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第三章 クローバーの国
レイディアスの絵本【後編】
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ジステリア家の養子になる前に、
俺は自らを魔人と名乗る少年に出会った。
名前は教えてもらえなかったが、
服装からして貴族の一人だということは分かった。
謎の少年は、別れ際にこう言った。
信頼できる人間以外には、正体を明かすなと。
俺はこの時どういうことか分からなかった。
その理由を知ったのは、大人になってからだ。
「…………そうか、あいつはキルトと繋がりが……」
「まさかこんなところで繋がりがあるなんてね
セバルトはこのこと知ってたのかな?」
「恐らく知ってるだろうな
あいつは住人の記憶を管理している
むしろ知らないわけがない」
二人にとって見覚えのある景色を歩く。
その先に、人の影が見えた。
「こんなところにいたのか。随分と探したぞ」
レギルの声が聞こえたのか、
目の前の人物はレギルの方へ振り返った。
「レイディアス」
この絵本に囚われたハートの番兵。
ここに来る前から人間ではなかったモノ。
レイディアス・ジステリアだ。
「よお、随分と早かったなレギル
念のため呼んでおいて正解だったよ」
レイディアスはいつものようにへらへらと笑う。
そこに囚われている様子など、微塵も感じられなかった。
その気になればいつでも出られそうな雰囲気で、
危機感は皆無のように見える。
「ゴーストのレイスが絵本の中なんて、
セバルトの絵本で何があったの?」
「………さあな、俺も知らねえ
魔法が効かないはずなのに、
何故かあいつの魔法は効いたんだよ」
「………………そのことなのだが、
どうやらあの下僕は小細工をしていたようだな」
「小細工?」
「少し痛むが、我慢しろよ」
「え、何のこ……グハッ!」
レイスが不思議そうな顔をした直後、
レイスが右手をレイスの体に突っ込む。
痛みで悶えるレイスをよそに、
レギルは無表情で内臓を漁っており、
ぐちゃぐちゃと生々しい音が聞こえている。
「ちょ、レギルさん? 普通に痛いんですけど?」
「ちょ、いきなりやめてくれる? 吐きそう」
「知るか、俺がわざわざ元凶を
取り除いてやろうとしてるんだ
むしろ感謝して欲しいくらいなんだが?」
「それは有り難いのですが、
もう少しきちんとした方法をですね…」
「ふむ、この辺りか?」
「痛い痛い! いつまでかかりますそれ!
死ぬ! このままだと血が無くなって死ぬ!」
「案ずるな、俺の側なら死にはせん
その代わり俺が手を引っ込めない限り、
地獄のような苦しみは永続するがな」
「それ最悪じゃないですか!
あの、そろそろ探し物は見つかります?」
「ああ、見つけたぞ、ここだ
死なんと言った所悪いが……死ね」
レギルが内臓の一部を握り潰した瞬間、
レイスは大量の血を流しながら倒れた。
その数秒後、すぐに傷は塞がり、むくりと起き上がる。
「とりあえず元凶は潰したぞ
もうこれであの下僕の魔法は効かんだろう」
「あの、一つだけ聞いて良いですか?」
「何だ?」
「俺の体のどこを潰したんですか?」
「心臓」
「………………」
「どうした? わざわざ俺が
魔法が効く元凶を潰したのだぞ? もっと喜べ」
「どうして心臓なんか……」
「あの、私ちょっと別行動して良い?」
「別に構わんが、何か用事か?」
「…………詳しくは聞かないで……」
「? 分かった、さっさと行ってこい」
ラミリがどこかへ行くのを不思議そうに
見つめるレギルに対し、レイスは同情の視線を送っていた。
「ラミリ、突然どうしたんだ?」
「リバースしに行くんだろ」
「リバース………と言うと……」
「そうだな、気分が悪くなったんだろう
まあ、原因は分かっているが……」
「せめて背中でもさすってやった方が良かっただろうか」
「お前時々優しい一面見せるよな」
「そんなことより、お前の心臓の中にあったモノだが、
どうやら強い魔力が封じられた魔石のようだ
魔石をゴーストの体内に仕込んで、
魔法を効くようにするのは、魔術師の応用手段だからな」
