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本編
第十話 冥府症候群患者(後編)
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きっかけは、私があの人に告白したことからだった。
こんな私にも優しくしてくれる、素敵な人。
助けを求める私の手を取ってくれた人。
でも、それが私が犯した最大の罪だった。
あれからあの人は虐められるようになってしまった。
誰よりも輝いていたあの人が、誰よりも優しいあの人が。
私はまた標的にされるのが怖くて、苦しくて……
助けを求めるあの人から逃げてしまった。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
私は最低な人間です。
好きだと言ったのに。手を差しのべてくれたのに。
手を振り払うようなことをしてごめんなさい。
私は、この世に存在してはいけない生命でした。
生きることを許されないような人間でした。
だけど、もしも私の命に僅かでも価値があるのならば。
私は喜んで命を差し出したいと思います。
そうしたら、あなたは笑ってくれますか?
近くの喫茶店で三成の話を聞いた零時は、
コーヒーを飲みながら情報を整理していた。
「つまり、春野さんは自分の死因が
分かっていない状態なんだな?」
「はい、まだ冥府症候群が治っていないみたいで、
また死のうとしていたので止めておきました」
「先程のは荒療治に過ぎないからな
完全に治すには本当の死因を探る必要がある」
「そんなのどうやって探るんですか?」
「俺は別行動で死因を探るから、
三成は伊織と一緒に行動してくれ
俺は引き続きガラスの靴の連中と一緒に探す」
「あのー……」
「どうした?」
「他に女性の知り合いは……」
「テロ組織のリーダーと行動したいのか?」
「………いえ、伊織さんで良いです」
「何か気になることや報告することがあればすぐに電話しろ
良いか?凶器がある場所や死を強く連想する場所には行くなよ」
「分かりました、春野さんをそこには行かせないようにします」
〈零時side〉
ガラスの靴の部下を使って調べてみた結果、
春野さんと親しくしている者は女性ばかりだった。
「陽菜ちゃん、過去のことは何も話してくれなくて……
思い出したくないことなのかもしれないから、
聞くに聞けないんです」
「他に何か、聞いたことはありませんか?」
「あ、そういえば、心臓がないと言っていました」
「心臓がない?」
「はい、私も聞いてみたのですが、
大事な人にあげたとしか教えてくれなくて……
私が知っているのはこれくらいです」
「ご協力、ありがとうございました」
「もう少し詳しく調べる必要があるな……」
零時は部下を引き連れ、次の目的地へと向かった。
〈三成side〉
「やあ、リョウくん
僕の時人くんがお世話になってるね」
「げっ、今回は伊織さんと一緒なのか……
それで?何を調べに来たの?」
「あの人は伊織さんの彼氏なんですか?」
「そうだよ春野さん、
だから僕の恋人に手を出さないでおくれよ」
「息をするように嘘をつかないで下さい伊織さん」
「今はそうでも……いずれ現実にしてみせるさ!」
「はいはい、実現すると良いですね
さっさと春野さんのことを調べますよ」
「………その言い方がちょっと腹立つが後にしよう
リョウくん、彼女の死因を調べてくれるかい?
冥府症候群患者のようだから、死因が知りたいんだ」
「分かった、少し待っていてくれ」
~数分後~
「待たせたね、春野さんの死因が分かったよ
彼女は……病院で死んでいる」
「病院で?春野さんは病気だったのですか?」
「いや、ドナー提供だよ……心臓のね」
「そのドナー提供をした相手も分かりますか?」
「その相手は………」
「あああぁぁぁあぁぁ!!!!!!」
その瞬間、突然春野さんが発狂し始め、
頭を抱えるようにして座り込んでしまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ど、どうしたんですか春野さん!」
「わ、わた、私は………許されない人間でした
最低で、恩知らずで、気持ち悪い人間です!」
「春野さんの様子がおかしい……リョウくん、
念のため医者を呼んでおいてくれ!」
「分かった!」
「私のせいで私のせいで私のせいで!!!
