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第三章 クローバーの国
セレアの絵本
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レイス一行はズワルトを仲間に引き連れ、
クローバーの国の門の前へと辿り着いた。
「セレアは……あそこにいるな」
「やっぱセレアも絵本にされていたか……
そうだよな、
あいつがいたら魔物がこちら側に来れないからな」
セレアの種族はセイレーン。
不思議の国の住人以外が、彼女の歌を聴くと、死に至る。
故に、彼女は魔界の入り口でもある
クローバーの国の門番を任されている。
「これ以上魔物が入ってこれないように、
彼女を救ってあげないといけないわね」
「さて、そんじゃ行くか」
魅惑の歌姫ミリス・セラー。
美しき歌声は、人を惑わせ死へ誘う。
学校の校内で、美しい歌声が聞こえる。
レイス達は周りを見渡し、歌声が聞こえる方へと向かう。
「何だよここ」
「何だお前、学校知らねえのか」
「学校? 俺はローゼに教えてもらってたから、
学校なんか行ったことねえよ」
「まあ簡潔に言うとな、
複数の子供が大人に勉強を教えて貰う場所だな」
「ふーん、そういうものか
それにしては、人間の気配は無いじゃねえか」
「この時間帯だと皆帰ってる時間だろ」
窓には夕日が差し込んでおり、
本来聞こえるはずの誰かの話し声も一切なく、
校内には歌声しか聞こえてこなかった。
「まるで、セレアの為の世界みたいだな」
ズワルトは夕日を見つめながら呟く。
聞く相手もいないなら、誰も死ぬことはない。
好きなだけ歌うことが出来る孤独の世界。
誰かが死ぬことを望まない。
セレアらしい一人だけの世界が、絵本の中にはあった。
「そうだな。まるでセレアが、
一人になることを望んでいるような世界だ」
「あいつは優しすぎるからな
だからこそ、誰も死なない世界を望んだんだろ
この世界は、セレアの理想が形になったものだ」
「だとしても、ここにいても彼女の為にはなりません
一刻も早く解放しないと」
「……………そうだな……
この世界が幸せとは、限らないよな……」
「どうしたレイス、
いつものアイデンティティはどうした」
「何だよいつものアイデンティティって
俺がちゃんとしたこと言ったら悪いのかよ」
「何か企んでないよな?」
「……………」
「そうか、なら深くは追求しねえよ
だが、もしその企みがこの国の住人を傷つけるものだとしたら、
俺は迷わずテメエの首をはねるからな」
「…………ああ、俺が間違えたら、遠慮なく俺の首をはねてくれ」
「チッ。お前がしおらしいと調子狂うんだよ
テメエは普段からダメ人間なくらいがちょうどいいんだ
お前が何考えてるのかは知らねえが、
俺に斬首の介錯なんてさせんじゃねえぞ」
「…………ああ、分かってる」
「どんどん近づいてきてますよ
歌声の主はこの先のようです」
ぷち三月が指差したのは屋上への階段。
階段の途中には腹に穴が空いた人間の死体が転がっていた。
「死体は、何度見ても慣れそうにないわ」
「まあ俺らの世界ではよく見るけど、
やっぱりアリスは死体はダメか……」
「なあ、この死体持ち帰って良いか?」
「ダメに決まってるだろ」
「せめて腕一本くらいは!」
「いや、そんなもの持ち帰ったら
絵本から出る時どんな影響が出るか分からんだろ」
「大丈夫だって! この絵本の主だって、
死体の腕一本欠けても気にしないだろ!」
「俺が気にするんだよ!」
「レイスまで兄さんみたいなこと言うのか?
兄さんも粗大ゴミが増えるからやめとけって言うんだぜ?