「魔石……と言うと、三月が事前に用意してた
魔石と似たようなものか……」
魔石とは、膨大な魔力の塊であり、
強い魔力を持つ魔族のみ作り出すことが出来る。
付与した力によって効果が変わり、
魔族の装備品として幅広く使用されている。
魔界では生活の必需品となっている魔石は、
魔力が弱い魔族が作ろうとすると、
形が歪になったり、そもそも形にすらならなかったりする。
今回レイスの心臓に埋め込まれていたのは、
形の良い魔石であり、明らかに強い魔力を持つ
魔族が作り出したモノなのは明白だった。
「すぐに潰したから、詳しくは分からなかったが、
恐らくあの魔石は、ガンズが作り出したモノだ」
ガンズと聞くと、三月に取り憑いている
不幸の記憶を好む記憶魔を思い出す。
本人は今その場にいないが、
その分身ならば、すぐ近くにいる。
「おい、ガンズの分身」
俺の声に応えるように、足元の陰が揺れる。
先程まで黒い人影だけだった陰に、赤い目が光った。
「何の用だ」
自分の陰から声が聞こえるのはなかなか慣れないが、
まあ、今はそんなことを気にしている暇はない。
それに、直に慣れるだろう。
「お前、俺の体に魔石を仕込んだのか?」
「…………いいや、俺ではない。あれは盗まれたのだ」
「盗まれた?」
「………ああ、本体の俺は犯人を知っている
このことは本体を通じて三月に知らせておこう」
「ああ、頼んだ」
この直後にぐにゃりと世界が歪み、
次に現れたのは、レイスの良く知る人物であった。
「……………」
「知り合いか?」
「俺の義理の両親と、兄だ」
俺の義理の両親は、兄と比べる人だった。
兄ならそれくらい出来た。
兄は言われずとも出来ていた。
いつも いつも 兄の自慢ばかりだ。
そのくせ、兄は俺を敵視している。
本来なら、
自分は愛されてると優越感に浸っているはずなのに。
でも俺は何も考えないことにした。
心を殺さないと、生きていけない。
笑っていないと、生意気だと殴られる。
ならば俺は、両親にとって都合の良い息子でいなければ。
いつしか、自分のことも、兄のことも、
どこか他人事のように思っていた。
気づかないうちに、俺の心は死んでいた。
「レイス、おいレイス」
「……………」
「しっかりしろ」
「!? いってててて! 何しやがる!」
あまりにもレイスが無反応だったので、
レギルはレイスの片方のほっぺたをおもいっきり引っ張る。
レイスが正気に戻ったのを確認し、手を離すと、
レイスのほっぺたは、限界まで伸ばしたゴムのように、
バチン!!! と音を立てて元に戻った。
「うむ、元気そうで何よりだ」
痛みに悶えてうずくまるレイスを見ながら、
レギルは満足そうに頷いていた。
「おま、もっとやり方あっただろ!」
「何だ、全力で殴った方が良かったか?」
「そんなことされたら全身の骨折れるわ!」
「文句の減らん奴だな……
せっかく現実に戻してやったというのに」
「それはありがとよ!」
「何を怒ってる」
その直後、過去の映像からレイスが消え、
次は義理の両親と兄が現れる。
だが、その表情は嬉しそうには見えない。
「レイスの方がもっと出来てた」
「こんなことも出来ないの? レイスはもう出来るのに」
両親の言葉を聞いた兄の顔はどこか悔しそうで、
今までレイスを睨み付けていた理由がそこにあった。
「…………どういうことだ?
あいつらが俺を誉めてる所なんて、見たことが……」
「いや、これは誉めるというよりも、
単純にお互いを競わせようとしているだけだ」
「俺達を、競わせる?」
「ああ、この義理の両親は、
お互いを比較対象にすることで、優秀な人材を作ろうとした
………片方は失敗に終わったようだがな」
「…………ああ、確かにそうだな」
また場面が変わり、次に写し出されたのは、
血まみれの義理の両親と、血がついたサーベルを持った兄。
「お前さえ、お前さえいなければ……」
義理の兄は訳のわからないことを叫びながら襲いかかる。
殺される。
幸か不幸か、氷人の力はここで発揮され、
レイスは意図せず、兄に正体を明かす形となった。
レイスの氷の体は、兄のサーベルをも弾いた。
「お前、化け物だったのか……
俺達家族に取り憑いて、不幸にしたんだな!
