冥府探偵零時

札神 八鬼

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本編

第二十三話 ヘンゼル殺人事件【後編】

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4月1日、とあるショッピングモールで、
桜色のリボンをした幼い少女と、
おっとりとした印象のある女性が揃って歩いていた。
桜色のリボンをした少女は、
丁寧に包装された包みを大事そうに胸に抱える。

「零人お兄ちゃん、喜んでくれるかな?」

「れーくんなら、桜ちゃんがくれたものなら、
きっとどんな物でも喜んで使ってくれるよ」

「気に入ってくれると良いなぁ
お兄ちゃん、大事に使ってくれると良いんだけど」

「二人で一緒に選んだもの
きっと気に入ってくれるよ」

「あ、そうだ小鳥ちゃん」

桜は小鳥にしゃがむように促し、
小鳥がしゃがむと髪に何かを結び始める。

「これでよしっと!もういいよ!」

小鳥が結ばれたものに視線を移すと、
それは桜が身に付けているものと同じ、
桜色のリボンだった。

「小鳥ちゃんにプレゼント!」

「良いの?これ、桜ちゃんのお気に入りでしょ?」

「お気に入りだからあげたいの!
これで小鳥ちゃんとおそろいだね!」

桜は自分と同じ桜色のリボンが揺れる小鳥を見上げながら、
嬉しそうに笑う。
それにつられて小鳥も綻ぶように笑った。

「ありがとう、桜ちゃん
このリボン、大事にするね」

さあ帰るかという所で、靴屋に並べてあった
ガラスの靴が目に入った。
普通の靴が置いてある中、場違いなガラスの靴が、
ポツンと他の靴と同じように置かれており、
一際目立っているように感じた。
他の人も違和感があるようで、
興味深そうにガラスの靴をチラチラと見ているようだ。

「何だろう?あれ……」

直接手に取って調べてみても、普通のガラスの靴だ。
特におかしい所は見受けられない。
何故か靴屋に置いてあったガラスの靴を見た桜は、
キラキラとした瞳でガラスの靴を見つめていた。

「すごーい!本物のガラスの靴だぁ!」

「桜ちゃん、シンデレラ好きなの?」

「うん!だって綺麗なドレスを着て、
ガラスの靴を履けば、王子様に会えるんでしょ?」

桜はうっとりとした表情を浮かべる。
まだ6歳だからか、物語の王子様に憧れがあるようだ。

「ねぇ、ガラスの靴履いてみない?」

桜ちゃんの視線は間違いなく私に向いている。

「え、わ、私?」

「うん!もしかしたら、シンデレラかもしれないでしょ?」

「で、でも、多分私は……」

「そんなのやってみないと分からないじゃん!
もしかしたらピッタリかもしれないし!」

桜ちゃんの純粋な瞳に逆らえず、
結局私はガラスの靴を履くことになった。
けどこんな貴重そうなもの、
勝手に履いて良いものか迷ったので、
とりあえず店員さんに確認を取ることにする。

「すみません」

「はい、何でしょうか」

「この靴、試しに履いてみても良いですか?」

「はい、構いませんよ」

店員さんからの許可も取ったし、
早速履いてみることにする。

「あんな靴、置いてたかな……」

背後から聞こえた店員の声が不穏だったが、
私はその時、聞かなかったフリをしたのだ。
履いていた靴を両方脱ぎ、ガラスの靴に足を入れる。
それは不思議とするりと何の引っ掛かりもなく入り、
ピッタリと私の足にハマった。

「わぁ、小鳥ちゃんピッタリだぁ!」

桜ちゃんは嬉しそうにぱちぱちと拍手を送る。
私は照れ臭そうに頭を掻いた。

「で、でも、私には似合ってないよ……」

「そんなことないよ!
小鳥ちゃんシンデレラみたいだもん!」

「シンデレラ……」

頭の中にシンデレラという言葉が木霊する。
まさか私がシンデレラなんて言われる日が来るなんて。

「ありがとう、桜ちゃ……」

その直後、足元からの激しい爆風によって、
私の体は砕けてしまったのだと思う。
それくらいには突然のことだったのだ。
バラバラ、バラバラ、宝石を砕くように、バラバラと。
私の最後の記憶、下半身が吹き飛んだ私と、
全身大火傷を負って死にかけている桜ちゃんが見える。
私はせめてプレゼントだけは残せるよう、
上半身だけで這うように桜ちゃんへと近づく。

