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本編
第十七話 ギブミーチョコワンキャット
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二月十四日。
それは現世は勿論、冥府でも盛り上がる一大イベント。
嗜好品を売りさばく為、この日が近くなると、
普段は少しお高いチョコも安く買えてしまう素敵なイベント。
そして、数々の飲食店ではそんなチョコを使った
美味しいスイーツが並ぶ……
通称リア充のイベントとかも言われているが、
私は甘いチョコを心行くまで堪能できる
スペシャルイベントだと確信しているのだ。
「やあ白雪王子!ハッピーバレンタイン!
さあ、僕の愛を受け取っておくれ!」
「帰れクソ変態」
勿論零時さんのストーカーにとっては、
自分の愛を堂々と告白できるイベントなわけで……
そうなるともう彼らを止められるものはいない。
「白雪さん……何ですかその……
白雪さんの身長くらいありそうなチョコ」
白雪さんの両腕には、白雪さんの身長くらい大きな
縦長のチョコが抱えられている。
ベタにハート型じゃないみたいだし……何だろこれ。
「よくぞ聞いてくれたね!
見てくれたまえ白雪姫!
僕の白雪王子に対する深い愛を!」
白雪さんが包みを外すと、中から人型のチョコが現れる。
いや、これはまさか……白雪さん?
中身は、凄く精巧に作られた等身大の白雪さんチョコだった。
零時さんは一瞬引いていたが、その後興味深そうに
白雪さんチョコのお腹の部分を軽く小突きながら眺める。
「サンドバッグにちょうど良さそうだな」
「殴らずに食べておくれよ!」
「お前食ってるみたいで気持ち悪いからいらない」
「そんな……白雪王子……白雪姫の前だよ
お前を食べたいだなんてそんな……」
何を勘違いしたのか、白雪さんがポッと頬を赤らめたので、
零時さんは不快そうに顔を歪めた。
「ハッピーバレンタイン時人くん!」
その直後に伊織さんが玄関のドアを開ける。
そういやまだ原初のストーカーがいたんだった。
流石に白雪さんよりヤバいチョコでないことを願っておこう。
けれど美味しいチョコに罪はないので、
後で零時さんに許可を取って、白雪さんチョコは
ハンマーで少しずつ壊しながら食べよう。
「今度は伊織か……
何だ、お前もチョコを渡しに来たのか?」
「あの、あのね時人くん
僕の愛……受け取ってくれる?」
伊織さんは頬を染めながら、
背後に隠してるであろうチョコを持ちながらもじもじしている。
同じストーカーのはずなのに、
白雪さんの後だと可愛く見えてしまう不思議。
「変なものでないなら良いぞ」
「良かったぁ……断られたらどうしようかと思った。
それじゃあ時人くん、ハッピーバレンタイン!」
満面の笑みの伊織さんから小さな包みのチョコを受け取ると、
意を決して包みをゆっくりと開ける。
その中身はハート型の普通のチョコで、
私がフライングで食べてみると、普通の美味しいチョコだった。
「美味しい!」
「おい三成、意地汚いぞ」
「毒味したんですから、むしろ感謝して欲しいです」
「伊織が変なもの入れるわけないだろ」
「伊織さんのこと……凄く信頼してるんですね」
何だか面白くなくて、不機嫌そうに零時さんを睨む。
零時さんは何故機嫌が悪いのか、分からないようだった。
「そうそう、僕は変なチョコとか送らないから!
そこの暗殺組織のリーダーと違って……ね」
伊織さんが横目で得意気に白雪さんを見ると、
ギリィ!と悔しそうな顔を浮かべていた。
またストーカーマウント失敗してるよ白雪さん……
「師匠!師匠!」
ストーカー同士が火花を散らしてる間に、
いつの間にか外出していた月宮くんが帰ってくる。
月宮くんはキラキラした顔で、
どこかの店の紙袋を零時さんに差し出した。
「今日って、世話になった人にチョコ渡す日なんすよね!?
