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第四章 ダイヤの国

ズイークの絵本【後編】

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ユギルト・ガードセルフ。
掠れた声は、最後まで届かず溶けていく。


「ガードセルフって……」

「ああ、有名な政治家の家系だよ」


僕は生まれた頃から周りに期待されて生まれた。

両親は国民を導けるような立派な指導者になるよう育てた。


「勉強は人一倍頑張りなさい」


「そんなもの政治家になるには関係ないでしょう」


「あなたは政治家になる為に頑張っていれば良いの」


でも僕は……政治家なんかにはなりたくなかった。

僕は人を導く仕事じゃなくて、普通に働いて、
普通の仕事をしたかった。

周りの人は僕の家系を知ると、『凄いね』とか言うけれど、
この中の誰も、僕自身を見ていなくて、
その後ろにあるガードセルフ家を見ていた。

そんな日を繰り返しているうちに、
次第に僕の声は掠れていった。


「……………」

「まあ、予想はしていました
あんな闇とは無縁そうなアホが、
本来この国に来れるはずがありませんから……」

「私は彼の過去を知っていました
彼の事情を考慮した上で、彼を……」

「そうだね、あの子はこの国の住人に
相応しい資格を充分に持っていた
だからこそ僕達は、彼を招待したんだ」

「ソーキル、お前やっぱり……」

「…………もう気づいてるでしょうが、
私は普通の住人ではありません」

「ソーキル、君は……」

シャロンの言葉を優しく制止すると、
ソーキルは『もう隠しきれない』と言いたげに首を横に振った。

「私は……私は……」

「ソーキル、無理に言う必要ないじゃないか
今までだって、ずっと隠してきただろう?」

「いえ、そういうわけにはいきません
せめてレイスだけでも、打ち明けておきたいのです」

「ソーキル……」

「私は、この不思議の国の創設者であり、
三人の管理人の友人です」

「………まあ、そんな気はしてたよ
ん? いや待て、友人ってどういうことだ?」

「ソーキルはあの三人とは友人として契約してるんだ
彼らは律儀に、契約を守ってくれているよ」

「あの、三月のこと忘れてません?」

「あ、そういえば忘れてました」

「忘れてた!? 普通に酷くありません!?」

「三月も聞いてたけど良かったのか?」

「どうせ知ってるでしょうから大丈夫ですよ」

「三月の扱い雑過ぎません?
まあ、確かに既に知っていましたが……」

「むしろ知らない方がおかしいくらいだからね、三月は」

「まあ、動く情報源だからなこいつ」

「何度も言いますが三月の扱い雑過ぎません?」

「すみません、三月くんはそういう扱いが普通だと思ってました」

「わざわざバカ正直に言わなくて良いですからね?」

「お前雑に扱っても案外けろっとしてるじゃねえか」

「だからと言って文句はきちんと言いますからね?」

「僕は雑に扱った覚えがないけどね」

「………うん、まあ、そういうことにしておきましょう」

「僕も同罪みたいな言い方やめてよ」

「おいアホ三人衆、さっさと次に行くぞ」

「三月はアホではないですぞ」

「僕もアホと言われる覚えは全く無いかな」

「本来アホとは、頭の悪い相手に向かって言うことであって、
私達に向けて使われるべき言葉ではありません
そもそもアホとは罵倒ばとうする言葉ですし、
悪友とは言え友人である私に使うのは不適切です
それに……」