「これ……冥府に持っていって……」

桜ちゃんは私にほとんど焼け焦げたプレゼントを差し出す。

「れーくんに渡すんじゃなかったの?」

「ダメなの……これじゃ……これじゃダメ……
残してしまえば……きっとお兄ちゃんを苦しめちゃう」

桜ちゃんは最後の力を振り絞りながら、掠れた声で話す。

「だからこれは……冥府で会えた時……に渡して……
これは……辛い思い出の……遺品じゃなくて……
楽しい……思い出の品で……あって欲しい…から……」

全てを伝え終えると、桜ちゃんは電池が切れたように動かなくなった。

今でもあの出来事は鮮明に思い出せる。
どうしてあの時爆弾が爆発したのかは分からない。
けれどもしかしたらあの爆弾は、
『シンデレラ』という言葉に反応したのかなと、
今ではそう思っているんだ。

◇◇◇

「月光クラスのヘンゼル?」

零時は小鳥と別れると、
月光クラスのグレーテル達に
ヘンゼルについて聞き込みをしていた。

「はい、今日転生する予定だった
月光クラスのヘンゼルが暖炉で焼死体として発見されたのですが、
彼について知っていることはありませんか?」

「あー、彼ねぇ
あの評判が悪かった月光クラスの……」

「何か心当たりでも?」

「私達は詳しくは知らないんだけど、
彼どうやら、月下美人クラスの子に、
暴行を働いてたらしいのよ
私達は噂しか知らないけど、結構有名なの」

「暴行……ですか」

「ええ、まだ幼いグレーテルを虐めてたらしいのよ
しかも複数のヘンゼルでね
こんな事言ったらあれだけど……自業自得よねぇ」

「貴重な情報ありがとうございました
月下美人クラスのグレーテルに聞いてみますね」

零時は月光クラスのグレーテルに頭を下げると、
月下美人クラスのグレーテルを探すために、
階段を降りていく。
その時、二階で赤いリボンを付けたグレーテルが通りすぎた。
見ると、それは青いタイプリボンのグレーテルのようで、
ポニーテールに赤いリボンが結ばれている。

「すみません」

赤いリボンのグレーテルに、零時さんが話しかける。
声をかけられたグレーテルは振り返り、
私達に顔を向ける。
見た目はまだ幼さが残る可愛らしい少女だ。

「零時さんこの人……」

「ああ、8時に雑巾がけをしていたグレーテルだ」

「何か御用でしょうか」

私達に呼び止められた赤いリボンのグレーテルは、
不思議そうに首をかしげる。

「今日発見された被害者について聞き込みをしてまして
何か心当たりはありませんか?」

「心当たりですか……」

「どんな些細な事でも構いません
知っていることがあれば話して下さると有り難いです」

「そうですね……グレーテル……
特に赤いタイプリボンのグレーテルと、
青いタイプリボンのグレーテルからは、
恨まれていたと思いますよ」

「それについては月光クラスの方も話していました
確か……複数のヘンゼルで暴行していたとか……」

「はい、その取り巻きも月光クラスのヘンゼルです
自分達に逆らえないからって、
憂さ晴らしにやっていたんですよ」

「なるほど……あなたも被害に遭っていたんですか?」

「え?」

「服に隠れてはいますが……痣のようなものが見えたので」

零時さんはグレーテルの袖の部分を指差す。
言われてみれば服の隙間から痣のようなものが見えている。

「暴行となれば、そのヘンゼル達も
きちんと逮捕しなければいけませんね
そいつらの特徴とか覚えてます?」

「はい、どこの部屋のヘンゼルかも分かります」

「では、どこの部屋のヘンゼルか教えて下さい
写真とかあれば有り難いのですが」

「ああそれなら、証拠として撮った写真が……」

「拝見しても宜しいですか?」

「はい、構いませんよ」

グレーテルは三成に写真を手渡す。
どうやら彼らがグレーテルを虐めてる時の写真のようだ。
赤いタイプリボンのグレーテルが殴られていたり、
髪を引っ張られていたりしている。
彼女達を虐めるヘンゼルの顔は、
意地が悪そうな笑顔を浮かべていた。

