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第六話 蚤の市(七)
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わたしの手を引きながら、御空くんが説明をする。
「さっきのはすねこすりっていうあやかしだね。雨の降る夜に現れて、歩いている人の足を擦るあやかしさ。全く、花夜の足を擦るなんて羨まし……不届きな奴だな」
――今、羨ましいって言いかけた?
御空くんの発言にわたしは首を傾げる。聞き間違い、ではないはず。
胡乱げにまじまじと見つめていれば、御空くんはへらりと笑って誤魔化した。
一先ずそのことには深く突っ込まずにわたしは別のことを指摘する。
「でもまだ夜じゃないですし、雨も降っていませんよ?」
「うーん、あくまでこれは伝承の一つに過ぎないからなぁ……。例えば、この動物は夜行性だって言われていても必ずしもそうじゃなくて、夜以外に活動している奴らもいるだろ?」
「確かにそうですね」
「あやかしも夕方とか夜に現れるってイメージがあると思うけど、花夜も知っての通り、実際は日中に活動している奴らも普通にいるんだ。そういう伝承があるからといって、それが全てな訳じゃない。似たような話でも所々違っているなんてざらだし」
「なるほどなるほど」
御空くんの言うとおりだ。多くの人によって紡がれてきた伝承は、大まかな流れは同じでも地域や家によってそれぞれ細かな点で違いはあるものだ。
それに、朝にも昼にもあやかしの客は『うたかた堂』にやって来る。あやかしは夕方や夜限定のモノであるというイメージをわたしは早々に捨てた。
「すねこすりに足を擦られたらちょっと歩きにくくなるだけで、呪われるとかそういう物騒なことはないからさ。安心していいよ」
そう言われて、わたしはほっと安堵した。
「あの……迷惑をかけてすみませんでした」
「謝らなくていいよ。僕が花夜から離れたのが悪かったんだし。それに、あのすねこすりに人質……じゃなくて物質をとられたから追いかけたんでしょ?不可抗力不可抗力」
「……さっきと言っていることが違いますよ」
「あはは」
わたしがこれ以上気にしないように、気を遣ってくれているのだろう。
気を遣わせていることにも申し訳なさを感じつつも、御空くんのその優しさが嬉しくてわたしの心があたたかくなる。
「御空くん、今日はいろいろとありがとうございました」
「どういたしまして。でも、それを言うのにはまだ早いかな」
「え?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた御空くんに、わたしが間の抜けた声を発した。
「あ、着いた着いた」
声を上げた御空くんに続いてわたしも前を向く。
細い路地を通って辿り着いたのは、見慣れた建物。
自分たちが店を営んで、暮らしている大切な場所だ。
裏口から建物の中に入って漸くわたしは体の力が抜けた。
やっぱり、いつもいるこの場所は安心する。
「僕は荷物を物置に置いてくるから、花夜は先に戻って休んでいていいよ」
「わかりました」
階段の前で別れようとしたその時、「あ、そうだ」と御空くんが振り返った。
「はいこれ」
「え?」
「あげる」
唐突に渡された紙の小袋を、わたしは反射的に受け取った。
「一体何ですかこれ……」
わたしが訊くよりも先に、御空くんが廊下を歩いていく。
小首を傾げつつも、わたしは階段を上り、自室へと向かう。
「……開けていいのかな?」
――あげるって言っていたしいいんだよね?
自問自答を繰り返し、小袋をそっと開ける。次の瞬間、わたしは目を大きく見開いた。
中に入っていたのは、鈴蘭の刺繍が施された栞だった。
可愛いなと思いつつ、でも買わなかった――買えなかった代物。
それが、今ここにある。
わたしの胸に熱いものが込み上げてきて、あたたかい気持ちが溢れてきて、何故だか涙まで出てきそうになって。
嬉しくて、泣きそうになって、感情がぐちゃぐちゃになりながらもわたしは自室を飛び出した。
「御空くん!」
ばたばたと駆ける足音が廊下に響く。
向かう先は、言わずもがな。
「さっきのはすねこすりっていうあやかしだね。雨の降る夜に現れて、歩いている人の足を擦るあやかしさ。全く、花夜の足を擦るなんて羨まし……不届きな奴だな」
――今、羨ましいって言いかけた?
