18 / 33
本編
第十五話 腐敗の館【中編】
しおりを挟む
ああ、口惜しい。口惜しや。
やっと、やっと最高傑作が完成するというのに。
その完成を見る前に朽ちねばならぬだなんて。
嗚呼、口惜しや。
追手がもうここまで来ている。
彼岸警察は私を捕まえるまで逃がしはしない。
嗚呼、口惜しや。
誰も近付かない海へと足を進める。
波に触れた足は少しずつ溶け始めた。
嗚呼、口惜しや。
冥府の海は魂を溶かす。
記憶も、性格も、罪も、全てを無へと還す海。
後もう少しだったというのに。
嗚呼、溶けてゆく。
私の全てが、海に溶けて消えてゆく。
本当に、本当に。
「口惜しや」
一人の冥府の住人が、海へと還った。
魂を溶かす海を探ることは出来ず捜査は断念。
腐敗の館の持ち主であり、複数の生きた人間を
誘拐した疑いを持つ男は、警察に捕まる前に無へと還った。
◇◇◇
「こちらです」
無月さんに案内され、黒王様の宮へと進む。
本来ここは一般人が頻繁に来る場所ではない。
私達冥府の住人は寺や神社には近付けない。
だからこそ私達は黒王様の宮へと参拝するのだ。
現世の人間が神社で願い事をするかのように。
私達は正月になると必ず黒王様の宮で参拝をする。
来世は、前世よりもましな人生になるように。
それに黒王様の宮は参拝の他には祭り会場としても使われる。
その日に並ぶ出店は名店揃いな為、当たり前だが人が多い。
出店限定の食べ物が特に美味しいのだが、
それはまた別の機会に話すとしよう。
「いやー、こんな奥まで来るのは初めてっすね
でも良いんすか?師匠以外は部外者っすよね?」
いつの間にか零時さんが師匠扱いされているが、
零時さんは色んな意味で変な人を
見慣れてるからか、あえて突っ込まずに落ち着いている。
いや、これは諦めに近いのかもしれない。
「構いませんよ、あなたは見たところ
ただの一般人……というわけではなさそうなので」
「…………ふーん、良く見てるっすね」
「そこ、ナイフを握るんじゃない
寄生型の邪鬼と敵対してもろくなことがないぞ」
「………そうっすね
今俺の体に寄生されても困るしやめとくっす」
寄生型の邪鬼。
冥府に巣くう寄生型のアンデッド。
現世の肉体を持ちながらも死体であり、
人型であれば、無機物だろうと寄生する種の姿をした怪異。
黒王様の側近である無月さんの正体はまさしくそれだ。
彼に、本来の肉体なんてものは存在しない。
「そうですね、私は寄生型の邪鬼です
英名ではLive seedとも呼ばれていますね」
「生きた種……これはまたお前達らしい英名だな」
「ふふっ、そうでしょう?」
「そういや、その元の肉体の人はどうなったんすか?