「これは酷いな……」

「許せませんね……こういう卑怯な奴らは、
二度とこんなことしなくなるまで、
ボコボコに殴りたくなってしまいます」

「こんな奴らがいつか転生するかと思うと、
気が重くなってしまいそうだ」

「こいつら地獄行き申請しときます?」

「構わないがきちんと上司に話は通しておけよ」

見てるだけで怒りが沸いてきそうな写真を見つめると、
その中でリーダーらしきヘンゼルを見つける。

「この人がリーダーでしょうか……」

「他の写真を見るに、
恐らくこいつがリーダーで間違いなさそうだな」

「ああ、この人が今日死んだ人ですよ」

そう言ってグレーテルは、写真の中から
リーダーらしきヘンゼルを指差す。

「今回の被害者が、いじめのリーダーだったんですね……」

「どうやらそのようだな」

零時さんが興味深そうに写真を見つめるなか、
私はグレーテルの赤いリボンが目に入る。
良く見ると、赤いリボンが少しボロボロになっているような気がした。

「随分とボロボロですね、それ
長く愛用してるんですか?」

「ええはい、初めて自分のお給料で買った
思い出のリボンなんです」

リボンを誉められたからか、
グレーテルは嬉しそうにリボンを触っている。
そんなグレーテルを、零時さんは無言で見つめていた。

「どうしたんですか?零時さん」

「いや、少し気になることがあってな
だが、まだ憶測の域を出ないから、
ここで言及するのは控えておこう」

「そうなんですか?
では私は遼さんにこの写真を渡しに行くので、
零時さんは引き続き捜査を続けて下さいね!」

「ああ、分かった」

「あの、もう良いですかね?」

「ええ、ご協力ありがとうございました」

三成が急いで一階へと降りていくのを見届けた後、
零時は赤いリボンのグレーテルに礼を言うと、
月光美人クラスに聞き込みをするために、
同じく一階へと降りていったのだった。

◇◇◇

「遼先輩!」

「ああ、三成じゃないか
そんなに急いでどうしたんだい?」

三成が怒りながら遼に話しかけると、
遼は穏やかな顔を三成に向ける。

「聞いてくださいよ!あいつらいじめをしてたんですよ!?」

「ああ……そのことか
それはこちらでも確認が取れているよ
どうやら被害者は月光クラスに入ってから、
下のクラスのグレーテルを虐めるように
なったようだよ」

「その頃から悪いヘンゼルと関わり始めた……
ということなんですかね」

「どうやらそのようだよ
いじめに関わってたヘンゼル達は、
個人そのものは大して影響力はないんだが、
今回の被害者が厄介でね
権力者の息子だったんだよ」

「それで、あれよあれよとリーダーになったと……
それはそれとして最低なので、
残ったヘンゼル共をまとめて地獄送りにして良いですか?」

「うんまあ、気持ちは大いに分かるけど……
ちゃんと受理されるかは分からないよ?
子悪党ではあるが、大罪ではないからね」

「受理させてみせますよ、力付くで
あんなのが転生してはいけません」

「頼むから暴力沙汰だけはやめてね……」

シュッシュと殴る動作を始めた三成に対して、
遼は宥めるように制する。
そして零時がいないことに気付き、三成に問いかける。

「あれ?零時くんは?」

「零時さんなら聞き込みに行ってると思いますよ」

「そうか……なら彼に耳に入れておいて欲しい情報があるんだけど、
代わりに伝えておいてくれるかな?」

「分かりました、どんな情報ですか?」

「被害者の相方……つまりグレーテルなんだけどね
彼女も一週間前に暖炉で見つかってるんだよ
まだ犯人は見つかっていないんだけど」

「グレーテルが……今は相方いないんですか?」

「いや、別のグレーテルが相方になったようだよ
けれど……今回の事は彼女は何も知らないようだし……
特に殺人の動機になるものは見つからなかったよ
だから、被害者の相方が殺した線は薄いかな」

「分かりました、零時さんに伝えておきますね」

◇◇◇

零時さんを探していると、小鳥さんと出会った。
幼馴染みの彼女なら、零時さんがどこに行ったか
分かるかもしれない。
私は小鳥さんに笑顔で話しかける。
私の声に反応すると、小鳥さんはふわりと笑う。

「小鳥さん!」

「あら、三成さん
れーくんとは別行動なの?」

「はい!今は零時さんを探しているところです!」

「れーくんなら被害者になったヘンゼルの部屋に
行ってるはずよ
今から行けばまだいるんじゃないかしら」

「ありがとうございます!早速行ってみますね!」

「ねえ、三成さん」

「何でしょうか?」

「今、れーくんは幸せかしら?」

「…………はい、とっても
ストーカーに囲まれて表向きは鬱陶しそうにしてますが、
私が零時さんに出会った頃に比べると……」

◇◇◇

私と零時さんが出会った頃を思い出す。
その頃はまだストーカーの人も月宮くんもいなくて、
ただ一人で探偵をしていた頃だった。
遼先輩に彼を見張っておくよう言われ、
零時さんに助手としてくれるよう、
お願いしたあの日を覚えている。

「警察が、俺の助手に?」

「はい、遼先輩から頼まれまして」

「へぇ、あの守護神から……」

あの頃の零時さんは……脱け殻のようだった。
今のように表情豊かじゃなかったし、
ストーカーに対して露骨に態度を変えたり、
苛立ちを見せるような人でもなかった。
まるで生きることを諦めているような……
そんな目をしていたんだ。