慌てて店から買ってきたっす!」
「あれ、それ良く見たらホワイトクイーンじゃないです?」
紙袋を良く見たら、それは私の大好きなケーキ店であり、
白雪さんが経営するホワイトクイーンの紙袋だった。
「ああ、今日はバレンタインだからね
今日から三日間限定で、チョコアップルケーキを販売してるんだよ」
「そ、そんなの絶対美味しいじゃないですか!」
ありがとうバレンタイン、ありがとう白雪さん。
あ、でも零時さんの分しか買ってきてなかったら、
私そのケーキ食べられな……
「ちゃんと三成さんの分も買ってきてるっすよ!」
「天使ですか?」
「オオカミっすよ」
「うちの食いしん坊がすまんな
三成がよだれ垂らしながらこっち見てきてるから、
早く食べてしまおう」
零時さんの優しさに感謝しながら、
待望のチョコアップルケーキにありつく。
月宮くんはここにいる皆の分を買ってきていたようで、
あまりの気が利きように、白雪さんは再び、
ギリィ!と悔しそうにしていた。
「ではでは、いっただきまーす!」
フォークを天に掲げ、チョコとリンゴに
感謝の祈りを捧げると、
(多分その時の私は不審者に見えてたかもしれない)
ケーキをゆっくりと口に運ぶ。
「お、おいひい……」
「泣くほどなのか……」
零時さんが隣で引いてるが気にしない。
だってこれ、凄く美味しいのだ。
甘いチョコを引き立てるように、酸味の強い
シャリシャリリンゴが食欲をそそる。
リンゴのお陰で甘さが程よくて、しつこくない。
美味しい、これならいくらでも食べられてしまう。
零時さんのケーキ、まだ残ってるな……
少し下さいと言ったら……怒られるかな……
「…………ほら三成、食いたいなら食え」
私の視線に気がついたのか、零時さんは自分のケーキを、
私の目の前に差し出す。
何て優しいのだろう。
普通なら怒っても良いはずなのに。
「そこまで見られちゃ、食べる気も失せるからな」
完全に私のせいだった。
ごめんなさい零時さん、すっごく美味しいんだもんこれ。
でも有り難く貰いますね。
「じゃあ時人くんは僕と半分こね」
「ああ、悪いな伊織」
「あっ、ズルいぞ!ここは僕の……」
それを見ていた伊織さんが、自分のケーキを半分に分けて、
零時さんの前に差し出す。
その後白雪さんが不満を上げたが、
伊織さんはそれを無視して半分になったケーキを食べていた。
「皆仲良いっすね!」
白雪さんが度々ちょっかいを出し、
結局取っ組み合いの喧嘩に発展した現場を、
月宮くんは微笑ましそうに見守る。
これ、仲良いと言えるのかなぁ……
「月宮くん、多分仲は良くないと思うよ……」
「月宮、街の様子はどうだった?」
零時さんは喧嘩している二人には目もくれず、
別の話題を月宮くんに振った。
「今回のイベントのお陰か、ところかしこから
甘いチョコの匂いがしてきたっすねぇ
ああでも、変なのもいたかな?」
「変なの?」
「はい、首に何か下げてたんっすけど、
確か……『ギブミーチョコレート』って、
書いてあったような……」
「そんなの良くいる行動力のあるバカだろ
放置しても支障はない、忘れろ」
「ああいや、人型じゃないんすよ
どう見ても動物というか犬というか……」
「それを聞くと何だか不思議なわんちゃんですねぇ」
確か犬にチョコはダメだったような……
一体何を目的に動いているのだろうか。
そんな不思議な犬に対し、私に眠る好奇心が顔を出す。
「零時さん、見に行ってみません?」
「そうだな、特に依頼もないし……
暇潰しがてら見に行ってみるか」
「「僕達も行く!」」
見事なハモりで同行を宣言したストーカー二人と私達は、
月宮くんが見つけたという、不思議な犬のいる場所へ向かった。
◇◇◇
「本当にいた……」
商店街にいたのは、『ギブミーチョコレート』という
プラカードを首に下げた柴犬だった。(良く見る茶色の奴)
しかも低学年の小学生くらいの大きな柴犬だ。
その柴犬は期待した目で通りかかった人(特に女性)を、
見えなくなるまで目で追っている……
「何だあれ」
「このオオカミくんの言う通り、
どう見ても犬にしか見えないね……」
「どうする?時人くん
試しに話しかけてみるかい?」
「話しかけてみましょうか
ずっとここにいたら、私達の方が怪しまれるので……」
私は零時さんが頷いたのを確認して、
意を決してその柴犬に話しかけてみる。
最初に話しかけたのが私だったからか、
その柴犬は嬉しそうな顔を向けた。
「え!?チョコくれるんですか!?」
「いや、どうしてここにいるのか
気になったから話しかけただけです」
「そうですか……」
柴犬はあからさまに元気がなくなる。
どうしてチョコが欲しいんだろうこの犬。
こうして話しかけても、ますます理由が分からない。
「何でそんなにチョコが欲しいんですか?」
「生前では……その……彼女いない歴=年齢でして……
全くモテない人生だったんです……」
『ヒョロガリでチー牛顔だったせいでしょうか……』
と、ボソッと柴犬が呟くと、
零時さんは『チー牛顔?……』と、意味が分からなさそうにしていた。
それは知らなくて良いんですよ、零時さん。
「それで自分思ったんです!