普通じゃない私のせいで!あの人は!」
「落ち着いてください春野さん!」
体を揺すって彼女に問いかけても返事はありません。
私達の声は届いていないみたいです。
「そうだ………死んでしまえば良いんだ」
彼女はゆっくりと、自分の手を首へと移動させていき……
やがて、自分の首を絞めるように力を強め……
「死ね!死んでしまえ私なんか!」
彼女は泣きながら笑っていました。
首を絞める手を何とか引き剥がそうとしても、
私達の力ではびくともしません。
このままじゃ、本当に春野さんが死んで……
「うルさイ」
その瞬間、彼女の手を引き剥がした人物がいました。
フライドチキン片手に偶然通りがかったシロマ先輩です。
…………チキン持ってなければ、もっとかっこ良かったんですけどね。
「警察署デ騒ぐンじゃナい」
「止めてくれてありがとうございます、シロマ先輩」
「どうして邪魔するの!私はこのまま死n……」
「トりアえズこレでモ食べてロ」
そう言いながらシロマ先輩は春野さんの口に
フライドチキンを突っ込みました。
心なしか春野さんも落ち着いてきた気がします。
まさかフライドチキンで落ち着くなんて……
意外と万能な食べ物だったんですね。
「ウマいダろ?」
「…………はい」
シロマ先輩が話しかけると、春野さんは素直に頷きました。
フライドチキン持ってなければときめきそうな笑顔なんですけどね。
「そういえば、一つ聞いて良いかい春野さん」
「何でしょうか」
「彼らは怖くないのかい?
リョウくんもシロマくんも男性じゃないか」
「…………この方達も、零時さんと同じ理由です
この二人も、私に嫌悪感を向けてきません」
「…………そうか」
〈零時side〉
零時は冥府の住人の記憶保管所に来ていた。
記憶保管所とは冥府の住人が生前に経験した
出来事や記憶を保管している施設であり、
本人の希望によって忘れたい思い出や嫌な思い出のある品
などを代わりに管理するのである。
五十音順に整理された保管庫を前に、
複数のガラスの靴の部下達に指示をし、
春野 陽菜の記憶を探すことにした。
彼女が死んで消滅するか転生して処分される前に見つけないとならない。
「ボス、見つけました」
箱の中に入っていたのは、ズタズタの教科書、上靴、
汚れた制服、そして……ヨレヨレのラブレターだった。
「この手紙の宛先は……」
『古屋 梨乃』
手紙の内容は彼女を好きになった理由が書かれていて、
初々しい様子が文面に表れている。
「春野さんには、生前想い人がいたのか……」
ズタズタの教科書にはいくつかの罵詈雑言が書かれており、
上靴や教科書と同様、意図的に汚されている印象を受けた。
ジュースの匂い、ページに貼りついたガム、泥臭い匂い。
誰がやったかは分からないが、見ているだけで不快になる。
零時は舌打ちをしながら教科書を箱へと戻した。
「現世にはまだ、低俗な連中が存在するんだな」
他人を陥れることでしか上になれない人間に反吐が出る。
わざわざ己の価値を下げるような真似をする人間なんて、
とんでもない馬鹿としか思えないな。
「ん?まだ箱に何か……」
箱の中に入っていた一つの日記を手に取り、
ページをめくった後静かに日記を閉じた。
「ボス、次はどこに行きますか?」
「次は古屋 梨乃を調べに行くぞ
冥府の住人かどうかを確かめておきたい」
「かしこまりました」
〈三成side〉
「梨乃は、クラスの人気者でした
いつもクラスの中心にいて、友達も沢山いて……
私に唯一、助けようとしてくれた人でした」
「助けようとしたとはどういうことでしょうか」
「………話したくありません」
「では質問を変えます
梨乃さんはどんな方だったんですか?」
「友達想いで、頭も良い人でした
後輩の面倒見も良くて、周りに好かれていたんです」
「ドナー提供ということは、その人は病気だったんですか?」
「いいえ、健康そのものでした
でも、私のせいで怪我をして……」
「私を助けようとして、死にそうになって………
それで、私は彼女に心臓を……」
「その経緯も、私達には話したくありませんか?」
「…………分かりました、一度私の部屋に戻りましょう」
私の部屋に戻った時に、春野さんのお腹が鳴った。
色んな所を歩き回っているうちにいつの間にかお昼の時間になっていた。
そんなとき、ふと月光蝶焼きを買ってきていたことを思い出す。
「ちょっと待っていてくださいね」
首をかしげる春野さんをよそに、私は事務室へと向かう。
テーブルに起きっぱなしの紙袋の中から、いくつかの月光蝶焼きを取り出し、
私の部屋へと戻った。