持ち帰ったらちゃんと丁寧に保存して愛でるのに、
酷いと思わねえか?」
ズワルトはキラキラした少年のような目で、
目の前の死体を丁寧に触り、愛しそうに触れている。
彼にとっては、死体は唯一無二の宝物であり、
まるで恋人かのように丁寧に接するのだ。
そう、彼はネクロフィリア。
死体を愛する異常者なのだ。
そんなイカれた変人と、俺の意見が合うはずもない。
「あーもう、分かったよ
何が起こっても知らねえからな」
「よっしゃ!
それじゃあ俺はこの死体から腕一本貰うから、
お前らは先に行っててくれ」
俺達が先を急ぐ中、
ズワルトは鼻歌混じりに剣で死体の腕をもいでいる。
人体の一部が切り離される生々しい音を背後に聞きながら、
やはり彼とは本当の意味では分かり合えそうにないと実感した。
「この先に、セレアさんの反応があるのです」
ぷち三月は指差したのは、屋上へのドアへと続いていた。
レイスがドアを開けた途端、ピタリと歌声は止み、
屋上から誰かが落ちていく姿が目に焼きついた。
あの制服姿の少年は知っている。
クローバーの国の王の……
「カシルゼーテ」
その直後、何かが潰れるような鈍い音が響き、
女性の狂ったような笑い声が聞こえた。
「キャハハハハ! 死んだ! 遂に死んだわ!
ミリスの歌声を聞いてもなかなか死ななかったしぶとい男!
ミリスを庇って死ぬなんて馬鹿な男ね!」
セレアは屋上から下を見下ろすと、
すぐに血相を変えて屋上から飛び出す。
先程狂った笑い声を出した主であるセイレーンは、
そんな彼女の行動を面白くなさそうに見つめる。
「本当に、あんな男のどこが良いのかしらね」
「お前がセレアを苦しめている死に誘う歌の正体か」
「そうよ、私が殺してるの
ミリスに群がる汚い男共は駆除しないと」
セイレーンは新たな獲物を見つけたかのように、
不気味に笑う笑顔を崩さずレイス達を見つめていた。
「確かにそれは門番としては役に立ってる
だがこの国に来る前は、沢山の人間を殺したってことだろ?」
「それが何? 私はミリスに群がる男を駆除してるだけ
あんたらには何も悪いことはしてないじゃない」
「セレアは自分の歌によって、人が死ぬのを恐れているんだぞ」
「そんなのどうだって良いわ
私はミリスの為だけにやってるの
私の邪魔するんだったら、殺しちゃうわよ?」
突然襲いかかったセイレーンに、レイスは受け身の態勢をとる。
突き出された槍はサーベルによって受け流される。
レイスが反撃をしようにも、
セイレーンは素早い動きで定位置へと戻った。
それが何度も繰り返されていく。
「くそっ! ちょこまかと!」
レイスが乱暴にサーベルを振るうと、
セイレーンはあの狂った笑顔でかわしていく。
「キャハハハハ! 白髪の男こわーい」
「大丈夫? レイス」
「とにかくあの俊敏さが厄介だな
こっちもあいつと同じくらいの早さか、
動きを止めない限り攻撃すら出来ねえよ」
「代われ、レイス」
背後から聞き慣れた声が聞こえる。
すれ違い様、むせ返りそうな血の匂いが鼻を掠めた。
「あらあら、今度は黒い兎さん?
私、あなたとは気が合うと思ってるのよ」
「気が合う? 俺とお前が?」
「だってそうじゃない?
私は死体を愛でる趣味はないけど、
殺人鬼ってところは同じでしょ?
