【本編完結】アリスとレイスの不思議な絵本

札神 八鬼

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第四章 ダイヤの国

クシリスの絵本【後編】

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私は皆を愛していた。

誰も失いたくはなかった。

けれども神様は残酷な方で、私から全てを奪っていった。

私、前世で何か悪いことをしましたか?

神様に嫌われるくらいの、大罪を犯したのですか?

手を組んで問いかけても、神様からの返事はない。

それなら私は、神様なんていらない。

そんな時に、私は自分の前世を思い出した。

たまたますれ違った教会から思い出した記憶。

熱くゆらめく炎に包まれた私、
今とは全く違った景色で、今とは違った名前で……

何かの罪を犯して罰せられた私がそこにいた。

ああ、あの子達は無事に逃げられたのだろうか。

最後まで元気に暮らせただろうか。

でも今はもう、確かめることすら叶わない。


「クシリスは、前世の自分を思い出していたのか」

「どうやら僕達の予想通り、彼女はクシリス・ミリセラスの
生まれ変わりだったようだね」

「ですが、まだシャロンが彼女を呼んだという
理由には繋がっていませんね」

「そうだね、僕にそんな覚えはない
もし可能性があるとしたら、それは……」

「何だ、心当たりでもあるのか?」

「…………うん、そうだね
確かにあの場面なら顔を知らなくても無理はない
あの頃は、そう、片目を潰されていたからね」

「聞く限りろくな話じゃなさそうだな……」

「彼女が覚えていたら直に分かるよ」

「…………レイス、アリスさんのことで一つ良いですか?」

「何だよ三月」

「レイスは本当に、まだアリスの父親が生きていると思っています?」

「………思ってるけど、それがどうしたんだよ」

「…………そうですか。まあ、直に分かることなので、
詳しいことは直接見てもらった方が早そうですね」

「…………どういうことだ? 三月
お前はお嬢様の両親のことを知ってるのか?」

「これ以上は有料です
もっと詳しく聞きたいのなら、それなりの報酬を要求しますぞ」

「………その言い方、教えるつもりないだろ?」

「良く分かりましたね。教えるつもりはないです」

「…………やっぱりな、報酬を持ち出す時は、
大抵教えてくれないことが多いもんなお前は」

「えぇ、だって言ってしまえば、
面白い展開を見られなくなってしまうではないですか」

レイスに向けて悪どい顔を見せる三月は、
まさしく悪魔と言われるに相応しい顔だった。

「…………そんなんだから、悪魔だなんて言われるんだよ」

「やだなぁ、人々に娯楽を提供する道化師ピエロと言って下さい」

「道化師……ねぇ」



私とシャロン様の出会いは突然だった。

全身に怪我をしていて、片目も潰されていた。

シャロン様は今にも死にそうで、放っておけなかった。

「そうか、やはりあの時の……」


「心当たりがあるのか?」

「うん、あれは僕がガンズと共に魔界に喧嘩を売ってね
流石に魔王は殺せなかったけど、
魔界を血の海に変えた後の出来事だよ」

「あれは俺の記憶にも残る激戦だったな
確かにあの時は全身に怪我を負っていたし、
赤い目も潰されていたから、その時人間は
ただの火の玉にしか見えていなかったはずだからな」

シャロンが説明した後に、三月に取り憑いていたガンズが口を開く。

どうやらこの出来事はガンズも覚えていたようだ。

「僕の目はオッドアイだから、本来は力が半減して
精々魂が透けて見える程度だけど、
片方が欠けると欠けていない目の能力が強くなる
彼女と会ったのは、きっとその時なのだろう」


