冥府探偵零時

札神 八鬼

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本編

第二十一話 ヘンゼル殺人事件【前編】

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児童教育施設『お菓子の家』
素行が悪い子供が預けられる施設であり、
この施設に預けられた生徒は、
ヘンゼル役とグレーテル役の二人一組に分けられる。
ヘンゼル役は基本的に部屋から一歩も出ずに、
勉強漬けのスケジュールを組まれる代わりに、
お菓子や服などの贅沢な生活を送り、
グレーテル役は外での販売用のお菓子や、
家事などは全てグレーテル役が担当する。
このお菓子の家に行ったことはないから、
詳しいことは私も知らないけれど、
『悪いことしてるとお菓子の家に連れていくよ!』
と、母親に言われた時は泣き叫んだものだ。

そのお菓子の家を管理していたのが、
白石 小鳥しらいし ことり
彼女はお菓子の家の子供達を仕切る最高責任者だったが、
シンデレラ爆弾事件に巻き込まれて死亡したことで、
お菓子の家は解散となってしまった。
現世でのお菓子の家が消えた今、
現世で死んだ白石 小鳥は今どこにいるのだろうか。

◇◇◇

4月1日、私は出掛ける準備を整えると、
ソファーに座ってコーヒーを飲んでいる零時さんに声をかける。

「零時さん、一緒に着いてきてくれません?」

「構わないが……どこに行くつもりだ?」

「お菓子の家に行くんですよ
今日転生日の子がそこにいるんです」

彼岸警察は転生が近い人を迎えに行くのも仕事だ。
転生日の冥府の住人を迎えに行き、
希望に合わせて転生場所に連れていく。
今日は私が転生日の住人を連れていく担当なのだ。

「お菓子の家か……」

「知ってるんですか?零時さん」

「ああ、そこには幼馴染みがいるんだ
ついでだし顔を見せに行くか」

「幼馴染み?零時さんにも幼馴染みいたんですね」

「普通に失礼だなお前……」

零時さんは呆れた顔をしながらも、
上着を羽織り、探偵事務所の玄関に鍵をかけた。

◇◇◇

まだ桜が咲く前の街路樹を歩いていると、
隣を歩いてる零時さんが口を開く。

「三成、シンデレラ爆弾事件は覚えているか?」

「ああ、覚えてますよ
それがどうかしたんですか?」

「さっき言った俺の幼馴染みも、
シンデレラ爆弾事件の被害者なんだ……」

「シンデレラ爆弾事件の……」

初めて聞いた零時さんの過去に驚愕する。
零時さんは生前に、幼馴染みをテロで失っていたのか……
そういえば、零時さんには妹さんもいたらしいが、
妹さんはどうしているのだろうか。