私、あなたの熱狂的なファンなの」
「へえ、それは光栄だな
俺にもファンなんざいたのか」
「だから、私の愛に応えてくれる?」
セイレーンは愛しい者を見る目でズワルトを見つめる。
彼は、人間だけではなく、セイレーンすら狂わせるのか。
かつて彼を愛した人間は山ほどいた。
彼に愛して貰う為に身を投げた者もいた。
けれど、望み通り愛された死体はほんの一部だ。
一部から外れた者は、彼に最後を看取られなかったり、
彼に選ばれなかったなど理由は様々だ。
ズワルトは、死体だけではなく、死にかけにも優しい。
そんな彼に惚れて、狂ってしまった女性は数知れず。
セイレーンもまた、その一人なのだろう。
「悪いが、テメエみてえなイカれ女はお呼びじゃねえよ
死んでから出直してこい
ま、例え死んでも愛してやれねえがな」
「そ、そんな……嘘よ……」
ズワルトにフラれたことを理解したセイレーンは、
表情には強い絶望が見えていた。
彼女もまた、選ばれなかった一人に加わったのだ。
「死体だったら何でも良い訳じゃない
俺にも愛でる死体の条件というものがあるんだよ」
「なら、その条件を教えてよ!
その条件に当てはまっていれば、
あなたは私を愛してくれるんでしょう?」
「お前に教えたところでもう手遅れだ
大人しく事実を受け入れて、俺の目の前から失せろ」
ズワルトがセイレーンに剣を振ると、
セイレーンは身動きもせずに受け入れ、
そのままどこかへと消えていった。
「レイス、早くセレアを追うぞ
あいつを一人にするわけにはいかねえ
それに、あのイカれ女を殺したことで、
この世界も崩れかかってるからな」
確かに周りを見てみると、
校舎にはヒビが入っており、今にも崩れそうだった。
ここももうじき崩れるだろう。
「急ぐぞお前ら!」
廊下を走っている中、窓ガラスが次々と割れていく。
俺はサーベルで破片を払い落としながら進んだ。
ズワルトもアリスが怪我をしないように
上の階から落ちてきた机などの障害物を
排除してくれているようだ。
「邪魔すんじゃねえ!」
ズワルトは机を乱暴に蹴飛ばすと、そのまま走り抜ける。
しかし、アリスの体力は限界のようだった。
「アリス、大丈夫か」
「ええ、私は大丈夫だから、レイスは先に行っておいて」
「そんなの出来るわけが……」
「どうした」
ズワルトは俺達が止まってることに気づいたのか、
すぐに戻ってきた。
「アリスがもう走れないようでな
このまま置いて先に行くわけにもいかないから困っていたんだ」
「そうか、なら……」
その直後、ズワルトはアリスを抱き抱える。
お姫様抱っこというやつだ。
「これで問題ねえな。崩れる前にさっさと行くぞ」
「………お前、分かってやってるのか?」
「は? 何の話だ。今は無駄話してる暇はねえぞ」
「いや、何でもない。早くここから脱出しよう」
「そうだな、今はここから出るのが最優先だ」
一階への階段へ向かうと、そこは既に瓦礫で埋まっていた。
「うわ、マジかよ」
ゴーストの俺なら浮遊出来るから問題ないが、
ズワルトは今アリスを抱えて…いや、何も問題はねえか。
「アリス、今からジャンプするから、
舌噛まねえよう気を付けろよ」
「ええ、分かったわ」
兎の跳躍力なら、この程度の瓦礫はただの障害物だ。
ズワルトは瓦礫の海をテンポ良く跳び跳ねて、
やがて俺達は一階へと到着した。
「よし、後は玄関に向かうだけだな
このまま一気に行くぞ」
急いで玄関から校舎を出た瞬間、ガラガラと崩れ始めた。
あのままあそこにいたら、瓦礫の下敷きになっていただろう。
ズワルトは周りが安全だということを確認すると、
ゆっくりとアリスを降ろした。
「もう歩けるな?」
ズワルトの問いかけにアリスはこくりと頷く。
ズワルトはアリスは大丈夫だと確認すると、
そのままセレアの方へと向かった。
「セレア」
セレアは一人の少年の死体に涙を流していた。
やはりあの死体はカシルゼーテだ。
カシルの体からは大きな血溜まりが出来ている。
「ごめんなさい、私のせいだよね
今度は、あなたも殺してしまった…」
カシルの死を悲しむセレアに向かって、
ズワルトは優しく語りかけた。
「気にすんな
悪いのはあのイカれ女であって、セレアが悪いわけじゃねえよ
お前は好きな歌を歌っていただけ。そうだろう?」
「でも、セイレーンは私を守る為に、彼を殺したのよ?