この疫病神が!」
俺はこの時、謎の少年の言葉の意味を知った。
信用出来る人間以外に話すなと言ったのはこういう意味かと。
そして改めて実感した。
俺は、どれだけ人間のように装っても、
結局は、人ではないのだと。
あの後捕まった兄は死刑となった。
残されたのは、兄が最後に使っていたサーベルだった。
また景色が変わる。次写るのは、きっと。
「大丈夫、怖くないよレイス
これから君が見るのは、君の記憶の一部
確かに過去は変えられないけれど、
前に進むには、過去を受け入れることが大切だから」
「リバースは済んだのか、ラミリ」
「乙女にそんな下品な質問しないでよレギル」
「レギル、他の奴にもそれ聞くんじゃねえぞ」
「? 分かった」
相変わらず緊張感が無い二人だが、
だけど、この二人ならば、
過去から逃げずに、最後まで見られる気がする。
見守ろう、この国の住人になる前の、俺の人生を。
お嬢様は、愛に飢えているお方だった。
何気なしに誉めたあの日から、お嬢様は俺の側を好んだ。
「ねえレイス、ずっと私の側にいてね
急にいなくなったりしたらダメよ?」
これは、俺とお嬢様との唯一の約束。
そして、俺を縛る唯一の鎖。
あなたが望むのならば、俺はいつまでも、あなたの側に。
お嬢様の背後に車が迫っていたあの時、
俺の体は自然とお嬢様を押して、庇っていた。
氷人は、ひかれた程度では死なない。
だが、人間の混血だから、どうしても血は出てしまう。
でも、その方が俺には都合が良かった。
お嬢様には俺の正体を知られたくなかったからだ。
決してお嬢様が嫌いだからとか、信用していないとかではない。
ただ、恐ろしかったのだ。
かつての兄のように。
俺を殺そうとしていた、義理の兄を思い出す。
俺を拒絶している目だった。
義理の兄の、氷のように冷たい目は、俺を更に臆病にさせた。
お嬢様を庇って大怪我を負った俺は、
表向きはお嬢様を危険に遭わせた責任として、
執事を辞めさせられた。
「お前がいると、娘はお前と結婚すると言い出しかねん
はっきり言おう、君が邪魔なんだよ、レイディアス」
裏の理由は、俺がお嬢様の障害になることを、
危惧してのことだった。
お嬢様が俺に好意など寄せているわけがないが、
邪魔なのであれば仕方ない。
俺は執事を辞める代わりに、
お嬢様の父親に一つの条件を出した。
「それなら、お嬢様を愛してあげて下さい
俺がいなくても、寂しくないように」
「………………ああ」
正直、あの父親が言うことを聞くとは思えなかった。
だけど、言わないよりもましだった。
どこか遠くに行こう。
お嬢様も来れないような、どこか遠くへ。
だからこそ、俺は不思議の国を選んだ。
ここなら、容易に来れないだろう。
それに、お嬢様に闇なんてあるわけがない。
あの方はとても純粋で、闇とは縁遠い性格だからだ。
お嬢様が幸せになる姿をこの目で見守れないことは残念だが、
もう既に俺は、近づけない立ち位置にいる。
それに、見守るということは、
お嬢様が死ぬ間際まで見守るということ。
お嬢様と俺の時間はあまりにも違いすぎる。
……………そうなると、俺は……
この姿のままで、お嬢様の最期を看取るのか。
だとしたら、それは……
……………お嬢様の最期を見送るのは、嫌だな……
よそう、もう俺はお嬢様とは関係ないのだ。
せめて、お嬢様には幸せになって欲しい。
お嬢様の人生に、きっと俺はいない方が良い。
さようなら、お嬢様。
どうか俺のところには来ないで下さいね。
あなたには、俺と違って未来があるのだから…
「……………思い出したよ、全部
そうか、俺は……お嬢様に会いたくなくて、
遠くに行きたくて、ここに来たんだ」
「ああ、その通りだ。そこで貴様に問う
このまま住人でいるか?それとも人間でいるか?」
「……………俺は……ここに残るよ」
「そうか、ならいい
ところで、ここから先も俺達の助けは必要か?」
「いいや、一人で行く
お前らは管理人の仕事に戻ってくれ」
「ならば行くが良い
ハートの番兵、レイディアスよ」
レイスは絵本の世界から脱出すると、