御空くんの発言にわたしは首を傾げる。聞き間違い、ではないはず。
胡乱げにまじまじと見つめていれば、御空くんはへらりと笑って誤魔化した。
一先ずそのことには深く突っ込まずにわたしは別のことを指摘する。
「でもまだ夜じゃないですし、雨も降っていませんよ?」
「うーん、あくまでこれは伝承の一つに過ぎないからなぁ……。例えば、この動物は夜行性だって言われていても必ずしもそうじゃなくて、夜以外に活動している奴らもいるだろ?」
「確かにそうですね」
「あやかしも夕方とか夜に現れるってイメージがあると思うけど、花夜も知っての通り、実際は日中に活動している奴らも普通にいるんだ。そういう伝承があるからといって、それが全てな訳じゃない。似たような話でも所々違っているなんてざらだし」
「なるほどなるほど」
御空くんの言うとおりだ。多くの人によって紡がれてきた伝承は、大まかな流れは同じでも地域や家によってそれぞれ細かな点で違いはあるものだ。
それに、朝にも昼にもあやかしの客は『うたかた堂』にやって来る。あやかしは夕方や夜限定のモノであるというイメージをわたしは早々に捨てた。
「すねこすりに足を擦られたらちょっと歩きにくくなるだけで、呪われるとかそういう物騒なことはないからさ。安心していいよ」
そう言われて、わたしはほっと安堵した。
「あの……迷惑をかけてすみませんでした」
「謝らなくていいよ。僕が花夜から離れたのが悪かったんだし。それに、あのすねこすりに人質……じゃなくて物質をとられたから追いかけたんでしょ?不可抗力不可抗力」
「……さっきと言っていることが違いますよ」
「あはは」
わたしがこれ以上気にしないように、気を遣ってくれているのだろう。
気を遣わせていることにも申し訳なさを感じつつも、御空くんのその優しさが嬉しくてわたしの心があたたかくなる。
「御空くん、今日はいろいろとありがとうございました」
「どういたしまして。でも、それを言うのにはまだ早いかな」
「え?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた御空くんに、わたしが間の抜けた声を発した。
「あ、着いた着いた」
声を上げた御空くんに続いてわたしも前を向く。
細い路地を通って辿り着いたのは、見慣れた建物。
自分たちが店を営んで、暮らしている大切な場所だ。
裏口から建物の中に入って漸くわたしは体の力が抜けた。
やっぱり、いつもいるこの場所は安心する。
「僕は荷物を物置に置いてくるから、花夜は先に戻って休んでいていいよ」
「わかりました」
階段の前で別れようとしたその時、「あ、そうだ」と御空くんが振り返った。
「はいこれ」
「え?」
「あげる」
唐突に渡された紙の小袋を、わたしは反射的に受け取った。
「一体何ですかこれ……」
わたしが訊くよりも先に、御空くんが廊下を歩いていく。
小首を傾げつつも、わたしは階段を上り、自室へと向かう。
「……開けていいのかな?」
――あげるって言っていたしいいんだよね?
自問自答を繰り返し、小袋をそっと開ける。次の瞬間、わたしは目を大きく見開いた。
中に入っていたのは、鈴蘭の刺繍が施された栞だった。
可愛いなと思いつつ、でも買わなかった――買えなかった代物。
それが、今ここにある。
わたしの胸に熱いものが込み上げてきて、あたたかい気持ちが溢れてきて、何故だか涙まで出てきそうになって。
嬉しくて、泣きそうになって、感情がぐちゃぐちゃになりながらもわたしは自室を飛び出した。
「御空くん!」
ばたばたと駆ける足音が廊下に響く。
向かう先は、言わずもがな。
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