動物になれば……そう、猫になれば愛されると!」
「…………うん?」
あれ、話が変な方向へ流れてきたような……
ていうか猫要素どこ?
「生前の記憶がほとんどないせいで、
猫はほぼうろ覚えでしたが、何とか動物になれました!
どうです?どっからどう見ても猫でしょう!?」
「柴犬です」
「……………え?」
「柴犬ですね」
誇らしげにしてる所悪いが、私には柴犬にしか見えない。
ごめんね、あなたは柴犬なのよ。
「…………またまたぁ!分かってますよ自分は!
猫である自分の可愛さに目が眩んで、
犬だと誤認したんじゃないですか?」
「まず目が眩んで犬と誤認するわけないんですよねぇ」
「そろそろ認めた方が良いんじゃないかい?
君どっからどう見ても犬だよ?」
「白雪さん!もう少しオブラートに包んでくださいよ!」
「白雪姫も包んでないじゃないか」
「こう言っちゃあ何すけど……あんた猫じゃないっすよ?」
「目玉でも腐ってんのか?」
月宮くんと零時さんの辛辣な一言に落ち込みながらも、
すぐに立て直し、柴犬は口を開く。
「何て言われようが、自分は猫です!
それだけは絶対に譲りませんからね!」
「猫缶は?」
「好きです!」
「チュールは?」
「大好物です!」
「ネズミは好きかい?」
「勿論!」
「じゃあまたたびも?」
「あー……それも捨てがたいですよねぇ
自我溶けるんでたまの御褒美なんですけど」
「見た目犬なのに好み猫なのややこしいな」
「脳ミソがバグってくるね」
「あんた名前は?」
「三郎です!兄弟はいないけど長犬です!」
「三郎なのに一人っ子?」
「ネタキャラみてえな犬っすね」
「猫です!」
こうして、三郎と名乗る不審な犬が、
零時さんの愉快な仲間の一人に加わったのだった……
それは現世は勿論、冥府でも盛り上がる一大イベント。
嗜好品を売りさばく為、この日が近くなると、
普段は少しお高いチョコも安く買えてしまう素敵なイベント。
そして、数々の飲食店ではそんなチョコを使った
美味しいスイーツが並ぶ……
通称リア充のイベントとかも言われているが、
私は甘いチョコを心行くまで堪能できる
スペシャルイベントだと確信しているのだ。
「やあ白雪王子!ハッピーバレンタイン!
さあ、僕の愛を受け取っておくれ!」
「帰れクソ変態」
勿論零時さんのストーカーにとっては、
自分の愛を堂々と告白できるイベントなわけで……
そうなるともう彼らを止められるものはいない。
「白雪さん……何ですかその……
白雪さんの身長くらいありそうなチョコ」
白雪さんの両腕には、白雪さんの身長くらい大きな
縦長のチョコが抱えられている。
ベタにハート型じゃないみたいだし……何だろこれ。
「よくぞ聞いてくれたね!
見てくれたまえ白雪姫!
僕の白雪王子に対する深い愛を!」
白雪さんが包みを外すと、中から人型のチョコが現れる。
いや、これはまさか……白雪さん?