一人でダイヤの国へと足を進めた。
俺は自らを魔人と名乗る少年に出会った。
名前は教えてもらえなかったが、
服装からして貴族の一人だということは分かった。
謎の少年は、別れ際にこう言った。
信頼できる人間以外には、正体を明かすなと。
俺はこの時どういうことか分からなかった。
その理由を知ったのは、大人になってからだ。
「…………そうか、あいつはキルトと繋がりが……」
「まさかこんなところで繋がりがあるなんてね
セバルトはこのこと知ってたのかな?」
「恐らく知ってるだろうな
あいつは住人の記憶を管理している
むしろ知らないわけがない」
二人にとって見覚えのある景色を歩く。
その先に、人の影が見えた。
「こんなところにいたのか。随分と探したぞ」
レギルの声が聞こえたのか、
目の前の人物はレギルの方へ振り返った。
「レイディアス」
この絵本に囚われたハートの番兵。
ここに来る前から人間ではなかったモノ。
レイディアス・ジステリアだ。
「よお、随分と早かったなレギル
念のため呼んでおいて正解だったよ」
レイディアスはいつものようにへらへらと笑う。
そこに囚われている様子など、微塵も感じられなかった。
その気になればいつでも出られそうな雰囲気で、
危機感は皆無のように見える。
「ゴーストのレイスが絵本の中なんて、
セバルトの絵本で何があったの?」
「………さあな、俺も知らねえ
魔法が効かないはずなのに、
何故かあいつの魔法は効いたんだよ」
「………………そのことなのだが、
どうやらあの下僕は小細工をしていたようだな」
「小細工?」
「少し痛むが、我慢しろよ」
「え、何のこ……グハッ!」
レイスが不思議そうな顔をした直後、
レイスが右手をレイスの体に突っ込む。
痛みで悶えるレイスをよそに、
レギルは無表情で内臓を漁っており、
ぐちゃぐちゃと生々しい音が聞こえている。
「ちょ、レギルさん? 普通に痛いんですけど?」
「ちょ、いきなりやめてくれる? 吐きそう」
「知るか、俺がわざわざ元凶を
取り除いてやろうとしてるんだ
むしろ感謝して欲しいくらいなんだが?」
「それは有り難いのですが、
もう少しきちんとした方法をですね…」
「ふむ、この辺りか?」
「痛い痛い! いつまでかかりますそれ!
死ぬ! このままだと血が無くなって死ぬ!」
「案ずるな、俺の側なら死にはせん
その代わり俺が手を引っ込めない限り、
地獄のような苦しみは永続するがな」
「それ最悪じゃないですか!
あの、そろそろ探し物は見つかります?」
「ああ、見つけたぞ、ここだ
死なんと言った所悪いが……死ね」
レギルが内臓の一部を握り潰した瞬間、
レイスは大量の血を流しながら倒れた。
その数秒後、すぐに傷は塞がり、むくりと起き上がる。
「とりあえず元凶は潰したぞ
もうこれであの下僕の魔法は効かんだろう」
「あの、一つだけ聞いて良いですか?」
「何だ?」
「俺の体のどこを潰したんですか?」
「心臓」
「………………」
「どうした? わざわざ俺が
魔法が効く元凶を潰したのだぞ? もっと喜べ」
「どうして心臓なんか……」
「あの、私ちょっと別行動して良い?」
「別に構わんが、何か用事か?」
「…………詳しくは聞かないで……」
「? 分かった、さっさと行ってこい」
ラミリがどこかへ行くのを不思議そうに
見つめるレギルに対し、レイスは同情の視線を送っていた。
「ラミリ、突然どうしたんだ?」
「リバースしに行くんだろ」
「リバース………と言うと……」
「そうだな、気分が悪くなったんだろう
まあ、原因は分かっているが……」
「せめて背中でもさすってやった方が良かっただろうか」
「お前時々優しい一面見せるよな」
「そんなことより、お前の心臓の中にあったモノだが、
どうやら強い魔力が封じられた魔石のようだ
魔石をゴーストの体内に仕込んで、
魔法を効くようにするのは、魔術師の応用手段だからな」
「魔石……と言うと、三月が事前に用意してた
魔石と似たようなものか……」
魔石とは、膨大な魔力の塊であり、
