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おまけ(本編とは関係無し)

人と氷人のなり損ない

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俺には昔血の繋がった弟がいた。

氷人の血が濃くて、御神体として幽閉されていた弟だった。

人間の血が濃い俺は、ある程度の自由はあったが、
弟にはその僅かな自由すら無かった。

俺は救いだそうと弟と共に逃げ出したんだ。

でも俺は……結局救いだせずに、
俺だけ逃げ切れて、今はこのザマだ。


ああ、すまないエシール。

せっかく手を差し出してくれたのに。

せっかく頼ってくれたのに。

俺は。


俺は……その期待に応えられなかった。


許せとは言わない、許してほしいとも思わない。

ただ、恨んでくれ、許すなんて言うな。

身勝手なのは分かっている。

一生俺を恨んでいてくれ、死ぬまで。

俺の名前はレイディアス・アイガスト……


いや、もう俺にアイガストを名乗る資格はない。


俺の名前はレイディアス・ジステリア。

たった一人の弟を救えなかった、愚かな兄だ。






ダイヤの国の門番は、大声で有名な……
ちょっと、いやかなりうるさい門番がいる。

その名も、炎魔法の使い手ズイーク。

そして彼のもう一つの特徴と言えば……

「おお!!! レイディアスじゃないか!!!
こんなところに、何か用か!!!」

声が小さすぎるよりは良いが、
両手で耳を塞いでも聞こえるので、
やはりちょうど良い声が大事だと思い知らされる。

「お前いっつも音量MAXで喋るけどさ
真ん中はねえのかよ
俺鼓膜が破れそうなんだけど?」

「真ん中? ……………こうか!!!」

「さっきと一緒じゃねえか!」

救いようの無いほどにアホなことである。
そろそろ俺の鼓膜が限界を迎えそうなので、
用件をズイークに向かって話す。

「ストルムはいるか?」

過去を思い出した俺は、一度弟に会うことにした。

例え恨まれていようが、嫌われていようが、
俺は一度、エシールに会う必要がある。

「そうか!!! ならすぐに呼ぶぞ!!!
おーーーーーい!!! ストルーーーム!!!!!」

ズイークの大声は不思議の国一帯に響き渡り、
無事俺の鼓膜も死に、感覚が戻るまで時間がかかった。

呼ぶって、大声で?

確かに直接呼びに行くよりも早いが、
それお前にしか出来ないよね?

後そのやり方、住人達に不評だからな?