「あーー! うるせえ! クソ真面目!
わざわざ細かく説明しなくて良いっつーの!」

「まだ説明し足りないのですが……」

「もういい! 充分分かったから!」

「なのでこれからはアホではなく、天才三人衆と呼んで……」

「あからさま過ぎんだろ」

「僕もその呼び方が良いかな」

「三月もソーキルの案に賛成ですぞ」

結託けったくしてんじゃねえぞ」

「呼び方変更を要求します」

「要求します!」

「要求します!」


三人アホ共がくだらないことで結託し、呼び方変更を要求してきた。

こんなことやってる暇があるなら、先へ進みたいのだが……

ここは素直に従った方が早く終わるだろう。

「分かったよ、お前らのことは、
これから天才三人衆って呼ぶから」

「やりましたよ二人とも!
私達はアホから天才に昇華しました!」

「そうだねソーキル! 僕達はアホじゃない!」

「もう誰にもアホだなんて言わせませんぞ!」

このやり取りが既にアホだと気付いてないようだ。

三人がアホなやり取りをしている間に、過去の映像は流れている。

精神によるプレッシャーが原因だったのか、
僕は失声症になっていた。

小さくか細い声は、両親の声には届かない。


いや、元から届いてはなかったが……

僕は、政治家にはなりたくない。

それなのに周りが邪魔をする。


期待の視線が痛い。


後に国を背負うと言われ、責任が重くのしかかる。

早くここから、逃げ出したかった。

だから僕は不思議の国へと足を踏み入れた。

声を取り戻す代わりに、全ての記憶を差し出して……








場面は変わり、そこにはズイークが立っていた。

表情はいつもの何も考えていない顔ではない。


「どうして思い出させたの?」

「文句ならこの騒動の黒幕に言え」

「分かってるよ、それくらい
責めるべき相手を間違える程、僕は馬鹿じゃないもの」

「………………そうか」

「ねえ、君はどう思った?」

「何をだ?」

「僕は望んでいないのに、生まれただけで期待され、
結果的に重責に耐えきれず逃げた男
君は、そんな僕を弱虫だと思う?」

「…………さあな、俺には何も言う資格はない
俺はお前と経緯は違うが、同じ逃げた人間だ
だから、俺は誰かを非難することは出来ないよ」

「君も、僕と同じなのか?」

「俺は大切な人から逃げた
本当の気持ちを知るのが怖くて……逃げたんだ
最低なのは分かっている、だが、俺は……」

お嬢様の隣に立つべき人間ではない。

これからもきっと、そうするだろう。

例えお嬢様が、俺を思い出したとしても……


「…………まだ、そんなことを気にしているのですか?」

「俺にとっては大事なことなんだ
俺はお嬢様の、忠実な執事でいないといけない」

「彼女はそんなこと気にしないと思うのですが」

「だろうな、お嬢様はそんなお方だ
だがだからこそ、俺の方が身を引かなければ……」

「前から思ってましたけど、
身分というものを重点に置きすぎなのでは?
今はその身分すら無いのですから、
そこまで気にする意味が、私には分かりません」

「分からなくて良いよ
これは、俺だけの問題なんだ」

「…………そうですか
まあ、レイスがそうしたいのなら、何も言いませんが……」

ズイークは同じことをした人間がいたのを知ると、
安心したように微笑んだ。


「そう、僕だけじゃなかったのか
それならもう……大丈夫だ」

空気に溶けるように、ズイークは消えていく。

「ズイークが絵本の世界から出ました」

三月の報告で無言で頷く。

そろそろ出ようかと話していると、どこかから視線を感じる。

視線の先を見ると、そこには大きな二つの目があった。

「あれは……」


「「セバルトの目だ」」

ソーキルとシャロンが同時に視線の主をそう呼んだ。


セバルト? どうして絵本の世界にセバルトの目が……

その瞬間、とても嫌な予想が浮かんだ。

もしかして、住人達を絵本の中に閉じ込めた黒幕は……


「無効魔法」

絵本の世界から脱出した俺達は、絵本に無効魔法をかける。


俺はあの視線の正体に思考を巡らせていた。

確かに思い出してみると、セバルトは俺を
絵本に閉じ込めることが出来ていた。

それが管理人だからこそ出来たのか、

魔物の一種だからこそ出来たのかは分からないが、

この騒動は、すぐに終わりそうにないのは確実だった。


「どうやら、今回の騒動はそう簡単に収まってくれそうにないね
やれやれ、これはきついお仕置きが必要だ」

「レギルにやらせます?」

「いやダメだ、それだとご褒美になってしまう
お仕置きは僕とソーキルの二人でやろう」

「それでもダメならレギルに頼みましょうか」

「最早普通に殺すのは生ぬるいよね……
どうせ死なないんだし、二度と僕達に逆らえないよう、
きちんとしつけをしておこうか」

「そういうのはシャロンに任せます
私だと調整を誤ってしまう危険性がありますので」

「ああ、力を加減したしつけは僕の得意分野だからね
こういうのは僕に全て任せてくれていい」

「では、次の絵本へと向かいましょう」



レイス一行は次の絵本を探すため、先へと足を進めた。
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