それはきっと心のどこかで、彼を信用しきれていなかったの」
「いいや、それは違うな
あいつのはただの押し付けだ
あれは決してお前のためにはなっていない
考えてみろ。お前はどんな世界を望んだ?」
「………誰も死なない世界」
「そうだ。お前は優しい奴だからな
だから、あいつとセレアは別物だ
決して同じ存在なんかじゃない」
「………私、許されていいの?
沢山人を殺したのに、幸せになっていいの?」
「大丈夫、今のお前には味方が沢山いるんだ
ほら帰るぞ、セレアが望んだ誰も死なない世界へ」
「…………うん」
セレアは涙を流しながら笑い、
ズワルトが差し出した手を取った。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう」
あれからセレアは絵本から出た後でも号泣し、
落ち着くまでズワルトの胸で泣いていた。
「お前、女王様にもそんなことしてるのか?」
「は? ローゼにするわけねえだろ」
「いや、女王様はお前にご執心みたいだし、
お前が何か惚れさせるような行動をしたのかと思って」
「そんなの俺が聞きてえよ
何で俺だけ毎回呼び出されんだ」
「それはお前、顔見りゃ大体分かるだろ」
「んなの分かるか! いつもの偉そうな高飛車女じゃねえか」
「あれでも気づかないって、お前相当鈍感だよな」
「はぁ? 喧嘩売ってんのか?」
「売ってねえよ。いい加減気付けって言ってるんだ」
「知らねえよ! 訳分かんねえ話をするんじゃねえ!」
「こりゃあ、女王様の恋の成就は大分先だな」
「ここから近くにウィットの本の気配がするのです」
「おっ、兄さんか。久しぶりに顔を見せておくか…」
「よし、そうと決まればさっさと行くぞ」
俺達は次の住人の絵本を解放するため、
ウィットの反応がある方向へと向かった。
クローバーの国の門の前へと辿り着いた。
「セレアは……あそこにいるな」
「やっぱセレアも絵本にされていたか……
そうだよな、
あいつがいたら魔物がこちら側に来れないからな」
セレアの種族はセイレーン。
不思議の国の住人以外が、彼女の歌を聴くと、死に至る。
故に、彼女は魔界の入り口でもある
クローバーの国の門番を任されている。
「これ以上魔物が入ってこれないように、
彼女を救ってあげないといけないわね」
「さて、そんじゃ行くか」
魅惑の歌姫ミリス・セラー。
美しき歌声は、人を惑わせ死へ誘う。
学校の校内で、美しい歌声が聞こえる。
レイス達は周りを見渡し、歌声が聞こえる方へと向かう。
「何だよここ」
「何だお前、学校知らねえのか」
「学校? 俺はローゼに教えてもらってたから、
学校なんか行ったことねえよ」
「まあ簡潔に言うとな、
複数の子供が大人に勉強を教えて貰う場所だな」
「ふーん、そういうものか
それにしては、人間の気配は無いじゃねえか」
「この時間帯だと皆帰ってる時間だろ」
窓には夕日が差し込んでおり、
本来聞こえるはずの誰かの話し声も一切なく、
校内には歌声しか聞こえてこなかった。
「まるで、セレアの為の世界みたいだな」
ズワルトは夕日を見つめながら呟く。
聞く相手もいないなら、誰も死ぬことはない。
好きなだけ歌うことが出来る孤独の世界。
誰かが死ぬことを望まない。