強い魔力を持つ魔族のみ作り出すことが出来る。
付与した力によって効果が変わり、
魔族の装備品として幅広く使用されている。
魔界では生活の必需品となっている魔石は、
魔力が弱い魔族が作ろうとすると、
形が歪になったり、そもそも形にすらならなかったりする。
今回レイスの心臓に埋め込まれていたのは、
形の良い魔石であり、明らかに強い魔力を持つ
魔族が作り出したモノなのは明白だった。
「すぐに潰したから、詳しくは分からなかったが、
恐らくあの魔石は、ガンズが作り出したモノだ」
ガンズと聞くと、三月に取り憑いている
不幸の記憶を好む記憶魔を思い出す。
本人は今その場にいないが、
その分身ならば、すぐ近くにいる。
「おい、ガンズの分身」
俺の声に応えるように、足元の陰が揺れる。
先程まで黒い人影だけだった陰に、赤い目が光った。
「何の用だ」
自分の陰から声が聞こえるのはなかなか慣れないが、
まあ、今はそんなことを気にしている暇はない。
それに、直に慣れるだろう。
「お前、俺の体に魔石を仕込んだのか?」
「…………いいや、俺ではない。あれは盗まれたのだ」
「盗まれた?」
「………ああ、本体の俺は犯人を知っている
このことは本体を通じて三月に知らせておこう」
「ああ、頼んだ」
この直後にぐにゃりと世界が歪み、
次に現れたのは、レイスの良く知る人物であった。
「……………」
「知り合いか?」
「俺の義理の両親と、兄だ」
俺の義理の両親は、兄と比べる人だった。
兄ならそれくらい出来た。
兄は言われずとも出来ていた。
いつも いつも 兄の自慢ばかりだ。
そのくせ、兄は俺を敵視している。
本来なら、
自分は愛されてると優越感に浸っているはずなのに。
でも俺は何も考えないことにした。
心を殺さないと、生きていけない。
笑っていないと、生意気だと殴られる。
ならば俺は、両親にとって都合の良い息子でいなければ。
いつしか、自分のことも、兄のことも、
どこか他人事のように思っていた。
気づかないうちに、俺の心は死んでいた。
「レイス、おいレイス」
「……………」
「しっかりしろ」
「!? いってててて! 何しやがる!」
あまりにもレイスが無反応だったので、
レギルはレイスの片方のほっぺたをおもいっきり引っ張る。
レイスが正気に戻ったのを確認し、手を離すと、
レイスのほっぺたは、限界まで伸ばしたゴムのように、
バチン!!! と音を立てて元に戻った。
「うむ、元気そうで何よりだ」
痛みに悶えてうずくまるレイスを見ながら、
レギルは満足そうに頷いていた。
「おま、もっとやり方あっただろ!」
「何だ、全力で殴った方が良かったか?」
「そんなことされたら全身の骨折れるわ!」
「文句の減らん奴だな……
せっかく現実に戻してやったというのに」
「それはありがとよ!」
「何を怒ってる」
その直後、過去の映像からレイスが消え、
次は義理の両親と兄が現れる。
だが、その表情は嬉しそうには見えない。
「レイスの方がもっと出来てた」
「こんなことも出来ないの? レイスはもう出来るのに」
両親の言葉を聞いた兄の顔はどこか悔しそうで、
今までレイスを睨み付けていた理由がそこにあった。
「…………どういうことだ?
あいつらが俺を誉めてる所なんて、見たことが……」
「いや、これは誉めるというよりも、
単純にお互いを競わせようとしているだけだ」
「俺達を、競わせる?」
「ああ、この義理の両親は、
お互いを比較対象にすることで、優秀な人材を作ろうとした
………片方は失敗に終わったようだがな」
「…………ああ、確かにそうだな」
また場面が変わり、次に写し出されたのは、
血まみれの義理の両親と、血がついたサーベルを持った兄。
「お前さえ、お前さえいなければ……」
義理の兄は訳のわからないことを叫びながら襲いかかる。
殺される。
幸か不幸か、氷人の力はここで発揮され、
レイスは意図せず、兄に正体を明かす形となった。
レイスの氷の体は、兄のサーベルをも弾いた。
「お前、化け物だったのか……
俺達家族に取り憑いて、不幸にしたんだな!