元は生きた人間の身体っすよね?それ」
「さあ?私には分かりかねますね」
無月さんの笑顔は目が笑っておらず、
悪い方向へと思考が過ってしまい、ぶるりと震える。
「そういえば、白雪さんは着いてきませんでしたね」
「あいつには一応仕事があったからな
仕事を途中で抜け出すのはプライドが許さなかったんだろ」
「『行けない代わりにお仕事頑張ってのキスしてくれ!』
とか頼んできた時はこいつ気持ち悪って思ったっすね」
「大丈夫だ狼、あいつは元から気持ち悪い」
「あっ、そうなんすか……」
月宮くんは案の定白雪さんに引いていた……
勿論零時さんがキスなどするはずもなく、
『するわけねえだろクソ野郎』と全力でぶん殴り、
それに恍惚とした表情をした白雪さんが張り切った様子で仕事に励んでいた。
「皆様、もうすぐ黒王様とお会いします
失礼のないようにお願いしますね」
無月さんは相変わらずの無表情で重厚な扉を開ける。
金などの装飾が華美だから、相当お金かかってるな……
とかどうでも良いことが頭を過った。
「やあ、待っていたよ君達」
扉を開けた先には、黒王様が待っていた。
黒い髪、紺色の瞳が私達を玉座から見下ろしている。
額に生えた2本の大きな角は、その端正な顔を損なわせることなく、
威厳を溢れさせている。
黒王様だ。本当に本物の黒王様だ。
テレビでは見たことがあるのだが、実物では初めて見る。
「君達を呼んだのは他でもない
調べてほしいことがあるんだよ」
「調べてほしいこと……ですか?」
「ああ、この前とある冥府の住人が海に還っただろう?」
「確かそれで、捜査は断念したんでしたよね」
冥府の海は現世とは有り様が違う。
そこには生き物など存在しておらず、
入るもの全てを溶かす海だ。
まっさらな状態で転生したい魂。
人以外に転生したい魂を対象としたものだ。
海に入ったものは全て溶かされ、
まっさらな状態で転生する。
生まれ変わっても前世を思い出すなんてことはない。
それが転生の門と大きく違う点でもある。
転生の門は必ず人に転生するという点も、海と違う。
「彼の罪状は知っているね?
もしかしたらまだ現世の人間が残っているかもしれないからね
彼女達をあの腐敗の館から助けてやってほしい」
「………もしも死んでたら?」
「海へと還してやってくれ
現世の人間はここで死ねば、もう現世には帰れない
それに、放っておけば消滅してしまう」
「分かりました、必ずや彼女達を探しだしましょう」
「頼んだよ零時くん、彼女達の安否は君にかかっている
良い報告を期待しているよ」
「お任せ下さい」
「俺も手伝うっすよ、何か面白そうだし?」
「足を引っ張るなよ?」
「やだなぁ、俺を誰だと思ってるんすか?
そこらの小悪党と一緒にしないで欲しいっすね」
こうして私達は、腐敗の館へと足を踏み入れることになったのであった。
やっと、やっと最高傑作が完成するというのに。
その完成を見る前に朽ちねばならぬだなんて。
嗚呼、口惜しや。
追手がもうここまで来ている。
彼岸警察は私を捕まえるまで逃がしはしない。
嗚呼、口惜しや。
誰も近付かない海へと足を進める。
波に触れた足は少しずつ溶け始めた。
嗚呼、口惜しや。
冥府の海は魂を溶かす。
記憶も、性格も、罪も、全てを無へと還す海。
後もう少しだったというのに。
嗚呼、溶けてゆく。
私の全てが、海に溶けて消えてゆく。
本当に、本当に。
「口惜しや」
一人の冥府の住人が、海へと還った。
魂を溶かす海を探ることは出来ず捜査は断念。
腐敗の館の持ち主であり、複数の生きた人間を
誘拐した疑いを持つ男は、警察に捕まる前に無へと還った。
◇◇◇
「こちらです」
無月さんに案内され、黒王様の宮へと進む。
本来ここは一般人が頻繁に来る場所ではない。
私達冥府の住人は寺や神社には近付けない。
だからこそ私達は黒王様の宮へと参拝するのだ。
現世の人間が神社で願い事をするかのように。
私達は正月になると必ず黒王様の宮で参拝をする。
来世は、前世よりもましな人生になるように。
それに黒王様の宮は参拝の他には祭り会場としても使われる。
その日に並ぶ出店は名店揃いな為、当たり前だが人が多い。
出店限定の食べ物が特に美味しいのだが、
それはまた別の機会に話すとしよう。
「いやー、こんな奥まで来るのは初めてっすね
でも良いんすか?師匠以外は部外者っすよね?」
いつの間にか零時さんが師匠扱いされているが、
零時さんは色んな意味で変な人を
見慣れてるからか、あえて突っ込まずに落ち着いている。
いや、これは諦めに近いのかもしれない。
「構いませんよ、あなたは見たところ
ただの一般人……というわけではなさそうなので」
「…………ふーん、良く見てるっすね」
「そこ、ナイフを握るんじゃない
寄生型の邪鬼と敵対してもろくなことがないぞ」
「………そうっすね
今俺の体に寄生されても困るしやめとくっす」
寄生型の邪鬼。
冥府に巣くう寄生型のアンデッド。
現世の肉体を持ちながらも死体であり、
人型であれば、無機物だろうと寄生する種の姿をした怪異。
黒王様の側近である無月さんの正体はまさしくそれだ。
彼に、本来の肉体なんてものは存在しない。
「そうですね、私は寄生型の邪鬼です
英名ではLive seedとも呼ばれていますね」
「生きた種……これはまたお前達らしい英名だな」
「ふふっ、そうでしょう?」
「そういや、その元の肉体の人はどうなったんすか?