セレアらしい一人だけの世界が、絵本の中にはあった。
「そうだな。まるでセレアが、
一人になることを望んでいるような世界だ」
「あいつは優しすぎるからな
だからこそ、誰も死なない世界を望んだんだろ
この世界は、セレアの理想が形になったものだ」
「だとしても、ここにいても彼女の為にはなりません
一刻も早く解放しないと」
「……………そうだな……
この世界が幸せとは、限らないよな……」
「どうしたレイス、
いつものアイデンティティはどうした」
「何だよいつものアイデンティティって
俺がちゃんとしたこと言ったら悪いのかよ」
「何か企んでないよな?」
「……………」
「そうか、なら深くは追求しねえよ
だが、もしその企みがこの国の住人を傷つけるものだとしたら、
俺は迷わずテメエの首をはねるからな」
「…………ああ、俺が間違えたら、遠慮なく俺の首をはねてくれ」
「チッ。お前がしおらしいと調子狂うんだよ
テメエは普段からダメ人間なくらいがちょうどいいんだ
お前が何考えてるのかは知らねえが、
俺に斬首の介錯なんてさせんじゃねえぞ」
「…………ああ、分かってる」
「どんどん近づいてきてますよ
歌声の主はこの先のようです」
ぷち三月が指差したのは屋上への階段。
階段の途中には腹に穴が空いた人間の死体が転がっていた。
「死体は、何度見ても慣れそうにないわ」
「まあ俺らの世界ではよく見るけど、
やっぱりアリスは死体はダメか……」
「なあ、この死体持ち帰って良いか?」
「ダメに決まってるだろ」
「せめて腕一本くらいは!」
「いや、そんなもの持ち帰ったら
絵本から出る時どんな影響が出るか分からんだろ」
「大丈夫だって! この絵本の主だって、
死体の腕一本欠けても気にしないだろ!」
「俺が気にするんだよ!」
「レイスまで兄さんみたいなこと言うのか?
兄さんも粗大ゴミが増えるからやめとけって言うんだぜ?
持ち帰ったらちゃんと丁寧に保存して愛でるのに、
酷いと思わねえか?」
ズワルトはキラキラした少年のような目で、
目の前の死体を丁寧に触り、愛しそうに触れている。
彼にとっては、死体は唯一無二の宝物であり、
まるで恋人かのように丁寧に接するのだ。
そう、彼はネクロフィリア。
死体を愛する異常者なのだ。
そんなイカれた変人と、俺の意見が合うはずもない。
「あーもう、分かったよ
何が起こっても知らねえからな」
「よっしゃ!
それじゃあ俺はこの死体から腕一本貰うから、
お前らは先に行っててくれ」
俺達が先を急ぐ中、
ズワルトは鼻歌混じりに剣で死体の腕をもいでいる。
人体の一部が切り離される生々しい音を背後に聞きながら、
やはり彼とは本当の意味では分かり合えそうにないと実感した。
「この先に、セレアさんの反応があるのです」
ぷち三月は指差したのは、屋上へのドアへと続いていた。
レイスがドアを開けた途端、ピタリと歌声は止み、
屋上から誰かが落ちていく姿が目に焼きついた。
あの制服姿の少年は知っている。
クローバーの国の王の……
「カシルゼーテ」
その直後、何かが潰れるような鈍い音が響き、
女性の狂ったような笑い声が聞こえた。
「キャハハハハ! 死んだ! 遂に死んだわ!
ミリスの歌声を聞いてもなかなか死ななかったしぶとい男!