「シャロンお前……そんな無害そうな顔しておいて、
結構やんちゃしてたんだな」

「今では想像もつかない出来事ですね」

「ははは……流石にあれは若い頃の出来事だし、もうしないよ」


名前も知らない彼は、傷が癒えるまで側にいてくれた。

他の人のようにすぐには死なないし、私を気遣ってくれる。

彼との平和な日々を過ごすうちに、私は確信した。

一生を共に過ごすなら、この人しかいないと。

それならどこかに行かないように、留めておかないと。

きっと目を離してしまえば、今度こそ私から離れてしまうから。

だけどあなたは行ってしまった。

私を置いて、行ってしまった。

去り際の彼の瞳は、とても綺麗なオッドアイだった。


だから私は不思議の国を望んだのだ。

もしかしたら彼がそこにいるかもしれない。

例えいなくても、見つけて招待すれば良い。

今度こそは、この手を離さないように。


ああ、あなたは私の神様で、唯一の大事な人で、


そして……


そして……生涯を誓いあった未来の旦那様なのだから…



「クシリスのストーカーはここから来てたのか」

「そうみたいですね、頑張って下さいシャロン」

「他人事なのかい?」

「三月達には全く関係ない事柄ですからね」

「流石にそれは薄情過ぎない?」

「三月達が言った所でやめないのは目に見えてますし」

「人間の恋心は盲目で厄介だからな
お前が嫌がってるならそれなりに協力するけど」

「…………いや、嫌というわけではないよ」

「じゃあ良いじゃん」

「彼女は結果的に僕が呼んでしまった
それなら僕は、それ相応の責任を取る必要があるからね」

「責任って……結婚とか?」

「そんな性急にするつもりはないよ
やるとしても…ゆっくりとだ」

「この先からクシリスの気配がするのです」

「よし、それじゃあ行こうか」

「おう、ちゃんと責任取れよ」

「分かってるよ、逃げたりなんてしないさ」





視界の開けた場所に向かうと、その先にいたのはセバルトだった。

「おいセバルト、クシリスはどうした」

「クシリスならこの先にいますよ
僕は彼女には何もしていませんから」

「そしてもう一つ、お嬢様をどこに隠した?」

「教えるわけがないじゃないですか
もし教えてしまったら、あなたはすぐに助けに行くでしょう?」

「当たり前だろ」

「だって、彼女にはあの絵本の中の方が幸せでしょう?
幻とはいえ両親は彼女を愛してくれる
そこにあなたはいなくても、
全てが満たされた世界がそこにあるのです
そんな幸せな世界を、あなたは壊したいと言うのですか?」

「黙れ、それは幸せじゃない
例えどんなに望んだ世界だったとしても、
それは本当の意味で彼女を救ったことにはならない」

「………それはあくまであなたの意思であって、彼女の意思ではない
もしそんな紛い物の世界でも構わないと
彼女が答えた時はどうするのですか?」

「…………それは……」


お嬢様の幸せが俺の幸せで、
お嬢様が今までのように笑えるのならば、俺はそれで良いのだ。

でも偽物の世界で幸せになっても意味がない。

少なくとも俺はそう思っている。

もし、お嬢様が偽物でも構わないと思っていたら……


俺に出会わなかった世界でも笑えるのならば……

そうなってしまえば、俺は口を閉ざすしかない。

確かにお嬢様の幸せを奪ってしまったのは俺で、
お嬢様の人生を壊してしまったのも俺なのだ。


もしそうだとしたら、お嬢様にはこのままの方が幸せなのでは……

「俺は……お嬢様に幸せになってほしい」

「はい、それは知っていますよ
あなたの存在意義は、アリスを守ることですから」

「俺の存在が、お嬢様の人生を台無しにしたのも知ってる」

「そう、あなたは壊したのです
彼女の無限の可能性に溢れた未来を、その手で壊しました」

「でも俺は……それでもお嬢様を助けたい
自己満足でも良い、嫌われたって構わない
俺の意思で、罪滅ぼしをしたいんだ」

「………………」

セバルトはそれ以上は何も言わなかった。

「そうですか、あなたの意思はそうなのですね
ここまでの大掛かりな仕掛けをした分、
それなりの成果は得られたという所でしょうか」

「仕掛け? どういうことだ」

「だから、仕掛けですよ
わざわざガンズが作った魔石まで用意して大変だったんですからね?
まあ、完結に言うと暇潰しのようなものなのですが、
それなりには楽しめました」

「おま、全部やらせだったのかよ!」

「いえそういうわけじゃないですよ?
魔族が侵攻してきた件に関してはノータッチです
あれらは近いうちに手を打っておく必要がありますがね」

「まあ、暇潰しといえど、今回は流石においたが過ぎるね
きちんとお仕置きをしてやらないと」

「え、ちょっと勘弁してくださいよシャロン
今回に関してはお遊びであって、謀反むほんでは…」

「そうですね、私も同意件です」

「マスターまで!? ま、マスターは、
酷いことしませんよね? 許してくれますよね!?」

「一ヶ月レギルと接触禁止です」

「そ、それだけはご勘弁を! マスター! 御慈悲を! 
二度とこんなことしませんから!」

先ほどのクールな印象とは打って変わって、
涙目の情けない顔でソーキルにすがり付くセバルトは、
ちょっとだけ可哀想に見えた。

「もう決まったことです、諦めてください」

「そ、そんな!
レギル様に会えないなら、死んだ方がましです!」

「セバルトの生命力はかなり異常だからね…
単純に殺すよりも、レギルと会わせない方が効くだろう」

「だからって一ヶ月はあんまりじゃないですか! 鬼! 悪魔!」

「ソーキル、レギルへの接近禁止令を一年に伸ばそう」

「すみませんでした! 私が悪かったです!
だからそれだけはご勘弁を!!!」

「彼、つくづく悪役になりきれない方ですね
今もほら、主に許して貰おうとしてますし」

「そうだな、だからこそ憎めないのかもしれない」

「憎むにしてもやることが小さいですから、
恨む材料が足りないと言った所でしょうか」

「だな」

この後の経緯はほとんど省くが、
シャロンがクシリスに向かって告げた言葉はこうだ。

「クシリス、まずは友人から始めよう」

「そ、それはプロポーズということですね!?
はい! 私で良ければ喜んで!」

「うーん、いやそれはまだ早……まあ、いっか……
どうせ聞いてないみたいだし、彼女」

クシリスのいつもの盛大な勘違いにより、
シャロンとクシリスは婚約という形になった。

結局シャロンは婚約者という関係で妥協したらしい。

俺達はクシリスと共に、絵本の世界を脱出した。








「無効魔法」


いよいよ次の絵本が最後となる。


あの後何とか一ヶ月で許して貰えたセバルトから、
アリスの絵本を受け取ったのだ。

この中にいるお嬢様を解放すれば、この事件は終息する。

魔界に関してはシャロン達が何とかしてくれるらしいから、
俺が出来ることはここまでだ。


さあ、早くお嬢様を救って差し上げなければ……


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