「じゃあ、妹さんは?」

「………………」

零時さんからの返答はない。
言いたくないことなのだろうか。

「零時さん?」

「………………妹も、一緒だったらしい」

ようやく口を開いた零時さんから、
衝撃的なことが告げられる。
零時さんはどこか自分のことを語りたがらないことがあるが、
これが理由だったのかもしれない。

「……………幼馴染み、早く会えると良いですね」

「………………そうだな」

私と零時さんはお菓子の家に着くまで、
一言も話さず、無言で歩いていた。

◇◇◇

4月1日の午前8時。
お菓子の家に辿り着いたら、
焦げ茶の髪に茶色の瞳で、髪を一つにまとめている
大人しそうな女性が出迎えてくれる。

「ようこそおいでくださいました刑事さん
あれ?あなたもしかして……」

「久しいな、小鳥」

「もしかして、この人が零時さんの幼馴染みですか?」

「ああ、三成もお菓子の家を知ってるということは、
名前くらいは知っているだろう?」

「はい、知っていますよ
白石 小鳥さんですよね?」

「そうだ、彼女こそがお菓子の家の最高責任者であり、
シンデレラ爆弾事件の被害者だ」

「久しぶりだね、れーくん
こうして会うのは何年ぶりかなぁ」

小鳥さんは嬉しそうにほわほわと笑う。
ふわりと笑う笑顔は、言葉に出来ない安心感を覚える。

「小鳥、今回は隣にいる三成の付き添いで来たんだ」

「そうなんだ!せっかくだからゆっくり見ていってね!
そういえば、昔と比べるとれーくん大きくなったよねぇ
この前までこーんなに小さかったのに!」

そう言いながら、小鳥さんは手を下の方に下げる。
零時さんも昔はそれくらいの身長だったのだろうか。

「い、いつまでそのことを言ってるんだ小鳥
俺はもう小さなガキじゃないんだぞ」

あ、あの零時さんが照れてる!珍しい!

「おい、三成何だその目は」

「いや、零時さんが照れてるの珍しいなって」

私がからかうように言うと、零時さんに頭を掴まれる。
零時さん、痛いです。

「三成、随分と言うようになったじゃないか!えぇ?
普段誰がお前の面倒を見てるか忘れたのか?」

「れ、零時さんです……」

「そうだろう?」

「脅迫は犯罪ですよ零時さん!」

「俺に頭掴まれながら言うセリフじゃないぞ三成」

ようやく零時さんが手を離してくれたので、
私は痛む頭を労りながら白石さんに向き直る。
何故か白石さんは微笑ましそうにその光景を見守っていた。

「あんなに小さくて、私を見上げてたれーくんが、
今じゃあ私より大きくなって……成長したねぇ」

「え、零時さん昔小さかったんですか?」

「ええ、昔のれーくんは私より小さくてね
『いつか小鳥よりでかくなってやるからな!』って、
私に指を指して言ってた頃のれーくん……
可愛かったなぁ……」

「わぁ、昔は可愛かったんですねぇ、零時さん」

「…………………」

小鳥さんが感慨深そうに昔の零時さんの話をすると、
零時さんは何も言わずに顔を真っ赤にしていた。
零時さん、私には見えないように
顔を逸らしてるんでしょうけど、耳が真っ赤ですよ。
そんな珍しい表情の零時さんを見ていると、
ひょっこりと悪戯心が顔を覗かせる。
私は零時さんの側まで近づくと、耳元に語りかける。

「本当に可愛いですねぇ、れーくん❤️」

「やめろ!」

零時さんは左耳をバッと押さえながら顔が真っ赤だ。
私はニヤニヤしながら再びからかい続ける。

「零時さん、顔真っ赤ですよ?かーわいー」

「お前なぁ……」

零時さんは羞恥心と怒りで今にも爆発寸前だ。
その証拠にプルプルして今にもキレそうになっている。
そろそろ次の話を振ってあげよう。

「小鳥さん、お菓子の家を案内して貰っても良いですか?」

「あっ、はーい!れーくん、積もる話はまた今度ね」

「ああ、また電話するよ、小鳥」

零時さんがいつものポーカーフェイスに戻ったところで、
小鳥さんに案内されながら、お菓子の家に入った。

◇◇◇

お菓子の家の前まで来ると、
精巧な作りのお菓子の家に圧倒される。
板チョコの屋根、ビスケットの壁、水飴の窓。
そのどれもが本物かのように作られており、
おもわず食べてしまいそうになるくらいには良く出来ている。

