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虚無の男の噺
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虚無の街は、人々に忘れ去られたモノが流れ着く漂流場。
ならば、姿も真名も忘れ去ったモノが流れ着けば、
そのものは一体どうなってしまうのか。
器がないものが生きていけるはずがない。
真名のないもの程この世に否定された存在はいないだろう。
全てを忘れ去ったものに、居場所などあるはずもないのだ。
帰る場所がないものが、どこにも行けるわけがない。
故に縛られ、故に忘却し、故にどこにも行けなかった。
これを呪いと言わず何と言おうか。
『お客さん、迷ってしまったのかい?』
顔を笠で隠した見知らぬ僧侶が迷い混んだ。
しかしどこか、懐かしさを覚える僧侶であった。
名も無き影法師は僧侶に語りかける。
《坊主か、ここらでは珍しい迷い人だな》
二又の黒猫は珍しそうに僧侶を眺めていた。
黒い尻尾はゆらゆらと揺れている。
『もし帰り道が分からないのならば、
私の噺を聞いていったらどうだろう
大丈夫、そう時間は取らせないよ』
◇◇◇
『刀には魂が宿ると言うものだ
今回はこの刀の噺をしようか』
影法師は近くにあった短刀を手に取り、僧侶に見せる。
刃は手入れが行き届いており、良く切れそうだ。
僧侶の目には刀に眠る魂の存在を感じ取った。
『牡丹丸の由来は、首が牡丹のように落ちたからだと言われている
本来は村人が持つ無名刀のはずなのに、
どうしてそんな名前がついたか分かるかい?』
《さあな、その村人が野蛮だったのではないか?》
『残念ながら違うよ黒猫さん
彼はね、ゴロツキから身を守るために作られたのさ』
《村人とゴロツキに何の関係があるんだ》
『ゴロツキがやることなんて決まっているじゃないか
食料や金品の略奪だよ』
《なるほど、そういうことか……
だが、短刀で人の首なんて落とせるのか?》
『それがね、当初この子は妖刀と言われていたんだよ
どんな相手の首も落とせる呪いの刀
それを恐れた者からつけられたのが牡丹丸ってわけだ』
《だが、そんな恐ろしいものがどうしてここに……》
『過ぎたる力は身を滅ぼす
この刀を手にした人間は死んでしまうと言われていてね
やがて牡丹丸は歴史の闇に葬られたのさ』
《あまりの切れ味のよさから、自ら手放し忘却することで、
牡丹丸の存在をなかったことにしたのか》
『そういうことだよ黒猫さん
彼はどの歴史にも記載されていない刀
歴史に残ることを許されなかった存在なんだよ』
◇◇◇
『お客さん、この噺買ってみるかい?』
「…………いくらだ?」
『お金ではないよ、この街では物々交換なのさ
お客さんが交換したいものを選んでくれ』
「ならばお主には呪いの解放と名を与えよう
また来よう、リンドウ」
僧侶が去った後には、舌の梵字は消え、
今までとは違った存在の安定感があった。
影法師は残念そうに呟く。
『残念だ、便利な商売道具だったんだがねぇ』
《せっかく呪いから解放されたのに、おかしな奴だ》
『まあ良いさ、呪いは消えても商売は続けられるしね
さて、次はどんな語り相手が来るだろうか』
仮の名を得て、リンドウは少しばかり形を得る権利を得た。
しかしながら器はまだ捨て去ったままである。
果たして彼は己の姿を取り戻すのか、
はたまた新たな器を手にいれるのか。
それは今回の噺では語られぬことである。
リンドウは語る 終幕
ならば、姿も真名も忘れ去ったモノが流れ着けば、
そのものは一体どうなってしまうのか。
器がないものが生きていけるはずがない。
真名のないもの程この世に否定された存在はいないだろう。
全てを忘れ去ったものに、居場所などあるはずもないのだ。
帰る場所がないものが、どこにも行けるわけがない。
故に縛られ、故に忘却し、故にどこにも行けなかった。
これを呪いと言わず何と言おうか。
『お客さん、迷ってしまったのかい?』
顔を笠で隠した見知らぬ僧侶が迷い混んだ。
しかしどこか、懐かしさを覚える僧侶であった。
名も無き影法師は僧侶に語りかける。
《坊主か、ここらでは珍しい迷い人だな》
二又の黒猫は珍しそうに僧侶を眺めていた。
黒い尻尾はゆらゆらと揺れている。
『もし帰り道が分からないのならば、
私の噺を聞いていったらどうだろう
大丈夫、そう時間は取らせないよ』
◇◇◇
『刀には魂が宿ると言うものだ
今回はこの刀の噺をしようか』
影法師は近くにあった短刀を手に取り、僧侶に見せる。
刃は手入れが行き届いており、良く切れそうだ。
僧侶の目には刀に眠る魂の存在を感じ取った。
『牡丹丸の由来は、首が牡丹のように落ちたからだと言われている
本来は村人が持つ無名刀のはずなのに、
どうしてそんな名前がついたか分かるかい?』
《さあな、その村人が野蛮だったのではないか?》
『残念ながら違うよ黒猫さん
彼はね、ゴロツキから身を守るために作られたのさ』
《村人とゴロツキに何の関係があるんだ》
『ゴロツキがやることなんて決まっているじゃないか
食料や金品の略奪だよ』
《なるほど、そういうことか……
だが、短刀で人の首なんて落とせるのか?》
『それがね、当初この子は妖刀と言われていたんだよ
どんな相手の首も落とせる呪いの刀
それを恐れた者からつけられたのが牡丹丸ってわけだ』
《だが、そんな恐ろしいものがどうしてここに……》
『過ぎたる力は身を滅ぼす
この刀を手にした人間は死んでしまうと言われていてね
やがて牡丹丸は歴史の闇に葬られたのさ』
《あまりの切れ味のよさから、自ら手放し忘却することで、
牡丹丸の存在をなかったことにしたのか》
『そういうことだよ黒猫さん
彼はどの歴史にも記載されていない刀
歴史に残ることを許されなかった存在なんだよ』
◇◇◇
『お客さん、この噺買ってみるかい?』
「…………いくらだ?」
『お金ではないよ、この街では物々交換なのさ
お客さんが交換したいものを選んでくれ』
「ならばお主には呪いの解放と名を与えよう
また来よう、リンドウ」
僧侶が去った後には、舌の梵字は消え、
今までとは違った存在の安定感があった。
影法師は残念そうに呟く。
『残念だ、便利な商売道具だったんだがねぇ』
《せっかく呪いから解放されたのに、おかしな奴だ》
『まあ良いさ、呪いは消えても商売は続けられるしね
さて、次はどんな語り相手が来るだろうか』
仮の名を得て、リンドウは少しばかり形を得る権利を得た。
しかしながら器はまだ捨て去ったままである。
果たして彼は己の姿を取り戻すのか、
はたまた新たな器を手にいれるのか。
それは今回の噺では語られぬことである。
リンドウは語る 終幕
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