元は生きた人間の身体っすよね?それ」
「さあ?私には分かりかねますね」
無月さんの笑顔は目が笑っておらず、
悪い方向へと思考が過ってしまい、ぶるりと震える。
「そういえば、白雪さんは着いてきませんでしたね」
「あいつには一応仕事があったからな
仕事を途中で抜け出すのはプライドが許さなかったんだろ」
「『行けない代わりにお仕事頑張ってのキスしてくれ!』
とか頼んできた時はこいつ気持ち悪って思ったっすね」
「大丈夫だ狼、あいつは元から気持ち悪い」
「あっ、そうなんすか……」
月宮くんは案の定白雪さんに引いていた……
勿論零時さんがキスなどするはずもなく、
『するわけねえだろクソ野郎』と全力でぶん殴り、
それに恍惚とした表情をした白雪さんが張り切った様子で仕事に励んでいた。
「皆様、もうすぐ黒王様とお会いします
失礼のないようにお願いしますね」
無月さんは相変わらずの無表情で重厚な扉を開ける。
金などの装飾が華美だから、相当お金かかってるな……
とかどうでも良いことが頭を過った。
「やあ、待っていたよ君達」
扉を開けた先には、黒王様が待っていた。
黒い髪、紺色の瞳が私達を玉座から見下ろしている。
額に生えた2本の大きな角は、その端正な顔を損なわせることなく、
威厳を溢れさせている。
黒王様だ。本当に本物の黒王様だ。
テレビでは見たことがあるのだが、実物では初めて見る。
「君達を呼んだのは他でもない
調べてほしいことがあるんだよ」
「調べてほしいこと……ですか?」
「ああ、この前とある冥府の住人が海に還っただろう?」
「確かそれで、捜査は断念したんでしたよね」
冥府の海は現世とは有り様が違う。
そこには生き物など存在しておらず、
入るもの全てを溶かす海だ。
まっさらな状態で転生したい魂。
人以外に転生したい魂を対象としたものだ。
海に入ったものは全て溶かされ、
まっさらな状態で転生する。
生まれ変わっても前世を思い出すなんてことはない。
それが転生の門と大きく違う点でもある。
転生の門は必ず人に転生するという点も、海と違う。
「彼の罪状は知っているね?
もしかしたらまだ現世の人間が残っているかもしれないからね
彼女達をあの腐敗の館から助けてやってほしい」
「………もしも死んでたら?」
「海へと還してやってくれ
現世の人間はここで死ねば、もう現世には帰れない
それに、放っておけば消滅してしまう」
「分かりました、必ずや彼女達を探しだしましょう」
「頼んだよ零時くん、彼女達の安否は君にかかっている
良い報告を期待しているよ」
「お任せ下さい」
「俺も手伝うっすよ、何か面白そうだし?」
「足を引っ張るなよ?」
「やだなぁ、俺を誰だと思ってるんすか?
そこらの小悪党と一緒にしないで欲しいっすね」
こうして私達は、腐敗の館へと足を踏み入れることになったのであった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる