が良いかもしれない。
――た、確か河童は金物が嫌いだったような……。
ぱっと思いついたのは包丁だ。勿論、そんなものは持ち歩いていない。カッターも持っていないし……。
「仕方がない。これで行こう」
ペンケースの中から鋏を取り出した。井伊くんの家で本を読んだ知識がここで活かされるとは……。
――ありがとう、井伊くん!
片手に鋏を構えて、そっと河童に近づく。じりじりと河童と対峙していると――河童は気絶しているが――、ふと名前を呼ばれた。
「小寺さん、こんなところで何しているの?」
驚いて振り返ると井伊くんがいた。
「どうしたの?鋏なんて構えて」
井伊くんがわたしの手元を見遣りながらちょっと引いている気がする。
「こ、これは、あの、その……」
しどろもどろでいると、井伊くんがわたしの後ろを見遣った。
「あ、河童だ。もしかして、小寺さんが鋏でやっつけたの?」
「ち、違う、誤解だよ!河童がここに倒れていて、何か言ったけど聞き取れなくて、近づこうとしたけど怖くて鋏を取り出しただけなの!」
「冗談冗談。そんなに焦らなくてもわかっているよ。河童は金物が苦手だもんね」
あははと井伊くんが笑った。もう、とわたしは不貞腐れる。
「ごめんね」
「……別にいいよ」
素直に謝られたらいつまでも怒っていられない。チョロいないと思いながらもわたしは許した。
「それで、何で河童はこんなところで倒れているの?」
「それがわたしにもわからなくて……」
とここで、河童がまた何かを喋った。けれどその声はやはり小さくて聞き取れなかった。
井伊くんが怖気付くことなく河童に近寄る。それだけでなく、河童の肩を掴んで起き上がらせた。
「井伊くん!?」
慌てるわたしに対し、井伊くんは冷静だ。
「これで聞き取りやすくなったはず。それで、何て言ったんだ?」
井伊くんが河童に耳を傾ける。
「み、ず……みず、を……」
河童は水を所望していたらしい。
――確か、皿に水がないと力が出ないんだっけ。
河童の頭の皿を見ればそこには水がなかった。体は水分が足りていないからか、しおしおしているようにも見える。
「水か……ぼく持っていないんだよね。小寺さんは?」
「わたしも持っていない」
どうしようかと二人で悩む。
「自販機かコンビニに行って買って来ようか?」
「……いや、それよりもぼくの家に連れて行った方が早いな」
そう言って、井伊くんは躊躇うことなく河童を背負った。まるでそうするのが当たり前だと言わんばかりの行動力だ。鋏を構えて河童と対峙した自分がわたしは恥ずかしくなった。
――やっぱり井伊くんの行動力は凄いな……。
鞄を持とうかと提案したものの断られた。教科書が入っていて重い鞄を持って河童を背負うその姿に、ああ、井伊くんは男の子なんだなぁと、そんな当たり前のことを思った。
「それじゃあ、ちょっと走るよ」
だけど、わたしよりも井伊くんの方が走るのが速くて息も切れていないのには、「何で!?」と思わず叫んでしまった。……もっと運動をしようと思った瞬間だった。
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