影法師は語る

札神 八鬼

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仮面さんの噺

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目が覚めると、僕は奇妙な街の中にいた。
天候は僕が元いた世界と同じ雨が降っている。
どこにいたかは思い出せそうにない。
傘を差そうと何か持ってないか探してたが、
残念ながら何も持っていなかった。
それにしても不思議な雨だ。
本来なら冷たいはずなのに、何も感じない。
僕の五感がおかしいのか、
はたまたこの雨の方が偽物なのか。
頬をつねってみても、夢が覚めることない。
僕は降りしきる雨の中、
景観がごちゃ混ぜの街を歩いていった。

カラン コロン。

遠くから下駄の軽快な音が聞こえる。
暗闇の中から若い青年が現れたと思うと、
僕に向かって笑顔を見せながら口を開く。

『おや、君は迷い人かな?』

「あなたは?」

『私はただの影法師さ』

「影法師…」

『君、帰る所が無いならうちに来なさい
ここだと風邪を引いてしまう』

「こんなおかしな雨でも風邪を引くんですね」

『この世界は真似事が好きだからね
あんな偽物でも風邪を引くのは同じなのさ』

「・・・では、お言葉に甘えて…」

◇◇◇

影法師の店へと行くと、
刀を持った少年と、黒猫が一匹。
二本の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、
僕と影法師を見つめていた。

《何じゃ、今度は迷い人か
最近は妙なのばかり迷い混むのう》

【斬りつけても赤いのは期待出来なさそうだな】

刀を持った少年はトマトジュースを飲みながら、
僕を興味深そうに眺めている。
僕が影法師を見ると、
彼は僕を安心させようとしているのか、
僕の顔を見ながらにっこりと微笑んだ。

『大丈夫、悪い子達じゃないよ
さあ、こちらにおいで』

言われるように店の中に上がると、
黒猫が静かに寄ってきた。
僕が二本の尻尾を訝(いぶか)しげに見つめていると、
奇妙な黒猫は再び口を開き、人語を話した。

《お主、己を見失っておるな?》

「え?」

《どこで無くした?
道の半ばか?それとも初めからか?》

「それは…」

答えられなかった。
自分が誰なのかも分からない。
性別も、どんな人物だったかも思い出せない僕は、
黒猫の質問に答えることが出来なかった。

《そうか、答えられんか
お主の場合、己を見つけん限りは、
ここからは出られんじゃろう》

「己を、見つける?」

《そうじゃ、今のお主は空っぽじゃ
器が無ければ中身は戻れんからの
己を知れば、その仮面は取れるじゃろう》

「…………仮面?」

『ほら、これで自分の姿を見ると良い』

鏡を覗きこむと、そこには仮面だけの
人型の何かが映っていた。
体は黒いモヤに包まれ、
仮面は不気味に笑っていた。
まるで…

「僕のようだ」

自然と頭に浮かんだ言葉を口に出した。
僕は、僕は…一体誰だ?
影法師は仮面と同じように、にこりと笑う。

『さあさ、お客さん
せっかくだから、私の噺を聞いていくかい?』

「………お願いします」

『まいどあり
それでは、今日はこの噺にしようか』

◇◇◇

『君は、周りと合わせることに
抵抗は感じるタイプかな?』

「………いいえ、皆と同じなら、
仲間外れにはされないのに、
むしろ合わせるタイプです」

『そうかい、なら今回の噺は、
君には考えられない噺かもしれないね』

「どんな噺なんですか?」

『ある所に、一人の男がいた
その男は皆に合わせることを嫌い、
率先して別の行動を取っていたのさ』

「………確かに、僕には考えられないことですね
僕がその立場だったら、怖くて出来ません」

『そうだろうね、君は臆病でまた保守的な存在だ
群れから外れるのを嫌う君にとっては、
到底理解出来ない存在だろう
さて、その彼がどうなったのか想像出来るかい?』

「………皆と違う者は迫害されやすい
彼もそうなったのかもしれませんね」

『そうだね、その通りだよ
人間は個性を出す人間を、
群れから外れる人間を良くは思わない
それは現代でも続いてる最悪の思考だ
君の言う通り、彼は迫害されていた
でも、それでもめげなかったのは何故だろうね』

「………一人でも、生きていける強さが
あったのかもしれませんね」

『ふむ、それも良い答えには違いないが、
答えを言うと、彼にはかけがえのない家族がいたのさ
それも、実の妹さ
人間は残念ながら一人で生きるのは難しい種族だ
心の支えとなる者がいたから、
彼は強くいられたのだよ』

「かけがえのない、家族…」

『さて、これが噺であるうちは、
何も起こらない訳はないね
この後彼に何が起こるか分かるかい?』

「…………もしかして、その大切な
家族に何かあったんですか?」

『ああ、大体君の予想通りだよ
悲しいかな人間は、哀れな行動を
繰り返してしまうものなんだよ
彼の妹は、他ならぬ人間の手によって
殺されてしまうのさ
さて、これからどうなるか…は流石に分かるよね?』

「……………」

『おや、言いたくないのかい?
まあ無理もない、この噺はバッドエンドだからね
誰も幸せになれない血生臭い結末だ』

「………そんな噺を聞かせるなんて、
あなたも存外悪趣味ですね」

『おや、それはすまないね
何せ私は人間に良い感情は無いのでね
空っぽの君に、ついつい意地悪をしたくなったのさ』

◇◇◇

『それじゃあお客さん、この噺買うかい?』

「………いいえ、やめておきます」

『そうかい、そいつは残念
もし買おうものなら、その仮面を
剥ぎ取ろうと思ってたんだがね』

ここはダメだ、殺される。
このままここにいるより、逃げた方が安全だ。

「じゃ、じゃあ僕はこれで!」

仮面さんは慌ただしく店を出ると、
そのまま暗闇の中へと駆けていった。

《おい、あれは冗談にしても流石に笑えんぞ》

『ごめんね、あれは私なりのジョークだよ
ちょっと意地悪し過ぎたかな?』

【あいつ多分、もう警戒して
ここに立ち入らないんじゃないか?】

『私はそれでも構わないよ
噺を聞いてくれるお客さん以外に興味はないからね』

ざあざあと、紛い物の雨が降る。
見た目を真似ただけの、無機質な雨粒が地面を濡らした。
空っぽの仮面は果たして己を取り戻せるのか。
はたまた取り戻せずに
半永久的にこの虚無の街をさ迷うのか。
仮面の行方は、この街のみぞ知ることである。
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