ミリスを庇って死ぬなんて馬鹿な男ね!」
セレアは屋上から下を見下ろすと、
すぐに血相を変えて屋上から飛び出す。
先程狂った笑い声を出した主であるセイレーンは、
そんな彼女の行動を面白くなさそうに見つめる。
「本当に、あんな男のどこが良いのかしらね」
「お前がセレアを苦しめている死に誘う歌の正体か」
「そうよ、私が殺してるの
ミリスに群がる汚い男共は駆除しないと」
セイレーンは新たな獲物を見つけたかのように、
不気味に笑う笑顔を崩さずレイス達を見つめていた。
「確かにそれは門番としては役に立ってる
だがこの国に来る前は、沢山の人間を殺したってことだろ?」
「それが何? 私はミリスに群がる男を駆除してるだけ
あんたらには何も悪いことはしてないじゃない」
「セレアは自分の歌によって、人が死ぬのを恐れているんだぞ」
「そんなのどうだって良いわ
私はミリスの為だけにやってるの
私の邪魔するんだったら、殺しちゃうわよ?」
突然襲いかかったセイレーンに、レイスは受け身の態勢をとる。
突き出された槍はサーベルによって受け流される。
レイスが反撃をしようにも、
セイレーンは素早い動きで定位置へと戻った。
それが何度も繰り返されていく。
「くそっ! ちょこまかと!」
レイスが乱暴にサーベルを振るうと、
セイレーンはあの狂った笑顔でかわしていく。
「キャハハハハ! 白髪の男こわーい」
「大丈夫? レイス」
「とにかくあの俊敏さが厄介だな
こっちもあいつと同じくらいの早さか、
動きを止めない限り攻撃すら出来ねえよ」
「代われ、レイス」
背後から聞き慣れた声が聞こえる。
すれ違い様、むせ返りそうな血の匂いが鼻を掠めた。
「あらあら、今度は黒い兎さん?
私、あなたとは気が合うと思ってるのよ」
「気が合う? 俺とお前が?」
「だってそうじゃない?
私は死体を愛でる趣味はないけど、
殺人鬼ってところは同じでしょ?
私、あなたの熱狂的なファンなの」
「へえ、それは光栄だな
俺にもファンなんざいたのか」
「だから、私の愛に応えてくれる?」
セイレーンは愛しい者を見る目でズワルトを見つめる。
彼は、人間だけではなく、セイレーンすら狂わせるのか。
かつて彼を愛した人間は山ほどいた。
彼に愛して貰う為に身を投げた者もいた。
けれど、望み通り愛された死体はほんの一部だ。
一部から外れた者は、彼に最後を看取られなかったり、
彼に選ばれなかったなど理由は様々だ。
ズワルトは、死体だけではなく、死にかけにも優しい。
そんな彼に惚れて、狂ってしまった女性は数知れず。
セイレーンもまた、その一人なのだろう。
「悪いが、テメエみてえなイカれ女はお呼びじゃねえよ
死んでから出直してこい
ま、例え死んでも愛してやれねえがな」
「そ、そんな……嘘よ……」
ズワルトにフラれたことを理解したセイレーンは、
表情には強い絶望が見えていた。
彼女もまた、選ばれなかった一人に加わったのだ。
「死体だったら何でも良い訳じゃない
俺にも愛でる死体の条件というものがあるんだよ」
「なら、その条件を教えてよ!
その条件に当てはまっていれば、
あなたは私を愛してくれるんでしょう?」
「お前に教えたところでもう手遅れだ
大人しく事実を受け入れて、俺の目の前から失せろ」
ズワルトがセイレーンに剣を振ると、
セイレーンは身動きもせずに受け入れ、
そのままどこかへと消えていった。
「レイス、早くセレアを追うぞ
あいつを一人にするわけにはいかねえ
それに、あのイカれ女を殺したことで、
この世界も崩れかかってるからな」
確かに周りを見てみると、
校舎にはヒビが入っており、今にも崩れそうだった。
ここももうじき崩れるだろう。
「急ぐぞお前ら!」
廊下を走っている中、窓ガラスが次々と割れていく。
俺はサーベルで破片を払い落としながら進んだ。
ズワルトもアリスが怪我をしないように
上の階から落ちてきた机などの障害物を
排除してくれているようだ。
「邪魔すんじゃねえ!」
ズワルトは机を乱暴に蹴飛ばすと、そのまま走り抜ける。
しかし、アリスの体力は限界のようだった。
「アリス、大丈夫か」
「ええ、私は大丈夫だから、レイスは先に行っておいて」