取ってきたのはチョコ・あんこ(こしあん)・チーズだ。
「この三つのうち、どれにします?」
「じゃあ、あんこで……」
「僕はチョコにするよ」
「では私は残りのチーズですね」
少し時間が経って冷めてしまったが、
冷めてもまた別の食感があるのがチーズである。
熱々だととろけるようなチーズでも、
冷めると独特の風味があり、客を飽きさせない。
月光蝶焼きは冷めても美味しいなのが売りなのである。
あんこはつぶあんとこしあんが好きな人が分かれている為、
導入したらしいのだが、裏メニューとして、
こしあんとつぶあんをミックスした月光蝶焼きがある。
右の羽根がこしあん、左の羽根がつぶあんが入っている。
こしあんとつぶあんどちらも楽しめる画期的なメニューなので、
これを考えた店主は天才だと思う。
「……………美味しい」
「美味しいですよねー、このお店の名前、
月下美人って店名なんですけどオススメですよ!」
「月下美人……今度行ってみます」
「私のオススメはチーズです!
出来立てはとろとろで美味しいですよ」
「僕のオススメはこしあんのあんこだね
ここの店主、良い仕事をするんだよ
丁寧に潰してあるから舌触りが滑らかでね……」
月光蝶焼きのおかげで、少しだけ春野さんの表情が柔らかくなった気がします。
そろそろ良い時間ですし、零時さんに電話しておきましょう。
と、思っていたら零時さんの方から電話がかかってきました
。
私は春野さんに断りを入れて事務室へと移動をしました。
「三成、春野さんの情報は集まったか?」
「はい、ある程度は……」
「それなら集めた情報を教えてくれ
情報の整理をしておきたいんだ」
私は今まで集めた情報を零時さんに伝えました。
零時さんはどんな情報を集めたんでしょうか。
「…………なるほど、そういうことか」
「何か分かったんですか?零時さん」
「もう少し調べたらまた電話する
数分後に伊織に俺に電話をするように言っておいてくれ」
「え、戻ってこないんですか?」
「あまり男に良い思い出はなさそうだ
そうなると俺が出ても怖がらせるだけだろう
それでは、しっかりと伝えておけよ」
電話から戻ると、伊織さんが話しかけてきた。
「今の電話、時人くんだろう?
彼からどんなことを言われたんだい?」
「自分がここに来ると春野さんを怖がらせてしまうから、
数分後に伊織さんに電話をかけてほしいそうです」
私がそう伝えると、伊織さんはどや顔で私を見てきます。
まるで『羨ましいだろ』と言いたげな顔をしています。
何だかそんな顔を見ているともやもやします。
私の気のせいでしょうか。
「やはり時人くんが頼るのは僕ってことだね
三成さんでもなく、春野さんでもなく、僕なんだ!
そうだよね、僕と時人くんは赤い糸で結ばr……」
「ではもう少し待ちましょうか」
「僕の話遮るのやめてくれない!?」
~数分後~
伊織さんが電話をかけると、すぐに零時さんが応答した。
「では春野さんの死因を端的に述べます
死因は、ドナー提供で心臓を移植したことで死にました」
「はい、それは彼岸警察の方から聞きました」
「今から俺が話すのは、ドナー提供をすることになった経緯です
ですが憶測に過ぎませんので、
間違っていたらすぐに否定して下さって構いません」
「はい、分かりました」
「まず始めに、あなたはレズですね?」
「……………はい」
「レズって………」
「うん、女の子を恋愛対象としている女性のことだね
左耳だけの片耳ピアスがレズの証と言われているよ」
「そう、伊織の言うようにそれはレズの証だ
しかしそれを受け入れられない者が現世にはいます」
「それって、まさか春野さんは……」
「彼女はレズという理由で、異性から虐められていた」
春野さんの顔が青ざめているのは、
もしかして生前のことを思い出したのだろうか。
「はい、私が普通じゃないから、仕方がないんです
私が普通に男性が好きだったら、仲間はずれになんて、
されてなかったのかもしれません」
彼女の声は心なしか震えている……
このことはあまり思い出したくはないのだろう。
「それにしても時人くん、どうして彼女が虐められていると思ったんだい?」
「記憶保管所に行ってきたんだ
そこには彼女の生前の品が保管されていてな
彼女に対しての手紙も見つかった」
「確か、梨乃さんでしたっけ
私達は下の名前しか知りませんが……良い人らしいですよ」
「古屋 梨乃、ラブレターの宛名に書いてあった」
「ラブレターに?」
それは私達でも知らなかった情報だ。
春野さんは、梨乃さんに恋愛感情を抱いていた?