「どうです?助手にしてくれますか?」

「…………良いだろう、警察がいた方が
色々と面倒な事態を省けそうではあるからな
そこまで言うならお前を助手にしよう」

「零時さん、私はお前ではありません
今日から晴れて助手になったので、
これからは三成と読んでください」

「呼び方なぞさして重要ではないだろう」

「呼んでください」

「…………お前、見た目に反して随分と頑固な女だな……
では三成、これからお前は俺の手足だ
精々役に立つように動けよ」

◇◇◇

「積極的に感情を出すようになりましたし、
私達に興味を持ち、好きなものを覚えてくれるくらいには、
歩み寄ってくれるようになりました」

「そう………良かったわ」

小鳥さんは心底ほっとして、嬉しそうに微笑む。
その顔を見れば、彼女がどれだけ零時さんを
大事に思っていたのかが、ひしひしと伝わってきた。

「だから、もう大丈夫ですよ
零時さんは、きちんと前に進んでいるんです」

「ふふっ、あなたがいてくれて本当に良かった
れーくん、何かと一人で抱えがちだから」

小鳥さんは懐かしそうに目を細める。

「そっか……頼ることを覚えたのね
一人で抱え込まずに、助けを求めることを覚えたんだ
それなら……れーくんはもう大丈夫ね」

「その言い方だと、まるで転生しそうな言い方ですね」

「ふふっ、今のところ転生する気はないわ
れーくんを一人にするのは心配だもの
れーくんが転生するまで、私も転生してやるものですか」

小鳥さんはふんすと胸を張る。
きっと小鳥さんなりの気遣いなのだろう。
相変わらず零時さん想いの優しい人だ。

「では私は零時さんの所に行ってきます
小鳥さん、また機会があれば話しましょうね!」

「ええ、また今度話しましょう」

小鳥さんは私が見えなくなるまで笑顔で手を降ってくれた。

◇◇◇

「なるほど、そんなことが……」

遼さんから聞いた事を伝えると、
零時さんは考え込むような仕草をする。

「零時さんは何か分かったことはありますか?」

「ああ、あの赤いリボンのグレーテルがいただろう?」

「ああ、あの青いタイプリボンのグレーテルですか?」

「そうだ、どうやらその一週間前に死んだグレーテルと
赤いリボンのグレーテルは仲が良かったそうでな
二人揃って親密そうに会話をしている場面を
何度か見たことがあるそうだ」

「前の相方と仲が良いのは分かりましたけど……
それと被害者に何の関係があるんですか?」

「今はそれを探しているんだ
この部屋に何かあると良いんだが……」

零時さんは被害者の部屋に入り、
何か怪しいものがないか調べているようだ。
引き出しを開けた時、気になるものを見つけたのか、
引き出しの中から一枚の紙を取り出した。

「これは……」

「何ですか?それ……」

私が見えにくそうにしているのが見えたのか、
零時さんは持っていた紙を、
私の見えるところまで下げてくれた。
零時さんの手の中の紙を見てみると、
このような事が書いてあった。

〝お前がグレーテルを殺した〟

「何ですか?この紙
随分と物騒ですねぇ」

「なるほど……そういうことか」

零時さんは何か分かったようで、ニヤリと口角を上げる。
私はさっぱり分からないので、零時さんに直接
聞いてみることにした。

「何か分かったんですか?」

「犯人も動機も分かった
後はそれを証明するだけだ
三成、あの赤いリボンのグレーテルを、
食堂の暖炉の前に呼び出してくれ」

◇◇◇

赤いリボンのグレーテルは、暖炉の前で零時さんに話しかける。

「探偵さん、お話とは何でしょうか」

「単刀直入に言いましょう
ヘンゼルを殺したのは……あなたですね?」

「…………どうしてそう思ったんですか?」

「まず殺人現場のおさらいからしましょう
俺達はこの暖炉で遺体を見つけました
そうですね?」

「はい、確か探偵さん達が見つけたんですよね?」

「ですが、どうやら本当の殺人現場は、
暖炉ではなくパン釜のようなんですよ
いやぁ、物語でパン釜に突っ込むのは魔女のはずなのに、
現実ではヘンゼルが突っ込んでいるのですから、
不思議なこともあるものですね」