「そんなの出来るわけが……」
「どうした」
ズワルトは俺達が止まってることに気づいたのか、
すぐに戻ってきた。
「アリスがもう走れないようでな
このまま置いて先に行くわけにもいかないから困っていたんだ」
「そうか、なら……」
その直後、ズワルトはアリスを抱き抱える。
お姫様抱っこというやつだ。
「これで問題ねえな。崩れる前にさっさと行くぞ」
「………お前、分かってやってるのか?」
「は? 何の話だ。今は無駄話してる暇はねえぞ」
「いや、何でもない。早くここから脱出しよう」
「そうだな、今はここから出るのが最優先だ」
一階への階段へ向かうと、そこは既に瓦礫で埋まっていた。
「うわ、マジかよ」
ゴーストの俺なら浮遊出来るから問題ないが、
ズワルトは今アリスを抱えて…いや、何も問題はねえか。
「アリス、今からジャンプするから、
舌噛まねえよう気を付けろよ」
「ええ、分かったわ」
兎の跳躍力なら、この程度の瓦礫はただの障害物だ。
ズワルトは瓦礫の海をテンポ良く跳び跳ねて、
やがて俺達は一階へと到着した。
「よし、後は玄関に向かうだけだな
このまま一気に行くぞ」
急いで玄関から校舎を出た瞬間、ガラガラと崩れ始めた。
あのままあそこにいたら、瓦礫の下敷きになっていただろう。
ズワルトは周りが安全だということを確認すると、
ゆっくりとアリスを降ろした。
「もう歩けるな?」
ズワルトの問いかけにアリスはこくりと頷く。
ズワルトはアリスは大丈夫だと確認すると、
そのままセレアの方へと向かった。
「セレア」
セレアは一人の少年の死体に涙を流していた。
やはりあの死体はカシルゼーテだ。
カシルの体からは大きな血溜まりが出来ている。
「ごめんなさい、私のせいだよね
今度は、あなたも殺してしまった…」
カシルの死を悲しむセレアに向かって、
ズワルトは優しく語りかけた。
「気にすんな
悪いのはあのイカれ女であって、セレアが悪いわけじゃねえよ
お前は好きな歌を歌っていただけ。そうだろう?」
「でも、セイレーンは私を守る為に、彼を殺したのよ?
それはきっと心のどこかで、彼を信用しきれていなかったの」
「いいや、それは違うな
あいつのはただの押し付けだ
あれは決してお前のためにはなっていない
考えてみろ。お前はどんな世界を望んだ?」
「………誰も死なない世界」
「そうだ。お前は優しい奴だからな
だから、あいつとセレアは別物だ
決して同じ存在なんかじゃない」
「………私、許されていいの?
沢山人を殺したのに、幸せになっていいの?」
「大丈夫、今のお前には味方が沢山いるんだ
ほら帰るぞ、セレアが望んだ誰も死なない世界へ」
「…………うん」
セレアは涙を流しながら笑い、
ズワルトが差し出した手を取った。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう」
あれからセレアは絵本から出た後でも号泣し、
落ち着くまでズワルトの胸で泣いていた。
「お前、女王様にもそんなことしてるのか?」
「は? ローゼにするわけねえだろ」
「いや、女王様はお前にご執心みたいだし、
お前が何か惚れさせるような行動をしたのかと思って」
「そんなの俺が聞きてえよ
何で俺だけ毎回呼び出されんだ」
「それはお前、顔見りゃ大体分かるだろ」
「んなの分かるか! いつもの偉そうな高飛車女じゃねえか」
「あれでも気づかないって、お前相当鈍感だよな」
「はぁ? 喧嘩売ってんのか?」
「売ってねえよ。いい加減気付けって言ってるんだ」
「知らねえよ! 訳分かんねえ話をするんじゃねえ!」
「こりゃあ、女王様の恋の成就は大分先だな」
「ここから近くにウィットの本の気配がするのです」
「おっ、兄さんか。久しぶりに顔を見せておくか…」
「よし、そうと決まればさっさと行くぞ」
俺達は次の住人の絵本を解放するため、
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クラスメイトの美少女と無人島に流された件
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