「それが、彼女を苦しめる原因を作った」
「………………」
「零時さん、それはどういうことですか?」
「古屋さんは春野さんに告白されたことで、
春野さんの代わりに虐められるようになり、
春野さんは古屋さんを助けることなく逃げたんだ」
「……………そうです、私に手を差しのべてくれたのに、
それを振り払うようなことを……」
「ここで恐らく春野さんは自殺を図り、
古屋さんはそんな彼女を助けようとし、大怪我を負った
それも、ドナー提供が必要な程の怪我を……」
「まさか、春野さんがドナー提供をしたのは……」
「ああ、古屋さんを助けるために心臓を移植させたんだ
彼女は今も、現世で生きている
自分の代わりに春野さんが死んでしまった罪悪感を抱えながらな」
「…………そう、なんですね……」
「以上が俺の推理です
他に聞きたいことはありませんか?」
「一つ、聞いて良いですか?」
「何でしょうか」
「どうして、私の自殺を止めようとしたんですか?」
「…………俺は人が自殺したいなら勝手にすれば良いと思っている
それは本人が決めたことだし、死にたい理由があってこその行動だ
それを止める輩は、綺麗事だけで動くようなエゴイストだろうからな」
「それならどうして……」
「だが、俺の視界の範囲で死ぬのは夢見が悪い
一度でも存在を認識した人間をみすみす死なせたくないだけだ
笑うが良い、自殺を止める輩を非難しておいて、
己もエゴの塊を君に押し付けているのだからな」
「……………」
「どうした、期待していた答えと違って失望したか?
残念ながら俺は綺麗事は嫌いでね
君はまだマシだとか、死ぬのは早いとか、
そんな薄っぺらいことを言われても響かないだろう?
俺だって言われたら更に死ぬ覚悟が出来るくらいに腹が立つよ
ならその俺よりも苦しい経験をしている奴は誰だ?
死ぬのは早いだなんて一体誰が決めたんだ?
お前らにとって、死ぬことは罪なのか?
そう叫びたくなるくらいにはな
ははっ、俺に何を言ってほしかったかは知らないが、
君が望むような答えは出来ないから諦めてくれ」
「時人くん………ますます惚れ直したよ」
「相変わらず物好きだな伊織は……
まあ良い、役に立つなら文句はないからな」
「ああ、時人くんの為だったら何だってしてみせるよ!」
「……………やっぱり、零時さんは優しいですよ」
「何?」
「こんな私にも、言葉を選んで答えてくれるんですから」
「…………あれが言葉を選んでるように見えるか?