中身は、凄く精巧に作られた等身大の白雪さんチョコだった。
零時さんは一瞬引いていたが、その後興味深そうに
白雪さんチョコのお腹の部分を軽く小突きながら眺める。
「サンドバッグにちょうど良さそうだな」
「殴らずに食べておくれよ!」
「お前食ってるみたいで気持ち悪いからいらない」
「そんな……白雪王子……白雪姫の前だよ
お前を食べたいだなんてそんな……」
何を勘違いしたのか、白雪さんがポッと頬を赤らめたので、
零時さんは不快そうに顔を歪めた。
「ハッピーバレンタイン時人くん!」
その直後に伊織さんが玄関のドアを開ける。
そういやまだ原初のストーカーがいたんだった。
流石に白雪さんよりヤバいチョコでないことを願っておこう。
けれど美味しいチョコに罪はないので、
後で零時さんに許可を取って、白雪さんチョコは
ハンマーで少しずつ壊しながら食べよう。
「今度は伊織か……
何だ、お前もチョコを渡しに来たのか?」
「あの、あのね時人くん
僕の愛……受け取ってくれる?」
伊織さんは頬を染めながら、
背後に隠してるであろうチョコを持ちながらもじもじしている。
同じストーカーのはずなのに、
白雪さんの後だと可愛く見えてしまう不思議。
「変なものでないなら良いぞ」
「良かったぁ……断られたらどうしようかと思った。
それじゃあ時人くん、ハッピーバレンタイン!」
満面の笑みの伊織さんから小さな包みのチョコを受け取ると、
意を決して包みをゆっくりと開ける。
その中身はハート型の普通のチョコで、
私がフライングで食べてみると、普通の美味しいチョコだった。
「美味しい!」
「おい三成、意地汚いぞ」
「毒味したんですから、むしろ感謝して欲しいです」
「伊織が変なもの入れるわけないだろ」
「伊織さんのこと……凄く信頼してるんですね」
何だか面白くなくて、不機嫌そうに零時さんを睨む。
零時さんは何故機嫌が悪いのか、分からないようだった。
「そうそう、僕は変なチョコとか送らないから!
そこの暗殺組織のリーダーと違って……ね」
伊織さんが横目で得意気に白雪さんを見ると、
ギリィ!と悔しそうな顔を浮かべていた。
またストーカーマウント失敗してるよ白雪さん……
「師匠!師匠!」
ストーカー同士が火花を散らしてる間に、
いつの間にか外出していた月宮くんが帰ってくる。
月宮くんはキラキラした顔で、
どこかの店の紙袋を零時さんに差し出した。
「今日って、世話になった人にチョコ渡す日なんすよね!?
慌てて店から買ってきたっす!」
「あれ、それ良く見たらホワイトクイーンじゃないです?」
紙袋を良く見たら、それは私の大好きなケーキ店であり、
白雪さんが経営するホワイトクイーンの紙袋だった。
「ああ、今日はバレンタインだからね
今日から三日間限定で、チョコアップルケーキを販売してるんだよ」
「そ、そんなの絶対美味しいじゃないですか!」
ありがとうバレンタイン、ありがとう白雪さん。
あ、でも零時さんの分しか買ってきてなかったら、
私そのケーキ食べられな……
「ちゃんと三成さんの分も買ってきてるっすよ!」
「天使ですか?」
「オオカミっすよ」
「うちの食いしん坊がすまんな
三成がよだれ垂らしながらこっち見てきてるから、
早く食べてしまおう」
零時さんの優しさに感謝しながら、
待望のチョコアップルケーキにありつく。
月宮くんはここにいる皆の分を買ってきていたようで、
あまりの気が利きように、白雪さんは再び、
ギリィ!と悔しそうにしていた。
「ではでは、いっただきまーす!」
フォークを天に掲げ、チョコとリンゴに
感謝の祈りを捧げると、
(多分その時の私は不審者に見えてたかもしれない)
ケーキをゆっくりと口に運ぶ。
「お、おいひい……」
「泣くほどなのか……」
零時さんが隣で引いてるが気にしない。
だってこれ、凄く美味しいのだ。
甘いチョコを引き立てるように、酸味の強い
シャリシャリリンゴが食欲をそそる。
リンゴのお陰で甘さが程よくて、しつこくない。
美味しい、これならいくらでも食べられてしまう。
零時さんのケーキ、まだ残ってるな……
少し下さいと言ったら……怒られるかな……
「…………ほら三成、食いたいなら食え」
私の視線に気がついたのか、零時さんは自分のケーキを、
私の目の前に差し出す。
何て優しいのだろう。
普通なら怒っても良いはずなのに。
「そこまで見られちゃ、食べる気も失せるからな」
完全に私のせいだった。
ごめんなさい零時さん、すっごく美味しいんだもんこれ。
でも有り難く貰いますね。
「じゃあ時人くんは僕と半分こね」
「ああ、悪いな伊織」
「あっ、ズルいぞ!ここは僕の……」
それを見ていた伊織さんが、自分のケーキを半分に分けて、
零時さんの前に差し出す。
その後白雪さんが不満を上げたが、