「これ、何度見ても本当に凄いですよね」

「ふふっ、子供達にも好評なんですよ?
食べられないのが残念……とは良く言われますけどね」

「確かに、本当に食べられるお菓子の家なら、
私絶対に食べちゃいますよ」

「三成ならお菓子の家は全て食べきりそうだな」

「そ、そんなに食いしん坊じゃありませんよ!
精々半分くらいですー!」

「謙遜の仕方、色々と間違ってないか?」

「何の事です?」

「うふふ……三成さんがここに来たら、
お菓子の家は穴だらけになってしまいそうですね」

そんな光景が浮かんだのか、クスクスと小鳥さんは笑う。
確かに私ならやりかねない。
本当に食べられたらお菓子の家を穴だらけのボロ家にしそうだ。

ケーキの扉を開けると、せっせと働く複数の女の子が目に入る。
一人一人見ると、雑巾がけをしていたり、
窓を拭いている子などが多い。
どうやら今は掃除の時間らしい。

「あの子達は?」

「グレーテル達です
お菓子の家の清掃、料理などの仕事は、
グレーテルの仕事なんですよ」

「あの色が違うタイプリボンは?」

「ああ、そのタイプリボンは、
お菓子の家の滞在年数によって分けているんですよ
一年は月下美人クラス、赤いタイプリボンの子です」

沢山いるグレーテルの中から赤いタイプリボンを探す。
どうやら今はテーブルを拭いている子がそうらしく、
赤いタイプリボンに月下美人の紋章が付いている。

「三年いる子は月光蝶クラス、
青いタイプリボンのグレーテルが付けています」

今雑巾がけをしているのが青いタイプリボンの子のようだ。
青いタイプリボンには月光蝶の紋章が付いている。

「最後に五年以上……つまり、転生間近のグレーテルは、
月光クラス、黄色いタイプリボンをしています」

窓を拭いているグレーテルが黄色いタイプリボンをしている。
三日月の紋章が黄色いタイプリボンに付いていた。

「零時さん、今日私達が迎えに来たのが、
その月光クラスのヘンゼルなんですよ」

「ヘンゼルか……そういえばヘンゼルはどこにいるんだ?」

「ヘンゼルは基本的に部屋から出てきません
贅沢な暮らしをするのがヘンゼルの役目ですから」

「…………随分と怠惰な役目だな……」

「うふふ……そう思うでしょう?
でもヘンゼルの役目はただ贅沢をするだけではなく、
座学をするのが役目です
毎日山のような課題をする代わりに、
贅沢な暮らしが保証されているのですよ」

「なるほど、ただの楽な役目ではないということか……」

「それに、グレーテル役もただ働かされるわけではありません
月一ですが、きちんとお給金も出ますから!」

「なるほど!だから児童教育施設なんですね!」

「せっかくですから、もう少しお菓子の家をご案内します
もっとお菓子の家の良さを知って貰いたいですから」

◇◇◇

小鳥さんの案内に着いていくと、まず食堂に着いた。
とても広い食堂で、長いテーブルに
真っ白のテーブルクロスは染み一つないくらい綺麗だ。

「あれ?暖炉なんて付けたかな?」

食堂の真ん中に設置されている大きい暖炉だ。
今はパチパチと火花が散り、ゴウゴウと燃えている。
暖炉にはいくつもの薪が積み重なっている。
まだ薪が残っているからか、消えるような気配はない。

「誰かが寒いから点けたんじゃないですかね」

「まあそうね、まだ4月に入ったばかりだし……」

「……………」

「零時さん、どうしたんですか?早く行きますよ」

「ああ、今行く」

何故か零時さんは暖炉を眺めていたが、
私が声をかけると、零時さんは小鳥さんの後を着いていった。

その後はキッチン、パン釜、
ヘンゼルとグレーテルの部屋など、
色んな部屋を見せて貰った。
どうやらタイプリボンの色によって部屋が違うらしく、
月下美人クラスは一階。
月光蝶クラスは二階。
月光クラスは三階に部屋があるらしい。
けれど、いくら探しても目的の子は見つからなかった。
明日また探そうと話してる時に、
最後に気になるところがあると、零時さんに手を引かれ、
今はリビングの暖炉の前に立っている。

「小鳥、火かき棒はあるか?」

「あるけど……何に使うつもりなの?れーくん」

「決まってるだろう、暖炉に使うんだよ」

それはそうだろと言いかけたけど、
零時さんなりに考えがあるのだろうから黙ることにした。
零時さんは火かき棒で暖炉の薪を端に寄せていく。
全ての薪を寄せた後、零時さんは黒い塊を手前に引き寄せる。

「やはりあったか……」

暖炉から出てきたのは……

「零時さん、これ……」

「ひっ、きゃあぁぁぁ!!!」

恐らく私達が探していたであろう、
真っ黒に焦げたヘンゼルの焼死体だった……




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