俺は本心でああ言っただけだ
君を思って言ったわけではない」
「それでも、嬉しかったです
私のことを、理解してくれる人を見つけたようで……」
「…………好きに解釈しろ、俺は思ったことを言っただけだからな」
この後春野さんの冥府症候群は治り、普段の生活に戻りました。
春野さんは無事今まで通りの生活に戻ったそうです。
「春野さんは、大丈夫なのでしょうか
今度こそ、普通の生活を送れると良いんですけど……」
「何を言ってるんだ三成、彼女はもう普通だろう?」
「…………それもそうですね」
今日も冥府の1日は終わる。
優しく照らす月の下、私達冥府の住人は暮らしていく。
さあ、次はどんな事件に遭遇するのだろう。
こんな私にも優しくしてくれる、素敵な人。
助けを求める私の手を取ってくれた人。
でも、それが私が犯した最大の罪だった。
あれからあの人は虐められるようになってしまった。
誰よりも輝いていたあの人が、誰よりも優しいあの人が。
私はまた標的にされるのが怖くて、苦しくて……
助けを求めるあの人から逃げてしまった。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
私は最低な人間です。
好きだと言ったのに。手を差しのべてくれたのに。
手を振り払うようなことをしてごめんなさい。
私は、この世に存在してはいけない生命でした。
生きることを許されないような人間でした。
だけど、もしも私の命に僅かでも価値があるのならば。
私は喜んで命を差し出したいと思います。
そうしたら、あなたは笑ってくれますか?
近くの喫茶店で三成の話を聞いた零時は、
コーヒーを飲みながら情報を整理していた。
「つまり、春野さんは自分の死因が
分かっていない状態なんだな?」
「はい、まだ冥府症候群が治っていないみたいで、
また死のうとしていたので止めておきました」
「先程のは荒療治に過ぎないからな
完全に治すには本当の死因を探る必要がある」
「そんなのどうやって探るんですか?」
「俺は別行動で死因を探るから、
三成は伊織と一緒に行動してくれ
俺は引き続きガラスの靴の連中と一緒に探す」
「あのー……」
「どうした?」
「他に女性の知り合いは……」
「テロ組織のリーダーと行動したいのか?」
「………いえ、伊織さんで良いです」
「何か気になることや報告することがあればすぐに電話しろ
良いか?凶器がある場所や死を強く連想する場所には行くなよ」
「分かりました、春野さんをそこには行かせないようにします」
〈零時side〉
ガラスの靴の部下を使って調べてみた結果、
春野さんと親しくしている者は女性ばかりだった。
「陽菜ちゃん、過去のことは何も話してくれなくて……
思い出したくないことなのかもしれないから、
聞くに聞けないんです」
「他に何か、聞いたことはありませんか?」
「あ、そういえば、心臓がないと言っていました」
「心臓がない?」
「はい、私も聞いてみたのですが、
大事な人にあげたとしか教えてくれなくて……
私が知っているのはこれくらいです」
「ご協力、ありがとうございました」
「もう少し詳しく調べる必要があるな……」
零時は部下を引き連れ、次の目的地へと向かった。
〈三成side〉
「やあ、リョウくん
僕の時人くんがお世話になってるね」
「げっ、今回は伊織さんと一緒なのか……
それで?何を調べに来たの?」
「あの人は伊織さんの彼氏なんですか?」
「そうだよ春野さん、
だから僕の恋人に手を出さないでおくれよ」
「息をするように嘘をつかないで下さい伊織さん」
「今はそうでも……いずれ現実にしてみせるさ!」
「はいはい、実現すると良いですね
さっさと春野さんのことを調べますよ」
「………その言い方がちょっと腹立つが後にしよう
リョウくん、彼女の死因を調べてくれるかい?
冥府症候群患者のようだから、死因が知りたいんだ」
「分かった、少し待っていてくれ」
~数分後~
「待たせたね、春野さんの死因が分かったよ
彼女は……病院で死んでいる」
「病院で?春野さんは病気だったのですか?」
「いや、ドナー提供だよ……心臓のね」
「そのドナー提供をした相手も分かりますか?」
「その相手は………」
「あああぁぁぁあぁぁ!!!!!!」
その瞬間、突然春野さんが発狂し始め、
頭を抱えるようにして座り込んでしまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ど、どうしたんですか春野さん!」
「わ、わた、私は………許されない人間でした
最低で、恩知らずで、気持ち悪い人間です!」
「春野さんの様子がおかしい……リョウくん、
念のため医者を呼んでおいてくれ!」
「分かった!」
「私のせいで私のせいで私のせいで!!!