「何故、パン釜が殺人現場だと?」

「被害者の引っ掻き傷らしきものが残っていました
それと……リボンの切れ端のようなものも……」

その言葉にグレーテルはハッとリボンを見る。
言われてみればリボンの一部が短いような気もする。
それに、何だか焦げている部分もあるような……

「あなたはパン釜の前で被害者と口論し、
何を思ったのか、被害者はあなたのリボンを
パン釜に入れ、燃やそうとした。
その焦げた痕はその後に出来たものですね?」

「……………」

グレーテルは何も言わない。
零時さんの推理が合っているのだろうか。

「そしてあなたはヘンゼルをパン釜に押し込み、
ヘンゼルが死んでから死体を暖炉に入れた
かつてのグレーテルと同じ死にかたをさせるために」

「はい………」

「グレーテルさん、確かにあいつがクソ野郎なのは確かですが、
どうしてヘンゼルさんを殺したんですか?」

私がグレーテルに理由を聞くと、
グレーテルは怒りのこもった顔で話し始める。

「あいつが……あいつがグレーテルを殺したのよ
自分を振ったからというくだらない理由で……」

「だから、ヘンゼルにあの紙を送り付け、
あのパン釜の前に呼び出したんですね?」

「ええ、そうしたらあいつ……
金をやるからこの事を黙っててくれと言い出したのよ?
許せなかった……あんな奴が転生したら、
あの子のような犠牲者がもっと増えてしまう
だから……殺してやったのよ」

「そしてヘンゼルを暖炉まで引きずった時に出来た灰は、
掃除の時間に全て拭き取ったんですね?」

「ええ、それなら誰も疑問に思わないし……
パン釜と暖炉の近くの灰さえ拭き取れば、
不思議には思われないでしょう?」

「…………気持ちは分かります
けれど、犯罪であることは変わりません
きちんと罪を償って下さいね」

「ねえ、逮捕される前に一つ聞きたいの」

グレーテルの視線は間違いなく私に向いていた。

「はい、何でしょうか?」

「私を虐めたあいつら、皆地獄に行くかしら」

「行かせて見せますよ、力付くでも」

「そう……絶対に地獄行きにしてね
あいつらを転生させたら、きっとろくなことにならないから」

こうして、犯人は無事に捕まり、
ヘンゼル殺人事件は幕を閉じたのだった。

◇◇◇

「れーくん!」

お菓子の家から帰る時に、小鳥さんから呼び止められる。
見ると、手には丁寧にラッピングされた箱を持っていた。

「これ、桜ちゃんかられーくんへ、
少し遅くなったけど誕生日プレゼントよ」

「桜から……」

「あの子、お兄ちゃんを心配させないよう、
生きて幸せになるんだって、
先に転生してしまったんだけど、
このプレゼントを渡すように頼まれていたのよ」

「……………そうか、桜は転生したのか……」

零時さんはほっとしたような、でも悲しそうな、
そんな表情を浮かべながら箱を開ける。

「これは……ネクタイピン?」

中に入っていたのは、白馬のネクタイピンだった。
零時さんは箱の中からネクタイピンを取り出すと、
不思議そうにネクタイピンを眺める。

「ほら、れーくん刑事だったでしょ?
良くネクタイしてるから、
自分達を象徴するネクタイピンにしようって」

「ああ、そっか、そうだったな
生前の俺の苗字は……白馬しろばだった」

「結構そのままなんですね」

「ふふっ、そうね
けれど……悩みに悩んで決めたの
飾りっ毛のないれーくんが、
身に付けてくれそうなものを選んだつもりよ」

「飾りっ毛のないって……少し失礼なんじゃないか?」

「あら、間違ってはいないでしょう?
れーくん桜ちゃんを養うのに必死で、
オシャレとか興味なかったじゃない」

「それは、そうだが……」

小鳥さんの言葉に、零時さんは照れ臭そうに頭を掻く。
昔は今みたいに香水も付けていなかったのだろうか。

「それに比べると、れーくんは随分とおしゃれさんになったね
かっこ良くなったと思う!」

「か、からかうなよ!
お前はいつまでも俺を子供扱いするな!」

「ふふっ、だってれーくんとは三つも離れてるもの
私にとってれーくんはずっと、可愛い弟よ」

零時さんは白馬のネクタイピンを、
自分のネクタイに付ける。
その目は不安そうに揺れていた。

「ど、どうだ?変じゃないか?」

「似合ってるよれーくん!
ずっとそこに付いてたみたい!」

「それは……誉めてると捉えて良いのか?」

零時さんは喜ぶべきか怒るべきなのか、
微妙な顔を浮かべながら呆れている。

「とても似合ってますよ、零時さん」

「当たり前だろう、桜が選んだプレゼントだぞ?」

私が誉めると、零時さんは誇らしそうに笑った。
とても幸せそうに、朗らかに……

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