【本編完結】アリスとレイスの不思議な絵本

札神 八鬼

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おまけ(本編とは関係無し)

理想の姿

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私の名前はロードローゼ・ブランディ。

表にいるのは私ではない。

あれは、私が憧れた理想の姿。

未だになれていない、理想のハートの女王だった。



私は幼少期に、ハートの女王に憧れた。

強くて美しく、気高い彼女に、私は心惹かれたのだ。

けれど、結局なれなかった。

私はきっと…………どこかで道を間違えたんだ。

表面上は気高くあろうと気を引き締めるも、
私の心は、まだ弱いままだった。




これは、ローゼの気まぐれで、久しぶりの外出だった。


「今日一日は、あなたが私の代わりをしなさい」

「君はどうするんだ?」

「今日は一休みしたい気分なの」


今日は久しぶりの自由な時間だ。


そんな限られた時間を、今日はあの子のために使おう。











「久しぶりだな、ローゼ」

「久しぶりって……ローゼにはいつも会っているだろう?」

「あいつは同じローゼでも別物だ
俺はお前のことを言ってるんだよ、ローゼ」

私が意地悪をすると、クロは不機嫌そうな顔をした。

こうしてクロと話すのはいつぶりだろうか。

ここに来るまでは、私達の距離は……近いようで遠かった。

私はかつて、クロの教育係で、大切な家族で、弟だったんだ。

けれど成長していくうちに、クロは私から離れていった。


仕方ない、いつかは独り立ちするのだから……

頭では理解していても、どうしようもない寂しさは残った。


一度だけ、私も死ねば笑ってくれるかもと思ったことがある。

それくらいに、私はクロに惹かれていたのかもしれない。

無愛想で変わり者だけど、素直で優しい私の弟。

私はただ、クロの笑顔をもう一度見たいだけなのだ。


「なあクロ、君は私のことをどう思っているんだ?」

「どうって……俺の教育係だろ?」

「確かにそうだが……私はそれだけじゃない
お前のことは、大切な弟だと思っているよ」

「てことは、ローゼは俺の姉さんってことになるな」


クロは、満更でもなさそうに笑う。

私の見たかった顔を、この国はいとも簡単に叶えて見せた。

私には出来なかったことだ。

この国の住人には、感謝をしないといけないな。


「クロ、ここに来てから感情豊かになったな」

「ああ、ここにいる連中はなかなか面白いからな
たまにウザイ奴もいるが……それを除けば良いところだよ、ここは」

「私は……クロを笑顔には出来なかった
私が一番、お前の側にいたのにだ」

「ローゼ……」

私はクロを、最後まで救えなかった。

一番側にいたのに。

一番クロのことを分かっていたはずなのに。

それなのに、私は………

ああ、やはり今の私は理想には程遠い。


きっと私の理想のハートの女王は、
こんな小さなことで落ち込んだりもしないのだろう。

「なあ、クロ」

だからこれは、私の単なるわがままで。

「どうした、ローゼ」

必ず望んだ答えが返ってくるとは限らない。

けれど私は、たった一度でも良いから、
クロが私を必要としている証が欲しかったんだ。


「もしも私が死んだら、クロは笑ってくれるか?」


もしも喜ぶのならば、私は喜んでこの身体を捨てよう。

未完成な私に出来るのは、それくらいしかないのだから。


「いや、笑えないよ俺は」

でも、返ってきたのは拒絶の言葉だった。

「それは、どうしてだ?」

ショックからか、声は震えてしまっていた。

私はいつから、クロに嫌われていた?

クロにも嫌われてしまったら、私は………

「死体は、知らない奴だから笑えるんだ
それに、俺は仲の良い奴の骨は保管しないようにしてるからな」

訳が分からなくて首をかしげる。

クロは、死体ならば誰でも良いわけではないのか?

「もしも大切な奴が目の前で死んだら、
きっとその日が脳裏を過って………俺は……」


「きっと、死体を好きでなくなってしまう
死体を見ても笑えなくなってしまう
この能力を……嫌いになってしまう
だからこそ俺は……大切な奴が死ぬのは嫌いだ」


クロの言葉で、私は彼が幼い頃の言葉を思い出した。






「なあ、普通って何だ?」

「それは難しい質問だな……人によって普通とは違うが、
ざっくりと言うならば、その人が当たり前と思っていることだ」

「なら、俺の能力も普通なのか?」

「いや、人にとっては違うだろうな
それに、私にその能力は使えないから、普通とは言えない」


「それっておかしくねえか?
俺が普通だと思ってることが、
他の奴にとっては普通じゃないってことだろ?」


「そうだな……私もそう思うよ
だがね、他人に自分の普通を押し付けてはいけないぞ
ほら、最初に言っただろう?
人によって普通とは違うものだと」

「…………押し付けることはダメでも、自分だけ貫くのは良いんだよな?」

「クロの好きにしたら良い
他人の意見を取り入れるか否かは、君の自由だからな」


「なあ、ローゼ」

「何だいクロ」

「ローゼは、俺より先に死ぬなよ」

「そんなの、私にはどうしようもないな
いつ死ぬかなんて分からないし、第一私の方が年上だ
君より先に死ぬ確率の方が高い」

「とにかく、絶対に死ぬんじゃねえぞ
俺は、ローゼが死ぬ姿なんて見たくねえ」


「はいはい、なるべく努力してみるよ」


何気ない会話でも、クロは確かに私に伝えようとしていた。

そうか、クロは少しでも、私を大切に思ってくれていたのか。











「ここは良いところだよ、本当に」

私の隣で、クロは嬉しそうに微笑む。

「ローゼがここに来たのは偶然だっただろうけど、
ここならローゼは、俺より先に死なずに済む」 


相変わらず、クロはあの日の幼いままなのだろう。

こんな私の命ですら、
価値があるように思わせるのだから、クロは凄いと思う。


「日頃の努力が功を奏したんだろうな
これで弟を置いていかずに済む」

「これからも宜しくな、姉さん」

「クロ、その呼び方はズルいだろう!」

「最初に弟だと言ったのは姉さんだろう?
なら俺だってそう呼んでも良いはずだ
それに、満更でもなさそうだしな」

「クロ!」


この子には、これからも振り回されそうだ。

けれど、それも悪くはないだろう。

最愛の弟に大切にされるのならば、本望だ。


………………ローテローゼは、どう思うのだろうか。


羨ましいと妬むだろうか。

それとも未完成の分際でと、声を荒げるのだろうか。

例えどちらであろうとも、私は構わない。

今クロの側にいるのは、彼女が一番欲しいものを持っているのは私だ。

けれど、私は……まだクロの側にいたいのだ。

もう少し、後もう少しだけこのままで………



この可愛い弟を、手放す気にはなれなかった。



【おまけ】理想の姿  終
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