普通じゃない私のせいで!あの人は!」
「落ち着いてください春野さん!」
体を揺すって彼女に問いかけても返事はありません。
私達の声は届いていないみたいです。
「そうだ………死んでしまえば良いんだ」
彼女はゆっくりと、自分の手を首へと移動させていき……
やがて、自分の首を絞めるように力を強め……
「死ね!死んでしまえ私なんか!」
彼女は泣きながら笑っていました。
首を絞める手を何とか引き剥がそうとしても、
私達の力ではびくともしません。
このままじゃ、本当に春野さんが死んで……
「うルさイ」
その瞬間、彼女の手を引き剥がした人物がいました。
フライドチキン片手に偶然通りがかったシロマ先輩です。
…………チキン持ってなければ、もっとかっこ良かったんですけどね。
「警察署デ騒ぐンじゃナい」
「止めてくれてありがとうございます、シロマ先輩」
「どうして邪魔するの!私はこのまま死n……」
「トりアえズこレでモ食べてロ」
そう言いながらシロマ先輩は春野さんの口に
フライドチキンを突っ込みました。
心なしか春野さんも落ち着いてきた気がします。
まさかフライドチキンで落ち着くなんて……
意外と万能な食べ物だったんですね。
「ウマいダろ?」
「…………はい」
シロマ先輩が話しかけると、春野さんは素直に頷きました。
フライドチキン持ってなければときめきそうな笑顔なんですけどね。
「そういえば、一つ聞いて良いかい春野さん」
「何でしょうか」
「彼らは怖くないのかい?
リョウくんもシロマくんも男性じゃないか」
「…………この方達も、零時さんと同じ理由です
この二人も、私に嫌悪感を向けてきません」
「…………そうか」
〈零時side〉
零時は冥府の住人の記憶保管所に来ていた。
記憶保管所とは冥府の住人が生前に経験した
出来事や記憶を保管している施設であり、
本人の希望によって忘れたい思い出や嫌な思い出のある品
などを代わりに管理するのである。
五十音順に整理された保管庫を前に、
複数のガラスの靴の部下達に指示をし、
春野 陽菜の記憶を探すことにした。
彼女が死んで消滅するか転生して処分される前に見つけないとならない。
「ボス、見つけました」
箱の中に入っていたのは、ズタズタの教科書、上靴、
汚れた制服、そして……ヨレヨレのラブレターだった。
「この手紙の宛先は……」
『古屋 梨乃』
手紙の内容は彼女を好きになった理由が書かれていて、
初々しい様子が文面に表れている。
「春野さんには、生前想い人がいたのか……」
ズタズタの教科書にはいくつかの罵詈雑言が書かれており、
上靴や教科書と同様、意図的に汚されている印象を受けた。
ジュースの匂い、ページに貼りついたガム、泥臭い匂い。
誰がやったかは分からないが、見ているだけで不快になる。
零時は舌打ちをしながら教科書を箱へと戻した。
「現世にはまだ、低俗な連中が存在するんだな」
他人を陥れることでしか上になれない人間に反吐が出る。
わざわざ己の価値を下げるような真似をする人間なんて、
とんでもない馬鹿としか思えないな。
「ん?まだ箱に何か……」
箱の中に入っていた一つの日記を手に取り、
ページをめくった後静かに日記を閉じた。
「ボス、次はどこに行きますか?」
「次は古屋 梨乃を調べに行くぞ
冥府の住人かどうかを確かめておきたい」
「かしこまりました」
〈三成side〉
「梨乃は、クラスの人気者でした
いつもクラスの中心にいて、友達も沢山いて……
私に唯一、助けようとしてくれた人でした」
「助けようとしたとはどういうことでしょうか」
「………話したくありません」
「では質問を変えます
梨乃さんはどんな方だったんですか?」
「友達想いで、頭も良い人でした
後輩の面倒見も良くて、周りに好かれていたんです」
「ドナー提供ということは、その人は病気だったんですか?」
「いいえ、健康そのものでした
でも、私のせいで怪我をして……」
「私を助けようとして、死にそうになって………
それで、私は彼女に心臓を……」
「その経緯も、私達には話したくありませんか?」
「…………分かりました、一度私の部屋に戻りましょう」
私の部屋に戻った時に、春野さんのお腹が鳴った。
色んな所を歩き回っているうちにいつの間にかお昼の時間になっていた。
そんなとき、ふと月光蝶焼きを買ってきていたことを思い出す。
「ちょっと待っていてくださいね」
首をかしげる春野さんをよそに、私は事務室へと向かう。
テーブルに起きっぱなしの紙袋の中から、いくつかの月光蝶焼きを取り出し、
私の部屋へと戻った。