この疫病神が!」
俺はこの時、謎の少年の言葉の意味を知った。
信用出来る人間以外に話すなと言ったのはこういう意味かと。
そして改めて実感した。
俺は、どれだけ人間のように装っても、
結局は、人ではないのだと。
あの後捕まった兄は死刑となった。
残されたのは、兄が最後に使っていたサーベルだった。
また景色が変わる。次写るのは、きっと。
「大丈夫、怖くないよレイス
これから君が見るのは、君の記憶の一部
確かに過去は変えられないけれど、
前に進むには、過去を受け入れることが大切だから」
「リバースは済んだのか、ラミリ」
「乙女にそんな下品な質問しないでよレギル」
「レギル、他の奴にもそれ聞くんじゃねえぞ」
「? 分かった」
相変わらず緊張感が無い二人だが、
だけど、この二人ならば、
過去から逃げずに、最後まで見られる気がする。
見守ろう、この国の住人になる前の、俺の人生を。
お嬢様は、愛に飢えているお方だった。
何気なしに誉めたあの日から、お嬢様は俺の側を好んだ。
「ねえレイス、ずっと私の側にいてね
急にいなくなったりしたらダメよ?」
これは、俺とお嬢様との唯一の約束。
そして、俺を縛る唯一の鎖。
あなたが望むのならば、俺はいつまでも、あなたの側に。
お嬢様の背後に車が迫っていたあの時、
俺の体は自然とお嬢様を押して、庇っていた。
氷人は、ひかれた程度では死なない。
だが、人間の混血だから、どうしても血は出てしまう。
でも、その方が俺には都合が良かった。
お嬢様には俺の正体を知られたくなかったからだ。
決してお嬢様が嫌いだからとか、信用していないとかではない。
ただ、恐ろしかったのだ。
かつての兄のように。
俺を殺そうとしていた、義理の兄を思い出す。
俺を拒絶している目だった。
義理の兄の、氷のように冷たい目は、俺を更に臆病にさせた。
お嬢様を庇って大怪我を負った俺は、
表向きはお嬢様を危険に遭わせた責任として、
執事を辞めさせられた。
「お前がいると、娘はお前と結婚すると言い出しかねん
はっきり言おう、君が邪魔なんだよ、レイディアス」
裏の理由は、俺がお嬢様の障害になることを、
危惧してのことだった。
お嬢様が俺に好意など寄せているわけがないが、
邪魔なのであれば仕方ない。
俺は執事を辞める代わりに、
お嬢様の父親に一つの条件を出した。
「それなら、お嬢様を愛してあげて下さい
俺がいなくても、寂しくないように」
「………………ああ」
正直、あの父親が言うことを聞くとは思えなかった。
だけど、言わないよりもましだった。
どこか遠くに行こう。
お嬢様も来れないような、どこか遠くへ。
だからこそ、俺は不思議の国を選んだ。
ここなら、容易に来れないだろう。
それに、お嬢様に闇なんてあるわけがない。
あの方はとても純粋で、闇とは縁遠い性格だからだ。
お嬢様が幸せになる姿をこの目で見守れないことは残念だが、
もう既に俺は、近づけない立ち位置にいる。
それに、見守るということは、
お嬢様が死ぬ間際まで見守るということ。
お嬢様と俺の時間はあまりにも違いすぎる。
……………そうなると、俺は……
この姿のままで、お嬢様の最期を看取るのか。
だとしたら、それは……
……………お嬢様の最期を見送るのは、嫌だな……
よそう、もう俺はお嬢様とは関係ないのだ。
せめて、お嬢様には幸せになって欲しい。
お嬢様の人生に、きっと俺はいない方が良い。
さようなら、お嬢様。
どうか俺のところには来ないで下さいね。
あなたには、俺と違って未来があるのだから…
「……………思い出したよ、全部
そうか、俺は……お嬢様に会いたくなくて、
遠くに行きたくて、ここに来たんだ」
「ああ、その通りだ。そこで貴様に問う
このまま住人でいるか?それとも人間でいるか?」
「……………俺は……ここに残るよ」
「そうか、ならいい
ところで、ここから先も俺達の助けは必要か?」
「いいや、一人で行く
お前らは管理人の仕事に戻ってくれ」
「ならば行くが良い
ハートの番兵、レイディアスよ」
レイスは絵本の世界から脱出すると、
一人でダイヤの国へと足を進めた。
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