冥府探偵零時

札神 八鬼

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本編

閑話  おぼろげな記憶

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まず私達のことを軽く説明しておこう。
私の名前は三成 椎名みなり しいな
零時さんの助手であり、彼岸警察の隊員の一人でもある。

そして、零時 時人れいじ ときとさんは冥府探偵。
冥府で起こった事件を解決するのがお仕事だ。
探偵と言えど、創作物じゃあるまいし、
そうそう事件なんて舞い込んでこないし、
大抵は浮気調査などのちょっとした依頼が多い。
冥府の住人は大体趣味で仕事をしているため、
こう平和だと探偵も暇なものだ。
零時さんのことを一言で言うならば……
事件解決の為ならば、手段を選ばないタイプと言えるだろう。
どうしてかと聞くと、零時さんは決まってこう言うのだ。


「正義だけでは何も守れないことに気づいたからだよ」


彼に何があったかは知らないが、
きっと彼も知られたくないだろうから、
私は過去は聞かないようにしている。

まあ、大抵の人は聞かれても覚えてないだろうけど……


次に冥府のことを説明しておこう。
冥府はあの世のことであり、死んだ人間が住む世界だ。
一度冥府に来てしまえば、後はもう楽だ。
『ちょっとコンビニ行ってくる』の感覚で現世に行けるのだ。
流石に危害を加えないように、彼岸警察の白い手錠と
同じ素材が使われた指輪をつけなくてはならないが、
人間に危害さえ加えなければ自由に出歩ける。
冥府では食べられない現世の食べ物が食べられる。
そんな娯楽を楽しみに、私達は働くのだ。
別に娯楽にお金がかかるだけで、
普通に暮らすだけなら働く必要はないのだが…
こんな暗闇の世界では楽しみの一つでもないと生きていけない。
その点、現世の人間がこちらに来るのは難しい。
何故かと言うと……冥府からに比べ、
現世からだと手続きが本当に長いのだ。
短くて1ヶ月、長くて一、二年かかってしまう。
だから現世から冥府に行くのはあまりオススメしない。
…………好き好んで行く人はいないと思うけど、念のため。


「三成、出かける準備は出来たか?」

「もう少し待ってくれますか?
今日着ていく服が決まらなくて……」

「別にどれでも一緒だろう」

「そういうわけにはいきません!
今日は久しぶりに零時さんと現世に行けるんですから!」

今私は、久しぶりのお出掛けの為に、
今日着ていく服を選んでいるところだった。
爽やかなワンピースも良いが、動きやすい服装もまた良い。
どうせなら零時さんには可愛いと言ってもらいたい。

「三成、まだ決められないのか?」

扉越しに零時さんのため息が聞こえてきた。
私だって女の子なのだから、適当な服装はしたくない。
零時さんにはデリカシーがないのかもしれない。

「じゃあ零時さんは、私がラフな格好でも構わないんですか?」

「お前のラフがどこまでの範囲なのかは知らないが、
現世行きの切符の時間が迫っているからな
この調子だと今日出かけるのは中止になるぞ」

「え!?それを早く言って下さいよ!
私まだ全然決まってないのに!」

「早く決めろ、時間がないぞ」

「なら零時さんが決めてくださいよ!」

扉の前にいる零時さんの手を引っ張り、
無理矢理私の部屋に招き入れる。
こうして零時さんを部屋に招き入れるのは初めてだが、
そんなこと気にしてはいられない。
零時さんは最初は戸惑っていたが、
次第に落ち着いて、候補の中の一つを指差した。

「これなんか良いんじゃないか?
今の現世は前よりも暑いと聞く
涼しげな方が良いだろうし、何より三成に似合いそうだ」

「それに、日傘にも合うだろうしな」と、零時さんは付け加える。
なるほど、確かに現世に行くなら涼しい格好が良いかもしれない。
それにサンダルなんて現世でしか履かないし、良い機会になりそうだ。
私達冥府の住人は日の光を嫌う。
冥府そのものが夜というのもあるだろうけど、
死者なら夜というイメージも強い。
それに私達の肌は生きてる人間よりも遥かに白い。
普通に動いているけど、やっぱり私達は死んでいる。
永遠に生き返ることは…………ないのだ。
だから私達は日傘を差す。
私達には、太陽の光は眩しくて………熱すぎる。

「俺は玄関で待っておく、遅れるんじゃないぞ」

零時さんはそのまま私の部屋から出ていった。
乙女の部屋に入っても落ち着いてたけど、
あの人本当に大丈夫なのだろうか。
何かお前なんか眼中にないと言われてるようで、
それはそれでムカついた。

「…………私は、一体どんな人間だったんだろう」

いくら考えても頭にもやがかかったように思い出せない。
無理もない、生前の自分を覚えてる者なんて一握りだ。
その方が幸せなことも良くある。
でも私は、それでもかつての自分を知りたいのだ。
あの人に、零時さんを見るたびに思い出す陰は……
どこか聞き覚えのある優しい声は誰なのだろう。


「もう大丈夫ですよ、俺と一緒にここから出ましょう」


私を助けてくれた人は、あの優しい警察官は、
今はどうしているのだろうか。
せめて、お礼を一言言いたいのに、見つからない。
現世に行けば、彼は見つかるのだろうか。


あの、額に銃痕のある警察官を……
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