取ってきたのはチョコ・あんこ(こしあん)・チーズだ。
「この三つのうち、どれにします?」
「じゃあ、あんこで……」
「僕はチョコにするよ」
「では私は残りのチーズですね」
少し時間が経って冷めてしまったが、
冷めてもまた別の食感があるのがチーズである。
熱々だととろけるようなチーズでも、
冷めると独特の風味があり、客を飽きさせない。
月光蝶焼きは冷めても美味しいなのが売りなのである。
あんこはつぶあんとこしあんが好きな人が分かれている為、
導入したらしいのだが、裏メニューとして、
こしあんとつぶあんをミックスした月光蝶焼きがある。
右の羽根がこしあん、左の羽根がつぶあんが入っている。
こしあんとつぶあんどちらも楽しめる画期的なメニューなので、
これを考えた店主は天才だと思う。
「……………美味しい」
「美味しいですよねー、このお店の名前、
月下美人って店名なんですけどオススメですよ!」
「月下美人……今度行ってみます」
「私のオススメはチーズです!
出来立てはとろとろで美味しいですよ」
「僕のオススメはこしあんのあんこだね
ここの店主、良い仕事をするんだよ
丁寧に潰してあるから舌触りが滑らかでね……」
月光蝶焼きのおかげで、少しだけ春野さんの表情が柔らかくなった気がします。
そろそろ良い時間ですし、零時さんに電話しておきましょう。
と、思っていたら零時さんの方から電話がかかってきました
。
私は春野さんに断りを入れて事務室へと移動をしました。
「三成、春野さんの情報は集まったか?」
「はい、ある程度は……」
「それなら集めた情報を教えてくれ
情報の整理をしておきたいんだ」
私は今まで集めた情報を零時さんに伝えました。
零時さんはどんな情報を集めたんでしょうか。
「…………なるほど、そういうことか」
「何か分かったんですか?零時さん」
「もう少し調べたらまた電話する
数分後に伊織に俺に電話をするように言っておいてくれ」
「え、戻ってこないんですか?」
「あまり男に良い思い出はなさそうだ
そうなると俺が出ても怖がらせるだけだろう
それでは、しっかりと伝えておけよ」
電話から戻ると、伊織さんが話しかけてきた。
「今の電話、時人くんだろう?
彼からどんなことを言われたんだい?」
「自分がここに来ると春野さんを怖がらせてしまうから、
数分後に伊織さんに電話をかけてほしいそうです」
私がそう伝えると、伊織さんはどや顔で私を見てきます。
まるで『羨ましいだろ』と言いたげな顔をしています。
何だかそんな顔を見ているともやもやします。
私の気のせいでしょうか。
「やはり時人くんが頼るのは僕ってことだね
三成さんでもなく、春野さんでもなく、僕なんだ!
そうだよね、僕と時人くんは赤い糸で結ばr……」
「ではもう少し待ちましょうか」
「僕の話遮るのやめてくれない!?」
~数分後~
伊織さんが電話をかけると、すぐに零時さんが応答した。
「では春野さんの死因を端的に述べます
死因は、ドナー提供で心臓を移植したことで死にました」
「はい、それは彼岸警察の方から聞きました」
「今から俺が話すのは、ドナー提供をすることになった経緯です
ですが憶測に過ぎませんので、
間違っていたらすぐに否定して下さって構いません」
「はい、分かりました」
「まず始めに、あなたはレズですね?」
「……………はい」
「レズって………」
「うん、女の子を恋愛対象としている女性のことだね
左耳だけの片耳ピアスがレズの証と言われているよ」
「そう、伊織の言うようにそれはレズの証だ
しかしそれを受け入れられない者が現世にはいます」
「それって、まさか春野さんは……」
「彼女はレズという理由で、異性から虐められていた」
春野さんの顔が青ざめているのは、
もしかして生前のことを思い出したのだろうか。
「はい、私が普通じゃないから、仕方がないんです
私が普通に男性が好きだったら、仲間はずれになんて、
されてなかったのかもしれません」
彼女の声は心なしか震えている……
このことはあまり思い出したくはないのだろう。
「それにしても時人くん、どうして彼女が虐められていると思ったんだい?」
「記憶保管所に行ってきたんだ
そこには彼女の生前の品が保管されていてな
彼女に対しての手紙も見つかった」
「確か、梨乃さんでしたっけ
私達は下の名前しか知りませんが……良い人らしいですよ」
「古屋 梨乃、ラブレターの宛名に書いてあった」
「ラブレターに?」
それは私達でも知らなかった情報だ。
春野さんは、梨乃さんに恋愛感情を抱いていた?