伊織さんはそれを無視して半分になったケーキを食べていた。
「皆仲良いっすね!」
白雪さんが度々ちょっかいを出し、
結局取っ組み合いの喧嘩に発展した現場を、
月宮くんは微笑ましそうに見守る。
これ、仲良いと言えるのかなぁ……
「月宮くん、多分仲は良くないと思うよ……」
「月宮、街の様子はどうだった?」
零時さんは喧嘩している二人には目もくれず、
別の話題を月宮くんに振った。
「今回のイベントのお陰か、ところかしこから
甘いチョコの匂いがしてきたっすねぇ
ああでも、変なのもいたかな?」
「変なの?」
「はい、首に何か下げてたんっすけど、
確か……『ギブミーチョコレート』って、
書いてあったような……」
「そんなの良くいる行動力のあるバカだろ
放置しても支障はない、忘れろ」
「ああいや、人型じゃないんすよ
どう見ても動物というか犬というか……」
「それを聞くと何だか不思議なわんちゃんですねぇ」
確か犬にチョコはダメだったような……
一体何を目的に動いているのだろうか。
そんな不思議な犬に対し、私に眠る好奇心が顔を出す。
「零時さん、見に行ってみません?」
「そうだな、特に依頼もないし……
暇潰しがてら見に行ってみるか」
「「僕達も行く!」」
見事なハモりで同行を宣言したストーカー二人と私達は、
月宮くんが見つけたという、不思議な犬のいる場所へ向かった。
◇◇◇
「本当にいた……」
商店街にいたのは、『ギブミーチョコレート』という
プラカードを首に下げた柴犬だった。(良く見る茶色の奴)
しかも低学年の小学生くらいの大きな柴犬だ。
その柴犬は期待した目で通りかかった人(特に女性)を、
見えなくなるまで目で追っている……
「何だあれ」
「このオオカミくんの言う通り、
どう見ても犬にしか見えないね……」
「どうする?時人くん
試しに話しかけてみるかい?」
「話しかけてみましょうか
ずっとここにいたら、私達の方が怪しまれるので……」
私は零時さんが頷いたのを確認して、
意を決してその柴犬に話しかけてみる。
最初に話しかけたのが私だったからか、
その柴犬は嬉しそうな顔を向けた。
「え!?チョコくれるんですか!?」
「いや、どうしてここにいるのか
気になったから話しかけただけです」
「そうですか……」
柴犬はあからさまに元気がなくなる。
どうしてチョコが欲しいんだろうこの犬。
こうして話しかけても、ますます理由が分からない。
「何でそんなにチョコが欲しいんですか?」
「生前では……その……彼女いない歴=年齢でして……
全くモテない人生だったんです……」
『ヒョロガリでチー牛顔だったせいでしょうか……』
と、ボソッと柴犬が呟くと、
零時さんは『チー牛顔?……』と、意味が分からなさそうにしていた。
それは知らなくて良いんですよ、零時さん。
「それで自分思ったんです!
動物になれば……そう、猫になれば愛されると!」
「…………うん?」
あれ、話が変な方向へ流れてきたような……
ていうか猫要素どこ?
「生前の記憶がほとんどないせいで、
猫はほぼうろ覚えでしたが、何とか動物になれました!
どうです?どっからどう見ても猫でしょう!?」
「柴犬です」
「……………え?」
「柴犬ですね」
誇らしげにしてる所悪いが、私には柴犬にしか見えない。
ごめんね、あなたは柴犬なのよ。
「…………またまたぁ!分かってますよ自分は!
猫である自分の可愛さに目が眩んで、
犬だと誤認したんじゃないですか?」
「まず目が眩んで犬と誤認するわけないんですよねぇ」
「そろそろ認めた方が良いんじゃないかい?
君どっからどう見ても犬だよ?」
「白雪さん!もう少しオブラートに包んでくださいよ!」
「白雪姫も包んでないじゃないか」
「こう言っちゃあ何すけど……あんた猫じゃないっすよ?」
「目玉でも腐ってんのか?」
月宮くんと零時さんの辛辣な一言に落ち込みながらも、
すぐに立て直し、柴犬は口を開く。
「何て言われようが、自分は猫です!
それだけは絶対に譲りませんからね!」
「猫缶は?」
「好きです!」
「チュールは?」
「大好物です!」
「ネズミは好きかい?」
「勿論!」
「じゃあまたたびも?」
「あー……それも捨てがたいですよねぇ
自我溶けるんでたまの御褒美なんですけど」
「見た目犬なのに好み猫なのややこしいな」
「脳ミソがバグってくるね」
「あんた名前は?」
「三郎です!兄弟はいないけど長犬です!」
「三郎なのに一人っ子?」
「ネタキャラみてえな犬っすね」
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こうして、三郎と名乗る不審な犬が、
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