ズイークは俺の鼓膜なんてお構い無しに、
大声でストルムを呼んでいた。

やっぱこいつに聞いたの間違いだったな。

これからはソーキル悪  友に聞くか。

あいつ、どこにいても住人の気配感知するし。

などと考えていると、突然ズイークの顔面に
氷の塊が直撃し、ズイークは衝撃に耐えきれずに倒れた。

「うるさい、近所迷惑」

氷の塊を飛ばしてきたのは、他ならぬ俺の弟、
エシール・アイガスト改め、ストルムであった。

すぐに飛び起きたズイークは、ストルムの姿を見るなり、
再び大声騒音を響かせる。

「おお!!! ストルム!!!
レイディアス!!! ストルムが来たぞ!!!」

「うん、もうちょっと声のトーン下げような
また俺の鼓膜が死ぬから」

「レイディアス、兄さん……」

「……………ああ、俺のこと覚えてるか?」

「…………覚えてる、忘れるわけがない」

「そうか……」

「ストルム!!! 何の話だ?
それは俺も混ざって良い話か?」

「………こっちに行こう」

俺はエシールに手を引かれながら、
ズイークの前を離れたのだった。







連れてこられたのは、人気のない場所だった。
ここだけ雪が積もっていて、俺達が昔いた場所を思い出す。


「ここなら、ちゃんと話せる」

「ここ、まるで俺達がいた雪国みたいだな」

「…………そうだね、住人になっても僕は氷人
たまにはこうして寒い場所にいないと、
溶けて消えてしまうんだ」

「……………」

住人になっても、雪国でしか生きられないのは変わらない。

ただ、少し耐性がついただけの話で、
この国ならば、いつかエシールも、
雪国でなくとも生きられる日が来るだろうか。

「それで、僕に何の用」

「エシールに聞きたいことがあったんだ」

「…………聞きたいこと?」

「俺のことを、恨んでないか?」

「恨む? ………………何を?」

「俺は、結局救えなかった
すまない、俺は……せっかく頼ってくれたのに…
だからどうか、俺を……許さないでくれ」


到底許されることではないと分かっている。

だからこそ俺は、許されないことを選んだ。

そうしないと、俺が自分を許せないから。

…………期待に応えられなかった自分を、悔しく思ってしまうから。


頼むエシール、俺を一生恨んでくれ。

救えなかった俺を、嫌いになってくれ。

俺はもう、お前の兄と言える資格なんて無いのだから……


「良いんだよ、もう」

「……………何で……俺は……
お前を、裏切るようなことをしたのに……」

「大丈夫、恨んでないよ
あれは、僕の意思で兄さんを逃がしたんだ
だからもう、良いんだよ、兄さん」

「………恨んでないのか?」

「うん」

「あんな酷いことをしたのに、
お前は俺をまた兄として慕えるのか?」

「うん、慕えるよ
それに、兄さんはちゃんと救ってくれたじゃない」

「…………俺が、救った? いつ……」

「僕を迎えに来た管理人が言ってたんだ
兄さんに頼まれて迎えに来たんだって
何か、思い当たることはある?」

「…………俺に頼まれた? だって、あれは……」





昔、悪友と他愛ない話をしていた時に出た話だった。

「…………弟がいた記憶があるんだ
身も凍るような雪国に幽閉された、
名前しか思い出せない弟の記憶」

「へえ、あなたにも弟がいたんですね」

「おいそれどういう意味だ
俺にも弟くらいいるんだよ」

「それで、その弟さんがどうしました?」

「ここに来てから何も不自由は無いが、
でも、雪国に置いていってしまった
弟だけがどうしても気がかりでな……
お前の友人が、何とかしてやれねえか?」

「でも、名前しか思い出せないんですよね?
どうしてそこまで?」

「…………大切な、弟だったはずなんだ
肝心な記憶は思い出せないけど、
それこそ、記憶の片隅に残る程に
だから俺は……弟を……今度こそ救ってやりたい」

「…………その弟さんのお名前は?」

「エシール・アイガストだけど、それがどうしたんだ?」

「…………分かりました、悪友の頼みに免じて、
私の友人に頼んでみますね」

「おお! さっすがソーキル!
やっぱ持つべきものは悪友だな!」


ただ一人の悪友に、何気なく話したことで、
他の住人には一切話してないことだった。
それが、管理人に伝わったってことは……


「だとしたら、ソーキルは……」

管理人に、深い関わりを持っていることは明らかだった。

「僕は、兄さんを追いかけるようにここに来た」

「…………俺を、追いかけて?」

「そう、やっと兄さんに会えた
助けてくれてありがとう、兄さん」

もし、俺の罪が許されるならば。

まだ、兄を名乗る資格があるならば。

「俺はもう一度、お前の兄になりたい」

「おかえり、兄さん」

「……………ああ、ただいま」

どうしようもない兄だが、これからも宜しく。

お前が俺を兄と慕ってくれるうちは。

俺がお前の兄として許されているうちは。

もう少しだけ、あと少しだけ、このままで。

出来るだけ長く、お前の兄でいさせてくれ。

時間をかけてゆっくりと、
お前の兄に相応しい俺になるから。


おかえり。



ただいま。


ああでも俺は、きっと人のように振る舞ってしまう。

化け物のくせに、人の真似事をしようとしてしまう。

どうか、こんな愚かな兄を許してくれ。

受け入れろとは言わない。

ただ、知ってくれればそれで良い。

氷人としても、人間としても、なり損ないの俺を。



【おまけ】人と氷人のなり損ない 終
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