「それが、彼女を苦しめる原因を作った」
「………………」
「零時さん、それはどういうことですか?」
「古屋さんは春野さんに告白されたことで、
春野さんの代わりに虐められるようになり、
春野さんは古屋さんを助けることなく逃げたんだ」
「……………そうです、私に手を差しのべてくれたのに、
それを振り払うようなことを……」
「ここで恐らく春野さんは自殺を図り、
古屋さんはそんな彼女を助けようとし、大怪我を負った
それも、ドナー提供が必要な程の怪我を……」
「まさか、春野さんがドナー提供をしたのは……」
「ああ、古屋さんを助けるために心臓を移植させたんだ
彼女は今も、現世で生きている
自分の代わりに春野さんが死んでしまった罪悪感を抱えながらな」
「…………そう、なんですね……」
「以上が俺の推理です
他に聞きたいことはありませんか?」
「一つ、聞いて良いですか?」
「何でしょうか」
「どうして、私の自殺を止めようとしたんですか?」
「…………俺は人が自殺したいなら勝手にすれば良いと思っている
それは本人が決めたことだし、死にたい理由があってこその行動だ
それを止める輩は、綺麗事だけで動くようなエゴイストだろうからな」
「それならどうして……」
「だが、俺の視界の範囲で死ぬのは夢見が悪い
一度でも存在を認識した人間をみすみす死なせたくないだけだ
笑うが良い、自殺を止める輩を非難しておいて、
己もエゴの塊を君に押し付けているのだからな」
「……………」
「どうした、期待していた答えと違って失望したか?
残念ながら俺は綺麗事は嫌いでね
君はまだマシだとか、死ぬのは早いとか、
そんな薄っぺらいことを言われても響かないだろう?
俺だって言われたら更に死ぬ覚悟が出来るくらいに腹が立つよ
ならその俺よりも苦しい経験をしている奴は誰だ?
死ぬのは早いだなんて一体誰が決めたんだ?
お前らにとって、死ぬことは罪なのか?
そう叫びたくなるくらいにはな
ははっ、俺に何を言ってほしかったかは知らないが、
君が望むような答えは出来ないから諦めてくれ」
「時人くん………ますます惚れ直したよ」
「相変わらず物好きだな伊織は……
まあ良い、役に立つなら文句はないからな」
「ああ、時人くんの為だったら何だってしてみせるよ!」
「……………やっぱり、零時さんは優しいですよ」
「何?」
「こんな私にも、言葉を選んで答えてくれるんですから」
「…………あれが言葉を選んでるように見えるか?
俺は本心でああ言っただけだ
君を思って言ったわけではない」
「それでも、嬉しかったです
私のことを、理解してくれる人を見つけたようで……」
「…………好きに解釈しろ、俺は思ったことを言っただけだからな」
この後春野さんの冥府症候群は治り、普段の生活に戻りました。
春野さんは無事今まで通りの生活に戻ったそうです。
「春野さんは、大丈夫なのでしょうか
今度こそ、普通の生活を送れると良いんですけど……」
「何を言ってるんだ三成、彼女はもう普通だろう?」
「…………それもそうですね」
今日も冥府の1日は終わる。
優しく照らす月の下、私達冥府の住人は暮らしていく。
さあ、次はどんな事件に遭遇するのだろう。
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